別の魔女⑥
凍える冬の風がプレハブ小屋の窓をガタガタと叩く。時刻は間もなく日付が変わろうとしている。暖房の利いたプレハブ小屋内は暖かく寝るには最適な環境だ。二段ベッドの2階にレナと香波が寄り添うように眠りについている。相談の結果、男女で二つのベッドを分け合うことになった。俺はサイトーと寝ることになったのだが、カーテン越しに見える部屋の明かりに誘われるかのようにベッドから抜け出してカーテンの向こう側に出るとそこには黒縁の眼鏡をかけてテーブルの上に紙と鉛筆と色のついた石を広げて本を読みながら没頭するハンナの姿があった。
走り書きしたメモがガラス製のテーブルに張り巡らされていて向かい側のソファーには本や資料が散乱していた。置いてあったパンにかぶりつきながらテーブルに広げた紙に書き込んでいくと俺の気配に気づいた。
「何ですぅ?起きていたんですかぁ?」
「まぁな」
天井からランタンが吊り下げられているが中から発する光は強く部屋全体を明るく照らす。そのランタンが明るく照らすテーブルの上に広げられていた紙に書かれていたものは五芒星が描かれており交差点に円が書かれておりその円の外枠に何か英語で書かれている。だが、どれも半端で所々消された後も目立つ。
「まだ、全然完成には程遠いんですぅ」
「なんの魔術なんだ?」
「さぁ?」
「いや、分からないんかよ」
ハンナの向かい側のソファーに散乱していた資料を集めてソファーの隅に追いやってから腰かける。
「何か飲みますぅ?」
ストーブの上に置いてあったやかんから湯気が立っていてハンナはそのお湯を使って紅茶ポットにお湯を入れた。
「じゃあ、一杯だけ」
「おいしくないので勘弁してくださいねぇ」
しばらく、蒸らすためにポットを放置しながら近くにレナが洗っておいてくれたであろうティーカップをテーブルの上に置く。普通に陣をかいている紙の上に置く。
「いいのか?汚れるかもしれないのに」
「ああ。大丈夫ですぅ。たぶん、これも失敗なんで」
「え?そうなの?」
ハンナがポットからカップに紅茶を注いで俺に渡してくる。素直に受け取るとハンナは自分のカップの紅茶をちびりちびりと飲むとテーブル上の陣を眺める。
「魔術というのはそのすべてが人から生み出されたものなんですぅ。それを生み出すのも何億分の1とかいう確率ですぅ。収納魔術のような誰でも使える超便利な魔術に関しては100年にひとつくらいのレベルですよぉ」
「そんなに新しい魔術を作るのは困難なのか?」
「はい。理論上は陣を通って魔力がこの形になってこの効力を発揮するはずだと分かっていても実際にはうまくいかないものですぅ。新しい魔術を作り出すというのは運も絡んでくるものですぅ」
「ふ~ん」
紅茶を一口飲む。ほのかに苦味がある程度でおいしいかと言われたらどうともいえないような味だ。香りも微量で紅茶というよりは少し苦いお湯にも感じられるがハンナは何も気にせずに飲んでいる。
「そもそも、新しい魔術ってどうやって作られているんだ?」
教術師である俺は魔術に使う陣の知識はかなり薄い。俺がもしも魔術師ならばアキにその仕組みとか作り方とかを詳しく聞いていかもしれない。
「そうですねぇ。まずはコンセプトをきめるんですよぉ。私の場合は蘇生魔術と命名している魔術の場合ですと、回復魔術と治癒魔術に近い性質を持っているのでそれに似通った情報を陣の円の外側に書いて適当なレベルの陣で魔術が発動するか試すんですぅ」
十字架を取り出してテーブルの上に置いてある陣に向かって打ちこむが何も反応がない。
「なんで何も起こらなかった?」
「流れた魔力がどう変換するのかをまだちゃんと書き込んでいないからですぅ。魔力が変換内容を読み取って陣の上に設置してある変換材料と流された魔力を使って変換する」
「変換材料?」
「属性魔術で例えるならば陣の交差点に火属性ならば赤いものを水属性ならば青いものをとその魔力をその属性に変えるものですぅ。陣の外側の命令が陣を流れる魔力に命令を送り、交差点に設置された変換材料の石に触れることで魔力がその属性に変換されてその変換された属性は陣の中央に集められてその属性、火や水を放つというのが魔術を発動するうえでの魔力の流れですぅ」
つまり、外側に描く英語分がいわば陣の命令器官で変換材料が命令を受けて流れてきた魔力を別の力へと変えるということか。
「魔力は人の目には見ることのできないですしぃ、一番厄介なのは命令器官である外側に描く内容なんですぅ」
一応、陣の外側に何か筆記体で描かれているが英語ですら読めるかどうか危うい俺が筆記体何て読めるわけがない。が、陣の外側にびっしり描かれている。
「これって多い方がいいのか?」
「そういうわけでもないですぅ。情報量が多いと魔術の発動は遅れますしぃ、それに陣が大きすぎて収納魔術の中に納まらない問題も発生しますぅ。事実、発動もできて強力な魔術も存在するんですけどぉ、収納魔術の中に収めることが出来ずお蔵入りとなる魔術も多々存在しますぅ」
