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事件のその後

 朝、電車を降りると、改札のところで産婦人科病棟のナースたちが待ち構えていた。

「翠先生、今日は、裏から入りましょう!」

「えー!遠回りじゃん!」

「いいから!」

 半ば強引に、俺も巻き込まれる形で、裏口から病院へと入らされた。

 着替えてナースステーションに入ると、ちょうど朝礼が始まったところだった。

「まずはじめに、報道関係者が正面玄関あたりをうろついているが、事務部が対応するので、我々は相手にしなくて良いとのこと。また、報道関係者が院内をうろついていたり、スタッフの業務を妨害するようであれば、医療安全係が対応するので連絡するように」

 気付くと、小さな音量でテレビがつけられていた。

 テレビの画面には見慣れた正面玄関が映し出されている。

 確かに、あの位置で報道関係者があふれかえっていたら、翠先生は確実に患者さんの通行の邪魔だと食ってかかるだろう。

 だから今朝は、裏口から入らされたのか。


 どうやら、報道陣が駆けつけるほどの騒ぎになったのは、船木ベビーのお父さんが、そこそこ有名人で、昨晩会見を開いて、妻と息子が亡くなったことについて、病院を相手取って裁判を起こすつもりだと語ったことが原因のようだ。

 奥さんのことは、俺もよくわからないが、船木ベビーの死は、特に、病院側の過失ではないと思うのだが、再び流れた会見の映像では、船木さんは鼻息荒く、病院のせいで二人は亡くなったのだとまくしたてていた。


 ピンポーン。

 面会時間でもないのに、何度目かのインターホンの音に、ベビーたちが反応する。

「○○放送局の者ですが、先日ここに入院していたこのことでお話を伺いたいのですが……」

 少し離れたところにいた看護師長があわててインターホン通話専用の受話器を取り、向こうからの声は聞こえなくなった。

 いつもなら、受付さんが応対するものだったが、今日はすべてのインターホンに看護師長が応じている。

『なんだ、またママじゃなかった』

『今日、冷やかし多いね』

『すっかり目が冴えちゃったよ』

 インターホンの音自体は、そんなにけたたましくないのだが、何度もなると、さすがにベビーたちも落ち着かないようだ。

「あの、井澤看護師長」

 その様子にいち早く気付いたのは、『声』が聞こえる俺ではなく、日比だった。

「インターホンが鳴るたびに、ベビーちゃんたちがそわそわしているので、報道関係者の方にはインターホンを押さないようにしてもらうよう貼り紙してもいいですか?」

「そうだな。じゃあ……」

 日比が機転を利かせてくれたおかげで、それから、報道関係者がインターホンを押すことはなかった。

 午後になり、やっとベビーたちが落ち着いてきたころ、また、インターホンが鳴った。

 貼り紙はがされてしまったのだろうか?

 だが、近くに看護師長もいない。

 受付の人が、周りを確認して俺の姿を認めた後、しぶしぶ受話器を取った。

「はい、NICUです。あ、はい、お入りください」

 ……お入りください?

 扉があいて、入ってきたのはハルカの両親だった。

「すごいテレビの人の数ですね」

 そういうと、朝からつけっぱなしだったテレビの画面を見た。

 ちょうど画面が切り替わり、まさに、今、病院の正面玄関の画面に切り替わったところだった。

「それでは、ちょっとお話を伺ってみましょう」

 しかも、病院前でインタビューをするらしい。

 リポーターが初めに話しかけた初老の婦人も、壮年の男性も、皆口をそろえて、恐ろしいとか、病院の管理体制がなっていないなどと言い、リポーターが、悲壮な顔で、「このように、病院の患者さんたちも、この事件を重く受け止めているようです」と、伝えた。

 一瞬スタジオに画面が戻ったところで、先ほどのリポーターが声を上げた。

「すみません!こちら、病院の正面玄関ですが、今、こちらに、超人戦隊スペシャルジャーのブラックこと穂積大輝さんの姿を確認しました!」

 今回の事件とは全く無関係のはずの元輝の父親が、リポーターに呼び止められていた。

「こんにちは!」

 急なインタビューに、全く動じることなく、元輝の父親はカメラに笑顔を向けた。

『お!パパの声がする!』

「今日は体調が悪いんですか?それとも、アクニンがこの病院に?」

「息子のお見舞いですよ。元輝!もうすぐ行くぞ!」

『おう!パパ!待ってるぞ!』

「ところで、この病院で、生まれて間もない赤ちゃんが亡くなり、そのお母さんも、病院を抜け出して自殺してしまったという凄惨な事件はご存知ですか?」

「そうなんですか?すみません、知りませんでした」

「恐ろしい事件ですよね、大事なお子さんを預けている身として……」

「あ、でも、何日か前に、産婦人科病棟の看護師さんが病院中を駆けまわって、患者さんを探している様子だったから、あの時、お母さんが行方不明だったのかもしれないですね」

