弱いあたし②
話し終えるとそこは大きな食堂。その大きな食堂に固まっている3人。ミレイユさんとフレイナさんがあたしの話を聞き終えてなぜか腕を掻きまくっている。
「かゆい話じゃ」
「マジでかゆい話じゃん」
「え?なんで?」
「いいのう。青春っていいもんなんし」
「今回ばかりはミレイユに同感じゃん。あたしゃも経験してみてかった。孤独な暗がりを照らしてくれたのはかつての旧友。その旧友は自分が変わってしまっても何も変わらず接してくる。孤独から開放してくれた少年に恋をする。・・・・・・かゆいじゃん!」
なんかバカにされてる気がする。
「ふたりにもあたしみたいな時間があったんじゃないんですか?」
ちょっと意地になって聞いてみる。
「あたしゃはないね」
そんなあっさり。
「わっちもないなんし」
ミレイユさんまで。
「え?好きな人とかいないんですか?おふたりには?」
「ミレイユはいたじゃん?」
「殺すぞ」
即答で何物騒なこと言ってるんですか!
「わっちには男などおらん」
「いたじゃん。確か名前は」
するとフレイナさんの頭上にあたしの身長くらいの半透明の六角形の結晶が現れてフレイナさんの脳天めがけて落ちてくる。それに気付いていすをなぎ倒して飛び出すようによけるといすが結晶の重みで木っ端微塵になる。
「何するじゃん!普通に死ぬかと思ったじゃん!」
「わっちのことをこれ以上しゃべると飯を今後ずっと和食するなんし」
え?そんなんで乱暴者のフレイナさんを止められるの。
「それは困るじゃん!許して~、ミレイユ~」
落ちたし。
「というかふたりにも青春時代があったんでしょ?あたしみたいに」
あたしだけ恥かしい話をして逃げるなんて許さない。
「あたしゃらの過去を聞きたいって?」
うなずく。
「聞いても主が思うような話なんてないなんし」
トーストを齧りながらミレイユさんは告げる。
「ミレイユはともかくあたしゃに関してはこんなまともな生活を今送っていること事態が軌跡じゃん」
「え?どういう・・・・・・」
聞くか聞くまいか悩んだ。フレイナさんは教えてくれた。
「あたしゃは奴隷だった。奴隷と言っても強制労働されたりとか性的暴行をされたりとかはされてない。昔、ローマのあるコロシアムで師奴って言う魔術師とか教術師の奴隷を戦わせて見世物にする娯楽があった」
「え?」
あたしは聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
「あたしゃは6歳から17歳まで師奴だった。戦いに勝たせるために食わせては貰っていたけど、自由なんてなかった。青春もクソもあたしゃにはなかったじゃん」
「・・・・・なんかその」
「別に秋奈が謝るよう必要ないじゃん。秋奈も誰も言ったことないことを教えてくれたわけじゃん。なら、あたしゃらもあたしゃらのことを教えてあげるべきじゃん。同じ仲間として」
フレイナさんはミレイユさんのほうを見て言うとため息を吐いてミレイユさんもしぶしぶ語る。
「わっちも昔、主みたいに好きな人がおったなんし。今は・・・・・イギリス魔術結社におる。戦争をした相手じゃ。もう、死んでおるかもしれん」
と悲しげに告げた。
「わっちの生い立ちは聞いておるか?」
たぶん、話を省きたいんだろう。
知っているからあたしはうなずく。ミレイユさんはイギリスローマ教皇の娘。MMという相性は母親と名前が良く似ていて間際化らしいということから付けられた愛称。だけど、母親と間際らしいから付けられた愛称をミレイユさんは好んでいない。だから、身内には名前で呼んで欲しいのだ。
「わっちの家は常に注目されていたなんし。家の名前を汚していけない。そのために規律は厳しかったなんし。礼儀作法はもちろん言葉使うもじゃ」
「今更、思ったんですけど、そのなんしとか花魁風の言葉使いって言うのは?」
「何でも拘束する家へのささやかな抵抗じゃ。日本が好きというのもあったんじゃが」
だから、常に着物を着てるんだ。
「自由もなく機械のように送っている毎日の中にある人とわっちは出会った。そいつはわっちの魔術の家庭教師じゃった」
「それが例の」
