弱いあたし①
気付けば前回の更新が半年前とか・・・・・。
力の領域です。短いお話になっております。
あたしはあたし自身が嫌いだ。
前に教太がボソッと言っていたことが心のどこかで引っかかっていた。あれは教太自身もお前に言ったっけそんなことっていうレベルの独り言みたいなものだった。今日他の胸の中で悩み続ける想い。
「俺って本当に無だよな」
それは自分には何もないだって言うものだ。この世界には確かにたくさんの人がいてその人その人には個性があって役割があって関係がある。教太は自分にはそれがないと思い込んでいる。でも、違うよ、教太。あなたは無なんかじゃない。あなたはこんなあたしに光をくれたじゃない。それに比べたらあたしなんて―――。
高校生になって三日目の保健室であたしは光と出会った。
目が覚めるとそこは暗い和室だった。
「まただ」
最近、同じ夢をよく見るようになった。
アキを見送って二回目の夜。自分を無に等しいといっていた教太は教術という個性を身につけてあたしから離れていった。教太に個性を与えたのは他の誰でもない。アキだ。別の世界の、魔術の世界のあたし自身。昔はあんな感じだったのかとあたし自身を見ているようで気味が悪いと思ったこともあったけど、誰よりもあたしのことを理解してくれる人だった。そのせいかすぐに打ち溶け合えた。ただひとつの後悔を除けば。
ただひとつの後悔。
「なんで、魔術の世界なんかに来たのよ・・・・・あたしたちは」
体を起こすと目の前のふすまがゆっくりと開く。
「お目覚めですか?秋奈様」
おとなしい藍色の着物を着た金髪碧眼の外人さん。ミレイユさんの部下にあたる人だ。あたしはミレイユさんが指揮する組織の教会みたいな本部に寝泊りしている。あたしを守ってくれるようにいつも傍付で着物を着たミレイユさんの部下の人がいてくれる。世界で一番安全なこの建物であたしは十分安心して暮らせている。ここは世界三大魔術組織である組織の中枢であり、それを率いるミレイユさんと彼女と同等の力を持つフレイナさんがいる。どうやら、ふたりは世界でも4本の指に数えられるようなすごい教術師らしい。そんな最強のふたりがいるところを攻め入ろうとする人なんて絶対にいない。帰るための魔術を使う、あのツクヨとか言うおばさんが戻ってくるまでここに篭もっていれば安全なんだ。なのに、教太はミレイユさんの警告を聞かずに海外にいってしまった。それを追うようにアキも海外にいってしまった。風上さんを犠牲にして。
「着替えたら行きますから」
「承知しました」
ふすまを閉めて金髪美女は音もなく消えた。
最近ようやく自分ひとりで着物の着替えができるようになった。まるで着せ替え人形みたいに着物を着せられて気分は正直最悪だった。この建物で生活する以上着物を絶対に着なければならないらしい。フレイナさんは着ているイメージないけど、あの人はたぶん例外。
寝巻きから着物に着替えるために押入れの戸を開けると一本の刀が立てかけてあった。柄から切れた短いチェーンが垂れ下がっている。赤い鞘に収められたその刀は風上さんが使っていたものだ。チェーンの先にはもう一本刀が繋がっていたのに、それは風上さんの腕ごと切り落とされたという。泣きながらラテン系ダンサーの格好をしたリンさんが教えてくれた。ミレイユさんに処分されそうになったところをリンさんが確保したという。
いつもの青色の着物に着替え終わって刀が仕舞ってある戸を閉める。
風上さんには将来を約束した人がいた。あたしも知っている。氷華さんという人だ。白く透き通ったきれいな人だ。リンさんは聞いていた。氷華さんのお腹の中には風上さんとの間にできた赤ちゃんがいることを。
閉めた戸の取っ手を思わず強く握ってしまう。
リンさんの話ではもう人か動物か区別がつかないくらいぐちゃぐちゃに潰された状態だった。やったのはミレイユさんだという。アキの国外逃亡を阻止しようと自ら赴いたけど、それを風上さんに妨害された。力は振るうもの。力を振るいアキを国内にとどめようとした。けど、それは叶わずアキは国外へ、妨害した風上さんは戦い殺された。
「もう、どっちが正しいのかわからない」
