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キマラナイ

『よし、流れの確認だ!僕が言って、悠希が言ったら、皆で『声』を合わせて言うんだぞ!』

 NICUについた瞬間、ベビーたちがすでにざわついていた。

『せーのとか言うの?』

『いや、そこは、気合で合わせるんだ』

 何だろう?採血をされないための算段だろうか?

 とは思ってみたものの、俺の出勤時間はいつもならとっくに採血は終わっている時間だった。

『キアイって言うの?』

『違う!僕が言って、悠希が言ったら、皆で『声』を合わせて言うんだ』

 不思議そうに見つめていると、不意に元輝と目が合った。

『お、いいところに来たな、笹岡』

 どうやら、俺に聞かれてまずい話ではなかったようだ。

『ちょうど今から……』

「朝礼を始めます!」

 元輝の『発言』は、冴木主任の甲高い声にかき消された。


『笹岡向こう行っちゃったよ』

『まあ、仕方ない。それでも、僕たちの本気がチックンを消滅させたんだから、決めゼリフってすごいな!

 ん?全員の採血がないってことはないだろう?

「えー、皆さん、本日、システムの不具合でまだ採血ラベルが出力できていなくて、採血ができていません」

 そういうことか!

 ベビーたちよ、採血は消滅していないぞ。

『よし、じゃあ、気合入れてもう一発!』

 元輝が意気込んだところで、今度はPHSの音に遮られた。

「もしもし」

 鳴ったのは纐纈のPHSだったようだ。

「システム復旧ですか、わかりました」

 電話を切ると纐纈は俺たちに向き直った。

「ラベル発行システム復旧したそうなので、今から採血を始めます」

『今、コーケツ、サイケツって言ったよ!』

『僕たちの本気で消滅したんじゃなかったのか?』

『元輝ウソツキ!』

『コーケツバカヤロウ!』

『笹岡バカヤロウ!』

 明らかに俺に対するのはとばっちりだろう!

 それにしても、ただでさえ慌ただしい朝に採血までするなんて……。

 しかも、纐纈は、いまだに採血はヘタクソだし……。

 当直の先生の方が採血上手かったのに……。

 ため息をついた俺の隣で、もう一つ大きなため息が聞こえた。

「ラベルでなくても、採血だけして名前書いて検査室に送っておけばよかったじゃないですか」

 冴木主任に聞こえる大きさの声で悪態をついているのは、黒川だ。

「まあ、確かにそうね」

 お、珍しく冴木主任が自分の非を認めた!

「纐纈先生、私の責任でもありますので、採血のサポートさせていただきますね!」

 ご機嫌に言い放った冴木主任に冷ややかな視線を投げかけた後、少し呆れたような面持ちで黒川は自分の担当のベビーの元へと向かって行った。


『よし、チックンに負けないように、今から決めゼリフを……サエキのおばちゃん、腕イタイ!腕押さえるのイタイ!うおー!チックン!イタイ!』

 決めゼリフを言う前に、採血された元輝は意気消沈していた。

『決めゼリフできなかった……チックン、イタイ……』

『元輝、また、次の機会に決めゼリフ頑張ったら……え?次、私?サエキのおばちゃん、押さえすぎ……コーケツ、ヘタクソ……』

 次に元輝をフォローしようとした悠希も採血をされてしまった。

『やめろー!』

『サエキのおばちゃん、イタイよ!』

『コーケツ、ヘタクソ!』

 冴木主任の無駄に力の入った押さえ方と、相変わらず上達していない纐纈の採血テクニックの最凶コラボにより、NICUにはいつもの三割増しの泣き声と、泣き『声』がこだましていた。

『よし、皆、今こそ決めゼリフをやるぞ!』

 最初に採血された元輝は、今日も空気は読めない。

『え?今?』

 さすがに、その唐突な思い付きに、悠希もついていけていない様子だ。

『よし、行くぞ!元気!』

 元輝がいうと、戸惑いながら、悠希がそれに続いた。

『え?ホントにやるの?ゆ、勇気!』

『悠希!『声』が小さい!もう一回!』

 そして、戸惑っていた悠希にすかさず元輝がダメ出しをした。

『元気!』

 元輝が勢いよく言った。

『勇気!』

 それに続いて悠希がヤケクソ気味の『声』で言った。

『……おい!みんな!』

 少し待って、元輝が『声』を発した。

『どうしたの?元輝?』

『決めゼリフだって!』

『あ、そうだった!自分大好き!』

 は?自分?ママとかパパとかではなくて?

『自分大好き!』

『大好き!』

『アチョー!』

『皆!『声』が小さい!あと、バラバラ!それと……』

 NICU戦隊ベビレンジャーの初めての決めゼリフは全く決まっていなかった。


『よし、次はにっこりの自主トレだ!』

 元輝が言うと全員が不気味な笑みを浮かべた。

『全然決まってないじゃないか!どういうことだ!』

『にっこりって言われても、よくわからないよ』

 元輝にそういいかえしたのはハナちゃんだ。

 ハナちゃんは、俺の視界に入ったベビーたちの中でもダントツで不気味にほほ笑んでいた。

『悠希おねえちゃん、どうしたら、上手ににっこりできるかな?』

 ハナちゃんが不意に悠希に聞いた。

『え?私?』

『だって、悠希おねえちゃんが一番、にっこりかわいくできてるんだもん』

『そうだな、悠希のにっこりが、一番かわいいから、悠希、何かコツ、教えてやってくれ』

『え?かわ……?……え?』

 突然降ってきたとんでもない任務に悠希が目を白黒させているうちに、元輝は眠ってしまった。

 何と無責任な!


『うーん、何っていうか、その、口の両端をこう、持ち上げるみたいな……』

『こう?』

『あ、何か違う、全然違う……えっとね、ほら、たとえば、マ……』

 悠希が口をつぐんだ。

『ま?』

『な、何でもない』

 俺の位置からは、悠希が『ママ』と言いかかっていたのが聞こえていた。

 だが、俺は、ハナちゃんの前では、『ママ』という言葉がタブーになっていることも知っていた。

 ハナちゃんのママは、ハナちゃんにソラ君が亡くなった真実を告げてしまったあの日以来、また、お見舞いに来ていないのだ。

『こんな感じ?』

『うーん……』

 ハナちゃんのぎこちなく、かつ、不気味な笑顔に、悠希が頭を抱えてしまっていた。

 悠希が頭を抱える気持ちもわからなくはなかった。

 ハナちゃんの退院の日は目前に迫っていた。

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