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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
真の領域
67/192

黒の騎士団②

「うぐふ!」

 誰かに殴られて目が覚めた。

 ふらふらと揺れる船のせいで頭が回りそうだった。だいぶ、触れる船に慣れてきたが、今度は陸酔いしそうでならない。そんな船の仮眠室で俺は夜を明かした。それで誰に殴られたのかというと香波だ。男の隣で何の抵抗もなく寝る姿を見ると襲いたくなるという野性的衝動を抑えて眠りについたのだが、いくら相手が想い人だからと言って少しくらい用心するべきだと俺は思う。しかし、彼女自身不安を力のもとにする青炎(せいえん)を強くするために徹底的に不安にさせられていたせいで眠れない日々が続いていたと俺に教えてくれた。だが、俺のそばに来た瞬間、その不安が解消されたんだと語ってそのまま眠りについてしまった。死んだように寝る香波の寝顔は本当に穏やかだった。殴られた俺は穏やかではないが・・・・。

 香波に殴られて目が覚めた俺は立ち上がる。床にマットが轢いてあるだけでの簡素な仮眠室。天井は低く立ち上がった瞬間、頭をぶつける。屈まないといけないくらい仮眠室の天井は低い。脳天を押さえながら仮眠室を出る。はしごで上に登って重く頑丈なハッチを開ける。なんでこんなに重くて頑丈なんだよってアテナに文句をつけたら船の中に水が浸入しないようにするための対策らしい。そのハッチを開けて仮眠室から出ると短い廊下がある。まっすぐ進むとそのまま甲板に出ることができる。俺は甲板に出てその外の空気を吸いに行く。きっと、近くにインドネシア諸島が見えているに違いないと出ると外はうっすら霧が出ていた。

「・・・・・はぁ?」

 その霧が発する冷たい空気が俺の体を震わせる。

 船員が明かりを持って海を照らしていたがその先は全く見ることが叶わない。

 するとアテナが上空の霧を切るようにして船首に着地すると船が前の方に少しだけ揺れる。

「まずいですのよ」

 と呟いていた。

「アテナ」

 俺が呼ぶとアテナが振り返る。

「おはようございますのよ、国分さん」

「おはよう。すごい霧だな。それに肌寒い」

 暑い夏には全然持って来いの天気だがなんかおかしい気がする。

「そういえば、さっきまずいとか言っていたけど何がまずいんだ?」

「あなたは今の状況が普通でないことが分からないんですの?」

 普通じゃないって海の上って霧とか出るのか?出身が内陸の県だからそういうのは疎い。

「分かっていないようなので説明しますのよ」

 バカにしているのか?

「ここは赤道付近海域でありますのよ」

 インドネシアは赤道付近の国だって言うことは知っている。これでも地理は得意な方だ。

「赤道付近の気候は年間を通して日射量の多い地域ですのよ。そのため、太陽に当たる時間がないために気候は温暖というよりかは熱帯という方が正しいですのよ。台風の卵ともいえる熱帯低気圧というが発生する地域でもあることから雨量も豊富ですのよ」

「へぇ~」

 地理は得意といったがそれは初めて知ったが、残念ながら俺の高校は地理の授業はないので俺にとってはただの雑学だ。言いふらす相手も限られているという悲しい現状を思うと心が痛いので鵜呑みにする。

「対して現在発生している霧は空気中の水分が外気が急激に冷やされることで目に見える量の水が舞っていることから発生するんですのよ。この霧という現象は四季が感じられる地域で主に秋から冬にかけて見られる現象ですのよ」

「・・・・それってつまり?」

「ここは年中気温の高い熱帯地位であるはずのにどうして霧が発生しているんですのよ?地上ならともかくこんな海のど真ん中で!さらにこの霧は遥かどこまでも続いていますのよ。これはおかしいですのよ!」

 背中に装備していた槍を取り出して構える。

「いやいや、なんで武器を出すんだよ!」

 戦闘態勢に入るアテナを落ち着かせる。ただ、霧が出にくい条件の場所で濃い霧が出ているのがおかしいからって武器を振り回すことはないだろ!

