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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
悪の領域
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目の前のことを④

 すっかり暗くなり街灯に明かりが灯り始める。それでも行き交う人の数は多い。来ている衣服は着物姿もいれば、紳士服や婦人服を着た人もいてイメージからすれば明治維新の日本みたいだ。頭上ではバスや人が空を舞い、火属性魔術を使って屋台を開いているおっさんもいる。肩こりに効くという雷属性による電気療法と書かれた怪しげな整体病院もある。この世界はこの世界で人が生きついている。そこに負の要素はどこにも存在しない。逆に俺のような異世界に人間がこの世界にとって負の力なんだ。

 そんな俺は負の力がこの世界を破壊するだけの魔術の発動の要因のひとつとなっている。そのリスクから回避するために俺はアキに示してくれた道を突き進む。

一応、こそこそと身を隠しながら教えてもらった港にやって来た。赤レンガの倉庫が立ち並ぶ港は函館を連想させる。本当に日本なのかヨーロッパなのか分からない風景をしている。港に停泊している船は小さな漁船のような船ばかりで人影はない。きょろきょろとあたりを見渡すが目的の人物の姿が見当たらない。

「遅かったですのね」

 背後から聞こえた声に驚いて振り返るとそこには白い翼をはやしたアテナの姿があった。その手には槍が握られている。翼が広がっている様子もないことから俺とほぼ同じルートを歩いてきたということみたいだ。

「どこに行っていたんだ?」

「これを取りに行っていたんですのよ」

 これとは槍だ。

「本当は小2時間ほどあなたのことを待っていたんですが、なかなか来ないので不安げな城野さんを置いて行かなければいけなかったんですのよ」

「あ、ああ。悪い」

 俺が悪いのかどうか分からないが一応謝る。

「それで香波はどこにいるんだ?」

「そこの3と書かれた倉庫に身を潜めているはずですのよ」

 そう言われて案内された大きく3と書かれた赤レンガの倉庫の木の扉を開けて入ると中は薄暗く明かりが灯っているだけで不気味な雰囲気が醸し出されていた。中はコンテナが山積みにされていて進めばまるで迷路のようだった。アテナの後に続いてコンテの迷路を進んでいくと少しだけ開け場所に出るとそこに彼女はいた。

「香波」

 足を抱えた状態で座っていた香波が俺の声を聞くと待っていたと言わんばかりに顔をあげて今にも泣きだしそうな顔をして俺に抱き付いて来る。俺はそんな香波を撫でる。怖い思いをさせてばかりだった。2年前の先輩の時と何も変わっていない。

「それよりも国分さん、その荷物は何ですのよ?」

 その荷物とはボストンバックのことだろう。

「俺はこの国を出ることにした」

 とりあえずの意向を伝える。

「そうですか。ようやく、わたくしの考えに賛同してくれますのね」

「いや、そういうわけじゃない」

「は?」

 出鼻をくじかれたみたいに崩れる。

「この力をあんたらにゆずつもりはさらさらない」

「何を言っているのですか!」

「だが、ただMMの支配から逃れるためにこの国から出るわけじゃない。なぁ、アテナ。イム・ハンナって知っているか?」

 アキに教えてもらった魔女の名前をアテナに尋ねる。

 すると驚いたような表情を一瞬だけ見せるとジト目で何か警戒するように尋ねる。

「どうしてイムさんの名前を?」

 慎重にその動向を聞き出そうとしているのが分かった。特に隠す気もないのでそのままのことを言う。

「魔女だと訊いた。それも悪魔術とかの特殊な魔術に詳しいとか」

「・・・・どうして異人であるあなたがそんなことを知ってますのよ?」

「あ・・・・魔女から聞いた」

「美嶋秋奈ですのね」

 一瞬だけアキと言いそうになるのを途中で魔女と言い換えた。アキというのは彼女の愛称。アキというのは魔術とは関係のない魔女ではないアキの名前だと俺は思っている。だけど、このままだと美嶋が魔女に仕立て上げられてしまう気がする。だが、その事情をこの場で説明する必要はないだろう。混乱を招くだけだ。

「それでイムさんに会ってどうするつもりですのよ?」

 俺は右手で拳を作る。それはシンの力が発動する側の拳だ。

「俺はまだシンの力に対して無知な部分が多い。魔女はシンの力がどんなものなのか分かっているが、本来の半分程度しか使えていないことはどうしてなのか分からないと言っている。この力を利用されない方法として俺はこの力をもっと知って強くなる必要がある」

 それが誰も殺さないという意思をより強固なものにし、美嶋に認めてもらうだけの力をつける手段ともなる。

「だから、教えてくれ。イム・ハンナという魔女はどこにいる?」

 俺の決意を聞いたアテナはどうするべきかコンテナに背もたれままのデニロという男に判断を仰ごうとしたが男は未だ目を覚ます気配はない。アテナは黒の騎士団の中でも命令を出す側というよりかは受ける側で行動する側のような感じだった。

