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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
真の領域
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行く道は異なる②

「・・・・・・・」

「いつまで落ち込んどるんや?」

 真新しいプレハブ小屋の壁にもたれながら冬風に当たりながら嫌なことを思い出さないように凍える風に体を震わせていたときに斉藤さんが私の顔を覗き込むように声をかけてきた。

「思い出させないでくださいよ」

 と膝に自分の顔をうずくめる。

 私は好きな人を危険な目にあわせてしまった。青色の炎に飲まれて不安を解消したいという私の弱みから私の意志を乗っ取って無差別に人を攻撃した。キョウ君にも軽かったけどやけどを負わせてしまった。それだけじゃない。私はひとりの人間の命を奪ってしまったことが一番私の心に深く突き刺さった。キョウ君が言っていた誰も殺さないという意思はこの痛みから来ているんだと強く感じた。

そこで思い付くいろいろなこと。

 もっと、私自身に力があれば?

 悪魔に負けないくらい強い心を持っていれば?

 自分の弱さに腹が立って死にたくなった。

 今回もキョウ君に助けられた。この悪魔術を使えばキョウ君の力になれると思っていたんだけど、思っていただけだった。私は弱い。守られるだけの存在だって事だ。

「結局、私は弱いままなんですね」

 この世界に来ても人は変わらない。

「弱いままかどうかは城野さん次第やで」

 斉藤さんは私の隣に座る。

「デニロやって最初から悪魔術を我が物のように使えたわけやない。今回、城野さんを助けてくれた国分やって初めから強かったわけやないはずや。誰だって最初は弱いんや」

 誰だって弱い。

「強くなるということは自分の弱さを分かっていないと強くはなれないとワイは思うんや。例えば、ワイのような治癒魔術の教術師の弱点として戦う場面になったとき、戦いの手段としては魔術を使うことのできない非魔術師(アウター)となんら変わらない。それがワイの弱さや。頑丈なやけで何もできない。そこでワイはその弱さを分かった上でいろんなことを学んだんや」

「いろんなこと?」

「銃の使い方や格闘術。火属性のような高い火力を出せないワイは白兵戦だけでも右に出るものはいないレベルまで自分を鍛えたんや」

 白兵戦というのが実際にどんなものか分からないにしても、斉藤さんは攻撃するときに魔術や教術は使わない。いや、使えないらしいのだ。私たちが海賊につかまったときに見せたあの戦いぶりは弱い自分を理解したうえで身につけた強さということなのだろう。

「城野さんは自分のどの部分が弱いところやと思う?」

「私の弱いところ」

 それはたくさんある。

「いつも不安ばっかり抱えていること。何も知らないこと。優しすぎるところ。自信がないこと・・・・・・後は・・・・・・不安なことから目を背けていること」

 最後のが一番大きな私の弱さだと思う。

 初めて青色の炎と関わったときもキョウ君と再会したのに報えないことに対する不安とキョウ君を取り巻く異性との人間関係に関する不安を解消したいと目を背けて悪魔に与えたことで私と悪魔の付き合いが始まった。斉藤さんが殺されてしまったと思ったときも私の心の支えがなくなったことに対する不安が悪魔を成長させて私を飲み込んだ。

「なら、城野さんのやるべきことは決まっているやないか」

「え?」

「今の不安と向き合うことや」

 斉藤さんははんてんの袖口から一枚のカードを私に手渡してきた。そのカードには五芒星の陣が描かれている。それは魔術を発動させるためのものだ。そして、私に渡してくるということはその魔術が何なのかは見当がついてしまう。

青炎(せいえん)ですね」

「そうや」

「私は一度この炎に飲まれているんですよ。そんな力をまた私が使えるかどうか」

「それが今の城野さんの不安やな」

 図星だ。実際にまた炎に飲まれて無差別に人を襲ってしまうのではないかと考えてしまうと私はその悪魔術に手をつけることはできない。

「なら、その不安と向き合うや」

「どうやって?だって、私は」

「向き合うことをしなければ何も変わらない。悪魔に勝って自分から掌握するためにはどんなことをするべきか城野さんは考えているんか?」

「そ、それは・・・・・」

 この魔術の世界に来て右も左も分からない私はただ運命の流れに流されるようにここまでやってきた。デニロに言われるがままに悪魔術の使い方を学び、潰されそうになったところを斉藤さんに助けてもらう日々。

「これからのことは団のことも何も考えなくて良い。城野さんは何をしたい?」

「私は・・・・・」

 したいことはここに来る前と何も変わらない。

「ここにいたのか」

 プレハブ小屋の窓からキョウ君が顔を出した。

「なんか用か?」

「ああ、ふたりに話したいことがあってさ」

 話したいこと?