風上さんはいい人だった。あたしに魔術を教えてくれたし、身を挺してあたしたちを守ってくれた。恋人もいてこれから新しい家族の父親になれるはずだったのに―――。刀をあたしが預かったのは氷華さんに会う確率があたしのほうが高いからだという理由だ。なんと言ってこの刀を氷華さんに渡すのか言葉を考えても、考えても思いつかない。
ふすまを開けて自室から出るとさっきの金髪美人さんが正座をして待ってくれていた。
「あの、別に待ってくれなくても」
「これが私の仕事ですので」
「気持ちはうれしいんですけど・・・・・えっと」
「麻といいます」
見た目からして絶対麻とか言う名前じゃない。
「ボスがお待ちです」
と道を示してくれる。
暗い廊下は大理石でできていてそこに場違いなふすまがあって、これまた場違いな着物を着た金髪とか銀髪とか外人さんたちが歩いているこの光景がなんか不思議だ。
麻さんに案内されて到着した大きな扉はひとりで開く。その先はとても広い部屋で神々しい装飾品が飾られていてさっきまでの廊下の暗さも和室のような日本っぽさもない。まるでハリー何とかのなんとかかんとかの石とかに出てくる魔法学校の食堂のようだ。中央にありえないくらい長い長机には金色の燭台に刺さるろうそくが等間隔に置かれて壇上席とその脇にいすがある。壇上席にはそれぞれ皿が置かれていて奥側の壇上席に脇の席には置かれている。
「起きたか、秋奈」
「おはっよ~」
いつもどおり花魁風の着物を着こなしている金髪碧眼のミレイユさんとこれもいつもどおりのタンクトップにホットパンツというラフな格好のフレイナさん。ミレイユさんは朝とは思えないくらいしっかりしているのに対して、フレイナさんは赤い髪の毛がぼさぼさのままだ。
「きっちりせんか。みっともないなんし」
「別にいいじゃん。あたしゃの勝手だろ」
ミレイユさんが奥の壇上席にフレイナさんのその脇の席に着く。麻さんの指示であたしは向かい合うようにミレイユさんの正面側の席に座る。
「今日は洋食じゃ。たまにはいいじゃろ」
「お!いいね!和食は薄味で飽きたじゃん!」
「フレイナには和食を」
「おい!こら!ミレイユ!なんであたしゃには洋食を食わせないんだ!」
「その荒っぽい態度を直すための躾じゃ」
「あたしゃは犬か!躾とか!」
「なってないからじゃろ!」
「お利口にご飯食べるところかマジで犬じゃん!」
「動物みたいに食い散らかすほうが犬じゃ」
「なんだと?やるか!」
立ち上がったフレイナさんの手からは灼熱の炎が吹き出る。
「主の炎がわっちの盾を超えたことがあったなんしか?」
ミレイユさんの周りを覆うように半透明の縦長六角形の結晶が現れる。
「あ、あの」
「お二人様」
突然、ミレイユさんの背後に現れたのは銀髪に紫色の着物を着たきれいな女性。その人の唐突過ぎる登場に百戦錬磨のふたりでもさすがに驚く。
「な、なんじゃ、紫」
無表情の紫さん。フレイナさんの次にミレイユさんのそばでよく見る。
「報告で参りました。追いましたが、ぎりぎりのところで邪魔が入りまして逃しました」
「・・・・・そうか」
何の話だろう。
「どこに行ったか分かるなんし?」
「ヨーロッパ方面だということ以外は。ですが、彼女のことです。向かう先はおそらく」
「イギリスか」
ふたりがなんの会話をしているのか分からない。フレイナさんは興味なさそうにあくびをしている。すると朝食を運ぶ着物を着た外人さんたちがやってきた。洋食が2セットと和食が1セット。
「あたしゃは和食じゃなくて洋食を!」
炎を出そうとすると。
「けんかはおやめください。フレイナ様が壊した施設は誰が直すか知ってしますか?」
「え?いや」
「フレイナ様の暴走のせいで私がどれだけ中央局とここを往復しているか知ってしますか?」
「な、なもん中央局ごと」
「徳川拳吉と戦っていいことなんてありません」
「ち、力試しが」
「してどうするんですか?」
「そ、それは、力は使わないと腐」
「腐りません」
フレイナさん沈没。おとなしく、味噌汁をすする。
ミレイユさんが必死に笑いを堪えている。
「では、私はこれで」