 だが、アテナはこの霧を自然現象とは思っていなかった。

「これは魔術ですのよ!」

「はぁ?」

「わたくしたちを目的地まで向かわせないように仕向けられた罠ですのよ!」

「いや、根拠は?」

「この霧ですのよ!」

 飛び上がって船の上空で槍を掲げるとアテナの握る槍に向かって白い羽が集まってゆく。あの白い羽の効力のひとつとしては衝撃波を生むというものがある。その衝撃波を使ってこの濃い霧を全部吹き飛ばしてしまおうという魂胆らしい。天に向かって槍を掲げる白い羽を広げている様はまさに天使だ。だが、その槍から放たれる攻撃は天使とかかわいいものじゃない。

「吹き飛べ!」

 とりあえず、アテナは槍投げのごとく槍を頭上に向けて投げ放つと船の周りを纏っていた霧が吹き飛ばされる。船の帆が風を受けて大きくなびく。衝撃によって白波が立つ。その強い風によって頭上を向いて目を開けているのが困難だ。そもそも、自分がその衝撃で吹き飛ばされそうになってその場でしゃがんで身を低くする。

 衝撃波が弱まったころ頭上を見上げると真っ白な霧は全く晴れていなかった。ぽかーんとしていたのはアテナだ。渾身の一撃であることは間違いない。だが、その渾身の一撃は霧を晴らすことは全くできなかった。

 誰もが頭上を見上げていた。するとアテナの頭上の霧の中に白い点が見えた。よく目を凝らしているとそれはアテナの投げた槍だった。それは真上に投げたんだから大気圏を突き抜けない限り、重力によって真下に落ちてくるのは当たり前のことだ。だが、違うのはひとつ。その槍は白い羽を纏って状態だったということだった。つまり、まだ攻撃状態で俺たちのところに向かって来ていた。

「・・・・ヤバくね?」

 と俺が呟く。近くの船員が声を張る。

「船を動かせ!急げ!」

 と同時に船がゆっくりと前進を始めた。アテナの攻撃は拳吉を吹き飛ばすほどの威力を持つ。そんなものが直撃したらこんなクルーザー並みの船が無事で済むわけがない。沈没する。

「あ!アテナ!あの槍をどうにかしろ!」

 するとアテナは冷静に答えた。

「わたくしは飛んでいる最中のあの槍を手元に戻ってくるように命令したことは一度もなかったんですのよ。どうなるか試してみても・・・・そうこれは実験だったんですのよ!」

「いい訳いいからあの槍止めろ!」

 槍という名のミサイルが迫ってきている。いくら直撃を免れたとしても衝撃による波で船が転覆しかねない。アテナの態度からしてあいつは飛んでいる最中の槍をどうこうすることはできないようだ。

「そうだ!お前の攻撃だろ!お前が防いで見せろ!羽の盾とか作って!」

「それが無理なんですのよ」

「なんで!」

「わたくしが使える人工天使の力は全部で4つあるんですが、同時に使えるのは2つが限界なんですのよ」

「はぁ?」

「今は浮遊とあの槍の攻撃を行っているんですのよ・・・・・。その・・・・・ごめんなさいですのよ!」

 アテナは上空で身をひるがえして船を押して回避の手伝いをする。その甲斐あってか槍は船に直撃はせず海面に激突した瞬間、高々と巨大な水柱が上がる。同時に津波のような波が俺たちの船を襲う。

 結界を張れとか魔術で津波を相殺しろとか多くの指示が飛び交うがさっきまで船を動かくの必死だった船員たちが急にそんなことができるわけもなくそのまま波は船を直撃する。俺は波に体が攫われないように船の手すりにしがみついた。海水が船の中に流れ込んでくる。転覆しそうになるが波の受けたのが船の側面ではなく背面だったおかげか転覆はせずに済んだが、海水は船の中にまで流れ込んだ。

「た、助かったですのよ」

「誰のせいで危険な目にあったんだ?」

「すべては霧のせいですのよ!」

 全部霧のせいじゃないだろ。

 アテナは手を海面に掲げると槍は海面を突き抜けてアテナの手元に戻ってくる。振って海水を飛ばして背中に装備する。

「それでこの霧は何なんだ?」

「それが分かったら苦労しませんのよ。ですが、おそらく魔術である可能性は高いですのよ」

「霧を出す魔術があるのか?」

「・・・・無くはないですが、この霧は霧の特性を持っていませんのよ」

 確かに。アテナがあれだけ暴れて霧は一向に晴れる気配はない。

「これはおそらく結界系である可能性がありますのよ」

「結界」

 アキ曰く結界と一口で言っても多くの種類があるらしい。実際に俺が知る結界は物理攻撃を防ぐ物理結界。特定人物を閉じ込める結界。敵の攻撃を跳ね返す反鏡魔術。他にも魔術防壁という物理結界とは逆に魔術の身を防ぐ結界とかもあるらしい。結界を使う教術師とかも存在するらしいが、その教術師はすべての結界を網羅できるというのだから教術師は魔術師とは違うんだなと強く思う。