大きすぎる陣のことを俺は知っている。それは変換材料に不安の炎を用いる香波の使う青炎だ。後からアキに聞いたことだが青炎は俺の住む町を丸々飲み込むほどの巨大な陣だったと。あれを収納魔術に収納することは町を丸々収納するのに等しい。
中にはそういう魔術も存在することを経験として知識の中に取り入れている。
「まぁ、多い方が正確に発動できるますけどぉ、作製に労力と時間を費やすしますしぃ、大きいと微調整がうまくできないので逆に難しいんですぅ」
こんな限られた狭い空間では確かにそうかもしれない。
「どういうことを描くんだ?」
尋ねると紅茶を飲みほしてテーブルの隅においてから身を乗り出す。
「まず、最初にcommandと書いて無属性魔術であることを示すNormalを書きますぅ。これでこの陣が無属性魔術の陣であると明確にさせますぅ。属性魔術の場合はAttributeの後にコンマをつけて火ならflame、水ならWaterのように書きます。その後にそれがどんな形になるのかを示していきますぅ」
「へぇー」
「回復魔術の場合はNormalの後にスラッシュを入れてRecovery/Center near point/と描きますぅ。最初にその魔力でそうしたいのか?回復させたい。そして、その効力をどこから発揮させたいのか?陣の中心部から近いものを回復させる意味を入れますぅ」
「へ、へぇ~」
「・・・・・理解する気ありますぅ?」
「ありません。つか、できない」
アキが俺に陣の作成を詳しく教えてくれなかったのは理解できないということを見越していたからかもしれない。まぁ、俺は教術師で陣を使って魔術を発動させることはないから大丈夫。理解しなくても。
「回復魔術は簡素な感じですけど、作った本人はかなりの苦労があったみたいですぅ」
「そうなのか?」
まだ、簡単そうだけど。
「回復という英単語には多くの意味がありますぅ。Recoveryという英単語でも元に戻るという意味の回復という意味の他にも立ち直る、病気が治ることを意味する回復といういみもありますぅ。回復魔術の場合は元に戻す、つまり負った怪我を回復させる元に戻そうとする魔術ですねぇ。他にも影響を与えたいものはどこにあるのとかその有効範囲の設定とか陣のレベルで対応できる範囲で示さなければならないんですぅ」
言葉の解釈が魔術師によって操作できないようだ。回復と言えばゲームのRPGとかで言うヒールというイメージが強いがそれでは言葉の意味の上で思うように回復してくれないということだろう。
「なんかめんどくさいな」
「根気が大切なんですぅ」
そう言いながら陣に新しく書き足していく。その手に取って眺めている本は英単語の意味を記す辞書のようでそれを見ながら頭を抱える。
「こう考えると魔術を作った人たちは素晴らしいと思いますぅ。普通ならば、この世界に無数に存在する単語を組み合わせてその意味を目的の方向に修正して最適な変換素材を選ばなければならないんですよぉ。すべての魔術を作り出すのに一体どれだけの時間がかかっているのか想像するだけで眠くなりそうですぅ」
俺の右手を凝視しながら愚痴のように呟いた。
「一番、簡単に新しい魔術を作り出す方法としては教術の陣を複製すればいいんですけどぉ、なかなか難しいんですぅ」
シンの力も教術ではあるが陣が存在する。その陣を全く同じように複製すればこの力も使えなくないが、陣が現れるのは一瞬だ。それに変換素材に何が使われているのかもわからない。だが、一番厄介そうな陣に必要な情報を書き示す作業は短縮される。その分作りやすい気がする。
「作れないのか?」
「作りたいのはやまやまなんですけどぉ、作らせてくれないんですぅ」
「え?」
「教術は確かに魔術と法則上は変わりないですぅ。でも、魔術として存在しないものも多いんですぅ。例えば、組織のボスであるMMが使う絶対防壁と名高い絶対防盾のような教術は魔術としては存在しないんですぅ。もちろん、シンの力も同じですぅ。そんな唯一無二の力というのは実際に対峙して見ない限りはその特性や弱点を知ることはできませんよねぇ。それが教術師の売りのひとつなんですぅ」
自分以外は誰も使わない。確かに俺のシンの力も魔力ではなく自然現象を糧にしているとは使う本人や近しいアキのような存在くらいしか知らない。相手に自分の情報を与えない面としては有利だ。そう簡単に広まってしまえば、自分の強みを失うことになる。それを好むものなんていない。無の存在だった俺だからこそ言える。
「つまり、教術のことを詳しく知っているのはその教術を使う本人だと私は思うんですぅ。本来よりも半分程度しか使えていないとかいうその力も教太くんならどうしてなのかきっと分かっているのかもしれないですぅ」
どうしてなのか?
