目の前のことを③
日が落ちた夜。まだ、西の空は若干オレンジ色に染まっている。
病院へとつながるあぜ道は本当に静かで聞こえるのは虫の声だけだ。俺の住んでいる世界では車とか空を飛ぶ飛行機とか電車とかいろんな音がごちゃごちゃとしていたがこの世界はそんなごちゃごちゃと音を立てるものはなく本当に静かだ。そんな静かな夜の病院は本当に不気味なくらい静かだ。
「今日は遅かったですね」
「いろいろあってな。まだ、起きてたんだな」
「少しずつですけど、体力も戻って来てますからね」
俺は今アキの病室にいる。毎日のように来ていたが今日はいろんなことがありすぎて来るのは少し遅い時間になってしまった。普通なら面会時間が過ぎているのだがこっそり病院に入ってこうしてアキと面会している。
「それで今日は何があったんですか?」
俺は何も隠さずにアキに告げる。どうしてかアキに対してだけはすべてをさらけ出して話すことができる。
黒の騎士団のことカントリーディコンプセイションキャノンのこと香波のこと。すべてを話した。
「香波さんがこちらの世界に・・・・」
「ああ。どうも青炎を使うらしい」
「悪魔術ですよね?」
「ああ」
不安を力の糧とする悪魔術だ。
「なぁ、アキ。俺はどうすればいいのか分からなくなってきた。美嶋に認めてもらえるだけの力をつけるためにはシンの力は必須だ。だからと言ってこのままシンの力を持ち続ければ魔術古代兵器の発動のリスクが高い。香波のためにもシンの力を保持するリスクは増す一方だ」
俺はシンの力を持ち続けるべきなのか?龍属性の力が目覚めたことで俺を有に変えてくれていたシンの力の意味も失いつつある。シンの力が通用しない相手とも戦った。龍属性はこれからも発展の兆しがあるのに対してシンの力はシン・エルズーランが従来使っていた力の半分程度しか使えていない現状からしてシンの力の意味の無さがだんだんと大きく浮き彫りになって来た。だが、シンの力は魔術師が理解できない神の法則を利用しているという強いアドバンテージもあるが弱みの方が強くなっているのが現状だ。
「マジでどうしていいか分からないんだ」
頭を抱える。本当にどうしていいか分からなくなってきたいるのだ。今まではただ俺の世界にやってきて魔術をばら撒く奴らを単純にぶちのめして魔術を広めないように必死だった。
こっちの世界に来て俺は力のあり方について問われた。振るうか平等に分けるか。その言葉の意味の重要さをフレイナと徳川拳吉という規格外から学んだ。ふたりの力はまさに世を変えるだけの力を有していた。そして、俺は二つの新たな力と出会った。天使の力とそれを意図的に植え付けさせる負の力、人工天使の力。そして、以前にも出会った悪魔術にも出くわした。すべての力に意味があるように思えた。フレイナは自分を主張し、拳吉は国を守るために、アテナは負の力を広めぬために、香波は俺に会うために、みんな自分の力の目的を明確して押し進んでいる。俺はそれがはたしてできているのだろうか?
