剛炎対青炎②
ミレイユ・ミレーや美嶋秋奈のようにあたしゃことフレイナにはファミリーネームがない。
あたしゃの生まれも育ちもイタリアのローマだ。生活は豊かかと言われた豊かだったと思う。目の前に現れたものをただ焼き殺せばそれで生活が出来たからだ。だから、最低限の生活はできた。でも、心は豊かではなかった。拘束されて自由を奪われて、ただの見世物の商売道具として扱われる日々を豊かだと思ったことはない。フレイナという名前はあたしゃの名前ではない。フレイナという名前はただのファイトネームだ。観客は金を払って闘技場の中に入って何重にも張られた結界で守られた観客席で魔術師同士、教術師同士を戦わせて見世物にする。闘技場はその時の入場料と掛け金を収入とする。結界の外は娯楽の一環での面白い試合で、結界の中は生きるか死ぬかの地獄。フレイナはその闘技場始まって以来の化物と言われた。
灼熱の少女、容赦のない豪熱、熱暴の無敵女王、君臨し炎の強者。
いろんな通り名があった。そんなあたしゃは生きるために結界の中ではいつも本気で戦った。最初の方はそうだったけど時が経つにつれてあたしゃの規格外のレベルについて行けるものはいなってから本気で戦うことは早々なかった。そもそも、あたしゃの炎の熱は誰にも止められない。水は蒸発させ吹き飛ばし、土は溶かし消した。規格外。魔術の法則には乗っ取っているにもかかわらず法則に反しているように見えてしまうだけの強い力、火力。
あたしゃの炎を消せる者はいない。
あのミレイユやシン・エルズーランですらあたしゃの炎を完全には消せなかった。
だから、目の前で起きた出来事が信じられなかった。
青色の炎がまるであたしゃの炎を内側から食いつぶすように広がって炎を消した。信じられなかった。熱暴の大蛇の内一匹が完全に消えてしまった。あたしゃの周りで蜷局を巻いている炎の蛇は7匹に減っていた。何度数えても何度目の前の現実から逃れるようとも8匹いたあたしゃの熱暴の大蛇の一匹がいなくなった。消された。絶対に消せないはずのあたしゃの炎が消された。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!ありえない!そんなのありえるわけないじゃん!」
今度は残りの半数の4匹の熱暴の大蛇を青色の炎を持つ女に襲わせる。あたしゃの炎に触れたものは有機物だろうが無機物だろうがすべての水分を吹き飛ばし燃やして炭にするだけの強い炎を持っている。その炎はどんな強い炎にもマグマにだって負けるはずはない。
「私を守って!」
女がそう言うと細い青色の炎が熱暴の大蛇の中に入り込むとまるで神経毒にでも犯されてしまったかのように青色の炎が熱暴の大蛇を内側から食いつぶして所々から青色の炎が噴き出して熱暴の大蛇を完全に呑み込む。
「なんで!なんで!」
「何度何度叫んだって結果は変わらない」
声が聞こえて思わず振り返ると柄に黒いミミズみたいな大剣を持った暗い男が大剣を振りかざしていた。咄嗟に残った熱暴の大蛇たちでその大剣の振り下ろす斬撃を受け止める。だが、8匹同時の攻撃にも耐え抜いたその大剣を残りの3匹で防げる訳がない。どんどん勢いに負けて押される。
「ちっ!」
蛇を下げて大剣を振り下ろさせる。やったと白い歯を浮かべた男だったがすぐにその大剣が風を切って地面を叩いたことですぐに違和感を覚えて大きく後方に飛んだ。大剣はあたしゃの目の前で振り下ろされた。
「おかしいおかしい。確かに直撃だった」
「あんたの距離感覚が狂ってんじゃん」
でも、冷静な男は周りで庭園の木々を燃やす炎をすぐにひらめいた。
「なるほどなるほど。炎の熱の温度差を使った陽炎か。道理で距離感覚がずれるわけだ」
後ろを見てもあの青色の炎の女はあたしゃに攻撃してくる気配はない。自分を守るだけで攻撃する気がない?全く腹立たしい。あれだけの力を持っていて何もしてこないとか舐めている!あたしゃをおちょくってるのか!