「霧の結界なんてあるのか?」

「あるんじゃないんですのよ?」

「知らないのかよ」

 その言い方だと。

「ですが、海上で結界を張るというのは難しいことですのよ」

「なんで?」

「こういう閉じ止める系統の結界は閉じ込める場所に陣を生成しなければならないんですのよ。ここは海の上で陣を収納したカードを海に打ち付けるのはできないんですのよ」

 そうなのか。確かに霧也がふたりだけで会話したいときとかに部屋に結界を張るときも扉とかに陣を展開させていた。この海という広すぎる領域において結界を張るというのは難しそうだ。

「・・・・・今は朝のはずですのよ」

「え?」

 アテナが甲板から霧の向こう側を見つめる。

 たしかに朝にしては暗いがアテナの姿は見ることができるし、船の帆の先まで見ることもできる。霧の邪魔がなければ水平線の向こうまで海を見渡すこともできる。霧の中でも雲の影から太陽の姿だけでも見れることくらいはできるはずだ。それが出来ないというのはおかしい。

「ただの結界じゃありませんのよ」

 焦ったように再び白い翼を羽ばたかせて船の上空へと飛び立っていく。おそらく海上のどこかに結界が発動できそうな場所を探すためだろう。だが、この霧の濃い今の状況でそう簡単に見つけられるとも思えない。俺たちはMMから逃れてインドネシア近海の海に時空間魔術で移動してきた。それから一晩の間に何があった?

 俺は頭で考えるというよりも直接動く方だ。だが、今のこの状況を見て慌てているアテナは冷静さにかける。大きく一呼吸おいて考える。

 どこまで行っても霧の世界。アテナが投げ放った槍が自分たちに向かって飛んで戻って来た。結界の場合、発動するとしたらどこなのか?

『そんなもの答えはひとつだ』

 声が聞こえた。久々に聞いた声だ。俺の中に住んでいるあるゴミの声だ。きっと、あのゴミもこの状況を芳しくないと思っているんだ。ゴミはほぼ即答で答えはひとつだと答えていた。結界を発動する場面と俺は何度も対面している。その結界にある共通点はどこか物の上であること。例えば、手のひらとか足元とか部屋の中とか扉とか。結界を張りたい場所に触れさせるように結界は発動させる。

 ・・・・なら、答えはものすごく単純で簡単だ。

「アテナ!」

 声を張ってアテナの名を呼ぶ。

 その声に気付いたアテナはゆっくりと降下してきた。甲板に着地することはなく海上でホバリングするように俺と同じ目線になるように降下してきた。

「何ですの?」

 若干不機嫌そうな口調と表情を浮かべていた。これはさっさと結論を言うべきだ。

「結界を張るんだったらこの船じゃないのか?」

「え?」

「この船の上なら結界を張るための陣を展開できるんじゃないのか?海の上よりもよっぽど簡単じゃないのか?」

 わざわざ海上の少ない陸地を使って結界を張るようなまねは難しいと思うからこれが一番簡単な結界を張る方法だ。

「確かにそうですのよ。ですが、この船の乗組員は全員わたくしの顔見知りですのよ。それに一体いつ船に侵入して結界を張ったんですのよ?」

 確かにそうだ。夜通し甲板上では二人態勢で見張りもされていたし、MMから逃げる時に使っていた防衛用の結界は健在だ。どうやってこの霧の結界を張った魔術師は船の中に侵入したんだ?

 俺の考えが違ったのかもしれないと不機嫌なアテナに謝ろうと思っていたら、アテナはゆっくり上昇してから甲板に着地する。

「全員を甲板上に集合ですのよ!」

 アテナが声を張りながら船の中に入って行く。どうやら俺が述べた意見も一応考慮して船の中に船員以外の人間が乗り込んでいないかどうかを調べるつもりだろう。

「ねぇ、何が起きてるの?」

「わぁ!」

 香波が俺の背後にいた。さっきまで死んだみたいに寝ていたのにいつの間に甲板に出て来てたんだ?

