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決め!

『笹岡、今日はどうしたんだ?』

『何か、ルンルンしてるよ?』

『気持ち悪いよ』

『変態だ!』

『アチョー!』

 ベビーたちが不審がっているが、実際、俺は、気分が高揚していた。

 なぜならば、明日は翠先生との記念すべき結婚記念日だ。

 去年は、緊急オペとかですっぽかされてしまったが、今年は、翠先生が緊急で呼び出されることはまずない。

 今年こそ、ちゃんと翠先生と結婚記念日を祝うんだ!


「あの、笹岡さん……」

 帰ろうとした俺を呼び止めたのは日比だった。

「ちょっと、お願いが……」

「何でも言ってみろ!」

 今日の俺は機嫌がいいからなんだって聞いてやるぞ!

「明日の笹岡さんのお休み、代わってほしいんです!」

「え、それは……」

 明日は翠先生との結婚記念日のために有給を取ったのに!

「私からもお願い!」

 そう言ってきたのは翠先生だった。

「じゃあ、明日は凛ちゃんがお休みで、笹岡さんは出勤ですね」

 それを聞いていた黒川が淡々と言った。


 そのまま、俺の休みが撤回されてしまい、腑に落ちないまま俺と翠先生は帰路についていた。

「翠先生」

「どうしたの?明君、怖い顔して」

「明日が何の日か、わかってますか?」

『パパとママの結婚記念日』

 翠先生の代わりにお腹の中で灯里が答えた。

「わかってるよ」

 翠先生は立ち止まった。

「でもね、明日、葵ちゃんのお葬式なの」

 悲痛な面持ちででそう告げた翠先生に、俺は何も言い返すことができなかった。


「あら、笹岡君、何でいるの?今日お休みのはずでしょう?」

 翌朝、俺は出勤してきた冴木主任に嘲笑われた。

 一晩かけてやっとショックから立ち直ったというのに、なぜ俺は朝から傷口をえぐられているのだろう?

