目の前のことを⑥
この世界に存在する領域は無数に存在する。そして、誰も入り込むことのできない神の領域と言うものが存在する。神だけがそのすべての領域がどんな領域なのかを知っている。俺は拳吉の言うような人の領域にいるのかアテナのような天の領域にいるのか香波のような悪の領域にいるのだろうか?
その答えを焦って出す必要はないだろう。俺の領域は俺だけの領域だ。
「国分さん。そろそろですのよ」
朝日が海面から顔を出して港を包み込んでいく。そんな朝日を目をしかめながら見つめる。倉庫の扉の影に隠れながら。アテナと香波が先に外に出て周りを警戒している。それはMMらが俺をそう簡単に国外に出すはずがないという考えからだ。
だが、朝焼けの日差しが注がれる海からのさざ波の音しか聞こえない港は至って平和だった。警戒して上空を飛びまわるアテナと怯えながらも青色の炎に守られている香波がうろうろ動き回っているが何も起きない。
するとアテナが下りてきた。
「来ますのよ」
香波を手招きして倉庫の方まで後退させると静かな港の空に巨大な五芒星が突然浮かび上がった。それはあまりにも突然なことで静かだった港が陣を中心に吹き荒れる風によって騒がしくなる。そして、五芒星は真っ黒な穴が出来上がってその穴からは巨大なものが落ちてきて大きな水しぶき挙げて着水した。着水の衝撃で撃ちあがった海水が俺たちを襲うが、アテナがあらかじめ倉庫の中にいるように言われたおかげで海水を浴びずに済んだ。
着水した巨大な物。それは船だった。木製の船で大きさはちょっとしたクルーザー並みでヨットのような大きな帆を持っていた。そして、この船を吐き出したあの真っ黒な穴は時空間魔術による穴だ。船が水面上で安定すると頭上の真っ黒な穴はしぼむように消えた。
「相変わらず雑ですのよ」
と文句を口ばさみながら倉庫から出るが、俺は出ようとしたところで静止させられてアテナは再び上空へ警戒するために飛んで行った。それを見て香波も警戒するために青色の炎を展開させて当たりを警戒する。
「アテナさん!」
船から出てきたアテナと香波が着ている軍服と同じ色の物を着た男がアテナを呼ぶと、アテナは船のところまで降下してくる。指示があるまで俺は外に出れない。今のところ何も音沙汰はないが、このまま本当にこの国から出ることができるのだろうかと心配になる。アテナと共に吹き飛ばされた時の対応は気味が悪いほど早かったのに対して今回は妙に動きが遅い気がする。俺の動きに気付いていないのか?いや、そんなはずはない。少しだけ顔を出してあたりの様子を窺うが港は静かなものだ。
「何勝手出ていますのよ!」
と声を張ったアテナが船から降りてきた。
「乗ってください。今なら大丈夫ですのよ」
その言葉を信じて俺は深手を負ったデニロという男を背負って倉庫から出る。アテナが着ていた上着をかぶって頭を覆い顔を見られないようする。船に足を入れて何もなくホッとした時だった。
ドンという音が響いて船が揺れる。
火属性魔術の攻撃が船を襲った。しかし、船にはあらかじめ結界が張られていたらしくその結界が船を守ったが大きく揺れたおかげで俺の顔を覆っていたアテナの上着が滑り落ちる。
「やはり来ましたのね」
アテナが槍を構える。船員の黒の騎士団の奴らが戦闘態勢に入る。真横でデニロをタンカにのせて素早く船内に運んでいく。その様子を見ていると第二波が船を襲う。今度も火属性の攻撃だったが、今度の攻撃は強く船もさらに大きく揺れる。
「きゃ!」
その揺れで香波が覆いかぶさって来た。ちょうど顔面に胸が・・・・。
「きょきょきょきょ、キョウ君!大丈夫!」
大丈夫だ。むしろ、このままでいい気分だ。だけど、そうも言ってられない。
「・・・・・・どいてくれるか?」
さようなら楽園。
香波がどいてくれて俺は立ち上がると港には数人の魔術師の姿があった。皆着物を着ていることからMMの手先だ。アテナが魔術の発動妨害の羽を展開してくれているおかげで船への攻撃は最小限に抑えられている。だが、それも言っていられないくなる事態が発生した。
「これは重大な裏切り行為じゃぞ。国分教太」
「マジか」
ひとりだけ輝きの違う人物がそこにいた。組織のボス、MMだ。
「なんで?さっきまで誰もいなかったのに!」
時空間魔術で一気に飛んできたか透明化の魔術で身を隠していたかどちらにしてもこの状況はやばい。
「わたくしが時間を稼ぎますのよ!船はすぐに目的地に飛んでほしいですのよ!」
