別の魔女①
アテナとは港で別れた。
「今度はいつ会える?」
「さぁ?どちらにせよ、次に会うときはその力が無くなっていることを望みますのよ」
アテナとしては古代魔術兵器の発動の要因となるシンの力をいち早く手放しほしいと思っている以上、そういう発言になってしまうのも仕方ない。だから、真後ろの香波はそんな膨れっ面になるな。なんかかわいいからそのままの表情で写メって保存したいが、残念ながら携帯類は置いてきてしまっているのでない。
「ですが、これだけは言っておきますのよ。あなたには待っている人がいますのよ」
「え?」
「日本を発つ前の晩に誰かと会っていましたのね。出発する前にも誰かに会ってからわたくしたちと合流していた。誰か待たせている人がいるのではないかと思いますのよ」
俺の脳裏に浮かぶのはふたりの人物。全く同じ背中、どちらもきゃしゃでスレンダーな体系をした、ひとりは黒髪のポニーテールで杖を持った少女とひとりは茶髪のセミロングで不機嫌そうに腕を組む少女。どちらも俺にとっては大切なふたりだ。香波以上に大切な存在だ。俺が俺であるために必要な存在、アキと美嶋。
彼女らのためにも俺は死ぬわけにはいかない。ふたりに認めてもらうだけの力を得る必要がある。そのためにももうひとりの魔女、イム・ハンナと会いシンの力について俺の無知な部分を知る必要がある。
「では、わたくしは行きますのよ。後のことは頼みましたのよ」
「分かってるで」
船がゆっくりと接岸していた港から離れて動き出した。海賊たちが潜伏していると思われる島までは時空間魔術は使わずに海路で接近するらしい。時空間魔術による強襲を原則禁止にしているという条約を守っての行動だ。港から離れていく船からアテナは俺に忠告するように告げた。
「イムさんには気を付けてください」
「え?」
それだけ告げると船の中に消えて行った。船に追い風のように風属性魔術を発動させる。同時に船の後方から水の泡がぼこぼこと沸き立つ。水属性魔術がスクリューの代わりに噴き出て船を前に押し出している。そうやって魔術によって得たいくつもの動力を使い船は進んでいった。その姿を俺はただ見ていた。
アテナの最後の言葉、イムさんには気をつけろというのはどういうことだろうか。変わった人物だとは聞いている。アキは冷酷で容赦のない魔女だったと聞いている。魔女の力を一時的に取り戻してグレイと戦うアキの姿を見ればアキの強さは人に害悪をもたらせる悪魔にも見える。それは相手にした時の話だ。そんな印象を持つアキという魔女と同じ魔女だ。何か不穏な空気を感じる。
「ほな、行くで」
サイトーの後を追って舗装されていない埃っぽい砂地の道を歩く。どこに向かうのかは分からないが敵地への急襲というわけではないから時空間魔術を使ってサクッと移動できるはずだ。
今から会いに行くイム・ハンナの情報はサイトーからも切り出すような様子はない。まるで接触を避けているような感じだった。黒の騎士団の団員であり仲間であるはずだ。どうして避けられるのか?この疑問を払しょくしなければこれから会うにあたって不信感が抜けない。
もしかしたら、絵本で読むような真紫色の液体をぐつぐつと煮ているような不気味な老婆みたいな奴なのかもしれない。平気で魔術の実験に人間を被験体とするような奴かもしれない。関わることで自分の身に危険が及ぶかもしれない。アキは知らないが仲間であるサイトーとアテナは分かっている。イム・ハンナの危険性。俺も認知して置く必要性は大いにある。
「なぁ、サイトー」
「なんや?」
歩みを止めずに俺は続ける。
「イム・ハンナはそんなに危険な人物なのか?」
率直に直球に思ったことをそのまま伝えた。
サイトーはある建物の前で足を止めると俺と後ろから着いて来ていた香波も同じく足を止める。その建物は教会のようにとんがり帽子の大きな建物で薄暗い中では多くの人たちが待機していてまるで空港のような雰囲気だった。
俺の問いの答えは迷っているのか答えは提示しないで近くのベンチで座っていろと言われて香波と共に木製のベンチに座って受付で何か手続きをしてからサイトーは俺たちのところにやって来て向かいのベンチに座る。
「ここは何なんですか?」
香波が尋ねるとあっさり教えてくれた。
「ここは時空間港やな。時空間魔術で島ごとをつないで移動するための公共交通機関みたいなところや。インドネシアはいくつもの島々で構成された国やからそう言う整備は早い段階で整っているんや」
「オーストラリアにもつながっているのか?」
「そうや。直接シドニーにも行ける」
飛行機のような多人数を一斉に移送させる手段のない魔術の世界では時空間魔術による人の移動は頻繁に行われているようだ。リンさんのような時空間魔術師は重宝されるのが分かる。
