後悔のないように④
暗い部屋で寝巻きを脱ぎ捨てて下着姿になる。そして、元々着ていたTシャツの袖を通してると自分のわき腹に無数の小さな傷跡が残っていた。それを私はなでるとかすかにでこぼこのおうとつが分かる。治癒魔術をしっかり施せばこの傷も消すことは難しい話じゃない。でも、その治癒魔術も使えるほどの魔力が私の中に残っているかどうかも分からない。
生命転生魔術という魔術を私は知らない。でも、転生魔術に関しては知識がある。もともと、転生魔術に寿命の転生を加えたのが生命転生魔術だった。だから、効力は転生魔術に類似するはずだ。つまり、私の寿命以外のものが転生して対象者に流れてしまっている可能性がある。
シャツを着てジャケットを羽織って前のチャックを締めて近くに立てかけてあった杖を手に取る。そして、暗い部屋の木製の扉を押し開けると眩しい日差しが私を出迎える。
強い光に一瞬だけ視界が光って見えなくなる。目がなれて広がる村の光景。降り注いだ砲弾によって道にできた穴を修復したり、壊れた家の修復をしたり、新しく家を建てたり、皆が元の平和な暮らしができるように前に進んでいた。村の修復に雷恥さんと火輪さんの姿が見えた。ふたりは村に必要とされていた。しかし、私は必要とされていない。この村に災いを呼んだ魔女はさっさと出て行け。元の平和な暮らしへ戻るために私は必要ない。
ゆっくりと息を殺すように一晩だけ寝泊りすることを許された木の小屋を回るように森のほうに入る。ごつごつとした獣道に何度も足をとられそうになりながらも杖に体を支えてもらって森から結社の軍勢も利用した山道に出て一息つく。
「お姉さん」
私を呼び止める声が背後から聞こえた。背後は村へと続く山道だ。振り返るとそこにはヨナさんがいた。
「見送りはいいですよ。私はあの村にとって疫病神です。関わらないほうがいいですよ」
「そうですね。お姉さんは疫病神です。そして、災いを運んできた魔女です」
ヨナさんが発する魔女という言葉には力がこもる。それはよくも今まで私たちを騙してきたなっていう村の人たちの怒りから来る力ではなかった。
「だからと言ってお姉さんが私に魔術を教えてくれた、私の救ってくれた事実は揺らぐことはありません。今の私がいるのはすべてお姉さんのおかげです。だから、私はお姉さんみたいな魔術師になりたいです」
それはダメだって言おうとする前に力強くヨナさんは言う。
「誰も魔女になるとは言っていません。お姉さんみたいにたくさん魔術のことを学んで、お姉さんが村でやったみたいに生活の糧になるよう魔術を私は学んでお姉さんみたいになる!そのために私は―――イギリスへ行きます!」
それは小さな少女の小さな独立宣言だった。
「前にお姉さん言いましたよね?イギリス魔術結社が最も魔術の情報を持っているって」
確かに教えたかもしれない。でも、イギリス魔術結社は現在戦争状態だ。優秀な人材であれば、例え貧困層の人でも受け入れてくれるけども、戦争状態の結社にそんな余裕があるかどうか分からない。それに今の結社に行くというのは戦争をしにいくようなものだ。もしも、この戦争が長引けば、無事に結社の学校に入学して卒業できたとしても送り出されるのはきっと戦場だ。ヨナさんの言う生活の糧となる魔術を使っている場合じゃなくなる。それを両親が賛成するはずがない。
「もう、決めたことです。誰に止められようとも私はお姉さんを超える魔術師になります。だから、私が優秀な魔術師になってこの戦争が終わってお姉さんが魔女としての悪名がなくなって自由になったら・・・・・・また・・・・・」
その頬から涙が流れていた。強く宣言しているのにそれを台無しにする涙を必死に拭き取って飛びっきり声を張って叫ぶ。
「また!会いましょう!」
最後のヨナさんは笑顔だった。私もお返しにと笑う。
「はい。また会いましょう」
ヨナさんはぺこりとお辞儀をして山道を駆け上がって村のほうへ向かうと思ったら戻ってきた。
「あ、あの、最後に教えてください!」
息を切らしながら興奮冷めあがらぬ勢いで尋ねる。
「あの最後に聖翠のバルカンって人を攻撃したとき、どうやってバルカンの背後に立ったんですか!」
それは魔術というものへの興味が最高潮の少女の好奇心から来る疑問だ。きっと、私も昔はあんな感じだったんだろう。
「宿題です。時空間魔術について調べてください」
そう告げるとヨナさんは更なる満面の笑みを浮かべて再びお辞儀をして駆けて行った。木の陰にその姿が消えて見えなくなるまで私はそのヨナさんの背中を見送った。彼女はいい魔術師になる予感がした。彼女は優しくて一度決めたことは最後まで突き通すタイプの子だった。魔術を教えているときも常に疑問を私に投げかけた。その知らないことを知りたい、分からないことを分かりたい。その優しい欲が彼女を強くする。私のような魔女という邪悪な強さではない。正義の強さを彼女は身につけてくれる。そう私は信じる。
