壊れる支柱①
「え?」
気付くとあたしは見覚えのあるところに座っていた。木目調を基調とした店内に木の香りが一杯に広がり、植木が天井から吊り下げられたり、きれいな店内。いすに座って体を覆う大きなエプロンをかけられて頭にはターバンのようにタオルが巻かれている。その姿を見ることのできる大きな鏡。ここは―――。
「お。秋奈ちゃん起きた?」
つややかな黒髪のきれいな30代くらい大人の女性。東さんだ。
ということはここはあたしを強くしてくれる魔法をかけてくれた東さんの理容室か。
「どうしたの?なんか浮かない顔して?」
「えっと、なんか嫌な夢を見ていたみたいで」
「嫌な夢?」
「本当に嫌な夢でした。不安ばっかりの怖い想いばかりする夢でした」
「へぇ~。もっと、聞かせて欲しいなぁ」
「え?」
急に声がすき覆った声から黒ずんだ声になった。気付けば、鏡に映っていた東さんがデュークに変わっていた。
「デュ、デューク!」
思わずいすから飛び降りる。
「な、なんであんたがここに!東さんは!」
「東さんって言うんだろぉ?きれいな女だなぁ。彼女がお前を支える柱のひとつなんだろぉ?お前の心の中で最も大切なひと時なんだろぉ?」
デュークはおもむろにあたしがさっきまで座っていたいすにかぶりついた。
「はぁ!?」
するといすが真っ黒に染まって噛み千切られる。それをデュークはしっかり噛んで食べ始めた。
「あ、あんた何してるの!」
「美味だぁ」
「はぁ?」
「いい味わいだぁ。濃くもなく薄くもない絶妙なうまみを持ったいい味だぁ」
バカじゃないの?いすを食べて美味だとか、本当に舌がおかしいんじゃないの?
でも、なんか変だ。胸の奥の方が痛む。骨とか筋肉とか肺とかが痛むとかじゃない。この嫌な痛みは何?
「もっと、食わせろよぉ」
瞬間、デュークが一歩踏み込んだところが真っ黒に染まって崩れて行く。
「それ以上近づくと!」
魔術を打ち込むつもりだった。でも、ポケットにはカードも十字架もなかった。
「なんで!」
「それはそうだぁ。なぜなら、お前はこの時期に魔術って言うものに関わっていないだろぉ?」
「この時期?」
そういえば、魔術を知ってから東さんのところに行った事はない。それをなんでデュークが知っているの?
「美味だぁ。お前の心はぁ」
近づくにつれて東さんの店がどんどん黒く染まって崩れて行く。
「やめなさい!それ以上はやめてよ!」
あたしを強くしてくれた大切な場所をそれ以上!
「壊すなってかぁ?」
笑みを浮かべながら右手を伸ばしてくる。
魔術は使えない。武器らしい武器もない。あたしはそのまま後ずさりして鏡に当たる。そして、その右手をあたしにではなく、顔の横を素通りして鏡に触れるとその鏡が真っ黒に染まっていく。
「美味だぁ!最高だぁ!もっと、食わせろぉ!俺を満足させろぉ!」
やめてよ!
デュークを突き飛ばして逃げるときに頭に巻いていたタオルが落ちる。そして、垂れる髪の色を見てあたしは恐怖を覚えた。震えた。怯えた。
「な、んで」
真っ黒に染まりきっていない鏡に映るあたしの姿。髪の色があたしを強くする茶色から元の黒色になっていた。あたしの強さの証が。あたしの心の支えが。
「なんで?どうして!」
「それはなぁ!」
あたしを写す鏡も黒く染まって崩れる。
「俺が食べたからだぁ!」
あたしを強くしてくれた大切な時間。あたしの心の支えを崩された瞬間。絶望を覚えた。その瞬間に目の前が東さんのお店のように真っ黒になる。




