別の魔女⑤
シンの力。一言で言ってしまえば元素操作。触れたものを無条件で分子、原子レベルまで破壊する力。触れた元素を操って自然現象、例えば雷や風を起こす力。破壊と創造を行うというのが主に力の主軸となっていることは俺が今までの経験上で知ったシンの力の概要だ。この元素操作は魔力に依存している。アキからシンのランクがどの程度なのか聞いたことがないので分からないが俺のランクBより少なくとも上だろう。俺は破壊に関してはシンと同等かそれ以上の力を使えている。対して創造に関してほとんどできていない。雷に関して言えば、龍属性魔術の教術が使えるようになってから両手でシンの力を使えなくなってしまった。そのせいで雷を生成することが出来ても撃ち出すことができない。アキ曰くシンは火も起こしたりしていたらしいのだが俺には火を起こしてもコントロールすることができない。コントロールできないということは俺はまだ神の法則を100%理解したことにはなっていないという証拠なのかもしれない。
イム・ハンナの言った魔術からなる神の法則とレナ・エジソンが言った物理学からなる神の法則。
俺は真冬の夜空の下で頭を抱える。
プレハブ小屋の裏手、俺たちが通りからやって来た方とは逆の方面にはベンチと物干し竿が置かれていた。そのベンチに座ってふたりの意見と俺が持っていた神の法則の知識について整理しようとして頭がパンク状態にある。サイトーから借りた黒の騎士団専用のコートを着て身を縮める。吐息を吐くと白い息が出てくる。つい、おとといまでは真夏の日本にいたのに今は真冬のオーストラリアにいる。冬の星空は澄んでいてはっきりとその星々を見ることが出来た。そして、そんな星空の中一筋の光が通って来た。
「あ」
「流れ星ですぅ」
声が聞こえて振り向くとベンチの後ろに体に毛布を巻きつけたイム・ハンナの姿があった。昼間と比べて少しばかり目が開いている・・・気がする。でも、髪の毛はぼさぼさのままだ。隣良いですぅ?と聞いて来て隅に動いて座るスペースを作るとそこに座る。そして、星空を見つめる。
「この時期に見られる流れ星はペルセウス座流星群ですぅ」
小学生が夏休みの自由研究とかの観察対象にする流星群だ。俺も小学生の頃はおやじと夜遅くに山に登って眺めた記憶がうっすらと残っている。
「あ、また」
一筋の光が流れては消えた。
「儚いですぅ。一瞬、私たちに感動を与えて消えるんですよぉ。こんな悲しくて儚いことはないですぅ」
「そうだな」
そんな一瞬の軌跡を見るのが何よりも楽しく夢中になることだ。
だが、時間帯のせいかずっと星空を眺めている眠気が襲ってくる。
「眠くないのか?」
ふと思った素朴な疑問。
「夜型ですから大丈夫ですぅ。これからが私の本格的に動く時間帯ですぅ」
「マジで朝と昼に動かないのか?」
「どうして動く必要があるんですかぁ?」
質問を質問で返されたんだけど。
「夜行性の動物たちは夜の方が安全であると狩りがしやすいと思ったからこそ昼寝て夜過ごすという生活スタイルを身に付けたように私も夜の方が静かで集中しやすいですしぃ、何より太陽光はお肌に悪いんですよぉ。それなのに朝起き昼に活動するなんてどうかと思いますぅ」
どれだけ朝起きたくないんだよ。
再び夜空に目を向ける。
「そういえば、俺は今日どこで寝ればいいんだ?」
「プレハブ小屋のカーテンの奥に仮眠室がありますぅ。二段ベッドがあるのでそこで寝てください」
「ふたりしか寝れないが?」
イム・ハンナは寝ないとして俺と香波とサイトーと風夏とレナの5人いるんだぞ。どう考えても足りないだろ!
