表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
新の領域
173/192

――進め②

 私がヨナさんに最後に会ったのは私が村を出て以来だ。

 世界は広いというけれど、私は二度しかも違う土地でひとりの人に偶然の再会を果たした。そう考えると世界は私が思っているほど広くないように感じる。私が村を出て程なくして逃亡戦争はイギリス魔術結社の退却という形で終結した。つまり、終戦から3年が経つから3年ぶりにヨナさんに再会したことになる。

「・・・・・・大きくなりました?」

「そうですか?」

 とヨナさんが自分の頭の上に手を載せて私の背を比べるとその手は私の頭上を通り過ぎる。

「村であったときは私のほうが背高かったですよね」

「そうですね」

 これが若さかって16歳の私が言う言葉ではない気がする・・・・・・。

 ヨナさんが出てきた煙が出ている小屋の中に案内されて中にあったテーブル席に座る。正面にヨナさんでその隣にアンナさん。私の隣にブレイさんという配置だ。

「いや、まさか僕の周りに子ほどの少女が集まるなんて思ってもいませんでした。みなさん大好きです」

「お断りします。無理です」

「キモいからしゃべらないで~」

「犯罪ですよ」

 ブレイさんはいじけていすの上で膝に顔を埋めて泣いているようだ。これ以上愛の告白をしても玉すすることは目に見えているから諦めたほうがいいのにと言ってあげたいけど、言ったところで無駄な気がするから無視する。

「それにしてもよくイギリス魔術結社の魔術学校に入れましたね」

「はい。半分以上奇跡みたいなものです」

「普通に受験して入れるものなんですか?」

「そうじゃないよ~」

 とアンナさんがいう。

「確かにランクの上限もあるけど、授業料がすごく高いから平民レベルの人たちはまずは入れないはず。特例があるとすれば、特別魔術の能力が秀でてるくらいかな~。それだと奨学金がもらえるの~」

 ヨナさんの家庭は小さな村の養豚を営んでいる。決して裕福という家庭環境ではないから奨学金を貰っているのは確かだ。しかし、3年前のヨナさんにそんな秀でた魔術の技術や能力があったわけじゃない。ランクもせいぜいD程度と平均よりも少し低いくらいだ。魔術師として誰が見ても平凡のヨナさんがどうやってエリートの集まりであるイギリス魔術高学校中等部に入学できたのか不思議でならない。

「ヨナさんはどうやって入学したんですか?」

 その経緯が非常に気になった。

 すると落ち込んでいたブレイさんが話に割って入ってきた。

「彼女の魔術の使い方を見れば君も納得するでしょう」

「使い方?」

「口で説明するよりも見せたほうがいいでしょう。ヨナの他者より秀でた力を」

 ブレイさんの言葉にうなずいて二枚のカードと十字架を取り出した。

「お姉さんが村で魔術を教わっているときに私はひとつの疑問がどうしてもピンときていませんでした」

「疑問?」

「魔術師が持つ魔力にはそれぞれ人によって異なる波長があります。その波長によって発動できる属性魔術が異なります。属性魔術は必要な魔力の波長が合わなければ発動してくれません。ですが、私のように水属性に必要な魔術の波長を持つ魔術師は風属性魔術も発動することができます。これは水属性と風属性は不利有利の条件ではなく、対極の関係ではないために魔力の波長が類似するために発動することができるとされています」

 ヨナさんのいう属性魔術と魔力の波長の関係については私の教えたとおりである。しかし、気がかりな部分がひとつある。できるとされている。それは今の概念が間違っているときに使う表現だ。

「どういうことですか?」

 ヨナさんが笑みを浮かべる。

「いいですか?水属性の波長を持つ私が風属性の魔術を発動する際に何をしているか分かりますか?」

「魔力を流している?」

「それは当たり前ですよ」

 なんかバカにされた。

「風属性に水属性に求められる波長の魔力を流したところで風属性魔術は発動しない。つまり、無意識的に私たちは魔力の波長を操作しています。ここまでお姉さんに聞きました。そこで私は言いました。ならば、波長を操作すれば他の属性魔術も発動できるんじゃないかって。でも、お姉さんはそれを否定しました」

