天の意志③
上空の赤黒い氷の塊がゆっくりと落下してきてこの国の政府中枢の中央局が入っている天守閣の周りを囲む堀の水の中に大きなしぶきをあげて落下する。落下の衝撃で波が立ってその波が石垣に撃ち当たって大きなしぶきをあげる。そのしぶきが橋の上にいる俺たちにも降りかかる。
「黒の騎士団もこの程度なんか?」
「何か拍子抜けちゃうよね」
リュウとリンさんは氷漬けになって落下したアテナが沈んでいるであろう堀の水の底を橋の上から眺める。このふたりの魔力の総量を示すランクは確かどちらもCかD程度で俺よりも低い。にもかかわらず、規格外の徳川拳吉を吹き飛ばして戦闘不能状態に追い込んだ黒の騎士団のアテナを倒してしまった。
決してアテナが弱いわけじゃなかった。アテナには天使のように羽が生えていたところを見ると天使の力を有していたことになる。天使の力は魔術師、教術師の力の飛躍的な向上と完璧な浮遊能力を得ることのできる力だ。
対してリュウとリンさんは数少ない龍属性の使い手と時空間魔術の使い手というだけであって決して強大な力を持っているわけじゃない。
「教太ちゃん?」
「あ、はい。なんですか?」
急に呼ばれて我に返る。
「私、飛んで風也ちゃんの様子を見に言ってくるから教太ちゃんはリュウちゃんとあの天使ちゃんの捜索をお願いね」
「は、はい」
そういえば、霧也はアテナの一撃を食らって吹き飛ばされていた。大丈夫だろうか。
「というか拳吉はどうするんですか!」
「あいつなら大丈夫やろう」
堀に下りられるところがないか探しながらリュウは言う。
「あの程度で死ぬような軟な奴やない。そうやなければ、この国は今頃MMのものになっていたはずや。魔術を使わずして魔力を使うあの技から繰り出される攻撃は普通やない。それはMMも認めている」
確かにそうかもしれない。拳吉の強さの関係しているであろう解放段階というもの。さっきは2だったが、グレイを吹き飛ばした時の解放段階は3だった。でも、まだ上がありそうな感じがする。
「拳吉はまだ底を見せていない」
石垣が崩れてところには袴を着たサムライたちが瓦礫をどかして拳吉の救出をしているようだ。船を使って堀の中からも作業は行われているようだ。
「お!あの船を借りるで!どこかに乗り場があるはず探しに行くで」
「あ、ああ」
「リンは風上を頼んだで」
「分かってるよ」
そう言ってカードを取り出して十字架で打ち付けようとする。俺とリュウは近くに船乗り場がないか確認するために橋を渡って移動しようとした時であった。
「気を抜くというのは敵を完全に倒したと完全に確信した時の見ですのよ。お分かりで?」
声がした。
慌てて振り返るとそこには全身ずぶ濡れになった天使が橋の上からゆっくりと浮遊してきた。
「リン!」
懐から銃を取り出そうとするリュウに対してリンさんはただ天使のアテナを見ていることしかできない。
「先手必勝!」
槍にはすでに無数の白い羽が集まっていた。その槍で橋を叩き壊すとバキバキと橋が崩壊する。アテナは羽を槍の持っていない左拳に集めて落下するリンさんを殴り飛ばす。リンさんに当たった瞬間に衝撃波が走り落下する橋の破片をもろともリンさんを堀の水面に吹き飛ばす。水面への落下の衝撃と共に大きな水しぶきが上がる。
「よ!よくもリンを!」
リュウは至近距離で銃を発砲するがアテナはそれを交わす。発射された銃弾は水面に着弾して赤黒い氷の結晶が出来上がる。アテナは槍を振り上げてリュウの手に握る銃を弾き飛ばす。アテナは右足に白い羽を集めて唯一の武器であった銃を失ったリュウを蹴り飛ばす。リンさんを殴った時と同じ衝撃波と共にリュウは市街地の方へ飛ばされる。
