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君がいない

※重要なお知らせ※


このお話では、翠先生が軽めに暴走します。

翠先生の暴走に腹が立ってしまいがちな方は、一度、読むべきかどうかしっかり考えてから読んでください。

ちなみに、たぶん、この話をすっ飛ばしても、大丈夫なようにしておこうと思います。

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい!あ、そうだ!」

「ん?左右田そうだ?」

「違うよ!あれ?左右田さん産んじゃったの?」

「はい、この前、入院してきましたよ」

『左右田君、もう出ちゃったんだ……』

 どうやら、灯里も左右田のことを覚えているらしい。

「ところで、さっき、何か言いかけなかったですか?」

「あ、そうそう、あのね……」

『パパ、時間!』

 翠先生が話し始めたところで灯里に言われて俺は、自分の時計を見た。

「あ!やばい!あの、後で聞きます!」

「わかった!メール送っとくね!」

 俺は、慌てて家を飛び出した。


「笹岡さん、翠先生がいないからって、連日遅刻ギリギリに来るのやめてください」

 冷ややかに怒っているのは、夜勤明けの黒川だ。

 それもそのはず、俺への引継ぎを終えなければ、黒川は帰れないからだ。

『そうだそうだ!』

『呼んだ?』

 そう言われて反応したのは左右田そうだだ。

『違うよ!』

『笹岡、だめだぞ!』

『笹岡、やめろ!』

 俺は、翠先生と灯里のために働かなければならないからまだ辞めないぞ!

『ササオカ、ヤルノカノコヤロウ!』

 やりません!

「あの、引継ぎ……」

「すみません、遅くなりました」

 今から引き継ぎをしようというときに、遅刻ギリギリの俺よりさらに遅い時間にやってきたのは冴木主任だ。

 ということは、これから朝礼か……。

 黒川の舌打ちが聞こえ、申し訳ない気持ちになりながら、俺はナースステーションへと向かった。


「お疲れさまでした」

『クロちゃんおつかれ!』

『気をつけて帰ってね!』

『ボクのパパと浮気しちゃだめだよ!』

『僕のママとも浮気しちゃだめだよ!』

『クロチャン、マタアシタ!』

 帰っていく黒川にかなり疲労の色が見える。

 それもそのはず、あのあと、朝礼で、冴木主任がみんなにいちいち食って掛かったため、朝礼がかなり長引いた。

 さらに、朝礼が長引いた原因である冴木主任が突然体調不良を訴えて帰宅した。

 冴木主任が中途半端にいろんなものに手を出していったため、すべてが中途半端に終わっていて、引継ぎを終えて帰るはずだった夜勤明けの黒川がその尻拭いをすべてしたのだ。

 本来だったら俺たち日勤の看護師が尻拭いすべきところだったと思うのだが、今日は休みも多くて、誰一人として対応できなかった。

 帰宅する黒川の後姿を見送って、時計を見ると、もう12時だった。

「笹岡さん、先にお昼に行ってください」

 日比に言われ、俺は、ロッカーへと向かった。


 そういえば、翠先生が、なんかメールするって言ってたな。

 そう思ってカバンの中を探してはじめて気づいた。

 携帯忘れた!

 きっと、翠先生のことだから、買い物してきてほしいとか、そういった類だろう。

 そう思って、お昼ご飯を食べようとカバンの中身を見た俺は、さらに衝撃を覚えた。

 弁当も、忘れた。

 さすがに翠先生のおなかの中に灯里がいるとはいえ、二人分も昼食はいらないだろう。

 俺の分は、帰ってから食べるから冷蔵庫に入れておいてもらおう。

 そして、翠先生に連絡をしようとして、カバンの中を漁った俺は、携帯電話を忘れたことをもう一度思い出した。


 NICUのバックヤードで、俺は受話器を握りしめて固まった。

 翠先生の携帯の電話番号、覚えてない。

 だが、かろうじて、家に備え付けた固定電話の番号は覚えていたので、そちらにかけてみた。

 何回かコールすると、ただいま近くにおりませんという自動応答が出た。

「あの、俺です、明です、翠先生、近くにいたら出てください」

 反応は、ない。

 どうしたというのだろう?

 もしかして、散歩にでも出かけているのだろうか?