「わっちがそんなことを簡単にさせると思っているのか?」
ゆっくりとその手を船に向かって突き出すと手の先に陣が浮かび上がるそれは魔術を発動するために必要な陣の中でも最上級の八芒星の陣だ。その陣を中心に生えるように現れる氷にも似た結晶。六角錐の形を司ったその結晶は淡く黄色の色をしている。それを俺たちの船に向ける。が、その結晶に向かってアテナが槍を投げつける。羽を帯びた槍の勢いはミサイルのごとくピンポイントでMMが作り出した結晶を直撃するが、アテナの槍は何の抵抗もできぬまま弾き飛ばされて海面にぶち当たって大きな水しぶきを上げる。
「え?」
あのアテナの攻撃をフレイナも弾き飛ばしたがある程度対抗できていたが、MMの場合はまるで歯が立っていない。
「そんな程度の攻撃でわっちの盾は破られんぞ」
巨大な六角錐の結晶の周りに花弁のように六角形の結晶が六角錐の周りを囲むように現れる。それはまるで真ん中に位置する六角錐の結晶を弾丸のように撃ち出そうとMMの手元に集結してくる。
「国分教太をこの国からは出すわけにはいかんのじゃ。どうしても出るというのならば、主には地獄を見てもらうこととなるじゃろう。そう、影響力の高い力を持つ主が行う勝手な行動がどういう事態を招くのかをわっちが直々に教えてやろうではないか?」
「させるかー!」
海面に落ちた槍が海面を突き破ってアテナの手元に戻ってくる。そして、槍の刃に羽を集めてMMに襲い掛かる。だが、MMはそんなアテナに見向きもしなかった。そのままアテナの槍の攻撃がMMを襲うがその攻撃を同じく淡い黄色の六角形の結晶が阻む。押し切ろうにもびくともしないその結晶に完全にアテナの攻撃を凌がれてしまった。人を簡単に吹き飛ばし、あの拳吉ですらも吹き飛ばすだけの威力を持つアテナの攻撃がMMの前では歯が立たない。MMはその場から1ミリたりとも動いていない。
「わっちの絶対防壁の前にその程度の攻撃はぬるい」
手元を追っていた六角形の結晶が波紋を帯びてうねると同時にはじき飛んだ。そのはじき飛ぶのとワンテンポ遅れて六角錐の結晶がレールガンのごとくオレンジ色の筋を帯びて発射される。港の舗装が剥がれ跳び、水を舞い上げて俺たちの乗る船に襲い掛かる。あんな攻撃を薄い結界一枚でどうにかできるはずない。
アテナの羽が盾を造ろうと集まって来るがその放たれる勢いに飛ばされる。
俺は決して現実から逃げようとしたわけじゃない。今の現実から次の領域に踏み入れるための力を得るための行動だ。MMの裏切りになるかもしれないがそもそも、俺はMMの味方に付いた覚えはない。逃げ惑う船員とどうにかしようとする船員。俺はどうにもできずただ、見ているしかできなかった。その時であった。
「日本国キック!」
空気を切り裂くように飛んできたそれにMMの撃ち出した結晶が弾き飛ばされて高々と水しぶきが上がり港一帯に雨が降っているかのように海水が降り注いだ。それよりもだ。あのMMの攻撃を誰かが弾き飛ばした。技名からして誰かは明確だった。
「とう!」
空中で膝を抱えて何回も回って俺たちの乗る船の船首部分に着地するとその衝撃で船が全体的に前に沈んで元に戻る。
「MMよ。あんなものを撃ってワシの民が傷を負ったらどう責任を取るつもりだったんだ!」
この国を愛する男。この国の最高権力者の征夷大将軍、徳川拳吉だ。黒いジャージにマフラーのような物を巻いていてそれが風になびいている。
「拳吉か。邪魔をするでない。わっちとしては主にはわっち側についてほしいのじゃが?」
「今の攻撃は明らかに教太を殺すつもりだっただろ!」
「殺す?そんなつもりはない。わっちが殺そうとしたのは主が守る国に土足で入り込んだそこにいる害虫じゃったのじゃが?違うか?」
その細い指で俺たちを指差してくる。見下すように。
「ワシからすればMM。貴様の方が害虫だ」
「なんじゃと?」
急にトーンが低くなった。
「主のおかげでこの国はこの困惑の世の中で平和な国だ。それはすべてお前のおかげでもあるが、何度目だ?」
「何度目とは?」
「ワシの国に戦争の火種を呼び寄せたのは何度目だ?」
珍しく拳吉の形相が怒りに染まっているよう見えた。眉間にしわを寄せてMMを睨みつけている。MMはそれに動じないでいつもの調子で話す。
「身に覚えがない」
「一度目は主がこの国に逃げてきたこと!ふたつ目は教太をこの世界に呼びつけたこと!三つはその教太を餌にして戦いの火を広げようとしていることだ!」
3つ中ふたつは俺のせいじゃねーか!