「大丈夫ですぅ。風夏は自宅があるので寝る際はそっちに戻るはずですぅ」
「全然大丈夫じゃないんだが?」
「2段に別れて二つあるあのベッドに4人は寝れるはずですぅ」
自分は関係ないからって投げやりなんだけど。
必然的に男と女で別れて身を縮めて寝ることになる。サイトーとくっついて寝るのは・・・・・なんか嫌。
「つか、ソファーがあるんだからそこで寝れば」
「私が作業するのに邪魔ですからダメですぅ」
灯りとか消さずに作業する気だし寝れそうにないな。
「つか、作業って何やるんだ?」
「いろいろですぅ」
「いろいろ・・・・・」
魔術の書物のような物がたくさん転がっていたが何をするのか全然想像がつかない。そもそも、この女が魔女だって言う実感すらも全然ない。アテナやサイトーが警戒しろと言っていたイム・ハンナの魔女としての顔。眠そうで寝癖だらけの見た目のせいで危険な魔女であることを忘れてしまいそうになる。
イム・ハンナは被験体の女を人ではなくなってしまった。呼吸以外のことは何もできない植物人間にしている。イム・ハンナの行った魔術の実験によって。
「お前は」
「ハンナでいいですぅ。私も教太と呼ばせてもらいますぅ」
・・・・そうか。なら遠慮なく。
「ハンナは・・・・自分が魔女だって自覚しているのか?」
「してますよぉ」
即答だった。
「自分が味方にすらも警戒されていることも?」
「知っていますぅ。そこまで私は鈍感じゃないですぅ」
流れ星を探して星空を眺めながら答える。俺も同様に流れ星を探す。
「・・・・・サイトーからハンナが団員のひとりに魔術の実験をしてその被験体の女が人でなくなってしまったと聞いた。その実験にはどんなリスクが生じるのかそれによって被験体の女がどうなってしまうのか予想できなかったのか?」
強く問い詰める。
ハンナは至極冷静だったがすっとその答えは出てこなかった。
「予想は・・・・・出来たと言われれば出来たかもしれないですぅ」
「じゃあ、どうして?」
「犠牲失くして発展は望めない。魔術の発展に犠牲はつきものですぅ。彼女から得たデータは非常に貴重なデータとなしまたぁ。奇獣化生成で教術師の教術を埋め込むというのは無理ではないものの被験体の体が耐えることができないという貴重なデータですぅ。これを公表することで世界中にいると思われる奇獣化生成で教術を身に付けようとした魔術師が救われたはずですぅ」
「ひとりの人生を奪ってな」
ここに来て初めてハンナと目が合った。俺は強く睨むと対してにこっと笑って夜空を見上げ直す。そんなに怒るなと落ち着かせる意味を込めた笑みだろうか?それは逆に俺の逆鱗に触れることになる。
「ハンナはなんとも思っていないのか。その被験体の女には家族がいたかもしれない。まだ、やりたいこともたくさんあったかもしれない。その次の日にその次の週に予定があったかもしれない。そんなひとりの人の人生を奪うことが正しいことなのか!ひとりの人生を奪ってまで必要だった犠牲だったのか!」
誰も殺さない。俺の貫き通す考えに相反する行為だけに俺は許せなかった。俺はイサークを殺してしまったことでブランクにも陥った。人の命は容易く奪えてしまう。だが、その人にはいろんなつながりがあって命だけではなくその繋がりすらも破壊してしまうのだ。俺はそのイサークの死を深く受け止めて悩んだ。対してハンナはへらへらとして考えている様子はない。仕方ないと割り切っている。
「正しいこと・・・・・とでも言っておかないと彼女がかわいそうですぅ」
「え?」
俺の方を一切見ないで語る。
「彼女の名前はメアリー。当時の私と同じ黒の騎士団第3分隊に所属するかわいい同じ年の女の子でしたぁ。私もそうですが魔術による戦闘というのは得意ではないので魔術研究が主なお仕事でした」
その後に第3分隊は主に魔術研究が中心なんですけどと付け加えた。黒の騎士団では分隊ごとにやることが決められているのかもしれない。そう考えるとサイトーが分隊長でアテナが所属する第2分隊は敵地へ赴いたりや遠征する分隊なのかもしれない。
「メアリーは教術師に憧れていましたぁ。十字架に陣を必要とせずに魔術を使うことのできるというのは魔術を研究する側として喉から手が出るほど欲しい力ですぅ。どうしたら魔術師も教術師みたいに魔術が使えるようになるかというのが魔術を研究するものの万国共通の夢ですぅ」
