異界戦②
私は魔石を強く握りしめて本部から出る。秋奈さんは自らの力と周りの無さに恐怖していた。魔術の力だけで命を左右されるこんな世界が怖く怖くて仕方ないんだ。かつての私は魔女と呼ばれて恐れられるだけの力を持っていた。でも、2度の生命転生によって魔力の保有量は全盛期の4分の1程度にまで落ち込んでしまった。もはや、魔女と呼ばれていた頃が懐かしい思い出となりつつある。
そんな弱い私をどうにかしてくれる魔石。
これを使えばどうなるのか。魔女の知識がある私には十分分かっている。
「アキナ!」
私を呼ぶ声がして見上げると風也さんが飛んでやってきていた。私は魔石をポケットの中に仕舞う。
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるかよ。大丈夫だったか?」
「私は大丈夫ですけど。秋奈さんが分かりません」
「・・・・・そうか」
私たちは歩いて教太さんがいるであろう時空間移動をするための地下の部屋を目指す。
組織本部から離れていくと少しずつ人の行き来が見られるようになってきた。まるで見えない結界でも貼られているかのようで世界が違いみたいに景色が変わっていく。これが力の影響力というのならばその効果は大きなものだ。今の私にはそれがない。もちろん、隣にいる風也さんにも。
「力って本当に理不尽ですよね」
「どうした?アキナ?」
心配する風也さんを余所に私は続ける。
「魔女の力を失って手に入れた者はかけがえのないものばかりでした。力を失ったことに後悔はしていません。でも、仮にこの力が戻るのだとしたらもっと私たちを取り巻く環境は違っていたと思うんですよね」
「・・・・・何が言いたいんだ?」
「風也さんは魔女だった私と今の私とどっちが好きですか?」
「はぁ?」
赤面している風也さんに私は気付かない。普通に考えたら15歳の女の子にどっちが好きですかって言われて戸惑わない方がおかしいかもしれない。そう思うと風也さんは人間らしい。出会った頃も今も変わらない。
「・・・・・俺は今のアキナの方がいい」
少し恥ずかしがりながら答えてくれた。
「魔女だったころのアキナの印象は死人のような感じだった。魔術を使い自らの手で人を殺めすぎた故に壊れてしまっているような感じだった。それに比べたら今は生き生きしている。出会った頃と比べたら今のアキナの方が断然いい」
そう言われて少し安心した。
MMに今の私を完全に否定されてしまってどうすればいいのか私は分からなくなっていた。これで少しは決意を固めることが出来た。
ポケットの潜む魔石のことを言ったら風也さんはたぶん止めるだろう。でも、私は決めた。この魔石を使う。そして、必ずみんなの前に戻ってくる秋奈さんの、風也さんの、そして教太さんの前に・・・・・必ず。
「ありがとうございます。私に勇気をくれて」
「あ、ああ」
魔石を使うタイミングとしては今現在はない。とにかく今は秋奈さんをどうやって私たちのところに連れ戻すかを考えなければならない。そのためには教太さんの力をつける必要がある。あの半分しか出てきていないシンさんの強化か教太さん自身の力の覚醒。そして、私がこの魔石を使えば秋奈さんだってきっと。
「そこのお二人?少しよろしいですの?」
声をかけられて足を止める私たち。碧眼に色白の肌に銀髪の髪にクリーム色のスカートの短いワンピースを着た一際目立つ真っ白な女性がそこにいた。その容姿からして明らかに日本人ではない。
実際のところ、観光をするはこの世界においては珍しい話ではない。同じ魔術組織内の管轄に入っている国同士ならば行き来には何ら問題はない。でも、私たちの組織の統括している地域はアジアに限定されている。見た目からして欧米人のようだ。欧米人はMMのような組織にないにはたくさんいるけど、観光では姿をあまり見ない。
「何か用か?」
「ええ。実は道に迷ってしまったのですのよ」
「この町は迷路みたいに道が入り乱れてるから迷って仕方ないか」
風也さんが対応してくれるけど、何か怪しい雰囲気がある。