そうじゃとミレイユさんはうなずく。
「その人はわっちの知らない世界をたくさん教えてくれたんじゃ。狭い城の中に閉じ込められて息苦しいわっちの知らない外の世界のことを教えてくれたんじゃ。気付けば、わっちはその人のことを好きになっていた」
腕がかゆくなる理由が分かった気がする。
「大好きじゃった。何でも知ってる秀才で魔術師としても優秀じゃった。確か風属性の魔術を使っていたなんし。わっちのことを相性ではなく名前で呼んでくれたなんし。幸せなひと時だったなんし。じゃが・・・・・・」
空気が一気に重くなった。
「その人はイギリスに帰されたなんし。変わりに別の人が教育係になったなんし。父がわっちが余計な感情を抱いていることに怒ったなんし。わっちはただ強い教術師であればいいと。それ以外に感情はいらないと。わっちは父を否定したなんし。すべてを奪い、自由を奪う父を否定した。わっちにこんな力があったばかりに」
絶対防壁という最強と呼べる盾を生成できる教術を持って生まれたことで強いられた拘束される毎日にミレイユさんは苦しんでいた。
「そんなある日、父に連れられてわっちはとあるコロシアムで師奴の戦いを見学した」
「もしかして・・・・・」
「そのときにコロシアムの中で戦っていたのがフレイナなんし」
手を振ってフレイナさんは答える。表情からその過去がすべて嫌なことだけではなかったように感じた。力は使わないと腐ってしまう。力は使うべきだという考えを持っている。環境が最悪でもフレイナさんは充実していたんだ。・・・・・強いな。
「わっちは嫌いな家から出るために戦力を揃えることにしたなんし。いくら、わっちの絶対防壁が最強の盾であっても所詮盾じゃ。盾だけあっても攻撃はできない。じゃが、わっちはわっちの盾すらをも破壊できる矛を見つけたんじゃ。それがフレイナじゃ」
照れくさそうに視線を外すフレイナさん。
力は理解し、振るうべきだというミレイユさんの考え。彼女は自分の力の限界を理解し、フレイナさんの力の可能性を理解していた。ふたりの考えは似ている。フレイナさんは強引な考えで暴走しがちだけど、それをミレイユさんは正しい方向に導いている。このふたりに敵う敵なんてもういない。
「わっちはフレイナと会って計画を伝えたんじゃ。逃亡戦争の計画を」
「・・・・・戦争」
ここまで生々しく聞くのは始めての単語だ。
「つっても最初は戦争にまでなるなんて思ってなかったじゃん」
「そうじゃの。手下を何人か引き連れた家出みたいなものじゃったが、父やイギリス魔術結社がわっちの独り立ちを拒絶したなんし」
「幽閉されてたもんな」
「幽閉?」
「そうじゃ。暗い頑丈な屋敷の中で教術も使えず。今思っても地獄なんし。あの時間は」
「あたしゃらが助けに来なかったら今のミレイユはいなかったかもな」
「そうなんし。感謝しておる」
「その言葉をもっと聴きたいじゃん」
「バカ、ポンコツ、脳筋」
「なぜに悪口を言ったじゃん?」
このふたりを見ていると思わず笑ってしまうときがある。世界でも恐れられる教術師には見えないからだ。
ミレイユさんは続ける。
「ふたりと多勢でヨーロッパから抜け出そうとしたら、イギリス魔術結社の妨害にあったなんし」
「そいつらを殺しまくっていったら、あたしゃらに加勢したいっていう奴らがどんどん集まってきて」
「気付いたら軍隊並みの規模になっていたなんし。結社がわっちらを傘下の外に出すのを嫌がっていた理由がわかったなんし」
「何でですか?」
「自分たちの組織と同じかそれ以上の規模の魔術組織になりかねないからじゃろ。実際にはもうなってしまっているんじゃが」
「それだけ力がふたりにはあるってことなんですよね。強い力が近くにいると誰だって安心しますよ。あたしみたいに」
今のあたしはすごく安心している。こんなふたりの近くで生活ができるんだ。元の世界に帰る手段を持っている魔術師が帰ってくるまでここに引きこもっていれば、大丈夫なんだ。強くなる必要なんてないんだ。強くなるために離れ離れになる必要なんてないんだ。
「・・・・・・教太。・・・・・・アキ」
ふたりは今どうしているんだろう。