「リュウ!」
だが、その吹き飛ばされるリュウを風のように飛んできた何かによって助けられた。両手には剣。その剣はチェーンでつながっている。
「霧也!無事だったのか!」
「まぁな」
俺は原子の衝撃波を使って市街地側の陸地に着地する。
「リュウ!大丈夫か?」
「ああ、心配してくれて悪いな教太。風上もありがとう」
アテナに弾き飛ばされた銃は堀の中に落下して行った。上空のアテナの周りには白い羽が舞っている。アテナが一体どんな魔術、教術を使っているか分からない。でも、攻撃の要になっているのはあの白い羽のようだ。あの羽の集まり具合によって攻撃の威力が変わる。拳吉に対しては大量の羽を使っていたからあの威力だった。対して俺たちには拳吉の半分程度の量の羽しか使っていない。手を抜いているように思える。俺たちの強さを知ったうえでの余裕と手加減。
俺は新たに手に入れた龍属性の教術を発動させる。赤黒い岩が俺の腕をいとどは多いそれが手のひらに集まって行き一本の剣が生成される。それに握り振りかざす。それを見たアテナは目を細める。
「シンの力じゃない?」
「そうだ」
龍属性の土属性で出来た岩の剣に霧也も驚いていたがすぐに視線を敵であるアテナに向ける。
「あなたたちがわたくしに向けるのは敵意ですのね」
「当たり前だろ!いきなり襲ってきて俺に教太に拳吉にそれにリュウガにリンを攻撃して!許されることじゃないだろ!」
威嚇するように怒鳴る霧也。
拳吉もリンさんもどうなっているか分からない。どんな怪我を負っているかもわからない。でも、あのアテナという少女はなぜだか人を殺すということにためらいがあるように思える。なぜなら、アテナによって吹き飛ばされた霧也とリュウは大した怪我を負っていない。
赤黒い岩の剣を構えつつ問う。
「なぜだ?なぜ拳吉にとどめを刺すときにわざと直撃を避けた?リンさんを吹き飛ばすときもなぜ水面にした?リュウを吹き飛ばすときも霧也が助けに入ると分かったうえで市街地の方に吹き飛ばしただろ?」
「・・・・・・」
霧也の時もそうだ。霧也が風属性魔術を使えることを知って障害物のない上空に向かって吹き飛ばした。
「お前は俺と同じだ。人を殺すことが出来ないんだな」
「・・・・・・あなたにわたくしの苦しみに共感される覚えはないですのよ。わたくしがやることはこの世界の負をすべて排除することですのよ」
槍の刃を俺の方に向ける。
「そのためだったらわたくしはためらわない!」
「なら、ワシもこの国のためにためらわない!」
拳吉の声がしてアテナが振り返るとそこには全身から覇気を発した拳吉がいた。
「解放段階3!」
そう言って拳に力を貯める。
「日本国パンチ!」
拳吉の拳から繰り出される魔力の収束体である衝撃波が辺りの木々を大きく揺らして俺たちすらも吹き飛ばされそうになる。だが、アテナはその攻撃をギリギリのところでかわしていた。衝撃波にあおられて上空で態勢を崩して翼を動かして何として態勢に持ち直そうとしていた。
「リュウちゃん!」
「リン!」
天守閣側の橋の上にはリンさんがいた。ずぶ濡れになっているが怪我を負っている様子はない。するとリュウの前で時空間の穴が発生してリュウの銃が落ちてきた。
「拾ってくれたのか!助かる!」
さっそく、上空のアテナに向かって銃を構える。
「霧也!着弾地点を作ってくれ!」
「任せろ!」
霧也の剣に風が宿り上空のアテナに向かっていく。そのアテナに向かって雷を撃ちこむ。でも、雷属性の攻撃は命中率が低い。雷属性の攻撃は基本的に魔武に宿らせて直接ぶつけるのが一番有効だ。それをせずに放出するのは別に理由がある。