その瞬間、背後で風が吹く。同時に誰かが地に着地する
「あなたも見送りですか?風也さん」
振り返ると額に包帯が巻かれて頬にガーゼが張られている痛々しい姿の風也さんがいた。
生命転生魔術を施し、上位回復魔術と治癒魔術によって風也さんは血を咳き込みながら吐いて息を吹き返した。すぐさま全開の上位回復魔術と治癒魔術によって傷がすさまじいスピードで修復されていったのと同時に生命転生魔術によって魔術を発動するために必要なものが寿命と同時に風也さんに流れていってしまった。だから、風也さんは中途半端に傷を負ったままになってしまった。その風也さんは言う。
「見送りじゃない」
見れば、風也さんの手にはかばんがあった。まるで遠出でもするかのようだった。
「俺もお前のところに行く」
「はぁ?何言っているんですか?風也さんには氷華さんが」
「ああ、俺には氷華がいる。だが、お前はどうだ?アキナ?」
いまどき私のことを名前で読んでくれる人は少ない。
「私は・・・・・ひとりですよ」
魔女になってからずっと。
「俺はアキナのおかげでこうして生きている。氷華の愛を受け止めることができる。これもすべてアキナのおかげだ」
「そうじゃありません。私のせいで風也さんが」
「それ以上言うな」
風也さんが小太刀を取り出した。
「俺の中にお前の魔力が半分流れてしまっているのを知っている。アキナは以前のように魔術が使えなくなっているはずだ」
そのとおりだった。風也さんも魔術を使っているときに感じたのだろう。自分のものじゃない魔力が混ざっている違和感に。
「アキナは俺と同じだ」
「同じ?」
「戦いを呼ぶ。属性戦士と同じ運命を辿っている」
そうですね。私が魔女でいる限り私はずっと戦う運命なんだ。
「俺はアキナに救われた。この命はアキナのものだ。ならば、この身アキナのために使うべきだと俺は思った」
「風也さん?」
「どの道俺たちはあの村から出ることになる。ならば、魔武を持った俺が村を出たことを周辺の村に知らせれば、村に残っている氷華たちが結社に狙われることもない」
それは風也さんが愛する人と仲間を案ずるための作戦と私に命を救われた感謝を隠すための嘘のふたつの意味を感じ取れた。どちらが嘘で本当かは追求する気はない。
「アキナ」
「なんですか?」
「もう、二度とその生命転生魔術なんていうものは使うな?」
「え?」
「人が死ぬというのは当たり前のことだ。生きているものにはいずれ死が訪れる。俺はそれが普通の人より早かっただけだ。その運命をアキナが自分の寿命を削って捻じ曲げる必要なんてない。俺はお前に助けられた命を二度と生命転生魔術を使わせないために使う。お前に二度と死体を見せないように汚い仕事はすべて俺が引き受ける」
それは風也さんなりのけじめだった。命を救われたこの命を私の元にあるべきなのだ。この命は救われた人のために使うべきだ。それは愛する人と過ごす時間よりも優先するべきことなのだと風也さんは思っている。愛する人と過ごす時間があるのもすべて私のおかげだというのだ。私のせいでその時間を失うことになったのに。
「勝手にしてください」
私は風也さんの横を素通りして山道をゆっくり歩いていくと風也さんはその後を着いてくる。これは本気のようだ。私の命を救われた恩を返すまできっと私のそばを離れる気がないようだ。
私はため息を吐いて一度足を止めると風也さんも足を止める。
「なら、私からもお願いです」
「なんだ?」
「・・・・・・生きてください」
「当たり前だ。アキナに救ってもらった命を無駄には」
「違います!」
言葉に言葉を重ねるように私はひとりの女性のことを案じるのだ。
「氷華さんのためにも生きてください」
風也さんはしばらく何も言ってこなかったけど、ちゃんと答えてくれた。
「当たり前だ」
それは私に救ってもらった命を無駄にしないときと同じ強い言葉だった。
これが私と風也さんたちとの出会いだった。
風也さんは私と約束した。氷華さんのためにも生きてくれと。しかし、風也さんは私の目の前で私のために命を落とした。また、私のせいで風也さんは死んでしまった。あの氷華さんのために生きて欲しいという約束は私に生命転生魔術で流れた魔力を返してもらったことでなくなってしまったのだ。だからって私のために死ぬ必要なんてないのに・・・・・。
残された氷華さんはどうするんですか?
その問いを返してくれる人はもうこの世にはいない。




