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決断

『ママ、今日早く出かけたいんだって!』

 俺が洗濯をしている後ろで、灯里の『声』がした。

『朝食抜きでいいかって、言ってるよ』

「翠先生、今すぐ朝食作りますから待ってください!」

 俺は、玄関に向かう翠先生の後姿に向かって叫んだ。


「こっそり出かけようと思ってたのに、さては灯里、バラしたわね!」

『パパの朝食大好き!やっぱ、言ってみるものだね!』

 朝食を頬張る翠先生のお腹の中で、灯里は悪びれる様子もなく言った。

「灯里なりに、翠先生の事を想ってのことですよ」

「そうね、さすが私の娘だわ!」

 翠先生はお腹をさすった。

『あー満腹、幸せ……』

 翠先生のお腹の中で、灯里もお腹をさすっているような気がした。


 翠先生も灯里もいない我が家に一人でいてもつまらないので、俺は朝の準備をさっさと済ませると、病院へと向かった。

「どうしたんですか、笹岡さん、無駄に早いじゃないですか」

 来て早々、黒川が言った。

 無駄にってのが余分だ。

「翠先生も早く来てましたしね」

 黒川の隣で日比が言った。

「あれ?日比、翠先生に会ったのか?」

「産科病棟に友達が入院しているので……」

「ところで、二人で何してるんだ?」

 二人は何か飾りを作っているようだった。

「今日、悠希ちゃんの一歳の誕生日ですよ」

 黒川に言われて俺は初めて今日悠希が誕生日だったことを思い出した。


「おはよう、珍しいのがこの時間にいるな」

 二人に混ざって飾りを作っていると、井澤看護師長が現れた。

 珍しいの、と言うのは間違いなく俺の事だろう。

「今日、例の子、いよいよ緊急帝王切開になるらしいから、覚悟しとけよ」

 そう言い放つと、看護師長はロッカーへと消えて行った。

 例の子、と言うのは元輝の事だ。

 とうとう翠先生が決断を下したのだ。

『えい!やあ!このぉ!元輝イナズマハリケーン!』

 産科病棟からは、今日も元輝の『声』が聞こえていた。


『何だ?なんだお前ら?』

 元輝の様子が変わったのは、朝のミルクの時間になった頃だった。

『放せ!お前ら!ママを放せ!ママに何するんだ?』

 どうやら元輝の母親がオペ室に連れて行かれているらしく、『声』の発生源も徐々に移動しているようだった。

『ねえ、笹岡』

 ミルクを飲みながら、悠希が話しかけてきた。

『元輝、出てくるの?』

 俺がうなずくと、悠希は一旦ミルクを飲むのをやめてNICUの扉の方を見た。

『もうすぐ、ここにくるんだね』


 NICUの扉が開き、元輝が入ってきたのはお昼前の事だった。

 だが、それより前から俺たちにはもうすぐ来るような予感がしていた。

『まだ、僕は戦える!まだ僕は戦えるのに、何で、何で?』

 戦おうとする元輝の『声』が聞こえていたから。

『僕が戦わなきゃ、僕が、あいつらをやっつけなきゃいけないのに、何でお外に出されるんだ?』

 元輝は母親の外に出てもなお、戦おうとしていた。

『僕はまだ戦える!だから、戻して!ママのお腹に!あいつらをやっつけるから!だから、ママのお腹に戻して!』

 元輝はNICUについてもなお、叫び続けた。

『僕は戦う!あいつらをやっつけるんだ!まだ、戦えるのに!何で、僕は戦ってないんだ?ねえ、ママのお腹に戻してよ!』

『げんきぱんちのやつだ!』

『よう!』

『アチョー!』

『僕は戦える!ねえ、戦わせてよ!まだ、ママのお腹にあいつらがいるんだ!戦わなきゃいけないんだ!』

 他のベビーの『声』は、元輝には届いていないようだった。

『僕はこんなところにいちゃいけないんだ!こんなもの……!』

 元輝が人工呼吸器のチューブに手を伸ばしたその時だった。

『ヒーローがめそめそするな!』

 その『声』に、ざわついていたベビーたちも、元輝も静まり返った。

 静まり返った中で、その『声』の主、悠希は続けて言った。

『元輝のママの中の悪い奴は、これから翠先生たちがコテンパンにするんだから!』

 悠希は元輝の方に寝返りを打った。

『ママの中の悪い奴らをコテンパンにして、ママが元気になってここに来た時に、元輝がめそめそしてたらがっかりするよ!』

『ママをがっかりさせたくない!』

『でしょ?だから、今日からもっともっとカッコイイヒーローにならなきゃ!』

 悠希が右手をわずかに握りしめた。

 その動きを知ってか知らずか、元輝もこぶしを握りしめた。


『じゃあまず、何したらいいんだ?』

『そうね……』

 その頃、ちょうど、纐纈がNICUに入ってきた。

『まず、最初の試練!チックンを我慢すること!』

 元輝に与えられた試練は実に過酷なものだった。

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