雷を放出したのと同時にリュウが銃弾を撃つ。その銃弾は雷に当たり赤黒い氷がアテナを襲う。だが、コントロールの難しい雷ではアテナに致命的な攻撃を与えることはできずむしろ槍で氷が破壊される。
「ワシはここにいるぞ!」
アテナが破壊した赤黒い氷を足場にロケットミサイルのごとく拳吉はアテナに突進してゆく。今度は白い羽を集めて盾を作り拳吉の攻撃を受け止める。
「今だ!」
拳吉の掛け声に咄嗟に反応したリュウが直接アテナを狙った。だが、それを分かっていたかのようにアテナは背中にも同じような羽の盾を作ってリュウの攻撃を防いだ。
「まだだ!」
上空を飛んでいた霧也が斬りかかる。アテナは槍でその斬撃を防ぐ。3人の攻撃を同時に防ぐのは容易ではない。しかも、拳吉の攻撃を完全に防ぐのは不可能だ。事実、どんどん押されている。
アテナは歯を食いしばりまずは槍で受け止めていた霧也を押し出して距離を置き。背後の盾は盾のままリュウにぶつけに行った。拳吉の攻撃は羽の盾を傾けて受け流して耐え抜く。押し出された霧也は両方の剣から発せられる風によって態勢を立て直し、強引に飛んできた羽の盾はリュウは交わし、攻撃が空振りに終わった拳吉は地面に小さなクレーターを作り着地する。
アテナは上空で俺たちのことを見下ろす。
気付けば、中央局の方からも複数の侍たちが出てきている。
「数で圧倒的に不利ですのね」
そんな多く敵がいる中でアテナと目が合う。
「先手必勝ですのよ」
翼を羽ばたかせてあたり一帯に白い羽をまき散らしながら俺に向かって来る
「教太!」
霧也が妨害しようとするが霧也の握る剣に白い羽がまとわりついてきてそのせいなのかパチンという音と共に霧也の魔術が突然消えて落下する。
「なんや!」
銃を撃とうとするがその銃に白い羽が一気に押し寄せてきて銃弾の発砲を妨害する。それを振り払おうとするがきりがない。他の中央局の侍たちの手に持つ刀にも同じように白い羽が集まってきていてバチンという音が聞こえる。
「なんだよ?これ?」
その白い羽は俺の岩の剣にも集まってくる。
「くっそ!」
振り切ろうと振り回すとそれは逆効果で岩の剣を白い羽が破壊していく。
「国分教太!あなたを拘束しますのよ!」
俺に向かって白い羽の嵐が襲い掛かる。
その羽は俺を覆っていく。同時に体の自由が利かなくなっていく。
「な、なんだ!これ!」
気付けば周りが白い羽で覆われていて空間が出来ていた。
「あなたを拘束する天の力ですのよ」
白い羽まみれになる俺の目の前にゆっくりと地に足をつける小さな天使がいた。俺はアテナを上空からでしか見ていなかったからマジかで見るのは初めてだ。彼女はその大人びた風貌や態度とは裏腹に背は俺よりも30センチほど低く幼い容姿をしている。年は俺より下だ。
「お前はなんだ?」
アテナは困ったように笑顔を見せる。そして、俺の手を取った瞬間であった。
「教太から離れろ!」
白い羽で覆われた空間を突き破って突撃して来たのは拳吉であった。全身が羽に覆われてバチンバチンという音が連続で起きていて全身から血が出てきていた。
「その状態でどうして!」
アテナは驚き槍を構える。
「決まっている!ワシの国の民を守るためであればワシのこの体!くれてやる!」
拳吉の拳の攻撃による衝撃は白い羽の妨害を振り切るために強大なものでアテナは防ぎきることが出来ずそのまま吹き飛ばされる。その衝撃波はあたり一帯の地面をえぐるように切り出されて近くにいた俺までを呑み込んで吹き飛ばす。
その瞬間、目の前が衝撃波と白い羽の影響力によって全身に強い衝撃が走り意識が飛ぶ。




