異界にて④
ランクとは
魔術師たちがもつ魔力の総量を数値化したものである。
ランクは陣のレベルにあった魔術を発動させる際の目安となる。
上からS、Aと始まり一番下はFとなる。
MMとの会談をするためにアキたちと別れて大理石の廊下を進む。先導するMMの行く先では明かりが自動的について俺たちの周りを照らしてくれる。そして、MMが通り過ぎると明かりは何もなかったかのようにふっと消える。そのせいで余計にMMが神々しくて眩しく見える。
「不思議か?」
「え?い、いや、そんなことは・・・・・」
ダメだ。まともに会話できない。
「この国も電力不足なんじゃ。じゃから、わっちら人を察知して明かりをつけたり消したりしているんじゃ。じゃが、この国は他の国に比べて電力にはそこまで困っておらん」
それはつまり・・・・。
「その分多くの非魔術師が生まれて苦しんでいるってことですよね」
MMは急にその足を止めて振り向く。
「確かにそうじゃ。じゃが、主はこの町を見たであろう」
上辺だけだけど見てきた。暗がりはどこにもない、闇なんてどこにも、負の連鎖なんてどこにもない。普通に平和に皆が暮らしていた。俺たちの世界と変わらない。
「この町の者の4割は非魔術師じゃ」
「え?」
「この建物に来るのにバスを使ったじゃろ?」
「ああ、あの空飛ぶバス」
「あの運転手は非魔術師じゃ。わしも知った顔じゃ」
あの人も非魔術師なのかよ。じゃあ、あのバスは一体どうやって飛んでいたんだよ。どう考えても風属性魔術によって動いているように見えたぞ。あの運転手が発動させて動いていたんじゃないのかよ。
「すべては魔力剥奪制度によって剥奪して作った魔石のおかげじゃ」
魔力剥奪制度。この世界のエネルギーはすべて魔力によって補われている。その魔力を人の力なしに流し続けることが出来る石がある。それが魔石。この魔石は俺たちの世界の石油と同じで有限の資源である。その魔石を人工的に作るのに人から魔力を奪うのだ。永遠に。それが魔力剥奪制度。この制度のせいで魔力は金で売買されるようになり、無理に剥奪されたものも少なくない。魔力を奪われ絶望し、死んだ者もいた。
「魔石のおかげで非魔術師となったものも魔術師のようなことをやっておる。まるで夢でも見せているように」
魔石のおかげで魔術師としての人生を奪われたものが再び魔術を関われる。なら、彼らは・・・・・マラーたちはなぜ魔術師をあそこまで嫌うんだ?きっと、何かがあるはずだ。
MMは再び歩き出してある扉の前で止まる。木で出来た門のような扉だ。
「わっち専用の客室じゃ。くつろぐとよい」
MMが軽く扉に触れただけで開く。中は月の明かりのような光が淡く照らす日本庭園のような庭の広がる部屋だった。
「室内にこんなものが」
「これはわっちの趣味じゃ。わっちのわがままに答えて無理に作ってもらったものじゃ。これを作った職人には感謝しておる」
そういうと部屋の中に入る。砂利道を辿って歩いていくと一本の桜の木があり、その下に赤い布生地に覆われたベンチが向かい合うように配置されていた。MMは桜を背にするようベンチに座り、俺は向かい側に座る。するとどこから出てきたのか同じように着物を着た女性が出てきてMMの座るベンチの横に箱を置く。その反対側からはお盆にお茶と茶菓子を乗せた同じように着物を着た女性がやってきてお茶と茶菓子を置いて下がる。どちらもMMほどではないが派手な着物で花魁風だった。
「これをやってもよいか?」
MMは箱から煙管を取り出してそう告げる。タバコのようなものだ。別に苦手ではないので頷いて返事をすると準備を始める。
その間にお茶に口をつける、俺は日本人だが茶道のたしなみ方を知らない。確か3回くらい回してからお茶は飲むんだっけ?つか、この茶菓子はいつ食べればいいんだ?あたふたしてしまう。