 できたのなら今頃属性魔術の法則はなかったことにされていてもおかしくない。魔力の波長の操作は魔術師にはできない。

 とここでヨナさんは十字架を握りカードの上にかざす。

「今から私が見せることはそのお姉さんの教えてくれたことを否定することです」

「え?」

 ヨナさんは大きく息を吸って入って念を送るように十字架に力を、祈りをこめて十字架をカードに向かって撃ちつけるとテーブルの上に小さな三角形の陣が弱々しく青白く光る。その陣の中央からはヨナさんの持つ水属性の波長からは法則上は発動できないはずのものが現れた。

 それはろうそくのように弱々しく灯る小さな火だった。

「火属性!」

「まだまだです」

 ヨナさんはまだ何かを隠していた。

 持っていた十字架を持ち替えて右手で火を持続させてゆっくりと慎重に十字架で別の属性魔術を発動させた。火属性魔術と同様に小さな三角形の陣だった。法則上ならば、同時に発動できる魔術は無属性魔術だ。だが、私はあることを予感していた。脳裏に浮かぶのは私と異世界で同一人物の少女の姿だ。彼女もすべての属性魔術を発動していた。それはまさに法則の概念から外れた力だ。そして、もうひとつ魔術の法則の概念から外れたことをやってのけている。

 目の前のヨナさんも同じことをやってのけた。

 小さな一番のレベルの低い陣の中央から現れたのはまるで線香花火のような火花をぱちぱちと紫色の閃光。

「雷属性」

 私は息を飲んだ。

 ヨナさんは法則上発動することのできない火属性と雷属性を発動させた。しかも、同時に。

 今まで秋奈さんのすべての属性を同時に発動できる法則上ありえないことを成し遂げていることは教太さんと同様異世界の魔力の魔石の影響が少ないせいではないかと思っていた。でも、違う。あの秋奈さんの規格外の魔術の扱いにも―――法則性が存在する。

「輝いている」

「え?」

 ブレイさんが何かを呟いた気がしたけど、それどころじゃない。

「どういうことですか?ヨナさんはどうやって自分の持っている魔力の波長以外の属性魔術を発動できるんですか!しかも、同時に!」

 ヨナさんは発動していた魔術を解くと一度息を大きく吐いた。どっぷり疲れた様子を見せていた。発動できることはできるけど、一筋縄ではいかないように感じる。

 汗をぬぐったヨナさんは笑顔で教えてくれる。以前までは一方的に教えてもらえるだけの相手と魔術に関する議論ができる。そのことが幸福を感じているかのように告げる。

「まずは別の属性魔術を同時に発動させる方法です。お姉さんは右手で足し算を、左手で引き算を同時にできますか?」

「・・・・・・」

「たぶん、やろうと思えばできると思いますけど、必ず一度動きを止めてどちらの問題にも目を通すともいます。それで利き手でない方の問題をと解いて答えを書きながら利き手の方の問題を解くと思います。私の場合は右利きなので左の引き算を解いて答えを書きながら右の足し算の解いていくと思います」

 確かにそれなら左手で問題の答えを書きながら右手の問題を解くという右と左で別のことをやっていることになる。

「これはさっき私がやった魔術と同じです」

「同じ?」

 さきに火属性魔術を発動させて、発動状態を保持して別の雷属性の魔術を発動させる。それは一度問題を解くのに脳みそを使って体でその問題の回答を書かせながら頭は次の問題、つまり雷属性魔術を発動させることだけに集中する。

「そ、そんなことが可能なんですか?」

「可能です。実際に私はやった」

 魔術は発動するときに一番魔力を消費する。その後は魔術を維持するために少量の魔力が必要となる。言ってしまえば、魔術は発動するときは意識して魔力を流すがそれ以外はほぼ無意識で魔力を流して魔術の維持をする。