「三つ目が特に深刻だ。教太が来てからフレイナの暴れ方に歯止めが利いていないように見える!アキナ邸付近での組織内部での暴れ方は組織が国に入ってから全くなかったことだった。それがここ数日で連続的に発生している。イギリス魔術結社による襲撃もそうだ」
「なら、主はなぜそちら側にいる?もしや、教太がこの国にいてほしくないと思っているのか?」
確かにそうだ。戦争の火種のもとは俺だ。そんな俺がいなくなればこの国は再び平和になる。MMという爆弾を抱えたままとなるがそれが爆発する火種の俺がいなくなれば。
「否!それはない!」
拳吉はきっぱりと否定した。
「教太は世界が違えどこの国の民であることに間違いない!将軍であるワシには教太を守る義務がある!また、教太が外に出て自らを鍛えたいというのならばその意見に賛同しよう。しかし!それを真っ向から否定し力でねじ伏せようとする暴君をワシは断じて認めん!これ以上暴れるというのならば将軍であるワシが直々に制裁の拳で請け合おうではないか!」
再び船から飛び上がると船が大きく揺れる。空中で後方伸身宙返り4回ひねりを加えながら回転して港に着地する。
「行け!黒の騎士団の船団よ!」
いや、船一隻しかないんだけど。と口に出して突っ込めば同じことを繰り返しかねないのでじっとこらえる。
「ここは征夷大将軍である徳川拳吉が預かった!以後の安全な航海を願う!そして、我が国の民である国分教太に正しき強さに導き再びこの地に送り届けよ!それが将軍であるワシの願いだ!」
再び火の玉が船に向かって飛んでくるが、それを拳吉が空中で相殺した。
「行けー!」
MMが再びさっきと同じ結晶を生成し始めた。
「組織と中央局内の亀裂はこれで目に見えるものになった!だが、これが国民の思っていることである!ならば、ワシはこの国の想いに答えよう!」
港の舗装を剥がし飛ばしてMMに襲い掛かるが六角形の結晶がその攻撃を阻む。その衝撃の勢いを船の頬が受けてゆっくりと船が後退する。拳吉の妨害でMMは俺たちに撃ち出す結晶の生成にてこづっているがそれでも撃ち出される結晶の生成は止まっていない。拳吉の拳の攻撃を一撃うけてもひびひとつはいらない結晶の盾。一歩下がった拳吉が再び地面を蹴って今度は蹴りを入れるもそれも結晶が防ぐ。傷一つはいらない。
「相変わらず固い!」
拳吉が連続で拳や蹴りで攻撃を仕掛けるが、MMが生成した結晶を傷一つ付けることもできない。
アキが言っていたもはや絶対防壁だ。どんな攻撃でも破ることのできない壁。
すると上空にいたアテナが船まで降りてきた。
「船を出してほしいですのよ!」
「でも!」
「将軍さんの行為には甘えますのよ。どちらにせよ、船の搭乗員だけでは潰されるのも時間の問題ですのよ。この船は再び時空間魔術を使って目的地近海にまで飛ぶことが出来ますのよ。だから、安心してほしいですのよ」
そう走り口で俺に伝えると船の中に行ってしまった。俺は甲板まで上がる。船は攻撃をながらも結界で何とかしのいでいたがいつまで持つか分からない。そして、拳吉も押し込まれていた。どれだけ攻撃してもMMにその攻撃が通ることはない。体力だけが消耗されるだけの戦いに拳吉の勝ち目はどこにもなかった。
「ワシにかまわず行け!それが国民の!アキナの願いだ!」
アキの願い。
拳吉はああいっていたが実際はアキというひとりの少女のために危険を冒して体を張って闘っている。
思わず下唇を噛んでしまう。
この世界に来て俺は助けられてばかりだった。それはこの世界が俺の知らない常識にとらわれない世界だからだ。そんな領域に足を踏み入れた俺は身動きが出来ずにいたのを拳吉にアテナに香波にアキに助けられていた。
今度は俺の番だ。
船を包み込むように海面に五芒星の陣が浮かび上がる。
「全員!どこかに掴まれ!」
という男の声に香波は俺にしがみついてくる。俺も甲板の手すりにしがみつきながらも戦う拳吉の姿を見届ける。自分が起こした砂埃に包まれる拳吉はグッと親指を立てて見送った。それと同時に船がゆっくりと海面に沈んでいって目の前が真っ暗になった。
この行動が正しかったのか分からない。それでもこの世界の情勢は明らかに悪い方面へと流れていく。それは悪の領域のいる者の仕業なのかもしれないが断定はできない。だが、その流れを断ち切るためにも俺は戦わなければならない。それには今ある目の前のことを解決する必要がある。神の法則に守られし力の解明。それが人の領域だろうが、天の領域だろうが、悪の領域だろうが構わない。この力を初めて理解した時、きっとこの力は――――。
俺の領域のものとなる。
これにて悪の領域は終わりです。最後まで読んでくださってありがとうございます。
時間がかかった割には短いというのが私の率直な感想です。
今後は出てくる人物の設定は組んであるのに物語の構成を全然してないんですよ(遠い目)。
それなんで次の更新も間が空くと思うので待っていてくれるとうれしいです。




