狙われる秀才の血縁①
「ここは?」
「公衆浴場やけど?」
ハンナを除くサイトーたちに連れられてやってきたのは公衆浴場、いわゆる銭湯だ。高層ビル群へと向かう魔力でホバリングして動くバスや馬車などが行き交う大通りに立っている古代ギリシャの神殿のような作りになっている建物から突き出すように伸びた煙突からは湯気が昇っている。英語で案内が書かれているが俺には読めない。だが、出てくる人々はホカホカした感じでこの先に銭湯があるんだということは分かる。
「海外にお風呂に入るっていう文化ってありましたっけ?」
と率直に思ったことを尋ねる香波。
「ない」
はっきりと答えた。
「この町に一件しかない施設だよ」
とレナが答える。
「元々、公衆浴場の文化はローマから輸入した文化みたい。と言っても営業しているのはこう凍りつくような風が吹く寒い冬の季節だけなんだけど」
風夏が冷たい冬の風に身を震わせて建物の中に入って行く。
俺たちもつられるようにして中に入るとそこはちょっとした神殿のような作りになっていて天井からは立派なシャンデリアが吊られていて中から光が発光している。あれも何かの魔術によるものなのだろう。その光が公衆浴場のロビーを明るく照らす。
中には多くの人々が自由にくつろいでいる様子を見ると日本で拳吉に連れられて入った居酒屋にその雰囲気がどこか似ているように感じた。そこに魔術師や非魔術師のような身分や力の差は存在しないように思えた。日本では拳吉やMMのような力の強いものが統括して平和を保っていた。主に拳吉の力は平等にという考えが強く支持されたのが大きな要因なのかもしれないが、この国の場合は何がここの人々をここまで明るくしているのか?
「じゃあ、浴場で」
風夏がチップを払って女子更衣室の方に行ってしまうのを見て香波も後を追う。特にチップを迫られないところを見ると風夏がいっしょに払ってくれたようだ。
「つか、浴場でってどういうこと?」
「ここは混浴なんやて」
「マジか!」
俺の脳裏に浮かんでくる浴場の豊富なイメージ。香波の裸なんて見たことあるわけがない。そもそも、こういうイベントというかサービスみたいなことに俺は今までに一度も遭遇したことはない。風夏もコートで体型が見えなかったが細身であることは確かだ。大人の女性で出るところは出てしまるところはしっかり閉まっているに違いない。期待大だ!それ以外にも周りを見渡せば金髪美人のスタイルがもはや言うまでもなく最高だ。そんな人たちの裸を―――。
思い切り後頭部を殴られた。
「痛って!」
「何変なことを想像してるの!この変態バカ太」
俺の国分という苗字はもはや原形を留めていない。
「だって、混浴って言ったら男のロマンだろ!それに今回に限っては失敗はありえない」
混浴の失敗というのは妄想を膨らませるだけ膨らませていざ浴場に向かうとそこには全裸のババアしかいなかったという残念な結果だ。だが、すでに風夏と香波がいる時点でその残念な結果は免れたんだ。
「国分興奮してるな。まぁ、ワイも最初はそうやった」
「最初はって。まさか、お前慣れてしまって女の裸を見ても興奮しないのか!」
「んなわけあるか!バリバリ興奮するわ!ワイの獲物はビンビンに立つで!常に戦闘状態になるで!」
「キモい。近寄るな。トモヤ・変態・サイトー」
「なんや?そのミドルネームは?」
「変態だから仕方ないよな。トモヤ・H・サイトー」
「その呼び方やめい」
流石に可哀そうだと思ったので自重しよう。俺もレナからすれば変態なんだから。
「つか、お前はなんとも思わないのか?」
「何が?」
「女の裸見て興奮しないのか?」
「するわけないじゃん」
無欲かよ。まぁ、見た目からして俺よりも年下なわけだからその辺の感情を隠したがるお年頃なのかもしれない。
「お前の気持ちはよく分かってるからな」
肩をポンポンと叩く。
「なんか同族扱いされるのがムカつくんだけど」
これ以上刺激すると今度は何て呼ばれるか分からないのでこれ以上は何も言わないでおこう。
「ああ、ちなみにやけどこ、国分」
「なんだ?」
サイトーがチップを払いながら俺に伝える。驚愕の事実を。
「ここの公衆浴場は水着を着用せなあかんでな」
「・・・・・・はぁ?」
「そこは日本と違うんや」
俺の想像していた天国がまるで土砂崩れのように崩れ去った。
「マジで言ってるの?」
「ドンマイや」
い、いや、まだだ。まだ、香波の水着が見られるという事実が残っている。多少、俺の興奮度が下がってしまうが香波の水着も見たことはない。水着は水着で男のロマンを膨らませる。その薄い布のおかげで限界まで露出したその姿は全裸とはまた別の魅力がある。それに水着ならではのハプニングというのもある。
そう!ポロリだ!
