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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
力の領域
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思い出⑤

 その後、あたしとお母さんはふたりで暗い夜道を30分くらい歩いた。街頭の少ないあたしたちの街で暗い道はあたしにとって恐怖でしかなかった。数年ぶりくらいにお母さんと手をつないで歩いた。30分してたどり着いたのはおじさんの家だ。インターホンを押すとすごく不機嫌そうな表情をしたおじさんが出てきた。お父さんの弟だけど、お父さんとは別の不動産会社を経営している。そのおじさんは無言で家に入ってあたしたちは客室の脇でひっそりと眠った。

 次の日の朝になるとあたしたちはおじさんに叩き起こされた。

「住む場所は確保してやった。俺が管理してるアパートだ。しばらくはそこに住め。家賃も当分は払わなくていい」

 と偉そうに上から言うとお母さんは大げさに土下座をしてお礼を言った。

「ちょっと、そこまでしなくても」

「本当に秋奈ちゃんは何も知らないんだな。兄貴のことを何も話してないんだな」

 お母さんは土下座したまま何も言わない。

 そうだ、そうだよ。

「なんで、お父さんいなくなったの?お父さんどこに行ったの?」

 お母さんは答えなかった。変わりにおじさんが答えた。

「兄貴は行方不明だよ。借金から逃れるために嫁と娘を捨てるととんだクズだな。今も昔も」

 おじさんとお父さんは親戚中では昔から仲が悪いことで有名だ。お父さんが経営している会社の経営を誰が引き継ぐかで揉めてお父さんがおじさんを追放したのだ。簡単に言えば、けんかをして当時の社長だったおじいちゃんに頼んでクビにしたのだ。それ以来、ずっと仲が悪い。

「借金取りがうちにも来たよ。金を借りたのは兄貴だ。俺は関係ない。巻き込まないで欲しいな」

「それは本当に申し訳ありません」

「いくらあの兄貴の嫁と娘でも女ふたりを宿無しで放置するのはどうかと思って今回だけは親戚のよしみとして家に泊めて、住む家を用意したけど、今後は一切支援はしないからな」

 おじさんは冷たかった。それでもお母さんは感謝の言葉が止まらなかった。絶縁したに等しいあたしたちに良くしてくれるだけで感謝しなければならないみたいだ。

「ありがとうございます」

 あたしも一応お礼を言った。

「秋奈ちゃんは自覚した方がいい」

「え?」

「誰のせいでこうなったのかを」

 それは昨日のスーツの人にも言われた。

「あたしのせいでしょ」

「お。自覚してるのか」

 昨日、言われて始めて知った。

「兄貴は秋奈ちゃんの前だけは立派であろうとしてたからな。裏では金を借りるために危ないところに手を出して。社員がみんな反対したらしいな。でも、秋奈のためだとか言って無理に金を借りた。秋奈のためにあれが必要だって言ってお客さんに迷惑をかけて顧客がドンドン減って、本当にバカな親だよ。兄貴は」

 おじさんの口から出てきた言葉にあたしは耳を疑った。あたしのためにお金を借りた、あたしのためにお客さんに迷惑をかけた。そのせいでお父さんは追い込まれていった。そして、いなくなってしまった。

 あたしには心当たりがあった。

 たまごっちを友達の分まで用意させた。それはお客さんのところに無理に頼みに言った。たまごっちだけじゃない。他にもあたしはお父さんにわがままをほぼすべてかねてもらった。逆にかなえてもらえなかった記憶がない。他にもお金だ。今の服装もそうだけど、昨日の遊園地もみんなお金がないからってあたしに頼った。あたしはいつもどおりお父さんにお金を貰って全員分の遊園地代を払って遊んだ。あたしのためにお金がないのに、お父さんはあたしのために。

 あたしのせいだ。

「とにかく、今後は関わらないことだ。借金取りにも俺の名前を絶対にあげるなよ。俺も君らふたりをホームレスなんかにしたくはない」

 そういって乱暴に扉を閉めてあたしたちを家から追い出した。

「・・・・・ごめんね。秋奈。お母さんがもっとしっかりしてれば」

「ううん。お母さんのせいじゃないから。あたしがお父さんを追い詰めたんだから。だから、もしもお金が足りないのなら、あたしも手伝う」

「そんな必要ない!」

 久々にお母さんの怒鳴り声を聞いて思わず怯えてしまった。

「秋奈は大丈夫だから。全部、お母さんに任せて。お金は・・・・・ないけど、大丈夫。大丈夫だから」

 かすれたお母さんの声は最後まで聞き取れなかった。

 おじさんが用意してくれたアパートまでまた歩いた。車は納税局に差し押さえられたらしくない。おじさんが送ってくれるわけない。昨日から同じ格好で下着も替えていない。そのアパートに着いたらシャワーでも浴びようと思っていた。

 人は一度楽を、幸福を覚えてしまうとそれ以下の生活を送るのはなかなか難しい。そんな本の中でしか出てこないような知識をあたしは身をもって体感するのだ。

 おじさんが用意してくれたアパートは誰の目から見てわかるボロアパートだった。駅からほぼ良く近いが、車が通ることはほぼできない狭い小道沿いにある木造のアパートは日陰っていてじめじめしていた。

「こんなところで暮らすの?」

 言わずにはいられなかった。

「我慢して。お母さんががんばって普通の家に住めるようにするから」

 なんでお母さんが笑っていられるのかわからなかった。

 今にも抜け落ちそうな階段を上って部屋に入ると暗い廊下には小さなキッチンがあって、奥に古い和室がひとつあるだけの狭い部屋があるだけ。

「なにこれ?」

 キッチンの前にあった唯一の扉を開けると和式のトイレがあった。それだけだった。

「お風呂は?シャワーは?」

 お母さんは何も答えなかった。

 部屋には学校に行くための最低限の荷物だけで後は何もなかった。

 すべてを持っていたあたしはこの瞬間、何もなくなった。

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