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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
新の領域
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後悔のないように③

「氷華さん!しっかりするっす!」

「すぐに治療するので動かないでください!」

 バルカンが爆発四散した直後、我に返った雷恥さんと火輪さんが引き千切れてしまった右腕の傷口から絶えず血が流れ出ている。それを雷恥さんが来ていたシャツを脱ぎ捨てて引き裂いて包帯代わりきつく締める。火輪さんはありったけの回復魔術と治癒魔術で氷華さんの傷口を治していく。血だけでも止めないと失血死してしまうからだ。出血のせいで貧血みたいに顔色が悪いけど、怪我への対応は早いから氷華さんは死ぬことはないだろう。

 傷口を治療されながらも氷華さんは仰向けの状態で無事な左腕を必死に伸ばす。その先には無残な風也さんの遺体が岩の中にめり込んでいる。まるでその岩から血の湧き水が湧いているかのように血が流れている。顔は原型をとどめていない。見るに耐えない。

「なんでよ・・・・・なんで先に行くのよ。なんで・・・・・・なんで」

 その白い瞳から涙が湧くように流れる。機関という地獄から抜け出してこうして平和を掴み取ってもう戦うことはないだろうと思って暮らしていた。もう、戦いで誰かを失わない。愛した人を失うことはない。そんな平和の中で襲った悲劇。氷華さんの白い瞳からはいつも敵意を表す鋭い視線を送っていた。その鋭い瞳からは悲しみにくれる涙が溢れ出る。

 氷華さんと風也さんは恋人同士だった。あの日、たまたま森の中の広場でふたりが愛し合うところを目撃した。目撃されたことに赤面している氷華さんは本当にかわいかった。恋をすると冷たい雪女のような人もあんなに温かな人になるんだと始めて知った。きっと、氷華さんをそんな温かい人にしたのはきっと風也さんだ。風也さんには氷華さんを温かい人にする魅力があった。その風也さんは手を掴んだ氷華さんの手ごとこの世界からいなくなった。

「風也・・・・・・風也。風・・・・・・也」

 ただひたすら風也さんの名前を呼び続けるその姿を私は直視できなかった。そこに飛び込んでいく影があった。その影は地面をなめるように額を地に着けて深々とひざまずいた。いわゆる土下座だ。

「ごめんなさい!私が、私が未熟なばかりに!ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 小さな体を震わせながら涙で声がかすれて震えながらヨナさんがひたすら氷華さんに謝り続けた。その姿を見た氷華さんの風也さんへ伸ばす手が力なく地面に垂れる。

「あなたのせいじゃないわ。あなたは勇気ある行動をしたのよ」

 瞬間、涙のせいで赤くはれる目元で私を強く睨む。私は思わず視線を外してしまった。

「なに視線を外してるのよ?」

 氷華さんは左腕だけで立ち上がろうとする。

「ちょっと氷華さん!せっかく塞がった傷がまたひどくなるっすよ!」

「そうです!落ち着いてください!」

「これが落ち着いていられるか!!」

 まるで猛獣のようなその一声にその場の誰もが黙ってしまった。

 ゆっくりと立ち上がった氷華さんは右腕から出た血のせいでその白い肌と髪は血で赤黒く汚れてしまっている。その美しい容姿はまるで悪魔のような容姿になってしまっている。その姿で私に近づいてくる。

「あんたが・・・・・・あなたが結社の軍勢に攻撃なんてしたからよ。あなたが攻撃しなければ結社の軍勢は今みたいに通り過ぎたのよ。何事も起きなかったのよ。いや、あんたが村に来てからよ。風也は私だけじゃなくてあなたばかりを見るようになった。全部、あんたのせいよ。村にあれだけの被害を被ったのも!私の腕がなくなったのも!ヨナがこんなに責任を感じて謝ることになったのも!ふ、風也が・・・・・風也が死んだのも!!!」

 私に叩こうと平手を出したところで右腕がないことでバランスを崩した氷華さんが私の足元に倒れる。

 雷恥さんと火輪さんが同時に氷華さんの名前を叫んで駆け寄る。倒れてもなお氷華さんははいずって足を掴んでその手で私の右足の甲をひたすら叩く。

「あんたがのせいだ・・・・・・あんたのせいだ。あんたの・・・・・・」

 氷華さんの叩く力は本当に弱々しいものだった。痛くもなんともない。すごく痛い。心が痛い。痛くないはずなのに右足の甲をジンジンと痛み出す。そして、次の言葉が私の心をえぐる。

「返してよ・・・・・私の風也を返してよ」

 涙を流しながらそう訴えた。

「氷華さん!」

 火輪さんが氷華さんの動きを止める。雷恥さんが氷華さんの間に入ってきて押し離す。

「どこかに行ってほしいっす。それでももう俺らに関わらないほしいっす」

 いつもどこかねじが抜けたように何も考えていないような言動をして回りを明るくしている雷恥さんもこんな人を強張らせる表情を出せるなんて世界は広い。

「分かっています。もう、私はあなたたちの前から消えます」

「二度と来ないください!」

 火輪さんも普段はやさしそうなのに怒ったときの表情は怖い。

「でも、ただでは行きません」

 私は一枚のカードを取り出す。

「おい!何をするつもりっすか!」

 雷恥さんの警告を無視して私は岩にめり込んで命を絶った風也さんの目の前にやってくる。血でできた水溜りの上で風也さんを見つめる。

「風也さん。私は本当に善良者なのでしょうか?本物の善良者というのは嘘なんてつきませんよ。私は善良者でも何でもありません。私は邪悪を運ぶ悪の象徴。冷酷で残虐な魔女です。それは風也さんに会う前も今も変わりません。変わろうとしても私の魔女としての運命から逃れられないようです。ですが、私はそんな邪悪な存在である魔女から少しでも遠ざかるようにこれから努力したいと思います。そのためにも、今ここで後悔のないように―――」

 一枚のカードを取り出す。皇帝が不老不死を手に入れるために作り出された禁術に部類される魔術。術者の寿命を半分対象者に与える魔術だ。この魔術が死者に通用するかは分からない。生き返ったとしても傷を負っている風也さんを余計に苦しめるだけかもしれない。私は上位回復魔術を用意する。治癒魔術も用意する。風也さんには生きて氷華さんたち共に平和な暮らしをして欲しい。それが私が魔女として始めてやる善意の行動。

「お姉さん!その魔術は!」

 ヨナさんは気付いたようだ。

 私は振り返って笑顔で答える。

「大丈夫です。私はこれを使ったらいなくなりますから、だから少しだけここにいさせてください!」

 カードを血の水溜りの上において私は神への祈りを杖にこめて打ちつける。

 同時に青白い五芒星が私の足元に展開する。そして、その陣の交差点から触手のような黒い無数の縄が一斉に私の腹部に突き刺さる。その激痛は剣で刺されたときのものと同じだ。プラス注射器のように血がすわれているような激痛が指されたすべての縄から私を襲う。気を失うほどの悲鳴を上げたくなるような痛みだった。でも、その縄が同じように風也さんに突き刺さる。そして、私から吸い出された何かが風也さんへと流れていくのが見えた。それが私の寿命だ。あと何年あるか知らない。でも、風也さんは今すぐ死ぬことはない。もっと、これからも氷華さんと愛を育み合うことができる。平和を味わうことができる。だから―――。

「戻ってきなさい!」

 杖を投げ捨てて十字架をふたつ取り出して上位回復魔術と治癒魔術を同時に発動させて風也さんに宿らせる。その強力な治療系魔術と禁術の生命転生魔術の青白い光に森が包まれていく。

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