「でも、その、管理体制とか、あの、赤ちゃんも……」

 予想に反する答えだったのか、リポーターがしどろもどろになっている。

「それに、ちょうど同じころに、息子の面会に行ったときに、危篤の子がいたみたいで、NICUのお医者さんも看護師さんも、みんな一生懸命救命していましたよ」

 あんぐりしているリポーターに元輝の父親はさらに続けた。

「確かに、お母さんが病院を抜け出してしまったことに関しては、病院の何ていうか、抜け出さないような努力みたいのが足りなかったのかもしれない」

「そうですよね」と、話し始めたリポーターの言葉を遮るように元輝の父親は続けた。

「でも、そんな風に追い詰めてしまう前に、お医者さんや看護師さんとかだけじゃなく、俺や、周りのみんなや、家族が支えてあげられていたら、結果は違ったのかもしれないとは思います」

 あんぐりしているリポーターからマイクを取り上げ、元輝の父親が言った。

「そうだ!みんな!一人一人が周りの人のことも気遣って、お互いに支えあうことが大事なんだ!誰かを助けたい、支えたいという気持ちがヒーローへの第一歩だ!というわけで、皆!日曜朝7時から、超人戦隊スペシャルジャーの放送、ぜひ見てくれ!」

『そうだ!みんな!やるぞ!』

 いや、今、そういう流れじゃないだろう?

『元気ー!』

 やっぱりやるんかい!

『勇気ー!』

 悠希まで……。

『自分大好きー!』

「あ!そろそろ帰らなきゃ!ハルカ、ごめんね!」

 決めゼリフが決まった頃、ハルカの両親はいそいそと帰り支度を始めていた。

 そして、帰って行ったハルカの両親と入れ違う形で元輝の父親が入ってきた。

「元輝、遅くなって悪かったな!ちょっと番宣してた!」

『パパ、バンセンしてたからしかたないよ!』

 番宣は最後の最後だけだったと思うのだが……。

「そこのテレビに映ってたから、きっと、元輝君もわかってますよ」

 隣から笑顔で話しかけたのは悠希の母親だった。

「あ、桜さん、お久しぶりです。悠希ちゃんは、あれから体調どうですか?」

「変わらず……です」

 悪くならないだけ、まだ良いのだと、悠希の母親は続けた。

「治せない病気なんですか?」

纐纈(こうけつ)先生がおっしゃるには、アメリカでは何例か治療成績があるらしいんですけど、日本ではまだ認可に時間がかかりそうみたいで、アメリカに行くにも……」

「よし!募金しましょう!」

 元輝の父親が張り切って言った。

『チックンの親玉はあめりかにいるのか?よし!そいつを倒そう!』

 元輝、それは、たぶん一番倒しちゃいけない相手だぞ。

『よし、やるぞ!』

 ま、まさか、やるのか?

『元気ー!』

 やっぱり始まった!

『勇気ー!』

 悠希はもはや条件反射の領域だ。

『自分大好きー!』

『みんな、あめりかを倒すぞ!』

 しかも、何故か国際問題になってる!


「ねえねえ、先生はいつオレのカノジョになってくれるの?」

 産婦人科外来に行くと、聞き覚えのあるクソガキの声がした。

『永遠にならないよ』

 そして、お腹の中からと思われる、クソガキの弟の冷静な『ツッコミ』も聞こえた。

「先生、今度はオレのぷろぽおずのお返事してね」

『だから、永遠に無理だっつーの!』

 弟君の『ツッコミ』が届かないまま、親子は帰って行った。

「あ、明君、今日の診察は終わったよ!」

「お疲れ様です」


 着替えて出てきた翠先生は、癖なのかわざとなのか、正面玄関に向かって歩き始めた。

 こ、これは、もし、報道陣が、救急車両が停まるところに車を停めていたり、救急でかかる患者さんの邪魔になるような位置にいたりしたら、翠先生がキレてしまう。

 ただでさえ、翠先生は産婦人科医で関係がないとは言えない状況下なのに、報道陣を前に暴れたりしたら、大ごとになってしまうかもしれない。

 これは、やばいかもしれない。

 そう思って覚悟していたのだが、玄関から出ると、報道陣は影も形もなくなっていた。

「穂積さんがインタビューの後に、報道陣の人たちに、この病院は、ほかの病院で治せない患者さんや、本当に緊急の患者さんも来るところだから、報道するなとは言わないけれど、せめて道は空けてくださいって、言ったみたい」

 俺の視線に気づいてか、翠先生が言った。

「それから、穂積さんのインタビューを受けて、本当に事実関係の確認をしていたのか、とか、船木さんは、夫として、父親として、本当に奥さんを支えていたのかっていう批判がたくさん出たみたいで、船木さんが少し頭を冷やしますって言って、事態が収束したみたい」


 駅から歩いていると、公園の所で、荘太君が待っていた。

「ごめん、荘ちゃん、待ってた?」

「いえ、僕もさっき着いたところです」

 荘太君と三人で我が家に向かった。

 帰宅すると、家の前で、子供を連れた女性が立ち尽くしていた。

 その姿を見て、翠先生が、立ち止まった。

 女性はこちらを振り返ることなく、子供を連れて歩き出した。

 どうしたというのだろうか?

 訳が分からないままその後ろ姿を見つめていたが、こちらを一度も振り返ることのないまま、女性と子供の姿は見えなくなった。

長い!そして、なかなか話が進まない!

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