表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/42

さよなら、悠希

「悠希ちゃん、明日だっけ?」

 駅に向かいながら、翠先生が言った。

「そうです。明日、いよいよ、アメリカに行くんです」

 荘太のおばあちゃんの寄付のおかげで、募金が目標額に達したため、悠希は、アメリカに治療を受けに行くことができることになった。

 そして、いよいよ、明日は、悠希がアメリカに渡る日なのだ。


 何か、妙な感じがしてそちらを見ると、パチンコ屋はすっかり跡形もなくなっていて、その後ろに建っている建物が見えた。

 建物の看板には「産婦人科」と書いてある。

「こんなところに、産婦人科があったんだ」

 俺の視線に気づいてか、翠先生が言った。

「そうですね」と、何とか答えたが、もやもやした感じは消えない。

 この感じ、『悲鳴』に似ている。


 病院の最寄駅で降りて歩いて行くうちに、また、もやもやした感じがしてきた。

 目的地に、近づくにつれ、もやもやした感じはだんだん強くなってきた。

 この『声』は、もしかして……?

 いや、でも、まさか。

 よりによって、こんな時に?


 そのもやもやの正体は、悠希の『悲鳴』だった。


『イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!死にたくない!死にたくない!』

『悠希!頑張れよ!明日すっげえ所に行くんだろ?』

 悠希を励ます元輝の『声』は物理的な距離のせいもあって遠巻きだ。

『ユウキ!ガンバレ!シンジャダメダ!』

『悠希お姉ちゃん!頑張って!』

 ほかのベビーたちも一生懸命に応援している。

『いやぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 それでも、悠希の『悲鳴』は止まらない。

 モニターからは生命の危機を知らせるアラーム音が鳴り響き続けている。


 インターホンの音がして、悠希の両親が招き入れられた。

 いつもは温厚な二人が、今日は、必死の形相だ。

「悠希!」

 母親の声に反応して悠希はそちらを見た。

『ママ!私!生きたいの!』

「悠希!ガンバレ!」

 今度は父親の声がして、悠希はそちらを見た。

『パパ!私、死にたくないの!』

 不意に、悠希の視線が、両親のどちらからもそれた。


『助けて!死にたくないの!』

 遠くを見るようなその視線は、果たしてどこを見ていたのか。


『助けて!元輝!』


 悠希の視線は、元輝を見ていた。


『絶対に!助けてみせる!』

 まるでヒーローのように元輝が言った。

『僕が、悠希のこと、守って見せるから!』

 物理的には遠いところにいるはずの元輝の『声』は、悠希の『悲鳴』をかき消すほどに大きく心に響いた。

『だから、悠希!生きろ!』

 その『声』は、本当に、悠希の『悲鳴』をかき消してしまった。

 モニターから鳴っていたアラーム音が静かになった。


『ねえ、元輝、本当に?』

 悠希が静かに言った。

『当たり前だ!チックンや、アメリカや、アクニンから悠希を守るって決めた!』

 元輝がこぶしを握った。

『約束、だよ?』

 悠希もこぶしを握り、その手を上にあげた。

『約束だ』

 元輝もこぶしを振り上げた。


「じゃあね!おっぱいせんせーも、ぼんきゅっぼんおねーさんもオレがいないあいだにうきわしちゃだめだよ!」

『突っ込むところが多すぎるよ、バカ兄貴……』

「竜ちゃん、しょーもないこと言わないの!お世話になりました」

 産婦人科病棟に翠先生を迎えに行くと、どうやら、鈴村の母親が退院するらしく、ナースステーションで挨拶していた。

 相変わらず、鈴村はおバカで、お腹の中の弟の苦労は絶えなさそうだが。


「そっかぁ、それで、悠希ちゃんの渡米が延期になってたんだ」

 電車が駅に到着し、俺たちは駅から我が家までの道のりを歩き始めていた。

「さすがに、急変の翌日はリスクが大きいですから」

 また、もやもやした感じがする。

 顔を上げると、産婦人科の看板が見えた。

 もしかして、このもやもやは『悲鳴』かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