 斉藤さんは私が重大な決断しそうな場面を邪魔されたことに少し不機嫌そうに糸目でキョウ君を睨んでいるつもりなんだけど、正直睨まれているのかキョウ君自体は分かっていないようでただ首を傾げるだけに留まった。私からすれば決断の時間が先延ばしされたことで少し安心している。でも、それはひと時の安心だった。

「俺はここを出ようと思ってる」

「出るってどこに行くんや?」

「イギリスだ」

 その答えにレンガつくりの建物が立ち並んでいておしゃれなところだろうなとのんきなことを思っていると隣の斉藤さんは大きく声を張った。

「イギリスやと!それだけはあかん!団としてそれは許せん!」

 激怒したようにキョウ君に向かって怒鳴り散らす。その斉藤さんの反応を予想いたようにそういうと思ったよっと呟く。私からすればどうして斉藤さんが起こっているか全然分からなかった。

「なんでや!なんでわざわざ国分を狙っている魔術組織の本拠地のある国に行くんや!」

 キョウ君を狙っている魔術組織って何?

 私の新たな不安要素がさも当たり前のように浮き出てくる。

「俺はこの国に来てシンの力の根本である神の法則の一部かもしれないものと出会った。だが、結局どれもシンの力に直結するような情報じゃなかった。ハンナがシンの力を知るためには持ち主だったシン・エルズーランのことを知る必要があると強く感じた。キュリーさんがシンと知り合いだった。それは俺の知るシンの知り合いよりもかなり昔に知り合ったことが分かった。MMが日本を目指して逃亡したことでおきた戦争より前にシンが暮らしていたところに行って俺はシンについて知ろうと思う」

 キョウ君は私よりも遥か前に進んでしまっていた。悪魔術を手に入れてやっと同じところに立てたと思ったらキョウ君は現状に満足せずに進み続けていた。自分に足りない弱さを見出して。

「あかん!敵地に行くだけでもあかんのにしかも案内役に敵を選ぶとはどういうことや!」

 激怒する斉藤さんを冷たく突き刺すような声が間をさす。

「そもそも、あなたたち団と彼が行動していること自体も敵味方という関係ではないの?」

 声はプレハブ小屋の影からだった。レナを狙ってやってきた黒の騎士団と敵対関係の組織でキョウ君を狙う魔術組織の幹部クラスの女性。キュリーさんだ。薄い金色の髪が月明かりの下で輝く。冷酷で鋭い瞳が私たちに突き刺さる。

「確かに国分とワイらは敵対関係ではあったが、同じく古代魔術兵器の発動を阻止するという意見が合致して共に行動しているだけや」

 つまり、かりそめの味方同士の関係。

「その意見には私も合致するところがあるわ」

「なんやと?」

 怒る斉藤さんと冷静なキュリーさんは対照的な精神状況だ。

「古代魔術兵器カントリーディコンプセイションキャノンの恐ろしさは私もこの目でしっかりと焼き付けている。私の師、ロズ・エクハルトはたまたまその砲弾から国を救うことができても同じ奇跡が起こるとは考えにくい。私も、カントリーディコンプセイションキャノンの発動阻止の考えは同じよ」

 ここで私の浮かんだのは斉藤さんの言う古代魔術兵器を発動させようとしているのはキュリーさんたちの魔術組織でそれを阻止しようとしているのが私たちの団とキョウ君だ。でも、キュリーさんはそれを止めたいと言った。大きな矛盾はそこにあった。

「どういうことや?お前はカントリーディコンプセイションキャノンの発動を阻止したいと?その意見は自分の所属する魔術組織の以降に背いているものやないんか?」

「背いているわよ」

 あっさりと認めた。

「な、なんでや?」

 若干動揺する斉藤さん。

「言ったでしょ。あんなものを発動させることに何もメリットなんてない。ボタンひとつでその国のことをすべての人が忘れていくのよ。今この瞬間に4年前に起きたカントリーディコンプセイションキャノンが発射された事件のことをどれだけの人が覚えているのか」

 この場において私だけが置いてけぼりだった。

「それに私は国分教太の敵味方を区別しないその考えに賛同しただけよ。だから、約束するわ。私は何があろうとイギリス魔術結社の七賢人は第5という立場を使って国分教太は必ず古代魔術兵器の発動に関与させないことをここに誓うわ。もしも、この誓いが信じることができないというならばこの場で私を殺してもらってもかまわない」