ふつふつと込み上げている怒りが逆にあたしゃを楽しませる。
こんな感覚は久々だ。
「あたしゃはあんたらをなめてた。さすが悪魔術を使う黒の騎士団の奴らじゃん。あのアテナって奴みたいでおもしろいじゃん」
アテナという名前に大剣の男が反応する。
「アテナを知っているのか?どこにいる?」
「知りたかったら殺すつもりで来ないと話す気はないじゃん」
正直、アテナがどうなっているか知らない。なんかミレイユが指示していた気がするけどあたしゃの知ったことじゃない。だが、これで相手が少しでも本気を出してくれた方がやりがいがある。
「熱暴の大龍!」
新しくあたしゃの周りに炎の蛇たちを生成してそれを一体に凝縮して巨大な蛇にする。あたりが火の海に代わり蛇はどんどん形を変えていき一匹の龍へと姿を変える。すべてを絶対燃やし尽くす不屈の炎の龍。こいつの熱気によって使い手であるあたしゃですら少し熱いと感じる。
「いい熱さだ!この熱さがいい!さぁ!あたしゃをもっと楽しませろ!」
熱暴の大龍を男に向けて放つと大剣で受け止めるべきではないと即座に判断して躱される。
「まだだ!」
地面にぶつかって床を焼き落とした熱暴の大龍は躱した男に向かって突っ込んでいく。完全に背中を取っている。
「焼かれろ!」
背後から襲い掛かる熱暴の大龍を尻目にやむを得ず大剣でその炎を防ごうとしたその間にあの青色の炎が割って入ってきた。目を青色の炎の女の方に移せば手を付きだして命令している。仲間であるあの男を守れと。
「今度のあんたの炎はさっきとは違う!絶対にあたしゃの炎が消せるわけないじゃん!」
「この世界に絶対はない」
青色の炎はまるで海中の魚を捕まえる網のように展開して熱暴の大龍を包み込んで男の攻撃を止められる。そして、青色の炎が触れたところから炎を青色の炎で焼いていく。蛇の時と同じように神経毒のように今度は外側からどんどん青色の炎に侵されていく。
「そんな程度で!」
熱暴の大龍に最大限の炎を送って青色の炎の進行を食い止める。
さらに強い炎を上から押し込めることで青色の炎が処理しきれない量の炎を送り続ける。それは同時に熱暴の大龍が風船のように膨張し、次第に網上に纏わりついていた青色の炎すらも飲み込んでいく。
「え!な、なんで!」
「あんたの炎であたしゃの炎を消せない!」
ついに青色の炎を突き破って男に襲い掛かるがそこには男はもういなかったが攻撃を止めることはできない。そのまま地面にぶつかりまるで噴火のような火柱をあげる。熱風が炎の被害にあっていない木々を燃やし炭となり消し飛ぶ。床は抜け落ち天井は熱で穴が空く。そのさらに天井にも穴が空き本部の屋根を突き破り空に向かって火柱が上がる。天井を床を突き破る衝撃で建物全体が揺れて悲鳴を上げる。日本庭園の部屋はもはや炭以外には何も残っていない。木々は燃え炭となり池の水は干上がり中で飼われていた錦鯉もこんがり焼かれて炭になる。真っ黒な部屋に唯一ある色はあたしゃのオレンジ色の炎だけだ。
そんな炭以外に残っていない部屋に何か障害物が建っていた。それはあの青色の炎を操る女がいたところだ。それが分かると同時にその障害物ががさりと動いてその背後から細い青色の炎が生き物のようにその障害物を取り囲む。
「バカみたいな火力」
その障害物はその男が握る柄に無数の蛇が引っ付いた大剣。その後ろにはあの青色の炎を操る女もいた。また、あたしゃの炎はあの大剣の防御を越えることが出来なかった。しかし、さっきと違うのは柄の蛇が一斉に男の腕に噛みついた噛み付かれた瞬間、血が噴き出て蛇の体を伝って血が剣に送られてように見える。それと並行するように炭同然だった大剣に艶が戻っていく。
「なるほど、その剣は血で生成して修復される。だから、いくらあたしゃの炎を受けても受けたところで修復する。つまり、あたしゃの攻撃よりもあんたの剣を修復力の方が勝ってるということか」
「ご名答ご名答。この剣は血を糧としている悪魔術の魔武、吸血の血刀」
「悪魔が!」