「急に船が揺れて中に海水が・・・・・」

「ああ、なるほど」

 納得する。

「何を騒いでいるの?」

「今か?ちょっと結界に閉じ込められたみたいなんだ」

 と適当に事情を説明する。不安に押しつぶされそうな生活ばかりをしていた香波には少しでも元の明るい香波に戻ってほしいという願いがあっての物だ。

「私たちどうなるの?」

 不安そうに告げた。逆効果だった気がすると言った後に後悔する。

「国分さん!」

 アテナが船の中から出てきた。ついでに船員も続々と船の外に出てきた。

「なんだ?」

「わたくしは船の側面か船底に陣がないか見てくるのでここをお願いしますのよ」

 そう言って甲板に出て行って空を飛んで行った。

「大丈夫かな?」

「分からない」

 魔術師がいつどのタイミングで俺たちの乗る船に紛れ込んできた?時空間魔術で移動する瞬間か?それとも夜の間か?だが、どちらも人の目が多い。夜も監視の団員が見張っていたから簡単に出入りはできない。どうやって船に入り込んだんだ。入り込んだならどうしてすぐに見つからない?

 船員たちも船のどこかに結界の陣がないか甲板上から探している。

「ねぇ?みんなに混ざって探さないの?」

 と香波に言われて俺も我に返る。香波も混ざって探そうとしていた。

「ああ、そうだな」

 香波は妙に冷静だな。向こうではキャプテンに怯えていて、こっちの世界にこれば見えない先行きに不安におぼれる日々。アテナも俺と出会って少し明るくなった気もすると言っていた。そんな風に寝ている姿を見るのは初めてだと言っていた。事件から2年という歳月が経ってしまっているが俺の中にいる香波のイメージは今も昔も変わらない。今置かれている現状にいつも流されて痛い目にあっている。どうすればいいのか分からずに流されている。だが、ただ流されているだけじゃない。彼女は必ずどこかでその流れに抗う場面があった。2年前は言いなりになっていたキャプテンに背いた。今は悪魔の力を手にした。だから、こそ俺はいち早くその違和感に気付くことが出来た。

 左手に力を込めて陣を発生させると俺の左腕が肘あたりまで赤黒い岩の覆われるとそれが手のひらに集まってきて一本の短刀を作り上げた。その短刀を甲板で陣を探している香波の背中に突きつける。

「お前は誰だ?」

「な、何言ってるの?私だよ」

「誰だ?」

 正直、俺の勘違いだったらそれでよかったんだ。笑って謝れば香波はきっと許してくれる。だから、ここまでの荒療治で目の前の香波を問いただす。お前は誰だと?そして、目の前の香波自身が俺の疑問が確信へと変わった。

「だから、私だって言ってじゃん、国分くん」

 俺は手に握る龍属性の土属性で生成した剣を目の前の香波に向かって斬りつけるとそれを察知した香波が大きく下がってその攻撃を躱す。

「なにするの!」

 甲板にいた船員たちも何事かと俺たちの様子を窺う。

「香波は俺のことを国分くんとは呼ばない」

「え?そ、そうだったっけ~」

「とぼけても無駄だ!魔術師!化けていないで姿を見せろ!」

 きっと、香波はまだ下の仮眠室で寝ている。死んだみたいにぐっすり寝ていた。この世界に来てから不安ばかりで寝ていない日もあった香波が俺と再会したことで不安という鎖から解放されたからだ。そんな香波に化けているお前は誰だ?

「はぁ~」

 と大きくため息をつく。

「もう少し騙せると思ったんだけどな~」

 そう呟くと目の前の香波の姿が歪んで姿を変える。蜃気楼のようにゆらゆらと香波の体がよどんでいくとその姿が別物となる。香波と同じ黒髪のロングだが、肌は西洋人のように白く碧眼をした高貴の高そうな女へと姿を変える。容姿端麗なその姿に見とれていられない。服装は黒の騎士団の制服を着ているが髪をかきあげて俺を睨むその姿は完全に敵意の目だ。

「まぁ~、正直言って~、あんな小便臭いガキよりこっちの方が好きだわ~」

「お前誰だ?」

「言う必要ある?」

 笑顔を見せると目の前の女が姿を消した。なぜという疑問の前に右側から何かが迫ってくる気配を感じて破壊の力を発動させるとそこにはさっきまで目の前にいた女がナイフを振りかぶっていた。破壊の力でナイフだけを破壊して身をひるがえし今度は俺が甲板を背にする形になった。

「いい勘しててめんどくさい~」

 新しいナイフを収納魔術を発動させて取り出す。

「何の魔術を使ったんだ?」

「なんでもいいじゃん~」

 口調のトーンを変えずに今度は正面から新しいナイフを取り出して切り込んでくる。そのナイフの扱いは慣れている様子はないことから実戦経験の少ない奴だと判断できる。なら、また武器を破壊して無力化するのが手っ取り早い。破壊の力が宿る靄を盾にしてナイフの攻撃に備える。ナイフを振りかぶった瞬間、右手でナイフを握りに行くつもりで掴みかかる。だが、ナイフは靄を通っても破壊されず俺の右手すらもすり抜ける。

 このすり抜ける光景を俺は一度目撃している。

「幻影魔術!」

「知ってるんだ~。すごい~」

 背後だ!