そういうと瞬きをした瞬間、紫さんは姿を消した。不思議な人だ。いつも突然現れて消えるから。なんの魔術を教術を使うのか知らない。というか魔術とか教術とか当たり前の世界にいることにあたしはなれてしまっている。それがすごく怖い。
あの日常に帰りたい。ほんの前まであんな世界なくなればいいのにって思ってたのにすべては教太に出会って変わった。暗かったあたしの世界が明るくなった。でも、今はすごく薄暗い。あたしの光である教太が遠くに行ってしまったから。
「どうしたんじゃ?」
トーストを齧りながらミレイユさんが聞く。
「なんでもないですよ」
「そんな顔していないなんし」
そんなつもりはなかったのに。
「やはり、国分教太がいないことが不安か?」
図星だった。あたしの心が筒抜けだった。でも、食堂にはあたしたち3人だけでフレイナさんは納豆と格闘してて話を聞いていない。あたしを守ってくれるミレイユさんならあたしのことを、想いを話してもいいかな。
「教太がいないと・・・・・・はい、不安です」
「・・・・・・そうか。早く連れ戻さないといけないなんしな」
さっきの紫さんの報告はもしかしたら教太を追いかけていたときの報告かもしれない。ダメだったみたいな話し方だったから教太はまだあたしのところには帰ってこないんだ。
―――寂しいよ、教太。
「前からずっと気になってたんだけどさ」
唐突にフレイナさんが口を開く。
なれない箸を握り納豆をかき混ぜながら。
「なんで秋奈は国分教太のことをそんなに気にかけるんだ?あの男のどこが良いわけ?」
「え?えっと、それは・・・・・・」
記憶を辿ればよみがえる。絶対に忘れない。すべてを失ったあたしにそれでも同じように接してくれたあの瞬間は、あたしにとって人生に唯一無二の幸せな瞬間だった。心の支え。でも、それは誰にも語るつもりはない。教太にもアキにも。幸せな瞬間は共有せずに自分だけのものにしたかった。
「よほど、魅力的な出会いだったのじゃろう。そういうのは誰にだってあるものなんし」
と空気が読めるミレイユさんが話を切ってくれた。ナイス。
「えー!超気になるじゃん!教えてくれたっていいじゃん!」
空気の読めないフレイナさんに困惑。
「空気を読まんか」
「あたしゃは自分に素直に生きてるつもりじゃんよ!思ったことは詰め込まないで吐き出す!そうした方が絶対気持ちいいに決まってるじゃん!」
それはフレイナさんの言うとおりだ。吐き出せば楽に決まっている。今まで言い出せずに苦しかったけど、いっしょにいるだけで楽しかった。ふたりで保健室に篭もって授業をサボるあの日常があるだけで十分だった。でも、アキに出会った教太は変わった。それ以来、あたしと教太はふたりで過ごす時間がめっきり減った。別にアキたちと過ごす時間が嫌いなわけじゃない。でも、あたしにとっての幸せな日常はもうあの保健室には残ってない。あたしにとっての光はあたしだけのものじゃなくなっている。もはや、青春の淡い想いに過ぎない。想っているだけじゃ伝わらない。前に進めない。
「確かにフレイナさんの言うとおりですよね」
「はぁ?秋奈」
「ほら、あたしゃの言うとおりじゃん」
とドヤ顔するフレイナさんの顔面を殴りたくして仕方ないミレイユさん。しかし、そこは大きな魔術組織を束ねるボスだ。一息置くとその怒りは静まる。そして、まっすぐあたしのほうを見る。隠したってしょうがないのかもしれない。
「あまり、他人には知られたくないって言うか、あたしのだけの大切な思い出だから」
「他言無用じゃな」
「任せろ!」
すると自分の食事を持ってあたしのところにやってきた。そして、空いている両脇のいすに座る。
「あの、なんで近づいてくるんですか?」
「誰にも聞かれたくないのならば」
「近くだったら、こっそりいえるじゃん」
「乙女の心は繊細なんじゃ。フレイナと違っての」
「一言余計じゃん!」
あたしは思わず笑ってしまった。この空間が好きだ。このふたりは魔術世界は恐れられてるなんて到底思えない。こうやって、近づいて話すからわかるんだ。話すから―――話せば、教太もわかってくれるのかな?
脳裏に教太の姿を浮かべながら気を静めてあたしはゆっくりと語る。
あの日のことを。




