思い出④
中学校に上がってもあたしを取り巻く環境は変わらない。女王であるあたしは子分を数人従えて廊下を歩く。皆があたしのために道を開けてくれる。小学校入りたてのころとは気分が違う。みんなあたしを怖がって道を明けるのではない。あたしが通るから道を開けてあげないとって言う優しさがある。気分は今日も上々だ。
あたしの小学校の近くにはふたつの中学校がある。みんな、それぞれ町内ごとに区分けさて指定された中学へ進学した。あたしのもてなしを拒否した国分くんら3人とは別の中学になった。もう、あの顔を拝まなくていいと思うとさらに気分が良い。
下駄箱には当たり前のようにラブレターが入っている。それを破るのは友達じゃない。ちゃんと指定されたところにひとりで行って低調にお断りして友達になろうと誘うのだ。そうするとあたしの周りにはたくさんの男子がやってきた。たまに女子のラブレターが混ざっているときがあるけど、友達になってくれるのだから気にしない。こんなに気分一生続けばいいのにって思った。
でも、世の中うまくはいかない。
小学1年生から7年続いた女王様の待遇は一瞬で崩れ去る事件は起きた。
中学2年に上がる前の春休み。女の子の友達とあたしのお金で遊園地に遊びに行った帰りだった。駅で待っていても執事さんの迎えの車がいつまでたっても来ないのだ。
「何やってるのよ。後、3分で来なかったら絶対にクビにしてやる!」
これも買ってもらったスライドの携帯電話で時間を確認してバックに仕舞おうとすると携帯が震えた。家からだった。
「もしもし~」
「あ、秋奈?」
すごく暗い声だったけど、誰かはすぐにわかった。
「お母さん?どうしたの?」
「今どこにいるの?」
「駅だけど。つか、執事さんはいつになったら迎えに来るの?5時には駅に着くから迎えに来てって頼んだのに!」
「磯野さんは来ないわよ」
「はぁ?」
お母さんの言っている意味がわからなかった。
「来ないってどういうこと?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「お母さん?」
「今、迎えに行くから」
と言って電話が切れた。
それから30分後にお母さんようやく駅に現れた。いつもどおりのニット風のピンクのシャツに長いクリーム色のスカート。そこであたしはお母さんの異変に気付けばよかった。そのときのあたしはおかしくなっていた。女王様気分が正常な判断を狂わせていた。
「おっそい!何分待たせるのよ!」
お母さんに怒るとお母さんは勢いよくあたしに抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと?お母さん?」
強く抱きつくお母さん。
「お母さん。苦しいんだけど。つか、みんな見てて恥ずかしいんだけど」
抱きつくお母さんの手が震えていることに気付かず、回り目ばかりを気にしていた。愚かだと思う。
「ゴメンね。秋奈」
「何がゴメンなわけ?」
「大丈夫だから。お母さんがんばるから。秋奈が汚れる必要はないから」
「ちょっと、何言ってるの!離れてよ!」
思い切り突き飛ばすとお母さんは化粧をしていなくて目元が真っ赤にはれていた。涙のせいで。
「なんで泣いてるの?」
涙を乱暴に拭き取るとお母さんは冷静に告げた。
「お、お父さんがね・・・・・・いなくなっちゃったの」
「・・・・・・・・え?」
あたしの女王様の生活の支えだったお父さんがいなくなたってどういうこと?
「お母さん。何言ってるの?」
「見つけましたよ」
その声にお母さんは肩をびくつかせてあたしを守るように再び抱きついてきて振り返る。お母さんの後ろにいたのは大きな黒いスーツを着た男の人がふたりいた。
「奥さん。社長がいなくなった以上、借金はあなた方で返してもらうしかないですよ~」
「お金なら返します!私が返します!だから、この子には手を」
「確かに奥さんおきれいだからすぐに借金を返せるかもしれないですけど、そちらの娘さんなら奥さんの倍、いや3倍は稼げますよ。中学2年生。ぴちぴちの14歳。まだ、子供でも将来性があるから稼げますよ」
この人たちは何を言っているのだろう。
「私はどうなっても構いません!なんでもします!どんなことをしてでもお金は必ず返します!ですから、娘には絶対に手を出さないで!お願いします!お願いします!お願いします!」
「あ~。わかりました。ちょっと、人が多いんで、契約はまた今度で」
契約?お金?
突然、過ぎる出来事に整理が追いつかないあたしを見かねたスーツの男が告げる。
「秋奈ちゃんだっけ?」
男があたしの名前を言うとお母さんが強く抱きしめてくる。
「大丈夫ですよ。自分らは約束を守りますが、娘さんにも事実を伝えるべきですよ。いずれはわかることなんですから。早いほうがいい」
お母さんは抵抗しなかった。
「秋奈ちゃん。君のお父さんは僕らにたくさんお金を借りていたんだ。いつまでたってもそのお金を返してくれなくてさ。いくら、お金を返してって言っても全然言うことを訊いてくれないんだよ」
「お、お金って。お父さんならたくさん持ってるわ!」
「うん。ほんの2年前くらいまではね」
「え?」
「何も知らないみたいだね。美嶋不動産は2年くらいから地価の暴落と所有してたマンションの改築とかで収入が右肩下がりになってついにお金が底をついた。お父さんは巻き返すために僕らにお金を借りて事業を起こしたんだけど、それは失敗してさらに借りたお金が返せなくなった。これが2回くらいあったんだよね」
嘘だ。お父さんはそんな感じを出したことは一度もない。いつもあたしの欲しいものを買ってくれたし、頼めば友達の分も買ってくれた。今日の遊園地代も電車代も全部お父さんがくれたお金だ。言えばお金を貸してくれるお父さんがお金がないわけがない。
「しかもね、君のお父さんはお金をたくさん持っているころから税金を払っていない事実が発覚してねって税金って知ってる?」
「バカにしないで」
おー、怖い怖いってバカにする。
声が震えていることを向こうもわかっている。
「納税局が君の家を差し押さえた」
「え?」
家が?あの大きなあたしの家が?
「税金のほうは君らの家できっちり返済できたっぽいんだけど、まだ僕らのお金が返してもらってないんだよね~」
あたしを見る男の人の目は下品な目だった。
「だから!私が返しますから!」
「はいはい。わかったから。でも、秋奈ちゃん君にも罪があると思うよ」
「な、なんで!」
「その服装と格好と持ち物を見る限りお父さんは君にありとあらゆるものを与えすぎているね。それがどれだけお父さんの負担になったと思う?娘には心配をかけたくない、いつもどおりであってほしい。お父さんのその思いがお父さんを追い詰めた。お母さんを追い詰めた」
あたしの耳はその男の人の声以外は言ってこなかった。車が走っていて近くで電車もそばを走っているのに、まるで雑音が消されたようにその男の人の声だけが脳に頭に胸に突き刺さる。
「全部、君が悪いんだ」




