青炎の悪魔②
ワイことトモヤ・サイトーは黒の騎士団第2分隊長をしている身として団員の能力についてある程度把握する必要がある。仕事は基本的にサボったり擦り付けたりするが能力把握だけは怠らずに行っている。例えば、アテナの場合は人工的に天使の力をつけられたことで陣を必要としない魔術と言っていいのか疑問が残る力を有している。使う能力は羽を使った浮遊と同じく羽を使った衝撃波と防御。後は三千里先まで見渡すことのできるという天使の瞳。とまぁ、こんな感じや。
この作業は他の分隊長も同じことで団の持つ魔術に関する資料が大量に貯蔵された図書館では情報収集を行うのが基本的なことで第1分隊長にして副団長のデニロもいっしょだ。
「何を調べとるんや?」
ワイが図書館に訪れる理由は団員の能力把握のためと昼寝をするためだ。図書館は私語厳禁で静かでしかも書物を痛ませないようにするために結界で温度湿度まで管理しているらしい。それはいわば快適な昼寝スポットということにもなる。そんなワイが昼寝をしようと図書館にやって来たときに普段表情を見せないのに難しそうな顔をしていたデニロを見て興味本位で声をかけた。
ワイと一瞬だけ目を合わせると再び資料に目を戻した。横から覗き込むと魔方陣について細々と記されていた。
「何の魔術や?」
なるべく小声で聞いてみるとデニロはまたワイの方を見て少しためらいながら答える。
「青炎」
青炎と言えば、城野さんの使う悪魔術のことだ。二日ほど前にこっちの世界に連れて来たおどおどとした少女だ。新しい団員として同じく悪魔術を扱うデニロの隊に配属されたと聞いている。新しい団員の情報を得るためにこの図書館に来たといういたって普通の理由だと思ったワイはすぐに立ち去るつもりだった。普通に仕事をしているだけのデニロを見ても邪魔しても何も面白くないからだ。だが、一度何を調べているのか訊いてしまった以上はきりのいいところまで聞いてやろうと青い炎について喰いこむように聞く。
「青炎はどんな能力なんや?」
「基本は基本は火属性魔術を変わらない。魔力を使わずに不安という感情を糧にしているらしい」
それはまた分かりにくい糧やな。
「それにそれに発動させる陣もすごく複雑。発動させた魔術師は相当の繊細で頭のいい奴だ」
見せられた資料には複雑な陣の構造が描かれている。少なくとも陣の大きさはひとつの町を丸々囲ってしまうような大きさをしているのは確かだった。そんなものを邪魔もなく作りあげるとなると確かに位置のずれなく作る繊細さと邪魔をされないための気配りをするだけの頭の回転力が必要に思える。
「それとそれともうひとつ。これがたぶん一番重要なことだ」
「重要なこと?」
「この青炎が糧としている不安という感情は悪魔術と相性が悪すぎる」
「どういうことや?」
いつの間にか聞き入っている。
「悪魔術は術者の弱みの隙に入り込んで術者を食らうことが多い。実際に俺の知り合いにも悪魔術にのまれて仕方なく殺されてもいる」
そんなリスクまで負って悪魔術を使おうと思う奴の気がしれんとは言えない。目の前にその悪魔術を難なく使う奴がいるから。そのリスクを理解したうえで使えばデニロのように魔術師と比にならないほどの強さを得ることもできる。
「それでなんで青炎が相性悪いんや?」
「それはそれは不安という感情はいわば人の弱み」
・・・・・確かに。
「不安がなければ青炎は本来の力を発揮しない。だからと言って香波を不安にさせ過ぎて潰れてしまったら青炎に悪魔に食われてしまう。不安にさせつつ悪魔術にのまれないようにする・・・・・これはこれは今までの悪魔術の中で扱い難しい」
力をつけるためには不安にさせなければならないが、不安にさせ続けると悪魔魔術にのまれてしまう。だからと言って不安にさせなければ青炎の持つ本来の力を使うことは難しい。デニロの言うとおり扱いが難しい悪魔術や。
「そこで頼みたいことがある」
「ワイにか?」
改まって俺の方を向いて頭を下げる。
「香波を支えてほしい」
「ワイが?城野さんを支えるってどういうことや?」
「香波は魔術に対して無知だ。そこでそこでその無知な部分を使って俺が不安にさせる。トモヤには不安な香波を支えてほしい。安心とまでは言えないが少し不安を解消させる役になってほしい」
「ワイがか・・・・・」
「基本的に本部に引きこもってアテナ辺りに仕事を押し付けて図書館で昼寝をして暇そうなトモヤだからこそ頼んでいる」