「おい!キュリー!」

 さんが抜けているわよっと釘を刺されるがそんなことを指摘している場合じゃない。信じることができないのなら殺してもいい。その言葉に私も含めて斉藤さんも重く感じた。釣り目の青い瞳からみなぎる強い意思は斉藤さんの口から信じることはできないという否定の言葉をねじ伏せられる。

 私は不安を糧とする悪魔術の使い手だから分かる。斉藤さんは本当に目の前の敵にキョウ君を任せていいのだろうかと不安を隠せずにいる。キュリーさんの言葉を信じたい。でも、キョウ君を利用されるという不安もある。選択を決めかねているときだった。

「そんな深刻な顔をしなくても大丈夫ですぅ」

 緊迫する空気を一気に和やかにする一声がキョウ君の背後から聞こえた。

 それはもちろんハンナさんだ。キョウ君の上にのしかかるように窓から顔を出す。

「私もふたりと一緒にイギリスに行きますからぁ」

「はぁ?」

「え?」

 キョウ君とキュリーさんが同じような反応を見せる。

「どうしてそんなに驚くんですかぁ?」

「驚くも何もどうしてお前が一緒に?」

「だって、面白そうじゃないですかぁ」

 面白うそうって何が?という疑問をこの場の誰もが抱いた。

「神の法則に守られたシン・エルズーランの力はどこでどうやって発生して手に入れたのか興味があるんですぅ。それに魔術に関する文献は団の本部よりも魔術発祥の地であるイギリスに多く存在しますぅ。その辺の資料も見ておきたいって思っているんですぅ」

 そこに生まれた奇妙な構図は私にはピンと来ていなかったけど、誰もが驚くものだった。

 キョウ君は組織に加担している。キュリーさんはイギリス魔術結社の幹部でハンナさんは黒の騎士団の分隊長だ。敵対する3つの組織に属してそれなりに影響力のある3人が互いに手を取って行動を共にするというのはきわめて異例の事態だったことにそのときの私は何も感じていなかった。

「アハハハハ!!!」

 高々と声を上げて笑ったのは斉藤さんだった。

「ありえへんやろ。3つの組織の人間が手を取り合って行動を共にするとか面白いやないか!ええやろう!国分!十分に気をつけるんやで。イギリスは世界で一番魔術が発展した国や。今までの常識が通用するとか限らないで」

 するとキョウ君も笑みを浮かべて返す。

「俺にとって魔術って言う力自体が常識の範疇にはないよ」

 それは私も同じだ。

「そうと決まれば早速明日にもここを出ようと思うわ。結社経由でイギリスへ入るわ」

「その前にいろいろやっておきたことがある」

 キョウ君が私の方を見た。

「香波。俺と来るか?」

「え?」

 それは今までとは立場が入れ替わったアプローチだった。私が求めてもキョウ君はそれを拒否して一緒にいることを否定してきたのに今回はキョウ君から私を求める声をかけてきた。

「せっかくここまで追いかけてきてくれたんだ。ここで突き放すほど俺は鬼じゃない。こんなところで俺はお前をひとりにはさせない」

 それはこの未知なる魔術の世界にやってきた私の勇気を賞賛しての誘いだった。悪魔に心を飲まれてキョウ君に攻撃もした私を恐れずにいつもと同じように接してくる。そのやさしさに私は―――。

 涙が不意に流れる。

「え?香波?」

「泣かせましたねぇ」

「泣かせたわね」

「泣かせたな」

「俺何か不味い事言った?」

 うれしかった。単にそれだけで流れた涙を乱暴に拭き取る。

 こんなやさしいキョウ君が今まで私にお別れの言葉しか言わなかったのは単に私を拒絶する負の意味だけなわけがない。自分の弱さを分かって人に心を許して打ち解けるだけの魅力と力をキョウ君は持っている。だから、敵対する人たちとこうして手を取り合ってきた。私もキョウ君みたいに強くなりたい。そのためには私には足りないものがたくさんある。だから、出す答えは。

「ごめん。いっしょには行かないよ」

 笑顔で答えた。キョウ君はてっきり了承すると思っていたようで断った私の言葉に驚愕して表情が固まる。

「今の私にはキョウ君と同じ場所に立つ権利がないよ。でも、一度は立つことができたんだよ。悪魔術を手に入れてがんばってキョウ君のところまで這い上がってきたんだよ。だから、今度も私が自力でキョウ君と同じところに立てるようにがんばるから待ってて」

 そして、最後に添えるのは永遠の別れじゃない。再開を誓っての言葉。

「またね。キョウ君」

 笑顔でまた会えるように。

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