壊れる支柱②
「どうした?美嶋の番だぞ」
「え?あ、ああ。そうか」
気付くとあたしは見慣れた保健室で教太とオセロをやっていた。
「ゆ、夢?」
「え?何が?」
「な、なんでもない」
何か悪い夢を見ていた気がする。でも、その夢がなんだったのかわからない。何か大切なことだった気がする。それがなんで思い出せないのかわからない。まるで体にぽっかりと穴が空いてしまったみたいで。
「どうしたんだぁ?」
その声にあたしの頭の中でスイッチが変わる。
「その声は!」
顔を上げると教太の背後にあたしの恐怖の象徴がいた。思わず立ち上がって指差す。
「デューク!教太そいつから離れて!早く!」
「早くしろよ。美嶋の番だぞ」
「オセロなんてどうでもいいから!早く!離れて!」
「無駄だぁ」
笑みを浮かべながら細い手で教太の両肩に触れる。そして、教太が、あたしの大切な教太がどんどん黒く染まっていく。
「やめて!やめなさいよ!」
魔術を発動させようとしてもカードも十字架もない。ならばと自分の座っていたパイいすを持ち上げてデュークに殴りかかる。
「離れなさいよ!」
だけど、パイプいすがデュークに触れた瞬間に同じように黒くなって崩れる。
「美味だぁ。肉のような濃厚なメインのあとのデザートは最高だぁ」
教太がデュークが触れたところからどんどんと黒くなっていく。
「やめて!教太から離れなさいよ!」
その辺のものを無心に投げつける。でも、そのものがすべてデュークに触れた瞬間に黒く染まって砕ける。そのたびにあたしの中の胸の、心の穴がどんどん広がっていく。苦しい。辛い。でも、それより苦しくて辛いことが起こるとしている。
「あたしの教太から離れてよ!」
ついに投げるものがなくなる。
ぼたぼたと流れ落ちる涙が流せば流すほど乾いていく。
「あれ?なんで?」
ついに涙すらも出なくなった。
「いい味だぁ」
舌をべろんと出して不気味に笑う。
あたしが涙に気を取られている間にあたしの大好きな・・・・・大好きな・・・・・大好きな・・・・・あれ?なんだっけ?何か大切なものを忘れている気がする。なくした気がする。壊された気がする。デュークの近くにあたし以外にも誰いたんだけど・・・・・誰だっけ。
「わからないのは俺が食ったからだぁ」
本当に一瞬のうちにデュークはあたしの顔の前にいた。思わず倒れそうになるのをデュークに支えられる。その触れられた瞬間、あたしの体も床と同じように真っ黒に染まっていく。
「やめて!お願いだから!」
「何をやめるんだぁ?言ってみろよぉ?」
「えっと」
何をやめるんだっけ。
「お前の大切なものは非常に美味だったぁ。また、食えないのは惜しいなぁ」
近づいてくる骨が浮き出た顔から逃げることができない。足が真っ黒に染まってあたしのものじゃないみたいだ。石みたいに固まっている。一度枯れた涙が恐怖で再び溢れてくる。
「その恐怖もまたいい味だぁ。お前はまだまだ調理しがいがありそうだぁ。だから、殺しはしない。お前の支えを全部俺が食って壊したぁ。もう、お前は抜け殻同然だぁ。でもなぁ、お前は俺を頼らずにはいられなくなるからなぁ」
「た、頼るなんてありえないわよ!あたしの中に入って来て!あたしの支えを食べて!」
もう何を食べられたのかも思い出せない。さっきまでいた保健室全体が真っ黒に染まっていくって灰みたいに崩れ始めた。
「お前は俺の食料だぁ」
「はぁ?」
「家畜は家畜らしく食われるために飼われろぉ」
大きく口を開いてあたしの首に噛み付く。
「い、嫌!」
あたしの白い肌に食い込んだ歯はあたしの首の肉を食いちぎりながらのどを噛み切る。傷口から大量の血と肉の塊が吹き出す。呼吸ができない。痛いかどうかもわからない。視線がぐるっと回ってあたしは床に転がる。でも、あたしの体はデュークに支えられて立っている。あたしの頭だけが食いちぎられて取れてしまっていた。
「あ・・・・・・え・・・・・いあ」
デュークは夢中になって首より上がなくなったあたしの体を食い漁る。そして、口元を血で真っ赤して首だけのあたしのほうへ視線を向ける。
「大丈夫だぁ。これを食ったら新しい支えをあたてやるよぉ」
涙が滝のように流れて首から滝のように流れる血に混ざる。
「だから、今は大人しく―――食われろぉ」