他にも滑りやすい床に滑って体がぶつかるハプニングとか水着になることで楽しみは増える。
「よし、これはこれでいいぞ」
燃える俺の姿を見たレナが牛乳瓶を投げつけてきた。正面だったおかげかすぐに反応した躱すことが出来た。
「ちょ!危ないだろ!」
「ごめんね。手が滑って」
「とか言いながらなんで牛乳瓶を片手に投げる態勢に入ってるんだよ!」
本当に投げてきたので躱す。
「本当に男って言う生き物はどいつもこいつも同じような奴ばっかり!本当に最低だよ!」
「いや、お前だってそうだろ!」
「僕は違う!」
そう言って肩掛けのショルダーバックに手を入れるとその手を慌てた様子でサイトーが握って止める。それに抵抗するようにレナが暴れる。
「待つんや!それはまずって!」
「うるさい!やっぱり、国分もそうだった!僕のことを男だと思ってた!これだけ僕が否定してもだよ!」
え?何言ってるの?
「サイトーだって最初はそうだったくせに!」
「いや、女ならもっとそれらしい行動と態度をやな」
え?女?
「女に見られたいんやったらもっと女らしく」
「そういうのできないの!」
「相変わらず矛盾してるで」
待て待て。え?女って?え?
レナ・エジソン。確かに冷静に考えれば女っぽい名前だ。でも、見た目は完全に少年だ。ストリートバスケとかしていてもおかしくなさそうな見た目をしている。それに物理学のことを話している学者っぽいイメージからレナが男ではなく女であるということは全く想像できなかった。
「え?マジなの?」
「ほら!未だに僕が女だってことを何も自覚していない顔してる!」
俺に向かって指を指して怒る。
「いや、でも、一人称僕だし」
つか、本当に女か?もしかして、俺を騙すために巧妙に仕掛けたドッキリなのかもしれない。どこかでドッキリ大成功とかいうプラカードを持った先に更衣室に行ってしまった風夏か香波がどこかに待機しているのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。
「俺は騙されない!」
「何に!」
「お前はどう見たって男だろ。もしも、レナの言うように女に見られたいのなら服装とかでもっと工夫とかするはずだろ」
「ちょっと待つんや。国分」
サイトーが急に制止しようとしてくるが俺は続ける。
「髪を伸ばすとかスカートを履くとか少し色気を出すために化粧をするとかいろいろ方法はあるはずだ。体型で女っぽく見られないのなら他の部分で女として磨けば」
がつがつとわざとらしく怒ったような足取りで俺の元にやってきて俺の右手を掴んで自分の胸に押し当てた。
「おい!ちょっと!」
かすかに感じるふくらみと柔らかさ。そして、震える手と赤らんで恥ずかしがる感情を押し殺したような表情を見て俺は確信した。
「・・・・・ちゃんと女の子なんだな」
と告げると。
「ふん!」
顔面をグーパンチで突然殴られた。
「え?」
何も抵抗できずにそのまま倒された。
「二度と僕に触れるな!近寄るな!話しかけるな!消えろ!」
そう言って女子更衣室の方に行ってしまった。更衣室に入ろうとすると施設の従業員のような男にそちらは女子更衣室でと止められて同じように怒って中に入って行った。倒れた俺は天井に吊り下げられたシャンデリアを眺めながら右手に残っている感覚を再び確かめる。
「・・・・・確かにおっぱいあったな」
「何を冷静に呟いとるんや」
ただ、よく言わせてもらえればもっと大きいものを揉みたかった。
「つか、あそこまで怒らなくてもいいのにな」
謝らなかった俺も悪いが一方的に怒って行ってしまうのもどうかと思う。サイトーも最初はレナのことを男だと間違えていたみたいだし慣れっこじゃないのかよ。俺みたいに人殺しとして嫌われて孤独になることに慣れてしまうように・・・・・。
するとサイトーが手を貸してくれて立ち上がる。
「あいつにはいろいろ事情があるんや。察しくれや」
「事情?」
「そや。ワイも最初はそれを知らなんだせいで国分のように顔面を殴られてしばらく靴の中に画びょう入れられたり、足元にバナナの皮を仕込まれたり、落とし穴にハメられたりしたもんや」
嫌がらせのレベルが小学生だな。
「やけど、イムはんに事情を聞いてすべてワイが悪いと思ったんや」
「その事情で何だよ」
サイトーは小声で答えた。
「あいつは命を狙われとるんや。イギリス魔術結社に」
「え?」
非魔術師であるレナがなぜイギリス魔術結社に命を狙われているのか?
その理由を聞いて俺もサイトーと同じ感情を持った。