その過程で誕生したのが魔武らしい。教術のように魔術を発動できる武器だ。それでも使える魔術は属性魔術で一つに限られてくる。複数の魔術を使うことのできる魔武を霧也が使っていたが、あれは自分の元から持つ魔力の波長と生命転生で得たアキの魔力の波長をぞれぞれの属性を使う際に使い分けることで出来ることであって普通の人にはできないことだ。普通の人でも教術のように魔術を使う。それこそ神の領域に達するようなことも出しないとできないかもしれない。
「奇獣化生成を使おうと言い出したのはメアリーでしたぁ。とても危険でリスクを伴うことは十分に承知でしたぁ。でも、高みへもっと教術師へという気持ちが私たちの理性というブレーキを壊していたんですぅ。あの時、じゃんけんで私が負けていなければ魔女はメアリーになっていたかもしれないですぅ」
ハンナの頬に一筋の光が光ると同時に夜空に連続で流れ星が流れた。感情を必死に隠そうとしているのが分かった。あまり聞いてほしくない過去なのかもしれないと強引に聞きに行ってしまったことを反省しながらも少しホッとした。
ハンナも後悔をしていることにだ。口では魔術の発展に犠牲は必要だと言っていながらも彼女は友人だったメアリーを植物人間にしてしまったことに負い目を感じていた。
目元を毛布でふき取ってから立ち上がる。
「今はどうすればメアリーを目覚めさせることができるのかを研究しているところですぅ。私はそのためならどんな手だって使いますぅ。例え、あのアテナが嫌う神の領域に踏み入ることになったとしても私はあきらめるつもりはありません」
それだけを告げてプレハブ小屋に戻っていったが途中で足を止めた。
「そうですぅ」
「なんだ?」
「その教太くんが持つシン・エルズーランの力かどうかは知りませんが、似たような力の文献を本部の大図書館で探させていたんですぅ。それで面白いことが分かったんですぅ」
「おもしろいこと?」
思わず立ち上がって聞き入る。
「カントリーディコンプセイションキャノンと同じ古代魔術の中に似たような力のことが明記されていたそうですぅ」
例の古代魔術兵器と同じってどういうことだ?
「その起こす火や風は魔力を帯びていないって書かれていますぅ」
魔力を帯びていない火や風はシンの力で発生させる自然現象のことだ。つまり、シンの力である可能性が十分高い。
「それから?」
「それから以上のことは書かれていませんでしたぁ」
そうだよな。ハンナはすでに大図書館の資料に一通り頭の中に入っているんだから逆に今まで知らなかった方が怪しい。
「教太くんは不思議だと思わないんですぅ?」
「え?何が?」
「古代魔術。魔術というのは18世紀初頭に発見された言わば近代技術ですぅ」
確かに。古代魔術という言い方では昔から魔術があったような言い方だ。それなら俺の世界にだって魔術という技術が生まれてもおかしくなかった。
「それともうひとつ。魔女と呼ばれる私や美嶋秋奈が知らない神の法則に守られる力をどうしてシンが使えていんですかぁ?使えたとして魔術世界の住民であるはずの彼がどこで神の法則を見つけて理解したんですかぁ?」
昼にハンナが言っていた魔術の常識では考え付かないようなことを魔術が常識として扱う魔術師が理解できるわけがないと。非魔術師のレナですらも怪しいところだった。なら、シンは―――ゴミクズはどこで神の法則を知った?どこで?いつ?
俺はまだ聞いただけでシンのことを全然知らない。
「私はシン・エルズーランに会ったこともありません。すべて聞いた話なので持っている情報はあなたの方が多いはずですぅ。理解することで力が向上し発展するのならば、まずは力の方よりもシン・エルズーランのことを知る必要があるかもしれませんねぇ」
そう言ってプレハブ小屋の中に入って行った。静寂だけが俺の周りを包む。
なぜ、シンの力が半分しか使えないのか?それはシンの力を理解していないからではなく、シンという人間を理解していないのが大きいのではないかというのがハンナの出した俺への答えだとしたらアキとは視点の違ういい指摘だ。
「ゴミクズ―――お前は俺に一体どれだけのことを隠している?」
真っ白な無の部屋にある真っ白なログハウスの中に設置されている真っ白なソファーで真っ白なコーヒーカップを持って真っ白な液体を飲む黒髪の男、ゴミクズが薄く笑う姿が浮かんだ。