といい感じに話がそらされた。
「それでイム・ハンナってどんな奴なんだ?」
2回目である。
「・・・・・・」
「無視すんな」
「い、いや、言葉で説明するのは少し難しいんや」
「というと?」
問い詰めるようにサイトーを追い込む。すると溜息をついて重い口を開く。
「あのな、一応国分は敵対組織の人間なんやぞ。そう簡単に敵にこっちの情報を与えるようなことをしないもんやで」
「そうかもしれないがこうして黒の騎士団の連中と行動を共にしている時点で俺はその敵対組織の人間に見えるのか?」
しばらく、サイトーは俺を見つめて再び溜息をついた。
「それもそうやな」
分かってくれたようだ。
「イムはんは一応黒の騎士団の第3分隊長や」
分隊長となる位は黒の騎士団でも幹部クラスだ。あの海賊の一件でサイトーの地位の高さは分かっている。でも、気になるワードがひとつあった。
「一応ってどういうことだ?」
「・・・・・イムはんは確かに美嶋秋奈と同じ魔女と呼ばれる。美嶋秋奈の場合は魔術の知識量の量とその発動タイミングが飛び抜けていた。それでもってまったく容赦のないことから魔女と呼ばれていたのは知っているやろ?」
伊達に半年近く共に生活しているアキのことを全く無知というわけではない。だが、あれほど優しく礼儀正しいアキが冷酷で残虐な魔女だったと言われても現実味が沸かない。
「それでもってイムはんの魔女と呼ばれる要因はイムはんしか知らないような魔術を使うからや」
イムしか知らない魔術を使う。
「それはオリジナルの魔術ってことか?」
「半分そうやけど、残り半分は本部の敷地にある魔術図書館とかで三日くらいかけてようやく見つかるような魔術を使う。細かい数字までは分からんけどワイら魔術師と教術師が使う魔術の半数以上が属性魔術や。やけど、この世界に無限に存在する魔術の内属性魔術はその1割に満たないんや」
それは魔術のほとんどが無属性魔術ということなのか。
「ちなみに普段の戦闘や生活で使われている魔術は全体の3割程度や。残り7割の魔術に関しては一般人はおそらくほとんど知らない。中には文献で残っているだけで一度も使われていないものも存在するんや。国分の持つシンの力もその一般人が認知していない魔術の7割の中に存在するや」
言われてみれば属性魔術を除けば、無属性魔術に関しては皆同じようなものを使っている印象がある。収納魔術に結界に回復魔術、時空間魔術に透明化や幻影魔術。それ以外にあげろと言われてもなかなか浮かんでこない。それだけ俺の見ている魔術の世界は小さいことが分かる。
「イムはんはその一般人が認知していない7割の魔術を知っている。まるで頭の中に辞書でも入っているんやないかって思うくらいの記憶力や」
自分の頭を指差しながら呆れる。一般人に認知されていない魔術というのはめったに使う場面がないとか強力すぎて認知されることを禁じられているか。例えば、発動素材にシンの力が指定されている例の古代魔術兵器とかもその7割の中に入るのだろう。サイトーが呆れたのはそんな覚える必要のない魔術を知識として蓄積しているイム・ハンナの考えはまるで分からないと諦めからの仕草だ。
アキが知らない魔術はその7割の部分だ。実戦派のアキが実用性の低い魔術の知識を蓄積する必要性はないと踏んだのかもしれない。だから、実戦的ではない悪魔術のこととかもほとんど無知だった。魔力を使わない非効率的で非人道的な魔術を。
「ちなみに今回のイギリス魔術結社が発動を目論んでいる魔術、カントリーディコンプセイションキャノンの正確な情報も彼女から得た。ワイら黒の騎士団にとっては正確な情報を即座に提示できる点で最重要人物や」
そんな人と会うのか。でも、どうして気をつけろとか関わりたくなさそうな雰囲気を出しているのか気になる。その気になる点をサイトーは教えてくれた。
「やけども、その7割の魔術の中には発動さえもしたことのない魔術もある。一度だけ、団員のひとりがその発動もしたことのない魔術の発動の手伝いをさせられたことがあったんや」
幹部クラスのイム・ハンナの命令となれば拒否できるはずもない。だが、その言葉の重さと面持ちに嫌な予感がした。
「オーストラリア行きの時空間魔術の準備が完了しました!移動の予約をされている方はどうぞこちらへ!」
と威勢のいい男の声が響き渡るとサイトーが立ち上がる。そのまま話を続けた。
「魔術の発動はうまくいったが、その団員は人ではなくなってしまったんや」
「え?」
サイトーはゆっくりと威勢のいい男の元へ向かい俺たちはその後を追う。
この世界に来て魔術は負の要素だけではないと改めて思った。それは人の生活に密着していたからだ。だが、それは上辺上の一部だけで実際は深い深い闇がそこには存在している強い負の力を有していた。