「気にしなくてもよい」
煙管に火種を入れて煙を吸い吐き出す。
「わっちは特に作法にどうとは言わないなんし。作法とかを全く気にしない困った者と普段はいっしょにおるなんしな」
ああ、もう慣れっこなのか。だよな、いきなり作法よくやれって言われても無理だよな。
ならば、お構いなしにお茶をぐびっと飲んでみる。舌がしびれるような苦さだ。このために甘いお菓子があるのか。
「さて、本題といこうか」
俺は茶菓子を一口で食べそれを呑み込んでから一息ついてから頭のスイッチを切り替える。魔術師と命を取り合う気で戦いみたいな緊張感で。
「まずはわっちの知るマラーについて話そう。仮面の女マラーは表舞台にはなぜか出てこない。力を持っているのにも関わらず、それを使わずに裏で何かをこそこそやっていた。それを邪魔するものなら容赦なくマラーはかみついた。ほとんどが返り討ちにあった」
蒼井は教術を使うことが出来るが他の連中みんな非魔術師だ。魔術を使うことのできない連中だ。魔術師と非魔術師の間には魔術を使える使えないの大きな力の差が存在していた。その差を大きく縮め、さらに圧倒する力に変える力、それが蒼井たちが使っていた魔術無効化武器、装備だ。それはこの魔術世界のバランスを崩すものだ。
「その返り討ちにあった原因が主らの報告でほぼ明らかになったのじゃが、説明する必要はなかろう」
そういうと茶菓子を半分に切ってから上品に一口食べる。
「わっちはその世界の脅威を取り除く必要があると考えておる。じゃが、主らに何を聞いてもこうじゃ。・・・・・殺したと」
「ああ、そうだ。俺が殺した」
MMは煙管の煙を吸って吐き出す。
「主が今まで戦ってきた相手、ならず者の傭兵魔術師、ウルフとアゲハ。機関出身者の氷華、雷恥、火輪。身内殺しの魔力喰い、イサーク。悪魔に身をゆだねた名も無き魔術師、世界を混乱させる仮面の女、マラー。他にも報告にはないが多くの魔術師と戦ってきたのであろう。そのほとんどが死んでおらん。さらに殺そうとしてもなぜか止められるんじゃ」
俺に考える時間を変に与えるためであろうか煙管を加えて煙を吸い吐き出す。その煙が部屋の中で再現された月明りに照らされてまるでMMが描かれた絵の一部のようだ。考える間ではなく、MMに見とれてしまう時間だった。
「まるで誰かから圧を掛けられたような感じじゃったぞ」
「それは・・・・・」
基本的に報告に行っていたのは霧也だ。俺の言い分よりもアキの意見の方が霧也には重いはずだ。
「まぁ、よい」
「は?」
「聞こえ何だか?もう、よいと言っておる」
もういいってなんだよ。
「主らが対局した魔術無効化武器を使った非魔術師は果してこの世界で使えるのかと考えたわけじゃ」
「ど、どういうこと?」
「その武器は魔力を帯びる物を無効化してしまうものじゃと聞いておる。そんなものが時空間魔術を使って異世界間の移動が出来るとは到底思わない」
確かにそうだ。魔術を無効化するものを魔術を使った空間移動できるはずがない。
「わっちは主らの報告でその武器の存在を初めて知った。つまり、その武器はこの世界では使われていないことになる。そもそもじゃ、作れない可能性だってあるなんし」
俺の世界で手に入る素材や材料、機材がこちらの世界にないとなれば生産するならば自然と俺たちの世界ということになる。
「わっちが懸念していたのはその力をこちらの世界に持ってくるということなんし。世界のバランスが崩れる」
煙管の中身を箱の中に叩きだして煙管置いて残りの茶菓子を食べる。
「この世界は常にいつ崩壊してもおかしくないくらい不安定な物じゃ」
「さっきから言うこの世界のバランスって言うのは何ですか?俺はこの世界の住民じゃないからよく分からないんですよ。非魔術師がその武器を手にしたら憎しみ、憎悪の執念のせいで世界が混乱するというのは何となく分かるんですが、そのせいで何のバランスが崩れるのかさっぱりなんですよ」
