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続・さよなら悠希

「明君、当直頑張ってね!」

「あ、翠先生、晩御飯と、朝ごはんは冷蔵庫に用意してあるので、レンジでチンしてくださいね」

「さすが、明君!お昼は??」

「明けで帰ってから作るつもりです」

「ありがとう!」

 そう言うと、俺のほっぺにキスをして、翠先生は、去って行った。

『悠希ちゃん、また明日ね!』

 去りゆく翠先生のお腹の中から、灯里が名残惜しそうに言った。

『灯里ちゃん、また、明日!』

 また明日、という言葉は、明日になったらもう使えないからかもしれない。

 延期になった悠希のアメリカ行きは、明日に迫っていた。

「ラブラブですね」

 その声に振り返ると、向こうの方から牧野先生がやってきた。

「いや、えっと……」

『あ、パパ!』

 ん?今、青木、牧野先生に向かってパパって言ったか?

「牧野先生、纐纈先生が呼んでましたよ」

 黒川が、仏頂面で、牧野先生に言うと、牧野先生は「ありがとう」と、黒川ににっこり微笑んで去って行った。


 日勤帯のナースも、ドクターも帰って行き、NICUには夜勤帯のナースと当直ドクターしかいない。

 平和な夜が過ぎていた。

 ふと気づくと、悠希が目を開けていた。

「眠れないのか?」

 俺は静かに悠希に言った。

『まあ、そんなところかな』

 そう言った悠希は、閉じかけた目を開いて言った。

『そうだ、笹岡、ちょっと、抱っこしてくれない?』

 まさか、悠希、俺と別れるのが名残惜しいのか?

『もう少し右を向いてもらっていい?』

 抱っこした俺に悠希が指示を出す。

『それ、逆』

「悪い」

 そう言って、悠希が言った通りの方向に体を向けた俺は、悠希の視線を辿った。

「この向きだと、元輝がよく見えるからか?」

 その視線の先を見た俺は、この前悠希が『悲鳴』を上げた時のことを思い出して、思わず言った。

 悠希は黙ったままだ。


 少しの沈黙の後、悠希はようやく『声』を発した。

『うまく隠し通せたと思ったんだけどな』

 悠希の視線は、元輝の方を見たままだ。

『あの、死にそうになった時、夢中になりすぎて、理性がきかなかったから、あの時に、言っちゃったんだ』

 俺は黙ってうなずいた。

『私ね、初めて元輝の存在を知った時、すごいなって思ったの』

 悠希は、静かに『話し』始めた。

『だって、私たちよりずっと小さいのに、お腹の中で悪い奴らと戦ってるんだよ!すごいなって、素直に思ったの』

 俺は、黙ったまま、悠希の『言葉』を待った。

『私も、そんなすごいヒーローに、守ってほしいなって思ってたけど、でも、皆のお姉さんだから、甘えちゃダメだって思ってたのに、元輝は、どこまでも、まっすぐで、強くて、好きになるのを、止められなかった』

 はたから見ると、眠れないベビーを抱っこして寝かしつけているようだったが、実際は、俺は、ただ、悠希の話を聞いているだけだった。


『ねえ、笹岡、元輝のママって、もう、お星さまになっちゃったんでしょう?』

 その質問に、俺は頷くことしかできなかった。

『そのことは、まだ、元輝は知らないし、そのことを元輝に教えるのは、元輝のパパにしかできないって思って、私は、気付いてたけど、何も言わないようにしてたの』

 確かに、悠希は、気付いている様子があったが、元輝に伝えようとするそぶりは一切見せなかった。

『そのかわり、私にできることは、元輝が真実を知ってしまった時に、隣で支えることだって思った』

 悠希の視線は、元輝の方を見たままだった。

『元輝が、真実を知ってしまっても、悲しくならないように、私がそばにいるよって、元輝のことを大好きな人は必ずいるよって、支えてあげたいって思った』

 静かな空間の中、機械の音だけが響く。

『でも』

 そして、俺の耳には機械の音の他に、悠希の『声』が聞こえている。

『私、ハルカちゃんと同じ病気なの』

 悠希は、ハルカと同じ病気だと気付いていた。

『ハルカちゃんが死んじゃった時、私も、そう遠くない未来に死んじゃうんだって思った』

 ハルカの死の後、悠希落ち込んでいたのは、寂しかったからだけじゃないんだとその時初めて気づいた。

 ハルカの死は、悠希にとって、死の宣告のようなものになってしまっていたのだ。

『きっと、元輝が一番つらくて支えてほしいときには、私はもう、隣にいないんだって……』

 悠希は目を閉じた。

『私はいつか死んじゃうから、この気持ちは、絶対に隠し通そうって決めたの』

「でも、アメリカに行って、治療してもらったら、治るかもしれないだろう?」

 悠希は目を開けた。

 その目はどことなく寂しそうだ。

『それでも、私が、元輝の隣にいられない事実は変わらないよ』

 悠希は、再び元輝を見つめた。

『だから、笹岡、私の想いは、元輝には内緒だよ』

 静かな空間に悠希の『声』だけがひっそりと聞こえた。

『私と笹岡の二人だけの秘密だよ』

 しばらくすると、悠希は静かに寝息を立てて眠り始めた。

 俺は、そっと悠希をベッドに戻した。


 悠希、本当に、それで、いいのか?

 自分の想いを、元輝に伝えなくていいのか?

 静かに夜が更ける中、『もう食べれないよ』と、元輝が『寝言』で言った。


 平和な夜が明けて、朝が来た。

『笹岡、おはよう!』

『ササオカ、good morning!』

 皆、昨日の夜中のことは知らない。

『うーん、あ、皆、おはよう!』

『悠希、いつもより寝坊だな!』

『ゲンキ!ヨコハイリ、ダメ!ゼッタイ!』

 悠希本人も、昨晩のことがなかったかのようにいつも通りだ。


 朝の朝礼と採血が終わった頃に、悠希の両親がやってきた。

『皆、そろそろ私、行くみたい』

『悠希姉ちゃん!しゅじゅちゅがんばってね!』

『ボクモ、タイインシタラアメリカイクヨ!』

『チックンの親玉を見つけたら教えてくれ!』

 皆が口々に別れの挨拶をする。


 本当に、自分の想いを言わなくていいのだろうか?

 俺は、悠希を見た。

 悠希はにこやかだが、その意思は固そうだ。


『よし、やるぞ!元気ー!』

 そうこうしているうちに、決めゼリフが始まってしまった。

『勇気ー!』

 悠希まで、ノリノリだ!

『悠希、大好き!』

『え?ゆ?え?』

 皆が『声』をそろえて行ったのは悠希の名前だった。


『遠く離れたところに行っても、僕たちは仲間だから!』

『うん!』

『それと、約束、忘れてないから!』

 悠希は、一瞬びくっとした。

『本当?』

 なあ、悠希、想いを伝えるなら、今なんじゃないか?

『ねえ元輝』

 ほら、今なんじゃないか?

『約束、守ってね!』

 悠希はこぶしを作って掲げた。

『もちろんだ』

 元輝もこぶしを作って掲げた。


 結局悠希は、自分の想いを告げないまま、アメリカへと旅立ってしまった。

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