再び熱暴の大龍を発生させてあたしゃを守るようにとぐろを巻かせる。一見蛇のようだがしっかり頭の近くとしっぽの近くに手足があり、顔も角が生えひげが生えごつごつとして龍らしい顔になってる。
「どっちが悪魔なのか?」
「なんだと?」
「この部屋には仲間がいた。それにもかかわらずお前はお前はこの部屋の物すべてを焼いた。その容赦のなさはまさに悪魔」
ああ。確かリンとリュウガと風上風也がいた気がする。あたしゃの周りで味方の犠牲は仕方ない。逆に逃げない奴らが悪い。巻き添えを食らうというのは最初から分かっているはずだ。そんなことをいちいち気にしていては戦いに集中できない。
それにあいつらなら巻き添えを食らう前に逃げただろう。そのくらいの理恵はあるやつだら。
「悪魔術を使う奴に言われたくないじゃん!」
再び熱暴の大龍にあのふたりを襲わせる。
「やれやれ。力とは使いようだ。使い方次第で魔術も悪となる。少なくとも黒の騎士団のメンバーに悪魔はいない。君みたいな」
熱暴の大龍に網上の青色の炎が動きを止めようとするもそれはもうあたしゃの敵じゃない。すぐさま突き破ろうとしようとする。
「悪魔は裁かれる運命」
青色の炎に一時的に動きを止められた熱暴の大龍から避けるように真下を通ってまっすぐ私に向かってきた。大剣を引きずりながら地面を削りながら向かって来る。
「君の君の炎の龍には弱点がある。一点集中のみの攻撃は右に出るものはおそらくいない。でも、他方面に展開する攻撃は苦手。現に今の君は無防備」
飛び上がって引きずっていた大剣を振りかざして天高く振り上げてあたしゃに向かって斬りかかってくる。
「わ、熱暴の大龍!」
呼び戻しても熱暴の大龍は青色の炎に捕まって今すぐには戻って来れない。気を抜けば青色の炎によって消されてしまいそうだ。
「くそー!」
まだ、自由の利いている熱暴の大龍の胴体で男に襲い掛かるが、男はそれを見て空中でその大剣を振り回せば、それから発せられる覇気のようなものが炎が進行できない。さらにその回転の勢いをそのままにあたしゃに斬りかかって来た。あたしゃの周りには熱暴の大龍に胴体と尻尾で覆われているが、あの大剣の攻撃を防げる気がしない。陽炎による距離感覚の狂いも二度も通用する気はしない。
殺される。
何年も経験していないその感覚に体が強張って足がもつれる。少し後ろに体が倒れてくれたおかげか遠心力を増した大剣の回転して襲い掛かる斬撃はあたしゃの胴体を真っ二つにならずに済んだ。大剣は熱暴の大龍の胴体を斬り裂いてあたしゃの左腕に当たる。バキバキメキメキという音と共に血が噴き出てそのままあたしゃの左腕が肘から手先にかけて斬り飛ばされる。
「ぎやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
血が噴水みたいに噴射して言葉にしがたい痛みと共に大剣を振りきった男に向かってあたしゃを守るように戻って来た熱暴の大龍が噛み付こうとするが大剣で攻撃を防ぎつつ後退する。あたしゃの炎の熱の強さは男に通用していた。白い蒸気が上がって膝から崩れ落ちた。倒れそうになるのを大剣を床に刺して支える。青色の炎の女が心配そうな間ざしで男の指示でカードを取り出して十字架を打ち付ける。回復魔術なのは明白だ。
止まらない血。傷口を必死に抑えてもドクドクと流れ続ける血。死の感覚が現実味を帯びてあたしゃを包み込む。死ぬ。死ぬ。死ぬ。闘技場の結界の内側で物陰に隠れて相手の攻撃をやり過ごしている時と同じ感覚―――いや、それ以上の実感が死へのカウントダウンを始める。
出血のせいでもはや目の前がかすんで見えてしまう。あたしゃを包み込んでいた熱暴の大龍をどんどん細くなっていつもの灼熱の炎は影を潜めていく。これが4大教術師と呼ばれたあたしゃの実力なのか?そんなはずはない。確かにあたしゃは4大教術師の中では一番下だ。ミレイユにもシンにも勝てたことはない。イギリス魔術結社のデゥークとは戦ったことはないがほぼ実力だけで七賢人という幹部という格付けで総帥にのし上がっているだけの実力がある。
これがあたしゃの実力。