「いや、あの……」

『サエキのおばちゃん、朝からうるさい!』

『おばちゃん、静かにしてよ!』

『何だ?敵襲か?』

『おちゅーしゃ、イヤだ!』

『アチョー!』

 冴木主任の笑い声に反応してベビーたちが目覚めてしまった。

「今日、笹岡さんの代わりに日比さんがお休みです」

 甲高い声で笑う冴木主任に黒川が低い声で言い放った。

「そ、そんな話、私聞いてないわよ!」

 冴木主任は笑うのをやめて黒川を睨みつけた。

「主任さんがお帰りになられた後に決まったので」

 だが、元ヤンキーの黒川にとって、冴木主任の睨みは大したことがないようで、黒川は全く動じる様子がない。

「でも、そんなこと、笹岡君の奥さんの笹岡先生が許すわけないでしょう?」

「奥さん公認です」

 冴木主任とのやり取りにうんざりしたように黒川は言い放つと、冴木主任の笑い声で泣いてしまったベビーの元へと去って行った。

 な、何だか空気が淀んでる。


 そのままうやむやな感じで朝礼が終わり、俺も自分の配置についた。

 今日の俺の担当は悠希だ。

『敵が来たのか?敵なのか?皆は僕が守る!』

 そして、黒川は、俺の隣で、暴れる元輝をなだめていた。

「凛ちゃんと翠先生って、今日元輝君のお母さんのお葬式でしたっけ?」

 黒川に言われて、俺はうなずいた。

『クロちゃん、オソシキってなんだ?』

 その発言に元輝はぽかんとしていたが、俺の目の前で悠希は目を見開いていた。

『なあなあ、悠希、オソシキってなんだ?』

『う、うーん、なんだろう?』

 元輝に問われた悠希は答えを濁した。

 おそらく悠希は気付いてしまったのだろう。

 元輝の母親が亡くなってしまったことに。

『オソシキ……オソシキ……ん?ソシキ?ま、まさか、アクニン結社の事か?』

 考え抜いた元輝の答えはあさっての方向に行ってしまった。

『ママがあいつらに誘拐されたのか!助けなきゃ!』

 しかも、その方向性で貫くようだ。

『翠先生も凜華も誘拐されたのか?』

「こらこら、そんなに暴れちゃダメだって」

 俺の方を見てもぞもぞし始めた元輝を黒川があやす中、俺は、返事に困って黙っていた。

『翠先生も、凛ちゃんも、元輝のパパと一緒に、元輝のママを助けに行ったんじゃないかな?』

 答えられないでいる俺の代わりに悠希が言った。

『僕も行かなきゃ!ママを助けるんだ!』

 元輝が暴れだしたせいか、元輝のモニターや点滴のアラームがあちこちで鳴りはじめた。

『元輝、そんなにたくさんアラームが鳴ったら、敵にすぐ気づかれちゃうよ!』

 悠希にそう言われ、元輝は、素直に『そうか』、と、大人しくなった。

『まずは、元輝が、点滴も、呼吸器も外れなきゃだめだね』

『どうやったら、呼吸器も点滴も外れるんだ?自分で外したらいいのか?』

『それじゃあ、すぐに見つかって、また付けられちゃうよ?それに、勝手に外すとアラームが鳴っちゃうよ』

 元輝の手が呼吸器に伸びる前に悠希が言った。

『じゃあ、どうしたらいいんだ?』

『お医者さんが、元輝には、もう点滴も呼吸器もいらないねって思えるくらい元気にならなきゃ!』

『そうか、もっともっと、元気いっぱいにしたらいいのか?』

『そうだよ、いっぱいミルク飲んで、いっぱい寝て、もっともっと元気にならなきゃ!元輝が、元輝を大事にしなきゃだめだよ!』

『そうか!いっぱい飲んで、いっぱい寝るんだな!』

 ちょうどミルクの時間になり、元輝はいつになく張り切って飲んで、むせていた。

 やがて、お腹が満たされた元輝は、眠りについた。

 それを隣で眺めていた悠希も、やがて眠りだした。


 お昼休みが終わると、俺は速やかに仕事に戻った。

 一日一緒に過ごす結婚記念日は叶わなくとも、せめて、晩御飯くらいは、腕によりをかけて豪華にして二人で結婚記念日を祝うんだ!

 だからこそ、定時ですっきり上がるんだ!

 お昼の間俺の代わりに悠希を見てくれていた黒川から、引継ぎを終えると、俺は、悠希のベッドのそばのパソコンで午後の業務を確認し始めた。

『そうだ!』

 そのとき不意に、元輝が目覚めた。

『点滴とか呼吸器とかつけてる間、ママを助けに行けないけど、その間に仲間を作ればいいんだ!』

 俺と悠希が、その突拍子もない発言に驚いていると、元輝はその様子には気付くことなく言った。

『じゃあ、まず、僕たちの戦隊の名前が必要だな!じゃあ、ここはNICUだから……』

と、言いながら、元輝は再び眠りについた。

 俺は、何事もなかったように悠希のオムツを替え始めた。

『NICU戦隊ベビレンジャーだ!』

 悠希のオムツを替え終わったころに、再び元輝が目覚めて、それだけ叫ぶとまた眠りについた。

 しばらくして、ミルクの時間になると、元輝はまた目覚めた。

『あと、あれを決めなきゃいけないな!』

 ミルクをぐびぐび飲みながら言う元輝に、きょとんとした顔で悠希が尋ねた。

『メンバー?』

『違う!もっと大事なものだ!決めゼリフだ!』

 メンバーのほうが大事なような気もするが……。

『かっこよくて強そうでカッコいいやつ作らなきゃな!』

『そうだね』

『よし、今から考えるぞ!』

 そう言い放った元輝は、その『発言』の直後に、再び眠っていた。


『あーっ!!』

 元輝の盛大な叫び『声』が聞こえたのは、夜勤の看護師に引継ぎをしている頃だった。

『決めゼリフが、決まってない!』

 若干、ベビー全員がびっくりするほどの迫力で叫んでおきながらそんなことかよ!

 俺は、そう思ったことを口に出すことなく、夜勤のナースに引き継いだ。

『おい、笹岡も、何か考えなかったのか?』

 俺に振るな!

 俺には、速やかに帰ってせめて晩御飯だけでも腕によりをかけて翠先生と結婚記念日を祝うと心に決めているんだ!

『笹岡も何も考えてなかったよ』

 静かに悠希が言うと、元輝は、『じゃあ、笹岡、明日までに考えて来いよ』と、あっさり引いた。


 早々に仕事から解放された俺は、買い物を済ませて、翠先生が待つ家へと足取り軽やかに帰った。

 ……はずだった。

 家の電気がついていない。

 翠先生、俺を待ちくたびれて、昼寝でもしているのだろうか?

 だが、それでも、灯里の『声』とか、『寝言』が聞こえてもおかしくないはずなのに。

 家中を見たが、やはり、翠先生はいなかった。

 心配になって、翠先生の携帯に電話をかけた。

「あ、明君!」

 翠先生の声だ。

 ほっと胸をなでおろしながら、俺は、電話の向こうの翠先生に話しかけた。

「晩御飯作って待ってますから、早く帰ってきてくださいね」

「わかった!楽しみにしてるね!あ、電車来た!じゃあね!」

 そういうと、翠先生からの通話は途切れた。


 翠先生と灯里が帰ってきたのは、ちょうど晩御飯の準備ができた頃だった。

「ただいま、わぁ!美味しそう!」

『美味しそう!』

「今日は特別に腕によりをかけて……」

「そうそう、明君、あのね、今日の帰りに……」

『ママ、私お腹すいた』

「ちょっとむしゃくしゃしちゃって買い物しちゃったの」

『その話、ややこしくなりそうだから、先にご飯……』

「買い物……ですか?」

 翠先生は、むしゃくしゃしたからと言って、ブランド物を買いあさったり、したのは見たことがない。

 それに、帰ってきたときの翠先生は、買い物をしこたましたような大荷物ではなかったはずだ。

「何って言うか、灯里と私と明君で住む未来の事を考えて」

 ……まさか、投資とか、株とか?

「家、買っちゃった!」

 …………家?


 NICU戦隊ベビレンジャーの決めゼリフが決まらない中、俺たちの新居が翠先生の即決で決まってしまっていた。

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