笑顔を見せているけど、何かその笑顔が偽物な感じがする。風也さんは気付いていないみたいだけど、私には分かる。女の勘という奴だ。その容姿はMMのような怪しげな美しさに感じる。
「それでどこに行きたいんだ?」
「こちらですの」
地図を風也さんに渡してくる。
「ああ、組織の本部か。本部ならあそこに見える大きな教会だ。変に歩き回って迷子になるくらいだったらバスを使った方が確実だし便利だ」
「そう。ありがとうですの」
「ああ、どういたし」
ズドッという鈍い音が響いた。
風也さんの方から聞こえたその音。風也さんの体の陰に隠れて白い女の人の姿が見えない。
「風也さん?」
私が風也さんを呼ぶとゆっくり力なく風也さんは倒れた。その腹部からは大量の血が流れ出ていた。何が起きたのか頭の整理が追いつかない。倒れた風也さんの正面に立っていた女の手には真っ赤な血に染まった白いナイフが握られていた。
「教えてくれたお礼に楽に暮らせる世界に連れてあげますの」
笑顔を向けるその女の人は風也さんを刺した。それが分かった途端、全身の血が沸騰した。目の前で身近な人が倒れた。殺された。思い出したくない見覚えのある風景。
「あ、あ、あ。ああああああああああああ!!!」
魔術も何も発動していない杖を構えて女の人を殴りに行く。杖は女の人の目の前に突然現れた白いものに遮られて到達しなかった。その隙を狙って風也さんの血でぬれるそのナイフで私を刺しにかかる。
魔女だった私だったらどうだっただろう。相手が魔術か教術を使っているのは確かなのに何も考えずに突っ込んだりしなかった。きっと、何か簡易魔術で攻撃して様子を見てから魔術の知識を使って相手が苦手な魔術を分析して攻撃を加えただろう。力を失った私はそれすらもできなくなってしまっている。
これが私の弱さ。
「ぬわあぁぁぁ!」
倒れていた風也さんがそんな雄叫びをあげて私にタックルをするようにして女の人のナイフから私を守ってくれた。風也さんと私はそのまま道脇においてあったごみ箱に激突してゴミが道に散乱する。
「風也さん!」
私の手に着いた生暖かい液体は手を真っ赤に染める。
「あら?殺し損ねた」
白い女の人は不気味な笑顔を私に向ける。
私は負けじと睨むけど手が震える。私の足元で怪我を負って動けない風也さんがどんどん弱っていくのが分かったからだ。この感覚は本当に久々で怖く感じた。
「誰ですか?あなたは一体?」
白い女の人を守り私の攻撃を防いだのは土人形のような白い人形だった。でも、土人形と違うのはそれは限りなく人間に近い。顔だけ土人形と同じのっぺらぼうだけど足と手の指をしっかりとあり、その手には剣が握られている。
その惨事を見た周りの人たちが一斉に逃げ出す。
「いいですの。もっと、騒いでほしいですの。そうすれば、敵は自然とこっちに目が行きますの」
「聞いていないんですか!あなたは誰ですか!」
私は適当な回復魔術を風也さんに施すけど、傷口が深くて私のランク程度の回復魔術では応急手当にもならない。
「私ですか?そうですのね。教えておきましょう」
そう言って私の方を向くと白い結晶のような粉が白い女の人に集まってくる。
「私はイギリス魔術結社の七賢人は第七、フローラ・ザイスですの」
「イギリス・・・・・魔術結社」
しかもその七賢人となると幹部クラスだ。七賢人という幹部はその名の通り全部で七人いる。その中の第七ということは一番下っ端ということだけど、それでも強敵であることは間違いない。
「フローラ・ザイス。・・・・・イギリス魔術結社の土台のオセロの片割れですね」
「よく知ってますの。さすが、魔女。すみません。元、魔女ですの」
土台というのは建物を支える基礎となる。上を支えるのは下っ端の仕事。そのイギリス魔術結社を支えているとも言っていい二人のルーキー幹部として土台のオセロは有名だ。第六は黒、第七は白。そのふたりは対比するように白と黒の粒子を使った攻撃をしてくる。
しかも、厄介なことにそのふたりはシンさんを殺した主犯だ。四大教術師のひとりを殺すということは実力は相当なものだ。
「ということは私の使う教術も知っていることですのね?」
「もちろんですよ」
