狙われる秀才の血縁②
魔術の概念を確立させたのは今のイギリス魔術結社であるというのはハンナから聞いたことだ。だが、魔術が誕生する前までは俺の言う神の法則なるものが存在していたはずだ。それがどうして掻き消されたようになくなり置き換わるように魔術の法則が定着したのか。その原因を探るのは後回しにするとして問題はレナに神の法則が何なのかを聞いたときに物理学の考えを彼女は俺に伝えた。本来、この魔術世界においては魔術に置き換わっている部分だ。それに関する資料をレナは持っていた。それは俺たちの知る天才発明家、トーマス・エジソンが残したものだ。
「イギリス魔術結社はその資料を狙っているんや。正しく、その概念を持っているものを狙っているんや」
「なんで?」
ロビーと同じ大理石のような脱衣所は足元だけは麻が敷かれている。更衣室にあった貸出専用の水着をもらって着替えながらサイトーは続ける。ここはイギリス魔術結社の勢力圏内ではないものの周囲に気を配りながら続ける。
「どうしてかは知らんけど、イギリス魔術結社はエジソンの言う法則性が広まるのをよくないと思っているみたいや。実際にMMとの逃亡戦争中にエジソンは一家でワイら黒の騎士団の拠点のあるアメリカまで必死に亡命してきたんや。結社は戦争中にもかかわらず、エジソン家を追うためにふたりの七賢人を投入したんや」
「はぁ!マジで!」
「声大きいって」
思わず出た声にサイトーが注意する。周りの注目を一瞬集めたがすぐにその目線は各々バラバラになる。
七賢人はイギリス魔術結社の中でも幹部クラスでその強さは俺も身をもって体験した。今は戦争状態ではなく情勢としては安定している。だから、以前俺を襲い来た七賢治はグレイとフローラのふたりだったが、戦争中となるとそうも言っていられない。出し惜しみせずに戦力をぶつけて勝たなければ戦争にならない。聞く話では逃亡戦争はかなり泥沼状態だったと聞いている。
「なんで、そんな戦力になる七賢人まで使ってレナたち家族を追いかける必要があったんだ?」
「それは分からん。やが、そこに妙な違和感を覚えた。追ってきた七賢人側も戦争中なのにどうして名高いわけでもない非魔術師の家族を追いかけなければならないのかって動揺している感じやったらしい」
命令を下した結社側もそのいきさつを追わせる魔術師や教術師に伝えなかったのには何か理由がある。何か引っかかる。
「それで命からがら逃げてきたエジソン家はレナを含めて3人やった。いや、3人だけになってしまったんや」
「え?」
「レナには母と父と兄と妹。それに叔父夫妻に従姉弟と祖父母がいた。計11人で最初は逃げていたんや」
それがたった3人になってしまった。残り8人は?
聞くまでもなくサイトーが答える。
「全員殺されてしまったんや。レナの父と兄。それと叔父の男たちは家族を守るために足止めに向かった。ようやく、アメリカに到着したがそこでも追手に出くわした。何とか生き残ったメンバーであらかじめ調べていた黒の騎士団の本部に転がり込んできたんや。レナとレナの妹。それと叔母だけやった」
なんて言えばいいのか分からない。
「レナを除く生き残った残りのふたりもすでに死んでしまっていないんや」
「え?なんで?」
「叔母に関しては生き残っているかもしれないレナの母と叔母の息子を探しに無断で黒の騎士団の本部から飛び出して行ったきり戻ってこなかった。次に関してはワイら黒の騎士団側にも問題があった。その数日後にワイらの本部がイギリス魔術結社に襲われた」
その目的は明白だ。
「レナは別の施設に移動していて無事やったが、妹の方は殺されてしまった」
サイトーと俺は着替え終わって浴場に足を運ぶ。麻が敷かれていない浴場の大理石の床に入る前にサンダルを履いて大浴場に入る。中は常夏の南の島を連想させるような内装になっていた。大きな浴場から滝のようにお湯が流れ、浮島のように中央には気が植えられており、それぞれが自由に寝転がったり泳いだりと半分くらいプールみたいな感じだったが感じられるお湯の熱が俺の体を包む。
見渡した限り香波に風夏、それにレナの姿はない。
サイトーが近くのベンチに腰かけて俺もその隣に座って女性陣を待つ。
「それでレナはイギリス魔術結社から守るためにこのオーストラリアに?」
「そうや。ここはイギリス魔術結社にはもちろんやけど、黒の騎士団の管轄外でもあるところや。ちょうど、イムはんがいたからというのも理由のひとつや」
追手から逃れるために黒の騎士団にやって来たのにその黒の騎士団がいるところでも追手は襲ってきた。ならば、裏をかいて黒の騎士団の手の及んでいない地に身を隠せばいいと。実際にレナは追手のことを気にせずに自由に行動しているように見える。
「それとあいつが女っぽく見られたいのにそれを怠るのにはその追われているというのが大きな要因らしいんや」
「そうなのか?」
「ああ。ワイも後でイムはんに聞いたんやけど、ああやって男みたいな格好をしているのは万が一イギリス魔術結社がこの地にやって来たとしても相手が持っているエジソンは女という情報網から逃れるためや」
なるほど。敵はレナを女だと知っているから探す対象は自然と女に限定される。それを隠して身を守るための策なのか。レナは家族のためにも生きている。生き残っている。だから、自分の自由を殺してまであんな風に男っぽい格好をしている。
「ワイが初めて会った時にはすでに短い髪に男の格好をしていたんや」
「それで怒られたと?」
「まぁな。国分みたいに後でこのことを聞いてさすがに謝ったで」
笑いながら誤魔化す。本当に悪いと思っているんだ。
「やからってレナを特別女の子として扱う必要はないで」
「はぁ?なんで?」
レナが女として過ごしたいと思っているのならば内輪の俺たちだけでもレナを女の子として接してあげるのが優しさではないのか?
「それが彼女の身を守るためや。エジソンを守るためにあいつとは外でも男として扱うべきや。それがあいつのためや」
矛盾している。これはサイトーもレナに向かって言っていたことだ。殺されたくないということから自ら男の格好をしているのにもかかわらず女の子として扱われてほしいと内心は思っている。その矛盾がレナの中でストレスとして蓄積されている。あの小さな体で大きな重圧を背負っている。
俺はそんなレナのために一体何が出来るだろうか?
「それとや」
サイトーが立ち上がって付け加える。
「このことは風夏には言うんやないで」
「え?なんで?」
「国分。お前、風夏と初めて会った時に言われたやろ。私は戦いが嫌いだ。戦いを生む者は容赦しない。例え、戦いの火種が味方であったとしても風夏という女は味方にも牙をむく」
俺も感じたあの殺気は忘れることはできない。
「エジソンも戦いを生む火種や。これを風夏に知られれば奴が本気エジソンを殺しかねない。悟られるんやないで」
すると湯気の向こう側から女性陣が水着姿でやって来た。青の水玉模様のビキニ姿の香波と風夏はパンツタイプのビキニにレナはスクール水着だ。その姿を見て興奮したいのはやまやまだがそうも言っていられない。笑顔で俺たちを出迎える香波とレナ。そのレナの表情はさっき感じられた悲しみはなかった。レナもまた、アキやアテナのように魔術の負の呪縛に苦しめられている。
俺はまだ何も知らない。俺は過去に起こしたことを知られるのが嫌いだ。だが、知ることでその人との間に生まれるものもある。俺はレナ・エジソンという人物を知ることで生まれた感情がある。
彼女を守ろう。




