剛炎対青炎③
「デニロ!」
膝から崩れ落ちるデニロのもとに駆け寄る。床から発せられる熱に肌が焼かれてしまいそうだ。それでも動けなくなっているデニロのもとに駆け寄る。デニロに近づくにつれてその熱の強さが強まっていく。口元を押さえて喉が焼けないように気をつけながらデニロのもとにやって来た。
「デニロ!大丈夫!」
近くで見れば剣の蛇たちに噛まれた傷と蒸気が上がるほどのやけどがひどかった。青白かった顔もやけどで真っ赤になっている。何も感じずに普通にふるまっているけど武器によって噛み付かれた腕の痛みも重なって普通でいられるわけがない。
確か治療ようの魔術があるって教わった!私が教わった唯一と言ってもいい回復魔術というものだ。持っているカードの中からそのカードを選んで手の平で発動させる。でそうしていいか分からない。
「そのカードを俺に当てて十字架を打て」
「え。あ、はい」
言われたとおりにカードをデニロに当てると熱さで思わず手を一度引いてしまう。普通の人の熱さじゃない。すぐに氷か何かで冷やさないとダメだって分かっているのにてんやわんやとなってしまって何もできない。とにかく、回復魔術と言うものをデニロに施す。すると陣から発せられる青白い光がデニロを包み込む。なんかよくなっている気がするけど、まだまだ心配で不安だ。
「だ、大丈夫?」
「ありがとうありがとう。どうせなら、抱きついてくれたら治りも早く」
「それは嘘だ」
すぐに悟った。それから残念そうな顔をするところから見て下心丸出しだ。
でも、すぐに切り替えて炎の女の方に目をやる。私もつられて目をやる。炎の女の周りでとぐろを巻いていた炎の龍もどんどんしぼんで行って今にも消えてしまいそうだ。デニロに斬りおとされた腕を包み込むように蹲って動かない。肩が上下に動いているから死んではいない。
「4大教術師もこの程度なのか」
「よ、4大教術師?」
なにそれ?ってもう慣れてしまった。
すると珍しく説明してくれた。
「このこの魔術世界においてあいつの名前を知らない魔術師はいない。そのくらい強い」
それってこの魔術世界中の魔術師がみんな知っている強い魔術師じゃなくて教術師って言うこと?
「もしかしてめっちゃ強い?」
「めっちゃめっちゃめっちゃ強い」
いつも同じことを二度いう口癖のデニロが3回言うんだから相当すごいんだ。
「そ、そんな人をつい先日魔術知ったばかりの私とそれなりに強いデニロが倒しちゃったの?」
「そうだそうだ。つい先日魔術を知ったばかりのド素人とほとんど名の知れないただの悪魔術師に4大教術師は倒された。腕を斬り落とされてもはやあいつは動けない。これだけ暴れれば組織の上層部の誰かが来てもおかしくない。本番はこれから」
嘘でしょ。これがまだ序の口だって言うの?帰りたい。
「もしかしたらもしかしたら、国分教太が出てくるかもしれない」
「デニロ。動ける。本番はこれからよ」
「切り替え速い」
キョウ君がいるかもしれない。私がこの世界に踏み込んだ最大の理由。もしも、今後キョウ君が出てこなかったらどうしようと不安になって狂ってしまいそうだ。今の精神状況を維持するためには少しでも希望を持つしかない。キョウ君と再会する。今度は100回中の99回の中に入るために。
「移動しよう」
デニロが立ち上がって部屋の外に向かおうと炎の女を背にすると急に強い熱を感じて思わず振り返ってしまう。
「な、なに?」
デニロが険しい顔をして両刃の直剣の状態の剣を炎の女に向ける。
「まだ、動けるのか?」
デニロの顔を見ていて炎の女の方を見ていなかった。目をやった瞬間、爆発するように炎の女の炎が息を吹き返して真っ黒な炭で染まった部屋に再びオレンジ色の炎で明るく灯される。その炎の中心には女がゆっくりと立ち上がる。下を向いたままで表情を伺えない。
「なんで?腕を斬られて痛いはずでしょ」