 振り返ればすでに女は俺に向かって斬り込んでいた。振り返すときに足がもつれてバランスが崩れる。そのおかげか女の握るナイフは俺の頬をかすめただけで済んだ。

 その場で尻餅をつく。その瞬間も逃さずナイフを突き刺そうとしてくる。

 目の前の風景は幻影か?それとも現実か?アキは幻影魔術は相手を騙さなければ効力を発揮しないと言っていた。つまり、俺が目の前の見えているものが幻影だと判断すれば目の前の幻影は消えてなくなる。幻影自体に攻撃力はない。だが、目の前のは本物だ!

 とっさに左手で握っていた剣でナイフの攻撃をはじく。バランスを崩したように2、3歩後退する姿を見て立ち上がると女はナイフの持っていない手で握る十字架を腰のカードに打ち付けると姿を消した。透明化の魔術だ。

「フフフ。私はどこかな~」

 もしも、俺の仕掛けるのならば次は幻影なんかそうでないのか分からない。思い出すんだ。幻影魔術を巧みに操っていた。魔女、アキの戦いを思い出すんだ。

 グレイはアキが幻影魔術を発動させているところを見ていなかった。俺はあの女が幻影魔術を発動させているところを見ていない。透明化でもウルフの時は気配を察知された。だから、透明化ではすべてを隠すことはできない。きっと、幻影魔術の発動も隠すことはできない。なら、次に奴が姿を現した時それは―――。

 背後で姿を現した女はナイフで切りつけてきた。俺は冷静に穏やかにそのナイフの攻撃を身をひるがえして躱す。そして、ナイフを握る女の手を掴んだ。

「な!」

「終わりだ!」

 女の足を蹴りあげて握った手をひねりあげて女を宙で半回転させてそのまま背中から床に落下させる。ナイフを握る手はひねったせいでナイフを手放して今は俺が拾って持っている。

「お前戦闘したことないだろ?」

「なに?」

「背後を襲うのは基本だが逆に狙われやすい。それを囮にするための幻影魔術だ。お前は俺が幻影魔術を知っている風だったからあえて幻影ではなく自分から斬りかかって来た。それはいい判断だった。だが、それはミスだった」

「なんで?」

「俺の知る幻影魔術を使う魔術師はその特性をちゃんと理解してどういう場面でどうすれば有効なのかすべてを知り尽くしていた。幻影魔術は発動タイミングを見られることは一番のタブーだ。お前は透明化以外に魔術を発動していなかった。それはつまり幻影魔術を発動していないということだ!」

 まさに考えれば安易なことだ。だが、アキは幻影魔術を発動する時は煙幕はったり別の魔術で気をそらしたりして幻影魔術を有効に使っていた。その隙を使って攻撃してその攻撃をどうにか対処している間にまた幻影魔術の準備をする。次の手を考えた魔術の発動を俺にはまねできない技術。それは俺だけじゃない。

「幻影魔術は強力な魔術かもしれないが、それは使い方だ。お前は俺の知る魔術師より圧倒的に劣っている!」

 ナイフを投げ捨てて赤黒い剣を突きつける。

 甲板に出ていた船員たちも一斉に女のもとにやってきて取り押さえる。それを見たアテナが上空から甲板に戻って来た。

「国分さんナイスですのよ」

 と俺をほめる。

「それよりもいつ城野さんが偽物だと?」

「ああ、こいつ最初に当ての攻撃のせいで海水が船の中に入って来たって言っていたんだよ。確か船の中に水は入ったけど仮眠に室に入らない。そういう仕組みになっていただろ?」

