――進め③
「風也くんに渡した多属性搭載型の魔武のことを知っていますか?」
翌日。濃い霧が発生していた夏だというのに肌寒い。少し厚手の秋物コートを借りてブレイさんと共にブレイ商会支店の建物群を一望できる丘の上に来ている。一晩、ヨナさんと魔術の話に没頭した。ブレイさんはあの後すぐに仕事の関係で席を外して残りの三人でひたすら魔術の話になった。アンナさんは途中でついていけなくなって居眠りをしていたけど、私とヨナさんはお互いに溜め込んでいた知識を一気に開放した。私は無属性魔術のこと、ヨナさんは属性魔術のこと。ふたりならなんだか無敵な気がした。その後、私は水属性魔術の発動はなんとか安定してきたけど、レベルの低い魔術に限られている。優先順位的に氷属性魔術の練習を今後繰り返す予定だ。そして、他の属性魔術の同時発動も元々使える火属性と雷属性ならこれもレベルの低い魔術なら半分の確立で成功するようになった。一晩ですごいですとヨナさんの興奮は一晩中続いた。同時に私も時空間魔術の発動の練習にも付き合った。時空間魔術は魔力を流している感覚がないために魔力の調整が難しい。これには魔力の波長の操作とは違ってコツというものがあるのでそれを伝授する。私自身も簡易的な時空間魔術師か使えなかったのでとりあえずゴールは数メートルを移動で程度の時空間魔術を使えるように後はひたすら練習した。
途中で自分たちが今まで何をしてきたのかもおしゃべりしながら。シンさんに出会って異世界に行って、また生命転生魔術を使って、いろんな魔術師や教術師、非魔術師とも戦ったことも話した。
一方ヨナさんは私と別れた後に逃亡軍の戦前部隊との交戦に備えていた結社の軍勢に飛び込んでいって後方で治療魔術師としてそばにおいてくれとコマンド総司令官に3日間土下座して結社の仲間入りをした。同時に属性魔術の同時発動もこのときに練習をしていた。戦争はその後すぐに終わり、コマンド総司令官の軍勢についていきイギリスまで行った。その後、コマンド総司令官のコネで今の学校を受験してあの属性魔術の同時発動と筆記試験の点数だけで奨学金ありで入学したということらしい。
ヨナさんは努力家であることがすごく分かった。努力だけで今の技術も立場も手に入れている。私も見習うべきことなのかもしれない。そんなこんなでおしゃべりしたり魔術の練習したりしていて気付いたら眠っていた。毛布がかけられていた。
起きて小屋を出たら散歩中のブレイさんと鉢合わせて今に至る。
「知っていますよ。風属性魔術と雷属性魔術が搭載されているチェーンで繋がっている二本の剣ですよね」
あの剣を持ってしてもMMには敵わなかった。
「あの剣はヨナの属性魔術の同時発動を見て思いついたものです。右と左で流す魔力を変えれば、別の属性魔術を発動できると。右と左の剣で搭載する魔方陣を変えて魔力は一番近い陣の魔術を発動するという魔力の挙動を逆手に取ったものです」
初めてあの魔武を目にした魔術師は戸惑っただろう。
「すごいですね」
「すごいよ。僕には思いつかないようなことを彼女らは意図も簡単に思いついてしまいます。インターンシップの学生を受け入れているのもそれが理由です。だから、君らの年代の少女が好きなのです」
「ああ、だからロリコンなんですね」
「・・・・・・なぜ、皆は僕のことをロリコンって」
まったく新しいことを思いついてくれる年代の女の子と関わっていることが楽しいのだろう。商人として新しい領域を常に目指している。私たちのような新しい領域を目指している少女たちを見守ることで。
「それはそうと」
ロリコンであることを誤魔化した!
「イギリス行きの話です」
頭のスイッチを切り替える。
するとブレイさんは笑みがこぼれる。
「もう、風也くんの死を引きずっていないようですね」
「・・・・・引きずっていないといったら嘘になります。でも、ヨナさんを見ていたらいつまでも後ろを見ている場合じゃないって感じました。風也さんは私を新たな領域へ向かわせるために命を張ってくれたんです。なら、私は進むだけです。新しい領域に」
そのとき、不意に私の背中を押す風が吹いた。霧が出ていて冷たいはずの風はなぜか優しく温かく感じた。
「・・・・・・風也さん?」
「どうしました?」
「い、いや!なんでもないです!」
なんで私はあの風が風也さんが起こした風だと思ったのだろうか?
「それでどうやってこれからイギリスへ向かうんですか?」
ブレイさんは咳払いをしてからブレイ商会支店の建物群を眺めながら語るように言う。
「君には時空間魔術を使ってイギリスへ直接飛んでもらおうと考えています」
「時空間魔術ですか?でも、それだと組織のマークがきついんじゃ?」
「君には僕の使いでヨナと共にイギリスにあるブレイ商会本店に向かってください」
「アンナさんの代わりに」
当初考えていたとおりの方法だ。アンナさんの代わりにイギリスへ向かうのだろうか?
「でも、私とヨナさんとでは容姿が全然違いますよ。学生に紛れていくのは難しいのでは」
「いや、君にはブレイ商会の社員として向かってください。はい、これ」
渡されたのは一枚のカードだ。魔術のカードではない。会社とかに入るために使うカードキーのようなものだ。そのカードにはブレイ商会中国支部開発課第2班三月アキと書かれていた。写真もちゃんと私の写真が貼られている。
「これは?」
「昨日、君がヨナと魔術の話をしているときに作らせました。正真正銘本物のブレイ商会の社員カードです。名前も三月アキにしてきました。これで魔女と怪しまれることなくイギリスへいけるでしょう。社内偽装を疑われないようにヨナも着いていきます。魔術の話もしたいでしょう」
「それはいいんですけど、ブレイさんは?」
「僕はここに残って組織の目を引きます。君はイギリスへ行きなさい。ヨナから属性魔術のことも結社で新しい魔術のことを学んで強くなって帰って来てください」
それは死んでしまった風也さんの願いとブレイさんの優しさがこもっていた。
思わず涙腺が緩む。
「ありがとうございます」
「付き合ってくれますか?」
こういう場面でも自分のペースを崩さない。隙あらば私に愛の告白をしてくる。本当にそのメンタルには頭が上がらない。そういうところは嫌いではない。でも、返す言葉は決まっている。
「すみません。無理です」
笑顔で返す。
「ですが、今回は特別です」
そういって私はブレイさんの頬にキスをした。
するとブレイさんはまるでやかんが沸騰したように顔を真っ赤してもだえ苦しむようにその場で暴れ始める。
「やりました!やりましたよ!少女からキスを人生始めてもらいました!今日は特別な日です!もう死んでも悔いなんてありません!」
ブレイさんの声が山中に広がっていく。なんか若干後悔している。
「死んでも悔いがないとか不謹慎なこと言わないでください」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
このことが変に広まらないことを祈るばかりだ・・・・・・。




