亀裂⑥
悪魔術とは
契約系魔術のひとつ。
通常、魔力を糧にする魔術に対して悪魔術は魔力以外の物を糧として発動する。
その糧は命だったりと非道の術である。
手を伸ばす。俺の知らない領域に行ってしまう美嶋を止めようと手を伸ばす。だが、美嶋は俺に深く心を閉ざしてしまって伸ばす手を振り切って行ってしまった。すべては俺のためにやっていることだってことはあいつの言っていることで分かる。俺たちを守るためには今のままではダメだ。もっと、力がないと圧倒的な力に押し潰されてしまう。それをどうにかするために美嶋はMMのところに行ってしまった。
俺の伸ばした手を振り切って。
氷漬けにされて塞がれた入り口を霧也の魔武の雷で砕く。慌てて外に駈け出してもそこにはもう美嶋の姿はなかった。
俺の力が不甲斐ないばっかりに美嶋をさらに危険なところに行かせてしまった。正直に言えば、俺と美嶋が真剣な殺し合いをしたとしたら俺は美嶋には敵わない。あいつの攻撃の中心は火と雷属性の混合攻撃だ。俺の力は火や雷と言った物体を持たない物を防ぐのを苦手としている。はっきり言えば俺たち4人の中で事実上一番力がある美嶋だった。
それがあまりはっきりしなかったのは俺の力が特別過ぎたということと、アキと霧也の魔術に対する戦闘の慣れのせいだった。でも、このことを美嶋に伝えたとしてもあいつを止めることが出来たとは思えない。ならばいっそう自分が弱い意味がないと言い返されるだろう。
「力ってなんだよ?そんなに重要なことなのかよ?」
強く握った拳はやりようのない怒りに包まれる。
「この魔術が主流となっている世界において力とは自らを象徴づける目印と言ってもいい。力ある者のところに人は集まる。そう考えるとMMは本当に太陽のような存在だ。誰も敵わない力の持ち主だ」
そうかもしれない。でも、MMは俺たちをこの世界に閉じ込めて何かをしようとしているのは確かだ。
「アキと霧也に訊きたい」
二本の剣を構える霧也と杖を大切そうに抱えたアキが俺の方を振り返る。
「ふたりにとって力とはなんだ?」
その問い霧也はすぐに答えた。
「力とは強さだ。力ないものは弱者として扱われ、力あるものは強者となる。簡単な世界の構図だ。それは教太の世界だって同じだ。金や権力という力があればなんだってできる悪党はたくさんいるだろ?」
「そんなことを言われると魔術よりも汚れて聞こえる」
確かに霧也の言うように力は強さに比例する。どんな力であれ大きければ強い。
アキはしばらく考えてから答える。
「力は私にとって選択肢の幅を広げる有効材料だと思います」
「・・・・・どういうことだ?」
「力があればどんなものにだってなれる。私が魔術を学ぶために学校に通っていた頃はみんな自分の力を使った多くの将来を夢見ていました。でも、力ない人たちはおのずと選ぶ選択肢が減る。実際にあのころの私は全盛期だったので多くの将来の選択肢がありました」
そうか。魔力がある者たちには多くの選択肢があったのか。
「今、こうしてほとんどの魔力を失ってから思います。力があれば今の私にもう一つくらい選択肢があってもよかったんですよ」
「そのもう一つの選択肢って?」
しばらく間をおいてからアキは答える。
「秋奈さんを止めることです」
力を失ってしまったアキにはもうできない選択肢だ。無理に選んだとしてそれはきっと無駄に終わってしまう。
「美嶋さんにとっての力は自分への救いだと思っている。それは間違ってはいないが頼る相手が違う。教太にだって規格外はある。シンもMMやフレイナと同じ4大教術師だった。つまり、あいつも規格外だ。考え方を改めれば美嶋さんが頼るべきはMMではなく教太だ。それを伝えないといけない」
霧也は力強く剣を握りしめる。
「どうしてそこまでして美嶋のことを?」
「彼女は未熟すぎる。何も知らない彼女が仮面の女のような奴に出会い悪魔術に手を出すことだって考えられる」
霧也の言う悪魔術とは魔術の類であることに間違いないのだが大きく違うところがある。魔術や教術は魔力を糧に発動するのだが悪魔術は魔力以外の物を使って発動することができる非道の術。その対価は命だったりすることもある。実際に霧也の彼女である氷華も霧也を元の魔術の世界に帰すために力を手に入れるために悪魔術に手を出した。代償にしたのは霧也に対する思いだった。
名もなき魔術師も悪魔術を使った。糧にしたのは人の不安という気持ちだった。そのせいで俺の古い友人が大いに苦しめられた。
力を欲している状況の美嶋だったら手を出しかねない。
「すぐにMMのところに行かないと!」
俺を慌てて駆け出そうとするがそれをアキに止められる。
「何するんだよ!すぐにでも組織の本部に行かないと!」
「教太さんを組織本部に再び誘い込むのがMMの差し金であるという可能性は否定できません」
アキのその真実を貫き通す答えに俺は何も言い返すことができない。
「教太さんはこのまま風也さんとここにいてください。私がMMのところに行きます」
「大丈夫なのか?」
霧也が心配そうなまなざしでアキを見つめる。
「大丈夫です。少なくともあの組織とは長い付き合いです。それにちょっとMMに話したいこともあるんで」
一瞬だけ垣間見えたアキの表情は何かを強く決意したようなだった。大丈夫ですっと言ったアキの言葉が信用することが出来なくて思わずアキに向かって手を伸ばす。今度は離さないように力強くアキの手を握る。
「な、何ですか?教太さん?」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって言っているじゃないですか」
大丈夫なわけないだろ。美嶋に続いてアキまで俺のもとからいなくなるのが怖くて強く握った手を離すのが怖かった。
するとアキは握る俺の手を優しく包み込んだ。
「大丈夫ですよ。私は教太さんのもとからいなくなったりしません。必ず、戻ってきます。だから、安心してください」
そう言って俺の握る手を優しくほどく。
「風也さん。教太さんをお願いします」
そう言うと町の人ごみの中に走って行ってしまった。
俺は本当に伸ばした手はちゃんとアキを掴むことが出来たのか。
分からない。