 それにいつもの不安げな感じが少し違った。しっかり自我を持っていた。そして、決定的だったのが呼び方だ。キョウ君と呼ぶのは世界中で香波しかいない。

「肝心の城野さんはどこにいるんですのよ?」

「たぶん、まだ寝てるんじゃね?」

 そう言うと船員のひとりが確認のために船内に入って行った。

 しばらくして出てきた。

「・・・・・ぐっすり寝てました」

「のんきですのね。こんな緊急事態に」

 実際に俺も香波に殴られなければ起きてなかったと思う。

 取り押さえられた女にアテナが槍を首元の突きたてる。

「結界の陣はどこにあるんですのよ?」

 そう尋ねると女は案外すんなり答えた。

「船の帆の先端~」

 全員が一斉に船の帆の先端を見上げる。誰が言ったわけでもなくアテナが飛び上がって帆の先端を調べる。

「それにしてもいつの間にこの船に忍び込んだんだ?」

 俺が最も気になっていることを尋ねた。

「簡単だよ~。この船に乗り込むための小型ボートごと透明化して乗り込んだ~。それだけ」

 そんな単純にこの船に侵入されたのかよ。どういう監視体制だったんだよと黒の騎士団の船員たちの有能性について疑いたくなってしまう。

「国分くんだっけ~?」

 女は俺の名前を呼んだ。頭上のアテナは結界の陣をまだ探している。簡単に見つかれば、今頃俺たちは目的地のインドネシアに入ってそれでイム・ハンナっていう魔女のいるオーストラリアに向かっていたはずだったんだ。

 この女がどういう理由でこの船に侵入して結界を張ったのかは知らない。何か企んでいるようなそんな雰囲気がある。

「なんだ?」

 女の問いかけに答える。

「君が例のシン・エルズーランの力を伝承した教術師なの~?」

「そうだが、それがどうした?」

 それを聞くと女は笑みを浮かべた。

「いや、ラッキーだなって」

 それは黒の騎士団の奴らに囲まれて拘束されて絶体絶命の状況に陥っている者の態度じゃない。この女はまだ何かを隠し企んでいる。この船は世界の警察を名乗る黒の騎士団の船だ。海上で結界を張り俺たちを閉じ込めてただで済むとは思っていないはずだ。それに何がラッキーだったんだ?

「お前はどうして俺たちをこの海の上に閉じ込めたんだ?」

「どうしてって?船長の命令」

「船長?」

「ありましたのよ!」

 アテナが帆の先端で陣をどうやら発見したようだった。瞬間、俺の中で嫌な予感がした。女を拘束して一安心していていいのか?彼女は魔術師だ。手足を拘束されているからと言って結界が解かれたわけじゃない。拘束されながらも発動する魔術は発動している。

 船員は皆頭上のアテナの方に目を向けていた。だから、俺だけが見ることが出来た。女が再び笑みを浮かべたことを。

「アテナ!その陣に触るな!」

「え?」

 だが、その声は一足遅かった。アテナが陣に触れた瞬間、半径が2、3メートル程度の陣が帆を中心に浮かび上がる。五芒星が刻まれた中級の魔術が発動した。俺が知る発動方法ではない。そして、陣を包み込むようにして結界が展開する。結界は三角錐の形をしてアテナを閉じ込めた。

 だが、アテナがあの程度の結界に捕まるような軟な奴ではない。

「そんなこと知ってるよ~」

 と女は俺の心の声が分かったかのように呟いた。その瞬間、霧の中から一筋の光が飛んできてアテナを閉じ込める結界を直撃し爆発した。それは一発に留まらなかった。四方から一斉に飛んできたその砲弾はアテナを正確に狙い当てた。爆発と黒煙が立ち込める。

「アテナ!」

 助けに入るべきかもしれないがあの攻撃な何なのか分からない以上無闇に飛びこめない。

「ハハハ!」

「何がおもしろい!」

 女は至極楽しそうに答える。

「こらえるに必死だったんだよ~。まるで勝ったみたいな口調だったんだから」

 すると霧の中から無数の船が姿を現した。船の甲板には屈強な男たちが銃やら剣やらを手にしている。

「この霧の中の結界の中に入り込んだ時点で君たちの負けは確定していたんだよ~」

 すると海の中から屈強な男たちが船の中に入り込んできた。その手には武器があった。すぐさま応戦しようと両手に力を込めて教術を発動させる。右手には破壊の力。左手には龍属性の力で生成した赤黒い岩の剣。だが、いっぺんにしかも突然現れた敵にすぐさま対応できるわけはない。女を拘束していた黒の騎士団の奴らも応戦できずに逆に拘束されてしまう。そして、俺も目の前の男の斬撃を破壊の力で破壊して岩の剣で叩き飛ばしても背後から棍棒で頭を殴られて意識が飛ぶ。

 すでに俺たちはあの女の術中にはまっていたのだ。すべては油断だった。

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