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知らされてしまった真実

 予定より早く退院できた俺は、2か月ぶりにNICUに戻ってきた。

「笹岡さん、退院おめでとうございます」

 黒川が、俺にやさしい言葉をかけてくれた!

「それと、あんなイケメンの弟がいるならそうと言ってくださいよ!」

 狙いは雅之か!


『よし、みんな、今日もやるか!』

 まだ、入院していたらしい元輝が号令をかけた。

『元気ー!』

『結城ー!』

『左右田ー!』

『自分大好きー!』

『左右田は余分だ!』

 そこそこにメンバーチェンジがあるものの、ベビーたちも相変わらずだ。


『あ!』

 元輝が俺を見て反応した。

『誰だっけ?』

 って、忘れてるんかい!

『私、この人初めて見た!』

 俺が入院している間に入ってきたらしいベビーが言った。

『ボクも初めて見た!』

 結城が言った。

 結城が入院した時はいたぞ。

『悪いやつなの?』

『たとえ悪い奴だったとしても、弱そうだから大丈夫だ』

 弱そうって、確かに弱いが、失礼だろ!

『そんなことより、もう一度決め台詞やるぞ!』

 そんなこと、って……。


『元気ー!』

『結城ー!』

『自分大好きー!』

『よし、決まった!』

 元輝が一段と気合を入れている。

『皆、荘ちゃんみたいなカッコイイヒーローになるぞ!』

 へ?荘太?

『そこの大人、知ってるか!荘ちゃんは灯里のピンチに駆けつけて……』

 そこまで言った元輝が『あっ!』と叫んだ。

 灯里という名前から、俺の存在を連想したか?

『おむつ!』

 そっちかい!


 結局ベビーたちに俺の存在を思い出してもらえないまま一日が過ぎ、俺は帰路に着いた。

 もう、パチンコ屋の跡地の前を通っても、『悲鳴』は聞こえてこない。

 あれから、警察の捜査が本格的に入って、その産婦人科で違法な堕胎が行われていたことが明るみに出て、灯里を殺そうとしやがった産婦人科医は再逮捕されていた。

 産婦人科自体も取り壊すそうだ。

 もう、あの産婦人科で奪われる命がなくなったことを考えれば、俺たちの苦労も多少は報われた気がする。


 家に着くと、灯里が眠っている隣で荘太が添い寝をしていた。

「荘太!もう帰る時間じゃないのか?それに、ちょっと、近すぎないか?嫁入り前の娘だぞ!」

「荘ちゃんが寝かしつけてくれる時のほうが早く寝付いてくれるのよね」

 そこですかさず翠先生が言った。

「あ、そ、そうなんですか?」

「あと、たぶん、これ、離すと灯里ちゃんが起きて泣いちゃうから」

 そう言うと、荘太が自分の指を見せてきた。

 荘太の指を灯里がしっかりと握りしめている。

「くそ、全然離そうとしないな」

『灯里に愛されてますからね、お・義・父・さ・ん!』

「お義父さんって呼ぶな!」

『お父さんになってやろうかって言ったのは、笹岡だろう?』

「そういう意味で言ってなーい!」

 結局、灯里が自然と荘太の指を離すまで小一時間ほどかかった。


 荘太が帰ってから暫くしたころ、『おむつー!』と灯里が泣き出した。

「翠先生、灯里が……」

「言っちゃだめ!」

「へ?」

「灯里の『声』を、翻訳しちゃダメ!」

「何でですか?」

「ちゃんと自分で、灯里の泣き声と様子で、判断したいの!ほかのお母さんたちは、そうやって頑張っているのに、私だけ、産婦人科医のくせにズルするわけにはいかないもの」

 そう言い放つと、翠先生は「この泣き方は、おむつだな!」と、見事に言い当てて、おむつを替えていた。


 翌朝、お出かけ前に灯里を抱っこしたかったのだが、少し前に寝たところだからと、翠先生に止められて、俺はしぶしぶ、静かに家を出た。

『お!』

『えーっと』

『誰だっけ?』

 いや、さすがに覚えろよ!

 昨日、散々俺が呼ばれるの聞いてて『お前ササオカっていうんだな』って、覚えたはずだろうが!

『あ、ササオカ、おはよう』

『そうだ、それそれ!』

『ササオカ、おはよう!』

『よく知らんけど、おはよう』


 そんな奴らをあきれた様子で見ていると、朝礼が始まるらしいと日比に呼ばれた。

「ちょっと、日比さん、そんなところで油売ってないで、朝礼に来なさい!」

 俺を呼びに来ただけなのに、日比がとばっちりを食らってしまった。

『サエキのおばちゃんが、また、凜華をいじめてるぞ!』

『今日こそ、サエキのおばちゃんをやっつけるぞ!』

 あいつら、冴木主任を倒す気だ!


 そしてその日、こともあろうか、元輝の担当が冴木主任だった。

 冴木主任は、重症児の対応がとても見られたものでないので、NICUに慣れていて、退院も間近な元輝が割り当てられているのだろうということは、わかるのだが……。

『サエキのおばちゃんめ!やっつけてやる!』

 元輝は、がぜん倒す気満々だ。

『くらえ!元輝ぱーんち!』

 冴木主任はおむつを替えようとしているようなのだが、元気が暴れるのでうまくいかない様子だ。

『元輝きーっく!』

 やばい、冴木主任がだんだんイライラしている気がする!

『おむつー!』

 助けようとしたときに、俺の担当の結城が泣き出し、おむつを替えているときだった。

『元輝イナズマハリケーン!』

「もう!」

 冴木主任がキレた。


「元輝君が、そんなだから、ママが死んじゃったのよ!」

『え?』


 今日の今日まで元輝に知らされることのなかった真実は、もっとも思いもよらぬ形で、しかも、最悪の形で、知らされてしまった。

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