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翠先生の作戦

 このお話では、翠先生の暴走が予想されます。

 翠先生の暴走が苦手な方は、このお話をすっ飛ばしてください。

 あ、また、あの顔だ。

 ワン吉はたぶん自分では気づいていないけれど、『悲鳴』が聞こえるとき、何とも言えない悲しみを帯びた表情になる。

 そして、灯里の動きが分かるようになってからは、ワン吉があの表情をするときに、いつもとは違う感じのごそついた感じの動きをする。

 その顔をするのは、決まってパチンコ屋の前を通った時だ。

 毎日するというわけではないから、パチンコ屋の騒音が『悲鳴』に酷似しているというわけでもなさそうだ。

 でも、パチンコ屋で『悲鳴』?

 いまいち、よくわからないまま時が過ぎているうちに、パチンコ屋が閉店し、そこは更地になった。

 そして、パチンコ屋がなくなったその先に、答えは見えた。

 そうか、あの産婦人科から聞こえてたのか。

 それでも、堕胎などもあるだろうし、『悲鳴』が聞こえることだってあるだろうとは思ってみたものの、頻度が高い気がすることが、何となく心に引っかかっていた。


 そんなある日のことだった。


 たまには、晩御飯の食材でも買っておいてあげるか!

 そう思い立って、運動もかねて駅前のスーパーに行った日のことだった。

 なんとその日は特売日で、思わず爆買いしてしまったために、私は、戦利品をとりあえずカートに入れて、ワン吉を呼び出すべくメールを送っていた。

 今日は、ちゃんと、ワン吉は携帯を持って出かけたから大丈夫!

「あとから、振り込みだけいただけますか?そこなら、お金さえ積めば堕ろしてくれるんですよね?」

 尋常ではない会話内容にそっと振り返ると、駅や電車で見たことのある女性だった。

 ワン吉から聞いたことのある話からしても、私の産婦人科医の勘からしても、既に、堕胎のできる週数ではないことは明白だった。

 でも、今、お金さえ積めば堕ろしてくれるって言わなかった?

「あ、おっぱいせんせいだ!」

 ちょうど患者さんの家族につかまって追いかけられないでいたところ、女性は、足早にそこから立ち去って行ってしまった。

 当たり障りのない挨拶をしながら、その女性の行き先を見ていると、産婦人科のほうに曲がっていくのが見えた。

 止めに行きたいけれど、荷物は置いていけないし、患者さんの子供が、まとわりついてきているし、とても動けそうにない。

 ワン吉と合流したのは、それからさらに数分が経過した後だった。


 雅之君の家に行くには、産婦人科の前を通っていくのが一番の近道だ。

 産婦人科の前に差し掛かった時、お腹の中で灯里がごそついた。

 もしかして……?

 横目でちらりとワン吉を見ると、少し驚いたような顔をして、産婦人科のほうを見ていた。

 その表情は、『悲鳴』が聞こえているときにしている表情だ。

 もしかして、あの人のおなかの中の赤ちゃんの命が今まさに奪われているのかもしれない。


「ねえねえ、雅之君」

 ワン吉がいない隙に警察官の雅之君に聞いていようと思い立った。

「臨月の児を堕胎したら、犯罪だよね?」

「え?」

「いや、そんな目で見なくても、私はもちろんしないけど、そこの産婦人科が、許容される週数を超えた児の堕胎をしている気がするんだよね」

「何か確証があるんですか?」

 うーん。雅之君、『声』のこと、知らないんだよね。

 それに、こないだ、堕胎したかもしれない人も顔しかわからないし……。

「女の勘?」

 雅之君は、くすっと笑った。

「もし何か、有力な情報があれば教えてください」

 でも、雅之君、笑い事じゃないのよ、本当に、生まれてこられるはずだった命が、殺されているのかもしれないのよ?


 何か、確かな証拠があればいいってこと?


 私は、例の産婦人科の前にいた。

 大丈夫、確かめてみるだけ。確かめてみて、確かな証拠をつかんで、雅之君に言えばいいの。

 それに、やばいと思ったら、きっとそろそろ駅に着くパパを呼んでねって灯里に言っておいたし。

 中を覗いてみるが、受付らしきところに人の気配はない。

 だが、扉に休診日などの看板もない。

 扉を押してみると、簡単に開いた。


 中に入って、周りを見渡す。

 やはり、人の気配はない。

 窓口だけの小さな受付はカーテンが閉まっているし、一脚だけおいてある三人掛けくらいのソファも、ほこりがかぶっている。

 まさか、幽霊病院?

 突き当りに「診察室」と書いてある扉があった。

 そこからは仄かに明かりが漏れていた。

 扉を開けると、そこには、薄汚れた白衣を着た医師がいた。

「おや、どうされました?」


 大丈夫、確かめるだけ、確かめてみるだけ。

「あの、この子、堕ろせますか?」

 私はおなかを指さした。

 灯里!堕ろす気はさらさらないからね!確かめるだけ!

「そう言われましても……」

 ですよね?ですよね?

 そう思いつつ、私は思わず聞いてしまった。

「ここなら、お金さえ積めば堕ろしてくれると聞いたのですが」


 医者の顔色が変わった。

「いくら、払えます?」

 そして、「最低でも、これは必要ですね」と、手をパーにした。

「五万?」

「五百万ですよ」

「五百万払ったら、堕ろせるんですか?」

「じゃあ、この同意書にサインしてくださいね」

 なぜか同意書がフランス語で書かれているが、残念ながら、私には内容が理解できた。

 指定された金額を、払います。

 払えない場合は、指定された就業施設で働きます。

 絶対に口外しません。

 などなど。

 うわぁ、指定された就業施設ってなんだよ!めっちゃ怪しいじゃん!

「大丈夫ですよ、海外の治験の関係ですから、気にせずサインしてください」

 いや、この内容は気にしなきゃダメでしょう?

 今まで、何人にこれにサインさせたんだよ!

「日本語のやつないんですか?」

「海外の治験の書類だから、これしかないんですよ」

 いやいや、うそでしょ?

 何とか時間を稼ぐも、強引にサインを求められる。

 ワン吉、早く助けに来て!


 その時だった。

 診察室の扉が開いた。

「翠先生!」

 ワン吉が来た!

「あ、明君!」

 振り返った私は、目の前の医者の顔色が変わったことに気づかなかった。

「へえ、何だか見たことがある顔だと思ったら、あの有名な谷岡翠先生ですか?」

 しまった!ワン吉はデフォルトで私のこと翠先生って呼ぶんだった!


 そう思った次の瞬間、何かで口をふさがれて、私は意識を放り出した。

 遠くでワン吉が呼んでいる声が聞こえる気がした。

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