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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
真の領域
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別の魔女②

「魔術のことは後から聞いたんや。それは理論上は転生魔術と何も変わらないんやけど、違うのは陣を書き記すところに指定がされていた」

 陣をかき示すのは大抵紙の上とかだ。

「人の肌の上に掘って陣を描けと言う指定があったんや」

「は?」

「え?」

 隣にいた香波も思わず口元を押さえた。想像するだけで恐ろしい絵図が浮かんだ。まだ、イム・ハンナがどんな奴なのか知らないが、俺の知る魔女のイメージつまりしわだらけで腰の曲がった老婆のような風貌でナイフを片手にその刃先背中に刺してそのまま陣を掘ったというなら、掘られた相手は悲鳴を上げて泣き叫び苦しんでいる。その痛々しい光景は人道的とは言えない。

「ど、どんな魔術だったんだよ?」

 恐る恐る聞く。

 周りの目を気にしていたがオーストラリア行は俺たちしかおらず小さな部屋に案内された。土の壁に囲まれた部屋は小さな小窓がひとつあるだけで足元には白いチョークで陣が描かれていた。その部屋で少し待ってほしいと言われて案内人の男はどこかに行ってしまった。それを見てサイトーは続ける。

「陣は二重に描く必要がある。そのどちらも五芒星や。内側に例の転生魔術を描く」

 二重でしかもどちらも五芒星となると傷をつける範囲も数も多くなる。

「その外側には何でもええから魔術を描くんや」

「何でもいいのか?」

「そうや。なぜなら、その転生魔術は外側に掘った魔術を人の中に植え付ける魔術や」

「そ、それはつまり?」

「外側に掘った魔術が教術として使用できる」

 おいおい、それはどういうことだよ!

 隣の香波はその魔術のすごさにピンと来ていないみたいだが、アキが言っていた。教術を魔術師に転生させても教術は使えない。その逆もできないということを言っていた。それを可能にする魔術だというのか。

「だけど、それだけどうやったら人が人でなくなるんだ?」

「・・・・・イムはんは同時にある魔術も試したんや」

「別の魔術?」

「そうや。魔術の名は奇獣化生成」

「なんだ?それ?」

「人の体の一部を動物に変える魔術や。準備に動物の血が必要やったらしい。五芒星の交点に血を垂らし外側に陣の外側に魔術の情報を書き込む際に人のどの部分を奇獣化するかを書き記すと言うものやったらしい」

「もしかして、人ではなくなったってその獣になったって言うのか?」

 例えば、その獣の血が犬や猫だったら犬化、猫化したまま戻らなくなったというなら確かに人ではなくなってしまったことになる。または指定した部分以外も奇獣化してしまったのなら完全にそれは人ではなく獣だ。

「いや、そういうことやないんや。奇獣化のベースに獣の血は使っていない」

「は?」

 どういうことだよ?

「人の血を使ったんや」

 俺の考えのさらに先の答えが出てきた。

 奇獣化生成という名前の魔術だから獣を作る魔術だと誰だって思う。おそらく、この魔術を作った魔術師もその目的でこの魔術を作ったはずだ。それを人の血を使ったらどうなるのか想像できない。

「どうも、奇獣化生成という魔術はベースの生き物の能力を発動させることで引き継ぐことができるらしいや。例えばや、チーターの血を使って足を奇獣化生成したらチーターと同等の脚力を得ることになるという感じや。つまり、人の血を使って奇獣化生成をした場合に引き継ぐ能力は―――」

 ベースとした獣の能力を得る。人で行った場合はどうなる。人の持つ能力。この世界に存在する人の能力と言ったらひとつしかない。

「魔術か」

「そうや。それも使用する血は教術師のを使用したらしい。成功させる確率を上げるためにや。それでもっていくつかの血を混合させたらどうなるかとかも同時に実験した」

「いくつかの血を混合させるって?」

 サイトーは自分の糸目を指差した。

「イムはんは見る系の教術師の血を片っ端から集めさせた。物体の透視能力、思考の透視能力、見つめた相手を拘束する能力、魔力を見る能力。ワイが聞いたのはそのくらいや。イムはんはおそらく使用した血の分だけ能力を教術として植え付けることができると踏んだらしいんや」

 複数の教術の使用。法則上は決して不可能な神の領域の行いをイム・ハンナは行った。アテナがイム・ハンナを拒み、俺に忠告をした理由。同じく人の欲望によって天使の力を植え付けられたからこそ知っている。人が神の領域に自らの意思では踏み込むことはできない。それで得た力はまさに負の力。それを作り出すイム・ハンナを嫌うのも無理はない。