不味い。あの女が使う教術は今の私もそうだけど、魔女だったころの私ですらもかなり不利だ。なぜなら、あの女はたったひとりで100万の軍勢と呼ばれているのだ。
「戦いは数が勝敗を分けるですの」
フローラの足元に五芒星の陣が発生する。何かする気だ。
「お前!そこで何をしている!」
騒ぎの異変を嗅ぎつけてやってきたのは袴を着たサムライ。中央局の人だ。手には刀が握られている。四角形の陣が柄近くで発生すると雷を帯びる。武器が十字架と同じ素材でできていて刀自体に陣が刻まれていて魔力を流すだけで魔術を発動できる武器だ。
「大人しくしろ!」
「そんな命令口調で誰も従わないですのよ?」
そう言うと建物の上からフローラの近くになっている白い人形と同じ人形が剣を片手に中央局の人に襲い掛かって来た。その人形には殺気はない。気付くのに遅れた中央局の人は腕に傷が入る。痛みに耐えながらカードと十字架を準備する。その背後から発砲音が鳴り響き中央局の人の腹部に風穴があいてそのまま倒れて動かなくなってしまった。その背後には同じ白い人形が火縄銃のようなものを構えていた。
「命とは本当に軽いものですの。大した力がないものが私に近寄らないでほしいですの」
気付けば、私の周りには白い人形が数えきれないほどいた。それぞれが剣や銃や槍、機関銃に大砲なんかを持っている者もいる。
フローラが100万の軍勢と呼ばれる所以。それは白い人形たちがつまり、兵士を作る教術を使うことだ。それぞれが使う武器すらもあの女は自らの教術で作り上げる。その魔力の総量はランクSに匹敵するほどだ。
「さて、陽動作戦を開始するですの」
手をあげると大砲近くの白い人形たちが一斉に大砲を打つ用意する。
「撃つのです!」
手を振り下ろすと一斉に轟音と共に大砲が一斉に発射される。その砲弾の先は本部のある方だ。だが、砲弾は途中で何かに妨害されるように爆散してしまう。
「対応が早いですの」
「それもそのはずだ!ここはワシの国だ!」
拳吉さんが建物の屋根に堂々と立っていた。白い兵隊たちが一斉に拳吉さんに向かって銃を発砲する。だが、拳吉さんに弾丸が当たる前に砕けて消える。
「何か見えない結界でもあるようですの。何か魔術でも使っているのですか?」
「それを簡単に答えるわけにはいかない!それよりも勝手にワシの国にやってきて住民にけがを負わせたこと!万死に値するぞ!」
拳吉さんが飛び上がってフローラに向かって殴りかかる。それをカバーするように白い兵隊たちがフローラさんを囲む。剣を振りかざす人形を蹴散らしていくが数はきりがない。一部の人形が私に向かって銃を構えた。その人形を拳吉さんの家来の右京さんが倒してくれた。
「大丈夫ですか?」
突然、背後から家来の中京さんが現れた。
「ふ、風也さんが!」
風也さんの怪我を見た中京さんが魔術を使って回復を施してくれた。
「彼のことは我々にお任せください。アキナ様は国分様のところに向かわれた方がよろしいです」
「え?」
そうだ。きっと、教太さんもこの白い人形たちに襲われている。一体一体の強さは大したことはないけど、物量が圧巻だ。きっと、町中にこの武装した白い人形たちがいるに違いない。でも、教太さんの力を有すれば人形たちは大した脅威じゃない。人じゃない相手には誰も殺さない心得を気にすることなく攻撃することができる。ならば、大丈夫じゃないのだろうかと思っていた。中京さんが伝えてくれたことを利いてそれが間違いだってことにすぐ気付く。
「グレイ・アイズンの存在を中央局が確認しました」
シンさんを殺した教術師。そんな相手と教太さんが戦っている。
「付近には国分様以外に我々中央局の魔術師、教術師はおりません。支援に全力で向かわせておりますが、白い人形兵団に行く手を阻まれています」
私の中で最悪のビジョンが再生される。シンさんと同じ力を使う教太さん。しかも、教太さんの場合はそのシンさんの力と比べて半分くらいしか使いこなせていない。いくらシンさんとは違うオリジナルの技が使える教太さんでもその勝敗は決定的だ。
秋奈さんの予想したことが本当のことになりそうで震える。この国のしかも中央局も組織本部もあるこんな街中に何の検問にも引っかからずにこの町に入ってくる方法はひとつ。