「私が魔女としてシン・エルズーランの力について教えることができることはふたつですぅ。ひとつはシン・エルズーランについて知ること、ふたつは感覚だけで操って来たその力を少し意識で使うことですぅ。そうすれば、おのずとその力も自在に使えるようになるはずですぅ」
俺は右手を見つめて拳を握る。俺は知らないだけだったのかもしれない。いや、他人から情報を得るばかりで自分からこの力について知ろうとしていなかった。今後は自分なりに力の解析をする必要がある。目の前のハンナが親友を救うために根気よく励んでいるように。
「ありがとう。ハンナ」
「例には及びませんよぉ。ただ、代償はきっちり払ってもらいますぅ」
「へ?」
笑顔で半開きの瞳をキラキラさせ興味津々に俺を見つめる。
脳裏に流れる。気をつけろという警告の言葉。
「今度、そのシンの力をじっくりまんべんなく細かくじっくり解析させてもらいますねぇ」
指を奇妙にくねくねと動かして俺に迫ってくる。
「え、い、いや、この力は・・・・・」
「あれだけ情報ややるべきことを提示したのにただとは言わせないですぅ」
やばい。こいつはやばい。普通に考えてこの教術を魔術師が使えるようになるのは困る。俺の唯一無二のセールスポイントがなくなる。
「待て!」
その時、足元に散乱して資料に足を取られた。
「おわぁ!」
そのまま迫ってくるハンナの足を蹴りあげてハンナのそのまま俺に向かって倒れてくる。俺は躱すために左に体をひねる。ハンナも俺を避けるために右にそれるが、結果的にそれのせいで俺が覆いかぶさるように倒れる結果となった。
「だ、大丈夫か?」
「・・・・・体を払うのでその力の情報が欲しいですぅ」
「おい!」
何言ってるんだよ!パジャマのボタンに手を掛けるな!
「キョウ君何してるの?」
「え?」
顔をあげるとそこに香波の姿があった。見下すその表情から分かる。すごく怒っている。それはなぜなのか。ハンナを押し倒して服を脱がそうと脅迫しているように見えなくもないはずだが、半分寝ぼけている香波は一言告げた。
「不安」
「あ」
その単語はまずい!
「不安。キョウ君はどんどん知らない女と関係を築いてどんどん離れていく。不安だよ。不安で不安で!」
カードを取り出して十字架を打ちつけようとする。
「待て!ここで青炎を使うのはまずいって!」
十字架を打ちつけようとする手を掴んで押さえつける。
「なら、このまま私を襲って!安心させて!」
「襲って安心させろって意味が分かんねーぞ」
「青炎って例の不安を糧にする悪魔術ですねぇ。興味深い」
「やばい奴まで興味持ちやがった!」
「私を襲ってー!」
「もう、何言ってるんだよ!」
騒がしい夜は明ける。
以前までの俺たちの住む世界にやって来る魔術師を追い返すやめの戦う術を身に付けるものからこの魔術世界から帰るためにシンの力を知るという目的が分かって清々しいだけに気分は悪くなかった。