 まったく電話に出る気配がないので、俺は、また掛けます、と言って、受話器を置いた。

 帰りにもう一度、電話をしてみよう。


『笹岡、遅いぞ!』

『凜華がおなかペコペコだぞ!』

 ベビーたちに言われて時計を見ると、すでに13時を超えていた。

「り……日比、すまん!」

「大丈夫ですよ」

『凜華、おなかグーグーなってたぞ!』

 宗助がそう言った直後に、日比のおなかが又鳴った。

「うわ!すみません!行ってきます!」

 去り行く日比の背中を見送っていると、元輝が『よし、やるぞ!』と言った。

 もしかして、今、やるのか?

『元気ー!』

『左右田ー!』

『自分大好きー!』

『ちがーう!』

 そしてまたしても、決め台詞は決まらなかった。

『悠希がいたらなぁ』と、元輝がポツリとつぶやいた。

 だが、悠希は、もうNICUにはいない。

 手術を受けるために、アメリカに渡ったからだ。

 もう少し体調が整ったら、悠希は手術になるらしいと、この前纐纈が言っていた。

 まだ、手術もできていないのだから、悠希は、ここには戻ってこられない。

『よし、もう一回!』

 元輝は、めげることなく決め台詞の練習をしている。

『元気ー!』

『オナカスイタ!』

 あ、やばい!ミルクの時間だ!


 仕事が終わり、俺は再びバックヤードで受話器を持って固まっていた。

 自宅の電話にかけているが、誰も出ない。

 メッセージも残したはずなのに、折り返しで、NICUに電話もかかってきていない。

 もしかして、翠先生と、灯里の身に、何か……?

 俺は急いで帰ることにした。


 家に着くと、まだ、家の明かりはついていなかった。

 昼寝でもしているのだろうか?

 だが、どこにも翠先生の姿は見当たらない。

 前に、帰宅しても翠先生がいなかったときは、新しい家を見に行っていたとかだったが、新しい家に引っ越した今、さらなる新しい家を求められても困るのだが……。

 リビングに行くと、固定電話の画面にメッセージあり、と出ていた。

 聞いてみると、夕方電話した俺のメッセージと、昼に俺が残したメッセージが入っていただけだった。

 じゃあ、翠先生は、昼から行方不明ってことか?

 ということは、今日持っていけなかったお弁当は、どうなっているんだろう?

 キッチンに行くと、机の上に弁当箱はなかった。

 じゃあ、翠先生が気を利かせて冷蔵庫に入れてくれたのかもしれない。

 そう思って冷蔵庫を開けたが、弁当箱は入っていない。

 翠先生の分として用意しておいたお弁当もない。

 翠先生は、二人分のお弁当箱を持ってどこへ行ってしまったんだろう?

 少し考えた後、翠先生がメールすると言っていたことを思い出した俺は、自分の部屋に携帯電話を探しに行った。

 携帯電話には何通かのメールと、着信が残されていた。

 着信は大半が翠先生で、何故かその合間で雅之からの着信があった。

 何で、雅之から?

 雅之に電話をかけてみる。

「あ、兄貴?」

「雅之、電話、何の用事だった?」

「あ、いや、翠さんが、兄貴につながらないっていうから、僕の携帯からかけてみただけだけど?」

「ん?翠先生が?何で?」

「あ、代わるね」

 一緒にいるのか?なぜだ?

「もしもし、わ……明君?」

「翠先生、なんで、雅之と一緒に?」

「メールするって朝言ったじゃない!見た?」

「それが、携帯忘れて……」

「メールでも送ったけど、荘ちゃんのおばあちゃんが、しばらく出かけるみたいで、お母さん対策で、うちじゃなくて、雅之くんちでお勉強してもらうことになったの」

 荘太は、おばあちゃんがいるときは自分の家に帰れることになっていた。

 だが、今度から、また、おばあちゃんが出かけているときに、母親が荘太に暴力を振るわないとは限らないため、退院する頃に、翠先生と、荘太のおばあちゃんと、児童相談所の人とかで話し合っていたような気がするが、そういえば、どうなったかを聞いていなかった。

 そうか、雅之の家なら、近いし、本人は物がないだけと言っているが片付いてはいるし、確かにいいのかもしれない。

「お弁当が二つあったから、もう、雅之君から話聞いてて気を利かせて作ってくれたのかと思ってた!」

「聞いてないし、忘れただけです……」

「そうなんだ、美味しかったよ!」

「それは……よかったです」

「あ、それでね、今日、雅之くんちでみんなでご飯食べようってことになったから、明君、お買い物して雅之くんちに集合ね」

 俺の返事を聞くことなく「待ってるね!」と、翠先生は電話を切った。

だから、翠先生が暴走しますって言ったじゃないですか。

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