 左の引き算の問題を一度解いた数字を書かせて意識は次の問題へ。

「・・・・・それは誰にでもできるんですか?」

 ヨナさんではなく、ヨナさんの使う技術を知っているアンナさんとブレイさんに尋ねた。

「私は無理だった~。まぁ、私の魔力の波長は火属性だから火属性と法則上使える雷属性を同時に発動しようとしたけど、無理だった。先に発動させた火属性が雷属性を発動させようとしたときには消えてるし~」

「僕も無理でした。口だけでは非常に簡単そうですけど、やってみると難しいです」

 それもそうだ。やれるのならもう誰かがとっくに実践していてもおかしくない。

「お姉さんの魔力の波長は何属性ですか?」

「私ですか?私は雷属性です」

「そうなんですか・・・・・・・でも、お姉さんは雷属性よりも火属性のほうが使用頻度高くないですか?」

「まぁ、使い勝手は火属性のほうがいいですからね」

 雷属性は基本的に近距離でないと効力を発揮できない。特に生命転生魔術でランクが下がってから遠距離からの援護ということも多くなって火属性魔術の使用頻度は高くなっている。

「お姉さんは火属性魔術を使うときに何か困ったことないですか?魔術を発動するタイミングが遅いとか?」

「そんなことないですよ。雷属性と無属性魔術同じように使っています」

「なら、同時に属性魔術を発動できるかもしれないです」

「え?それだけで?」

 どうして?

「お姉さんは雷属性魔術の波長を、火属性魔術を発動するために雷属性の波長を火属性に変えています。それは波長を操作に慣れている証拠です。実際に波長の操作が苦手で法則上は発動できる属性魔術を発動できない人もいます」

 アンナさんが私みたいな人で~すと付け加えてくれる。

 法則上使える属性魔術も慣れというものが必要で魔術師によって得意な人と不得意な人がいる。それが魔力の波長の操作が苦手というその理由のひとつだ。

「無属性魔術と同じように火属性魔術も使えるのなら、魔術の保持も難しくないはずです。お姉さんが魔力の波長の操作を無意識にできるなら、この属性魔術の同時発動は可能なはずです」

 以下に自然に先に発動させた魔術を保持させるかがカギとなる。私は普段から無属性魔術と属性魔術を同時に発動させる戦闘スタイルを取ってきている。無属性魔術と同じように他の属性魔術も保持させれば可能な気がする。

 今まで魔術の種類や扱いの場面とかばかりに目が行っていたけど、魔力の波長の操作で魔術の発動スタイルが変わるなんて考えたことがなかった。人によって見る世界は違う。ヨナさんと私とでは見ている魔術の世界が違う。

 今この場において魔女と呼ばれる私よりもヨナさんのほうが一歩先に新たな領域へ進んでいる。

「私の場合水属性魔術に必要な魔力の波長はまったく違ってきます。それに比べて火属性と雷属性は必要な魔力の波長は似ているから発動できる。類似する属性魔術にあわせて波長を魔術師は本当に変えているのか私はピンときません」

「ですが、類似するだけで波長を変える必要があります。これは絶対です」

 波長の操作は絶対。

「お姉さんは雷属性魔術を発動できるようになるために何をしました?」

「ひたすら、雷属性魔術が発動できるまで魔力を流し続けました」

 魔力の波長の操作は非常に難しい。これといった操作方法というものも存在しないのでひたすら発動できるまで魔力を流し続けて練習するしかない。私の場合は魔力の流し方、力の駆け方をいろいろ変えてようやく波長の操作の感覚を体に覚えこませた。

「私も練習しました。もちろん、水属性の波長を持っているので法則上発動できる風属性もそうですけど、火属性も雷属性も氷属性も土属性もすべて風属性と同じ容量で練習しました。そしたら、発動できるようになりました」

「・・・・・・・え?それだけ?」

「それだけです」

 アンナさんに目を送る。

 すると困ったように後頭部を掻きながら笑う。

「いやいや、私も試したんだけど、できないよ~。普通は。元々、魔力の波長の操作苦手だから無理だよ~」

「努力次第です」

 と胸を突き出して威張ったようにふざけると二人は笑う。

 私は笑えない。つまり、ヨナさんが言いたいのは努力次第ですべての属性魔術を発動できるというのだ。属性魔術を同時に複数発動させるのもおそらく反復練習することで可能なことだ。魔術が誕生して300年以上経っているのに誰もその努力をしてこなかったというのか?誰もこの事実に気付かなかったのか?

