痛む右足の甲②
痛む右足の甲の痛みと急に止まった馬車に体が倒れて目が覚める。女性のようなきれいな長い黒髪に引き締まった細身の体格をした優しげな表情を常に浮かべるブレイさんが馬車の乗り手の人と何か会話をして何かを手渡すと笑顔で挨拶を交わして私の元へ。倒れている私を補助するためか手を差し伸べてくる。
「着きました。降りますよ」
その手を借りずに起き上がって馬車の後方から降りる。
降りると地面はぬかるんでいた。空はどんよりとした曇り空でさっきまで雨が降っていたようだ。ブレイさんが私の分の荷物も持ってくれていた。お互いに緑の迷彩服を身に纏っている。その迷彩柄と同じリュックサックを私と自分の分を担いでぬかるんだ山道を進む。
「ついてきてください」
といわれて私はようやくその重い足を動かす。
辺りはまるでコブのような岩々が山のようにそびえ立つ。切り立った山を削るように造られた山道の下を流れる清流はどんよりとしている。天気はよければ空の青色できれいな光景が広がっているのだろう。教科書かなんかでこの景色を見たことがある。中国の内陸にある漓江だったような気がする。地理はあまり得意ではなかったけど、この辺りは近代技術である魔術が古来存在していたという情報がある。風也さんと出会った時に手にした生命転生魔術も古来存在したといわれている魔術だ。錬丹術師が作った魔術。遥か昔から魔術という概念が存在していた証拠。そんな歴史を辿るのもきっと面白かっただろう。でも、私は魔女だ。戦い巻き込まれる運命を常に背負ってきている。そんな歴史を追うなんてできるはずがない。
ぬかるみに足を取られてこける。全身が泥だらけになる。立ち上がろうとも思わなかった。しばらく、倒れたままのところに近づいてくる足音がある。
「何をしているのですか?さぁ、立ってください」
「ほっといてください。私なんか見捨ててもいいです」
「慰めて欲しいのですか?」
「そんなこと頼んでいません。私は風也さんを二度殺してしまいました。次こそは私が死ぬ番なんです」
身を泥水の上でかがめる。
「何を言っているのですか?君は風也が命を張って国外に逃がしてくれたことを無駄にする気ですか?」
ブレイさんが手を差し伸べる。私はその手を再び取らずに立ち上がる。
「私はあなたが嫌いです。そうやって無気力な私に鞭を打つところ」
「こう見えて僕はSなのです。君はどうやらMのようなので相性抜群ですね。というわけで」
「お断りします。無理です」
「僕はまだ何も行っていないのだけど・・・・・」
どうせ愛の告白でしょ。そういうのはあまり興味を示さなかったというか、魔術のことや殺された仲間のこととかでそれどころじゃなかった。教太さんにそういう普通の女の子になってほしいって言われている。でも、今はその気すらも薄れてしまっている。
「私は生きますよ」
「お!ようやく、立ち直りましたか」
とうれしそうに言うけど。
「私を殺す資格があるのは氷華さんにあります」
「・・・・・・・」
ブレイさんは何もいえなかった。
氷華さんは和解した後も私のことを毛嫌いしているように感じた。恋人である風也さんと私は共に生活していたからだ。恋人からすれば浮気をしているように見えただろう。嫉妬もあったけど、私には前科がある。私が原因で風也さんが死んでしまっているという前科だ。
右足の甲が痛む。
「右足を引きずっていますね。大丈夫ですか?時空間魔術で飛ぶときに怪我でもしましたか?」
「違いますよ。この痛みは体の痛みじゃありません」
風也さんが死んでしまったときに傷を負ってぼろぼろの氷華さんが私の足の甲を叩いたのだ。心を叩いたのだ。その叩く威力は見た目とは予想がつかないほど強く私の心に傷を残した。風也さんがまた私のせいで死んでしまったことで氷華さんが私を責めている。こんなものじゃ許してくれない。氷華さんの持つ剣で私は殺されるべきなんだ。それまでは―――。
「私は死なないです」
私の表情を見てブレイさんはぎょっとした。
「前言撤回ですね」
「何がですか?」
「・・・・・・今の君は魔女だ」