「よくよく見ろ」
「え?」
炎の熱で視界がゆらゆらと揺れるけど、斬りおとされた傷口からは全く血が出ていない。
「傷を炎で焼いて止血したのか」
それでも傷の痛みが完全に抜けるわけじゃない。あの女が立っているのはなんで?私たちはあの炎の女を攻撃するつもりはもうない。戦う理由はない。アテナの情報を握っているみたいだったけど話す気は全くなさそうだった。だから、別の人たちから聞こうとしていたのに。
「なんで戦うの?」
それにデニロが答える。
「教術師だから」
同時に柄の蛇たちが一斉にデニロに腕にかみついて血を吸い上げる。何度も腕を噛まれていると痛みが蓄積されているから、さすがのデニロも噛まれて痛みが強いのか顔をしかめた。そんなデニロの様子など気にも留めずに柄の蛇たちは容赦なくデニロに食いついて血を吸い取り両刃の直剣が内側から成長するように血で生成された大剣になる。その大剣を開いた左手でも掴んで構える。
「・・・・・・た・・・・・え」
「ん?」
「・・・・た・・・・かえ。・・・・たた・・・・え。たた・・・・かえ。戦え」
すると火柱として上がっていた炎が一斉に炎の女の元に集まって凝縮されてゆく。その勢いに周りに積もっていた灰が巻き上げられて私たちを襲う。灰が目に染みて涙が出そうで目を開けていられなかった。次に目を開けるとそこに現れたのは巨大な炎の鳥だった。大きく二枚の翼を広げて尾の無数の羽がひらひらと舞い、とんがったくちばしに頭からは羽毛が3本垂れ下がっているその姿はまるで――――。
「鳳凰みたい」
デニロと私の感じたその姿の印象は同じだ。
炎の女は今に倒れそうになりながらようやく顔をこちらにあげた。目の下にはクマが出来ていて炎の色とは真逆な真っ青な顔で大量の汗をかいていた。それは腕から発せられる強い痛みからきているということはすぐに分かった。デニロも炎の女も状況は同じだ。
「戦え。本能のままに!戦え!」
炎の鳳凰が咆哮をする。きええぇぇぇぇという悲鳴に似た鳥の声と同時に熱風が私たちを襲う。これは今まで蛇たちにも見られた熱風だ。口を開いて威嚇すると感じた熱だったが前までと違うところにいち早く気付いたデニロが驚く。
「声をあげた」
別に不思議なことじゃない。相手は鳥なんだし。炎で出来ているけど・・・・。炎の鳥って鳴けるの?普通に考えて相手は炎なんだから声をあげることは普通出来ない。
「な、なんで?」
不安になる。目の前の炎の鳥が普通ではないということに。
「行け」
炎の女の合図に炎の鳥がくちばしを大きく開けるとそこに炎が凝縮されて行っているのが分かった。何かが飛んでくるとすぐに察して青色の炎を私たちの周りに展開させて攻撃に備える。ここまでの動きはスムーズにできるようになった。後は青色の炎が勝手にやってくれる。
「行け。熱暴の不死鳥!」
くちばしに凝縮されていた炎が一斉に放たれる。それは無数の火の玉でマシンガンのように連射されて私たちに襲い掛かる。私は青色の炎を正面に網状に展開させる。その青色の炎と私の間にデニロが入ってきて大剣を地面に刺して炎の女の攻撃に備える。さっきの炎の蛇に龍の時と同じ防御態勢だ。
大丈夫。今度もこの青色の炎は私のことを助けてくれる。私の不安を食べて私を守ってくれる。それは悪魔の炎と呼ばれても私にとっては希望の炎なんだ。
炎の鳳凰から放たれた火の玉は青色の炎の網を難なく突き破ってデニロの大剣にぶつかって爆発した瞬間、爆発でデニロの体が吹き飛ばされる。
「え?」
目の前の現実が受け入れられなかった。デニロが吹き飛ばされて私の頭上を飛んでいく。そして、目の前に広がるのはまだ着弾していない無数の炎の玉。
「いや!」