「ワイをバカにしてないか?」
「だがだが、気さくで明るい奴だ。面白小ネタもたくさん持っている。それを使って香波の不安が少しでも和らげるように悪魔にのまれないように救ってやってほしい。俺が香波を不安の沼に引きずりおろしてトモヤがそんな香波を引っ張り上げてほしい」
まるで綱引きやないか。だが、それが悪魔術と付き合っていくうえで必要な処置なんやろう。青炎の力を弱めず青炎にのまれず。そんなぎりぎりの境界線を保つには不安に引き込む役と引き上げる役が必要なのも分かる。それにワイがデニロの他にも団員の多くの弱み的な情報をいろいろ知っている。それを暴露する時は大抵周りの空気は和んでいるのは確かだ。しかし、
「なんでワイなんや?確かに団員の小ネタを挟んで場を和ませているんやけど、そんなことできる輩は他にもおるやろ」
「・・・・・トモヤにしかできない」
「なんでや?」
そこまで断定してワイを頼む理由が分からない。
「不安の沼に引き込む役は別に俺じゃなくてもいい。代用はいくらでも利くが引き上げる役は長い時間をかけて信頼関係を結んだものにしかできない。代用は利かない。トモヤ、お前は死なない。どんなことがあっても生き残る、不死身のサイトーだからこそ頼んでいる」
引き上げる役に代用は利かない。ワイは治癒魔術の教術師で高ランクや。そっとやちょっとの怪我では死なない。不死身と言われるゆえんもそれや。不安を解消できる相手はそんなすぐに代役が務まるかと言われたら確かにできない。死なないワイにしかできない役。城野さんを支え、不安の沼から引っ張る役。
「しゃあないな。やったる。引き上げる役を」
「ありがとうありがとう」
深々と頭を下げて礼を言う。
別に長年付き合っている好として承諾したわけやない。デニロという男は早々感情をセクハラ目的以外で人をここまで気遣い心配するような奴ではない。それはどれだけ青炎という悪魔術が危険かということを物語っている。団の入団交渉をした時の城野さんは本当にただの少女だった。かわいげのある普通の少女。そんな少女に悪魔の力を背負わせることに気が轢けている自分もいた。無理やり引き込んでしまったという若干罪悪感も承諾した理由のひとつと考えてもいい。
城野さんを支えるのは別に異世界に逃げる魔術師を捕らえるために悪魔術にのまれては困るという団の目的のためやなくてひとりの少女を悪魔の手に染めてはならないという善意からの使命感からや。
それからワイは城野さんを見つければなるべく声をかけるようにした。不安におぼれそうな彼女はワイにすがった。そうすることで悪魔にのまれないで済んでいた。ワイは死なない。だから、この現状はいつまでも続くと思っていた。
しかし、現実はうまくいかない。現状はいつまでも続かず混沌と目まぐるしく変わり続ける。
全身の感覚がない。手足を動かそうとしても動かし方を忘れてしまったかのように感覚が消えてしまっている。その感覚のない体はまるで水の上にでも浮いているように意識も水の中に沈んでしまいそうになった途端、ちくり・・・・ちくり・・・・ちくりと体の感覚が痛みという形を伴って戻ってくる。感覚が戻ってくるのと同時に意識もゆっくり戻ってくる。
イギリス魔術結社の七賢人は第3、ゴンザレス・フォレストの一撃を受けて全身が巨大な石にプレスされたみたいにぺちゃんこにつぶれてしまっている。それも少しずつ回復に向かっている。肉や血液や骨が自分の体じゃないみたいにミミズみたいに動き回ってどんどん元に戻っていく。いつもならこの気味の悪い光景を見ない。自分の肉体だと分かっていても気持ち悪くなるからだ。でも、この時ばかりは早く治れ!治れ!と強く思っているせいか再生する体を凝視していた。立ち上がるにはまだまだ時間がかかる。
早く!早くするんや!早くせんと間に合わなくなる!
かろうじて見える視界に入る青い光。背中から翼が生えてお尻辺りからは尻尾が生えてまるで毛のように手足に耳のように頭に青色の炎がひとりの少女を、城野さんを包み込んでいた。猫背で両手は力なくて垂れさがっている。
それは説明されなくても分かる。不安の沼に引き込まれないように引っ張っていたワイが手を離してしまったからだ。彼女は不安に飲まれて悪魔に食われかけている。でも、まだ声が聞こえる。怪我で聴力が落ちているせいで何を言っているかまでは聞き取れなくともその声はまだ城野さんや。
まだ、引き上げることはできる。不安の沼から。だから!早く!早く治れ!