 判断に迷っている最中に突然声が聞こえた。

『えー、あーあー。聞こえるかー?』

「はぁ?どこから?」

 俺があたりを見渡すがそこに人影どころか人の気配はない。

 すると珍しく冷静な香波がバックの中から一枚のカードを取り出した。

「聞こえてますよ、斉藤さん」

『おお。その声は城野さんやな』

「はい」

 声はカードから聞こえた。通信魔術の類だろう。

『アテナも近くにおるか?』

「いますのよ」

 とりあえず、俺の会話を中断してカードの向こうで通信して斉藤という男と話をする。

『そうか。とりあえず、船の手配は済ませたで。夜明け前には指定された港に時空間魔術で移動させるで。船には医療関係の魔術やら器具やらを一式そろえているらしいわ。それに乗ってデニロと城野さんは本部の方に戻れとのことやわ』

「わたくしはどうすればよいのですのよ?」

『アテナは別任務や。一旦、船はインドネシア諸島あたりまで飛んでから本部の方に飛ぶらしいや。アテナはそこから東に200キロくらい進んだところにある無人島で集結してるっていう海賊を撃退せよとの命令や。ちなみにインドネシアには別のメンバーもすでに現地入りしとるで』

 今の会話からしてアテナはイム・ハンナの案内役をしてくれそうにはなさそうだ。

『そんで次に国分教太の件はどうなったんやって団長が』

「ええ。そのことなんですが、彼は日本を出ると言っていますのよ」

『そうか、そうか。アメリカに行くというならいっしょに船に』

「そうではないんですのよ」

『はぁ?』

 斉藤という男は黒の騎士団の本部から会話している感じがする。アテナはそれを分かったうえで斉藤という男に尋ねる。

「国分さんはイムさんと会いたいと言って来ていますのよ」

『・・・・イムはんと?』

 悠長に関西弁で話していた斉藤という男の言葉が一瞬だけ詰まる。何か面倒なことでもあるというのだろうか?

『アメリカには来ないんか?』

 アテナがこっちを見てくる。どうするのかと聞いているのだ。もちろん、俺は首を横に振る。

「行かないらしいですのよ」

 そう答えると通信の向こう側でうーんとうなられる。

『どないすればいいやろ?』

「どうしていいか分からないからあなたに聞いたんですのよ。団長は?」

『不在やけど・・・・』

「なら、あなたが命令すれば済む話ですのよ。一応、第2分隊の隊長なんですから」

『そやけど・・・・・』

 どうするか悩んでいる。それだけイム・ハンナという人物と俺を会わせることが問題なのだろうか?それとも単に俺を野放しにするということができないだけなのだろうか?たぶん、どっちだ。

『まぁ、ええわ。とりあえず、ワイもインドネシアに向かうわ。そこで詳しいことは話すわ。アテナらがインドネシアに着くころには団長と連絡付けてどうする聞いておくわ』

「ありがとうですのよ」

「な」

 俺が話そうとするとところをなぜかアテナに妨害される。指を口元に押し当てられてシーッと言う仕草で俺を黙らせる。

「ところでイムさんはどちらにいるますのよ?」

『ハンナはんか?確か自分の分隊率いてオーストラリアのシドニーにいるって話やで。それがどうしたんか?』

「いえ、何となく気になっただけですのよ。分かりました。夜明けとともにわたくしたちも港で待機しますのよ」

『頼んだで』

 そこで通信は終わる。

 まず、最初に気になったことを聞く。

「なんで俺が話したらダメだったんだ?」

「単純ですのよ。敵対組織に所属している国分さんに我々の今後の動向を知らせるのは普通にまずいことですのよ」

 なるほどー。

「それにあなたに聞かれた質問にこれで答えたことになりますのよ。イムさんはオーストラリアのシドニーにいますのよ」

 シドニーに。俺は海外に行ったことはない。だから、オーストラリアがどんな国なのか分からない。そもそも、ここは異世界で俺の知る世界の常識が通用するとも限らない。

「イムさんに会う会わないの前に一度、この国から出る必要がありますのよ。もちろんですが、MMの許可は?」

「あると思うか?」

 ですよねと笑みを浮かべる。

「今日はどうしますのよ?」

「ここで寝泊まりしようと思う。明るくなる前に下手に移動すれば怪しまれる」

「分かりましたのよ」

 アテナは背中に装備していた槍を取り出した。

「え?」

 その槍を地面に突き刺して線をかいた。

「この線よりこちら側は女の領域ですのよ。入り込んだら切り刻みますから」

 ・・・・・ちょ、超怖いです。背中の羽が黒ではなかったことに安心する。そうでなかったらマジで悪魔だ。

「わたくしは着替えてきますのよ。城野さんは国分さんが覗きに来ないように見張ってほしいですのよ」

「は、はい!」

 元気よく敬礼をする。

 それを見届けてからコンテナの影に向かおうとする前に俺はアテナを呼び止める。

「なぁ、アテナ」

「なんですのよ?」

 アテナも斉藤という男も言葉を濁してあげたくない感じの名前だった俺が会いたい人物のことを尋ねる。

「イム・ハンナってどんな奴なんだ?」

 その問いにアテナは素直に答えた。

「魔術師ですが、あまりにも変り者過ぎて言葉も出ませんのよ」

 そう言ってコンテナの影に行ってしまった。

 変わり者。少なくともアキのような悪魔のような魔女ではないということなのだろうか。いろんな疑問が俺の中で交錯する。

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