動くこともできずその場でうずくまった。それが幸いしたのか近くに炎の玉が着弾して爆発しただけで済んだ。でも、その爆風の影響を受けて私も部屋の壁まで吹き飛ばされて壁に背中から激突して肺の中の空気を全部吐き出してしまったように呼吸が一時的に呼吸が出来なくなって床に落下してから激突した痛みよりも呼吸できないことによる咳き込みで苦しかった。
そして、部屋の中央に君臨する炎の鳳凰が再びその口に炎を凝縮していた。さっきと同じ攻撃がまた来ることを意味していた。
私の炎ではあの攻撃をどうにもできない。私だけじゃない。デニロだって今まではしっかりと耐えていたのに軽々と吹き飛ばされてしまって部屋の隅で倒れたまま動こうとしない。
「な、なに?ど、どうすればいいの?ねぇ、教えてよ。わ、私はどうすればいいの?」
死の恐怖と生き延びるためにどうすればいいのか分からないという不安に青色の炎が反応して私を守るように渦を巻いて展開する。それでも青色の炎は糸みたいに細くて今にも切れてしまいそうだ。でも、私はこれにすがるしかない。
炎の女はそんな怯える私の姿を見て痛みで青白い顔をしながらも歯を見せて笑みを浮かべて手をあげて下した瞬間、炎の鳳凰のくちばしに凝縮されていた炎が再びマシンガンのように炎の玉が発射されて私に襲い掛かる。青色の炎が対抗するために飛び出していくも何もできず消し飛ばされる。
――――もうダメだ。
「まだだ、まだだ」
右手に真っ黒に焦げて剣として機能を果たさない大剣を構えて空いた腕で私の体を抱きかかえて攻撃に備えた。
「む、無理よ」
「君の不安が俺を救う」
確かに私は今不安になっている。それに応じて青色の炎は強くなった。それでも勝てる気はしない。そのことが死ぬかもしれないという不安。家族には友達の家でお泊り会でしばらく帰らないと伝えてあるけど、きっといつまでも音信不通で帰ってこない私のことを心配しているのにこんな未知の異世界で死んでしまうのは嫌だった。結局、キョウ君にも会うことが出来なかった。何もできないことへの無力さに涙が出る。これは不安ではなく恐怖だ。それにも関わらずデニロは私の不安を信じて攻撃に耐える。
しかし、青色の炎は全く抵抗することなく簡単に消し飛ばされてデニロの大剣に炎の玉がぶつかって爆発すると私たちの体がふわっと浮いて吹き飛ばされる。壁を突き破ってそのまま明るい外へ吹き飛ばされて近くの建物に激突する。ゆっくりと自然の力に任せて落下する。激突した建物はレンガ作りでいっしょに壁のレンガも落下してくる。私は直撃の衝撃で大きな怪我をしていない。でも、デニロは額から血を流して吐血して苦しそうにヒューヒューと今にも途切れてしまいそうな呼吸していた。急いで回復魔術を施そうとするも背後に感じた強い熱に体が拘束される。ブリキのおもちゃのようにぎりぎりと振り返ると教会のような建物に空いた大きな穴からゆっくりと炎の女が出てきた。その頭上にはしっかりと炎の鳳凰がいた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああああ」
震えた手が握ってたカードと十字架がこぼれ落ちる。
「これこれ。この感覚!あたしゃとしたことが自分の力をセーブしていたなんて本当にもったいないじゃん。あたしゃはどんな奴にだって全力でぶちのめす。ミレイユにいろいろ制限されているせいで忘れていたじゃん。久々に熱暴の不死鳥を使ったこの感覚を思い出させてくれて感謝してる。でも、あたしゃの左腕を斬り飛ばしたこと怒っていないと言った嘘になるじゃん」
炎の女の怒りと同調するようにして炎の鳳凰も咆哮する。
「なかなかおもしろい奴じゃん。そこの悪魔術使いコンビ。男の方は血を使った炎を斬り裂く剣。女の方は炎すら燃やす炎。こんなやりがいのある奴と真剣にやれるなんて最高じゃん!でも、もう終わりにする!女!そこをどけ!まず最初にそこの男を殺す!まずはあたしゃと同じように左腕を焼き切ってその後に右腕を両足を焼き切って苦しんで殺しやる!その後に女の番だ」