 そう思うと恐ろしくなる。新しい法則は領域はいつも私の隣にいたんだ。常識ばかりに目が行ってしまっているせいで無意識に見過ごしていた。

 もしも、ヨナさんのその技術が私にも使えることができたのなら―――いや、使える。

「でも、私の努力も水の泡になりそうなんですよね」

「え?どうしてですか?」

 とブレイさんが尋ねる。

「組織にすべての属性魔術を同時に発動するすごい魔術師がいるって言う話です。すごくランクも高いみたいで私みたいな低ランクでは敵いませんよ」

「結社もヨナの技術の解明をしっかりやってから大々的に発表するつもりだったんでしょ~」

「でも、突如現れた異人の魔女によってそれは打ち砕かれた」

 私はゆっくりと顔を上げる。

「ヨナさん、水属性魔術のカードありませんか?」

「ありますよ」

 ちょっと不思議そうに首をかしげながら一枚のカードを取り出すと私は自前の十字架を取り出す。

「ちょっとお姉さんにいきなりは」

 私はありったけの祈りをこめる。秋奈さんに私が弱くないことを認めさせるために、いくらランクで火力で秋奈さんに劣ることがあってとしても私には魔術と長く関わってきたキャリアがある。知識がある。技術がある。

 魔力の波長を操作する。今までここまで意識したことなんてない。法則という言葉に捕らわれてはいけない。その法則は絶対というわけじゃないことだってある。それは教太さんや秋奈さんから教わっていたじゃないか。そう、魔術師はすべての属性魔術を発動できる。発動できない属性魔術があるなんていう法則はないのだ。その法則の間違いを教えてくれたのは秋奈さんだ。それを証明してくれたのはヨナさんだ。ここまでこれば後は私のものだ。

 水属性魔術の波長はどんなものか知らない。雷属性だって最初はそうだった。すべては努力次第で変わる。努力次第で私は新たな領域へ進む。―――進め!

 十字架をカードに打ち付けると同時に鈍く青白く光った。

「え?」

「はぁ!?」

「お!」

 ヨナさん、アンナさん、ブレイさんという順番に驚きの声が上がったが、魔術を発動させるとまでは行かなかった。

「す、すごいです!」

 ヨナさんが興奮して私の両手を掴んでくる。

「私も発動させるまで一月かかったんですよ!それをお姉さんはもう発動できそうなところまで来てるじゃないですか!」

 興奮して飛び跳ねる。

 秋奈さんと私は同一人物だ。住む世界が違うだけで流れる血も魔力の波長も同じだ。その秋奈さんが魔力の波長を操作して属性魔術を自在に操っているのなら私にも同じことができる可能性が十分に考えられた。それが自信となった。それが今の法則上は発動できないはずの属性魔術の発動の傾向が見えたことに起因している。

「ヨナさん」

 一点私は冷静にヨナさんに語る。

「私は強くならなければなりません。でないと私の大切な友人が危険なんです」

 握っていた手を離して立ち上がる。そして、一歩下がって頭を下げる。

「私に魔術を教えてください。すべての属性魔術を発動できるように」

 それが私の強さとして使えるように。

 ヨナさんがフフフと微笑んだ。

「頭を上げてください」

 暗い部屋でヨナさんの笑顔が輝いていた。

「3年前に私はお姉さんに同じようなことを言いました。魔術を教えてって。でも、今でも私はお姉さんから学ばれる一方だと思っています。だからといってお姉さんにすべての属性魔術の発動の指導をしないとは言いません」

 ヨナさんも積から立ち上がって一歩下がる。

「お姉さんは別れ際に時空間魔術のことを宿題として私に課しました。実は属性魔術に関していろいろ知っているんですけど、無属性魔術には関してまだまだ無知なんです。だから、前みたいに教えてくれませんか?魔術」

 そこにはあのときの同じ平和な村の空気が流れていた。

「はい!当たり前じゃないですか!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