時空間魔術。
時空間魔術によって送り込まれてきた刺客。規格外とは言わないけど、相性の悪い教術師。
私はMMから貰った石を強く握りしめる。
「・・・・・中京さん。風也さんをお願いします」
私は戦場を掛ける。拳吉さんと中央局の魔術師たちが白い人形兵隊たちと交戦している中を潜り抜ける。そして、MMから貰ったカードを手持ちの小さい十字架に打ち付けるとカードに収納されていたものが出てくる。それはカードの束。
手探りで一枚のカードをちぎり取る
問ったカードにはどんな魔術が収納されているのかは手の感覚がおぼえている。
カードに向かって杖を打ちつけると陣が発生してその陣を中心に黒い黒煙が上がりあたりが真っ黒に包まれる。ただの目くらましに過ぎない。フローラの白い人形兵隊も視覚の情報を便りに攻撃しているのだとしたらこの煙幕の中では私に攻撃はできない。
煙幕を抜ける。そこには人形兵隊はいない。
私を追うように2体の人形兵隊が煙幕の中から抜けてきた。
今の私にあの人形を倒すのは容易なことじゃない。ランクの低さのせいで攻撃力の高い魔術は使えないし、魔力の総量が少ないせいで魔術の威力自体も低下している。でも、これを使えば―――。
私の手にある魔石。
どんな目に合うのかは魔女として分かる。それでも、私は。
「教太さんと秋奈さんのためにも私はもう一度だけ魔女に戻ろう!」
手に持つ魔石を口の中に放り込んで飲み込む。胸に突き刺さるような強い鼓動の後に体中から湧き上がる力。この感覚は知っている。
「これは元々私のものだ!」
魔術を発動する。杖に雷が宿る魔術だ。その杖で人形兵隊を2体同時に粉砕する。
追手はそれ以上来なかった。
その時、ドンと背後で白い粉じんが上がっているのが見えた。地下の部屋のある方角だ。シンさんの力と相性の悪いグレイ・アイズンと戦っている。
「教太さん。今、助けに行きます」
私はカードの束から一枚のカードを取り出す。五芒星の陣が私の足元で発生すると陣を中心に底の見えない穴が出来上がり私はそこに落ちる。真っ暗な空間に数コンマ秒だけ閉じ込められる。そして、次に光の穴に飛び出すとそこは建物の屋上。そこで私の視界に入ったのは黒い粒子の勢いを推進力にして粒子の剣で教太さんに斬りかかろうとしている黒い男の姿。教太さんの両手には黒い靄があって破壊の教術が発動しているけど、どこか無気力な感じがした。すぐにどんな状況か分かった。
教太さんが殺される。
「やらせるかー!」
炎の弾の魔術を発動させて黒い男に向かって放つと私の声にすでに反応していた男は黒い剣で防ぐ。防いだ瞬間爆発した炎の弾に吹き飛ばされるけど大した怪我を負った様子はない。
「誰ダ!邪魔した奴は!」
きっと、あの黒い男の人がグレイ・アイズン。シンさんを殺した人のひとり。
魔術で人を殺す、復讐をするだけの殺人魔術師、魔女となってしまった私を支えてくれたあのシンさんを殺した男、グレイ。
「アキ!」
心配そうに私の名前を呼ぶ教太さん。よく見ると全身に切り傷を負っている。早く治療しないと。
「教太さん!今からそっちに向かいます!」
「させるカ!」
グレイの周りを覆っていた黒い粒子が集まってきてグレイの手元で迫撃砲を作りその弾丸が私に向かって飛んでくる。私は再び魔術を発動させて足元に真っ黒な穴が空いて落ちる。そして、教太さんの背後に穴が発生してそこから出る。
「な、何?」
「お、おい。アキ。どうやって一瞬でここに?」
私は回復魔術を教太さんに施す。切り傷の数は多いけどどれも深いわけではないしすぐに回復できそうだ。
それが分かってから教太さんに質問に答える。
「時空間魔術ですけど?」
「・・・・・はぁ?で、でも、あれは特定の魔術しか使えないはずじゃ」
「簡単な物でしたら使えますよ。魔女だったころの私だったら」
「え?」
キョトンとする教太さんを尻目にグレイの前に私は立ちふさがる。
それから自信満々に言う。
「見ていてください。これが魔女の力ですよ」
十字架のついている杖を構えてカードを取り出す。
きっと、これが私が魔術を最後の瞬間。