アキたちはあまり教えてくれないことだ。こちらの世界の情勢のことは気にしなくていい。そう言われてしまって俺は何も知らない。MMも同じかもしれないと思ったがあっさり答えてくれた。
「主は己の力を理解しているか?」
「俺の力ですか?」
神の法則に守られた属性魔術を同時に発動できるチートみたいな力だってことだってことは分かっている。
「わっちの言いたい力とは力による影響力じゃ。わっちのようにただどこに味方するだけで世界の情勢が変わってしまうような力もあれば、いくら強い力を持っていようとも全く影響を持たない力もあるなんし。なぜ、そのように力には種類があるのか?主には分かるか?わっちにはよく分からない」
そんな影響力を持つ力の違いなんて分からない。
「報告にあるあちらの美嶋秋奈の力がなんの影響力もない力のひとつじゃ」
「え?でも、ランクは高いし、すべての属性魔術が同時に使える時点で影響力とかありそうですよ」
「そう見えるだけじゃ。じゃが、あの者には世界を変えるという意思そのものが存在しない。それにじゃ、使える力が分かり切ってしまっているのも理由のひとつじゃ」
使える力が分かり切ってしまっている。美嶋の使う魔術はすべて現存する魔術に限られる。俺のように自然現象を使えば、多彩な攻撃が出来るイレギラー性が美嶋には欠けているのは確かだ。
「特別な力。それは理解し使いこなして振るっていく必要がわっちにはあると思うのじゃ。世界のバランスはその力の使い次第で転覆する。その転覆が意味するは世界の崩壊」
「世界の崩壊?」
「力のバランスが崩れるとそちらの美嶋秋奈のような影響力のない力までも影響し始めてしまい、大混乱が起きる。太古の昔この日本国の他に多くの国や地域で起きていて波乱の時代じゃ。ただ、力を振るい自らの欲望のために力を使う。戦国時代。つまり、戦争じゃ」
「・・・・・戦争」
「じゃが、わっちや主のような力の持ち主ならばそんな混乱は起きることはないなんし」
「どうして?」
「力があれば、すべてを総べることが出来る。まさにそれは人でありながら神の領域に等しいなんし。そのためにわっちらは力を理解し、振るう義務があるとわっちは考えておる」
「・・・・・い、いや、そんな力だけで」
「現に主の周りには多くの強力な者たちが集まっておるではないか」
そう言われて考えてみると、魔女の知識力に機関出身者の戦闘力、異人による高火力。確かに俺の周りには多くの力がある。それはMMの考えを参考にして冷静に考えると世界に対する影響力のなさそうな者たちばかりな気がしてならない。
「じゃから、国分教太。主も自分に伝承された力を振るうのじゃ。そうすれば、主の思った通りになるであろうよ」
俺は用意されたお茶や茶菓子には手を付けないで聞き入ってしまった。それがすべて正しいような気がしてしまったからだ。でも、なぜわざわざ俺にそんなことを直接言う必要があったのか。
「あなたの言うことは一理あると思いますよ。そもそも、どうしてそんなことを俺に伝える必要があったんですか?俺がここに来たのは蒼井たちのことであって」
「主はあれがわっちらが持っている力そのものに影響を与える危険なものだということを理解してもらいたかっただけじゃ。それにわっちの考えを伝えておこうとも思ったのじゃよ」
持っている力を理解し、振るえ。これがMMの力に対する考え。
「話はここまでじゃ。主には考えてほしいのじゃ。その世界に影響する力の使い方を。振るい方を」
MMは席を立つとそのまま外に繋がる扉に向かって行ってしまった。
力を理解する。それは神の法則を理解するよりかは簡単なのかもしれない。でも、使い方は神の法則よりも難しい。それを使いこなしていくことはMMのいうようにまさに神の領域だ。