美嶋を認めてもらうためか?そうもあるがそれだけでは弱い。美嶋に認めてもらうためにはMM、フレイナを越える必要がある。俺はどこかでそんな化物に敵わないと思ってしまっている。
「あまり考えすぎないでください」
アキが俺を抱き寄せる。
「教太さんがそんなに悩み詰める必要はありませんよ。考えるのは私のお仕事です。特に魔術が使えない体になってしまった以上、私には教太さんの代わりに考える以外にすることはありません」
確かにそうだったかもしれない。俺の思考の中にはいつもアキがいた。俺の知識はすべてアキの物からだった。
「私からすれば教太さんは今持っている力を磨いて秋奈さんに認めてもらう力をつけることと誰も殺さない手段を貫くべきだと思います。そのためにはシンさんの力は手放さない方がいいです」
「そうなのか?」
「確かに古代魔術兵器の発動のリスクは高いですが、そんなものの発動を食い止めようとする人は教太さんだけじゃありません。いろんな人が同じ思いでいるはずです。教太さんはそんな人たちと手を取って戦うべきです」
抱き寄せていた俺の体を話して手を握る。
「今、こうやって思いつめさせるのもおそらくMMの策略の可能性もあります。彼女が本部を壊すほどフレイナさんを放置させていたというのも気になります」
確かにお気に入りの部屋はもう炭以外に何も残っていないという話を霧也からも聞いている。危うく自分も同じように炭になるところをリンさんの時空間魔術で外に出て助かったのだと語っていた。
「でも、今のままでフレイナと同等の力を手に入れられるかどうか・・・・」
「無理だと思いますよ」
笑顔で即答された。
「どうしてシンさんの力が半分程度しか使えないのかいい加減に解明しないといけないかもしれませんね」
魔女と呼ばれるだけの知識を持っているアキにも分からないことをどうやって理解すればいいのか、力のあり方以上に分からないことだぞ。
「・・・・黒の騎士団の方はまだこの国にいるんですよね?」
「あ、ああ。港近くで一晩を明かすとか言っていた」
ものすごくわざとらしく。その意図は未だにわからない。
「なら、好都合ですね。黒の騎士団の方たちにイム・ハンナという女の人のことを聞いてみてください」
「イム・ハンナ?誰だ?」
アキの口から出た答えは驚きな物だった。
「魔女です」
魔女から魔女という単語が出てきた。
「は?魔女はアキだろ?」
「私も魔女ですが、彼女も魔女です」
「魔女ってふたりもいるのっておかしくないか?」
「魔女としての知名度は私の方が高いかもしれません。ですが、一部の人には有名ですよ。私が東の魔女なら彼女は西の魔女でしょう」
黒の騎士団の奴らが知っているということは黒の騎士団の関係者、つまり団員ということになる。団はアメリカに本部を置いているらしいから西の魔女ということか。
「彼女も魔術の知識量の高い方ですが、私とは少しベクトルが違います」
「どうベクトルが違うんだ?」
「詳しいことは分かりませんが、悪魔術とかの魔術から外れた感じのことだとか」
そういえば、アキは悪魔術についてあまり知らない感じだった。氷華の時も名称は知っていてもそれが悪魔術まではすぐに分かっていなかったし、青炎に関しては悪魔術ってことは分かっていたらしいが何の炎か知らなかったらしい。
「シンさんの力は誰も知らない神の法則に守られた力です。私とはベクトルの違う魔術の知識を持つハンナさんならば何かシンさんの力に関する何かを知っているかもしれません」
アテナと香波はまだ港にいる。アテナの話し方からして一晩待っているから来るな来いということだった。
「アキが行けと背中を押すなら俺は行く。でも、アキや美嶋を置いて行くのは・・・・・」
「大丈夫だ」
病室に入ってくるひとりの影。霧也だ。
「ふたりは俺に任せろ」
「・・・・霧也」
「やれるだけのことはやる。安心しろ」
霧也にはこういう役回りを任せてばかりな気がする。だが、今回ばかりはお言葉に甘えよう。自らの力をつけるために、シンの力を最大限に生かすために俺は今いる領域を飛び出す。
「教太さん。私も情報を掴み次第、私も後を追います」
「あ、アキ」
「考えがあるんです。力がなくても力があると証明する手段を」
俺だけじゃない。アキも同じように美嶋に認めてもらうために力をつけようともがいている。今度は魔石に頼らない自分の力で。
「分かった。しっかり追いついて来いよ」
「任せてください」
意思を固めるように握り拳を作ってそれをお互いにぶつける。
それから霧也と共にアキの病室を後にした。
「アキはスゲーよ」
「今更気づいたのか?」
そんなわけじゃない。魔女として知識の多さには頭が上がらなかったのは事実だ。それにあいつは俺とは違っていつも頼りない自分の力を振り絞って今までの戦いを生き残ってきているんだ。それは今の俺と似たような状態にある。自分の力の無さに脱力していた。俺は何を簡単にへばってるんだよ。そう考えるとアキはすごいことはもう――――。
「知ってるよ。もう」
俺は暗い病院の廊下を歩きだす。その先に明るい未来があると信じて。