「でも、それを聞いただけだとその・・・・被験体は人でなくなる要素はない気がするぞ」

「・・・・・人として扱われなくなったんや。奴は・・・・」

 サイトーは言葉が出てこなかった。

 すると部屋に例の威勢のいい男が入ってきて、そろそろ時空間魔術を発動させるので発動が安定するまで近くの手すりにつかまって待機していてほしいと言われた。サイトーは分かったと返事をしたら男は再び部屋から出て行った。香波は不安なのか即座に手すりに掴みかかった。空いた手で俺の服の裾を掴んだ。俺とサイトーも手すりに掴まる。それから話を再開した。

「実験は大方成功や。ベースにした教術師たちの能力も半数以上を引き継いだらしい。さらに精度を上げて行けば将来的には人工的に教術師を作り出して戦況と状況に応じた教術師を現地に送ることができる」

 それだけ聞けば有能な魔術であることは確かだ。だが、気になるのは被験体が人ではなくなったということだ。どうしてなのかはすぐにサイトーが語る。

「被験体は異常なまでに目がよくなった。やけど、その入ってくる大量の情報に脳が処理できずにパンクした」

 人は視覚から得る情報量は五感の中で飛び抜けている。それなりに情報の処理はできるはずだ。それを超えるとなると一体何がその被験体には見えていたんだ?

「国分。教術師は無意識に教術を使っているんやけど、考えたことあるか?発動した教術が教術師の体に及ぶ反動を」

 ・・・・反動。

「そうやな。教太の周りで分かりやすい例を挙げるんやったら火属性魔術の教術を使う規格外のフレイナやな。あいつの炎は焼けるように熱いやろ?」

「ああ」

 目の前でそのすさまじさを2度見ている。その炎は属性的に不利な水属性も土属性の攻撃すらも受け付けない。呼吸すらも苦しい熱を発する炎にフレイナは囲まれていた。少し離れているだけで自分も燃えそうな炎を常に放っていた。

 待てよ。焼けるような炎を、呼吸するのが苦しいような熱を発する炎の発生源にいるフレイナはどうしてなんともないような感じだったんだ?

「気付いたか?」

 サイトーは俺の顔を見て言った。

「フレイナは自分から放つ炎の影響を受けていない感じだった」

「それが教術師の生まれ持った才能と言っても過言やない。教術師には生まれつきその教術からくる影響を受けない耐性を備えているんや。ワイの治癒魔術も何かは知らんけど何かしらの治癒魔術の欠点の影響を受けないような耐性があると思うんや」

「つまり、その被験体には視覚系の教術師が持っている目から入ってくる異常な大量の情報を処理する耐性が無いから」

「脳がパンクした」

 ちなみにこの仮説はイムはんから貰ったものやと後で付け加えた。教術を魔術師に転生しても伝承できない理由はアキの言う発動の感覚が違うだけじゃない。サイトーが言ったイム・ハンナの仮説もその要因の一つにあったかもしれない。

 そこでひとつふとした疑問が浮かんだ。なら、俺はどうしてシンの力を使えているんだ?その疑問よりも今は優先的に被験体の人がどうなったのかの方が気になった。また、今度考えよう。

「そういえば、その脳がパンクした被験体はその後どうなったんだ?」

 同時に足元に描かれた陣が青白く光を放った。香波がそれにびっくりしたがすぐに落ち着いた様子を見せたところを見るとどうやら一度は時空間魔術による移動を経験しているようだ。それもそうか、この世界に移動してくるには俺たちと同じ方法を取っているはずだ。ゆっくりと中心から真っ黒な穴が作られていく。穴は周りの空気を吸い込むように風が吹き荒れて衣服や髪が激しく揺れる。香波はその様子をぎゅっと俺の服の裾を掴みながら待っていたが俺はサイトーの答えを待った。

 完全に穴が生成されてからサイトーは告げた。

「被験体は・・・・・彼女は言葉も発することはできない。手足を動かすことができない。自分で飯も食えない。トイレにも行けない」

 そこで初めて被験体が女であることが分かった。それからサイトーはその糸目から黒い瞳をうっすらと覗かせて初めて悲しげな表情を見せた。

「彼女には呼吸以外何もできない」

 そして、サイトーは時空間の穴に飛び込んでいった。俺と香波もそれに続いて飛び込む。香波は一瞬ためらっていたが俺の服の裾に掴まっていたおかげで飛び込むことが出来た。吸い込まれるようにその穴から出ると同じような土の壁に囲まれた部屋に落下する。親切なことに床にはクッションが敷かれていて安全に移動することが出来た。これから俺の身にどんな運命が廻って来るのか分からない。ただ、今はそんなことを予想するための思考が回ってこなかった。

 サイトーが言った被験体の末路。彼女は呼吸以外何もできない。

 それはつまり植物人間のことを意味する。

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