想像するだけで足が震えて動くことが出来ない。逃げなきゃって分かってるのに体が言うことを利いてくれない。背後で倒れているデニロを見捨てるわけにもいかなかった。だって、デニロは私の炎を信じて私をかばってくれた。不安をあおって私の精神状態をぼろぼろにして下心丸出しの対応で本当に嫌な奴だった。でも、体を張って私を助けてくれた。生き残る術を教えてくれた。見捨てれる訳がない。
私の意思に答えてくれるように青色の炎が私の周りに渦を巻いて展開する。
「まだやる気じゃん!いい!その意気込みは称賛に値するじゃん!そのうえで叩きのめしてやる!」
「そんなのいやぁぁぁぁぁーー!」
最後の抵抗。青色の炎が一斉に上空の炎の鳳凰に向かって襲い掛かるが、鳳凰がその炎の翼を羽ばたかせると強い熱風が発生して青色の炎がしぼんで消えてしまう。そんな熱風を何とか避けて鳳凰の足に細い青色の炎を絡ませることが出来た。後は神経毒のように広がってくれれば―――。
「芸のない」
足に巻きついた青色の炎は広がることなくそのまま消えてしまった。
「な、なんで!」
それに炎の女が答える。
「その青色の炎は悪魔術でも結局は炎じゃん。炎の強弱は熱の強さで決まる。負けるっていうことはあんたの炎が冷たいってことじゃん。あんなの炎であたしゃの炎は消せない!」
炎の鳳凰がくちばしに炎を凝縮し始めた。炎のマシンガンを撃ち出す気だ。デニロの手に剣は握られていない。力なく手から零れ落ちて近くに両刃の直剣に戻った状態で転がっている。私の炎であの攻撃は防ぐことはできない。逃げることもできない。
力なく膝から崩れ落ちる。死ぬ。無理だ。もう、無理だ。
ガクガクと足が震えてカタカタと歯を震わせて目をかき開いて炎を見ると恐怖のあまり涙が鼻水が出てその場で漏らしてしまった。もはや女としての羞恥を完全になくてしまっていたが気にならなかった。だって、もう私は死を悟ってしまって生きる気力もなくなってしまった。そんな私の感情に影響されてか渦を巻いていた青色の炎も完全に消えてしまった。
「あたしゃの勝ちだ!」
勝ち誇ったその表情と共に手をあげる。その手が下された瞬間が私の終わりだ。
「・・・・・キョウ君」
最後に呟いた100回中の99回の出会いが来るようにと約束して別れを告げた思い人の名前をつぶやいた。彼を追いかけて来て見つける前に私は――――。
香波!
「え?」
聞き覚えのある声が確かに聞こえた。
その瞬間、ひとつ時の光のような何かが炎の鳳凰がくちばしに貯めていた凝縮していた炎の塊を貫いた。瞬間、凝縮していた炎がその場で轟音をあげて暴発した。
「なに!」
爆発の炎に炎の女も巻き込まれていく。その爆発によって起きた砂埃が私を襲う。灰が混ざって目が染みて目を開けているのがつらかった。
何が起きたのか理解ができない。ミサイルみたいなものが光のように飛んできた。そのミサイルみたいなものは地面にぶつかって砂埃をあげたのを見たからただの光じゃない。それよりも聞こえた聞き覚えのある男の子の声。あれは――――。
すると目の前でバスンと何かが落ちてくる音が聞こえた、沁みる目をしっかりと開けてその姿を目の当たりにする。七分丈の黒のズボンに少し黒ずんだ青のジャケットを風に揺らした黒髪の少年がそこにいた。右手は真っ黒な靄に覆われていて左手には赤黒い刀身をした剣を握っていた。
「そこまでだ!フレイナ!」
間違いない。その声を聞いた瞬間、溜まっていた感情が一気に爆発してドッと涙があふれ出た。口元を押さえて出そうになる泣き声をこらえる。そして、ゆっくりと振り返る少年は私の名前をしっかりと呼んでくれた。
「もう大丈夫だ、香波」
「きょ、キョウ君」
やっと会えた。私の想い人。これが私にとっての100回中の99回に当たったと思った瞬間だった。




