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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
新の領域
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後悔のないように②

「作戦通りですね」

「ここまでうまくとは」

 と茂みに隠れながらヨナさんと呟く。

 結社の軍勢は私たちが攻撃してこないと判断して総動員して山道を復旧させてまるで駆け足のように村の近くを通っていってしまった。村には逃亡軍はもういないと判断したようだ。風属性魔術が上空で村の様子を見に来ていたものの異常はないと判断したようだ。その結果、敵は村へ攻撃を加えることなく行ってしまった。幻影魔術を使った陽動作戦に向こうも乗っかってくれた。私たちと同じで無駄な戦闘は避けたいようだ。

 同じように隠れている風也さんが尋ねる。

「アキナはいいのか?お前は逃亡軍だろ?みすみす敵を進軍させて」

「・・・・・大丈夫ですよ」

 どの道、結社は朝鮮半島を攻略したところで海を越えなければ逃亡軍が拠点を置く日本まで行くことはできない。さらに日本の軍隊は海上戦を得意としている。そんな敵を今まで陸上戦を主にしてきた結社軍が対応できるはずもない。それに日本には4大教術師のMMとフレイナさんがいる。さらに将軍の徳川拳吉さんも十分に強い。それなりに対策を立てれば攻め込まれて負けるということはない。

「もう、いいでしょ。さっさと私たちの前から消えなさい」

 氷華さんも私たちと同じで茂みに隠れている。その隣には雷恥さんと火輪さんもいる。ぶつぶつと逃亡軍の人なんだとか聞こえる。きっと、村の人たちにも私が村に降りかかった砲弾の原因のすべてが私のせいだって思うだろう。事実そうなのだから気にしたことじゃない。

「言われなくても私は村から出ます」

 この戦いの原因のすべてを私が背負うことで機関出身者の皆さんはこれからも平和な生活を続けることができる。それだけでもよかったと思っている。

 今回私が起こしたことは意味があったのかといわれるとほぼなかった。ただ、残酷に殺された友達の復讐心にかられて血迷っていた。ただの腹いせだった。少しだけ私はこの村に来て変われた気がする。自分が持っている魔術の技術も知識も使い方を改めたいと考えている。魔術は目の前の敵を殺すためのものではない。この村の人のように生活の軸になっている。これが本来魔術のあるべき姿なのかもしれない。

 結社の軍勢が山道の山の陰に入って見えなくなってから私たちはほっと胸をなでおろす。敵も無駄な戦いをしたくなかったんだろう。聖翠のバルカンがどれほどの実力者であったのかは知らないけど、七賢人に近いということは軍勢の中でもそれなりの大きな戦力だったに違いない。その戦力を失って軍勢としては痛手だった。追撃に送った魔術師もほぼ全滅してしまった。これ以上の損害を防ぐために拠点を魔術ではなく砲弾で直接攻撃した。少しでも自分たちのところに攻撃が被らないようにするために。

 この戦争はいつまで続くんだろうと改めて考えるようになった。逃亡軍が日本を出て東南アジア、オセアニア側に逃げれば、戦争はさらに泥沼化する。そうなれば、ここまで世界の秩序を守ることを組織のあり方としている黒の騎士団が戦争を止めるために介入してくるかもしれない。そうなれば、人類は今までに経験したことのない世界規模の大きな魔術戦争になりかねない。

 私ひとりがどうにかしても何もできない。私にできるのは回りにあるものを守ったりすることくらいだ。

 茂みから体を出して立ち上がる。するとハンナさんが服の裾をつまんでくる。

「本当に行くんですか?」

 その表情からは寂しさがにじみ出ている。

「私がここに留まる必要はありません。それに私には帰るべき国があります」

 それは大陸の東の果てにある日本と言う島国だ。

「私がこの戦争に魔女として参戦しているのは・・・・・・自分の国に戦いの火の粉が降りかからないようにするためです。結社の進軍を止める。・・・・・今回は無理でしたけど」

 あの国には私を知る人物は少ない。逃亡軍の本体が入ってきて逃亡軍の人たちと多少なりに話せるような人たちとも出会えている。その人たちと私はこの村で味わったような平和な生活を送れるようにこの魔女の力を使っていこう。

「では、今までお世話になりました」

 一歩前に出て振り返ってぺこりとお辞儀をする。顔を上げるとヨナさんが今にもこちらに飛び出そうとしていた。私についていきたいんだろう。一度立ち止まる。

「ヨナさんは私みたいにはならないでください」

「え?」

 その声は驚きの声だった。ヨナさんにとって私は憧れの的のようだった。魔術に関して知らないことのない私のようにいろんな人に頼られるような私のような存在に憧れていた。だから、私に少しでも近づくために魔術を学びに来ていた。でも、ヨナさんは私と同じになってはいけない。

「私は魔女です。魔術で人をたくさん殺してきました」

 歴史的に見れば、魔術は戦争の道具として使われていることが多い。でも、違う。

「魔術とは私たちの生活を豊かにする最高の力です。それを教えてくれたのはこの村の人たちです。ヨナさんはその魔術の秘める力を証明するために戦ってください。私みたいに人を殺すためではなく」

 平和を作るために―――。

「お姉さん!」

 思わず飛び出してきたヨナさんは背中から私に抱きつく。

「また、会いましょう。今度は私もお姉さんに負けない魔術師になっていますから」

 私はうつむきながら答える。何かが胸の奥底から込み上げてきた。ヨナさんたちと過ごしたのはほんの数週間程度だ。風也さんたちが私を善良者にしてくれて、ヨナさんたちに私に魔術の正しいあり方を教えてくれた。復讐ではなく、新しい道へ進むことを押し出された。

 魔女、美嶋秋奈は今日でおしまいにしよう。日本に戻ったら死んでしまった仲間に進められた魔術の先生を目指そうと思う。ヨナさんたちにも教えられたんだからきっと大丈夫。

 悪名高き冷酷で残虐な魔女の物語は新しい領域へ進むに思えた。でも、私の今まで行ってきた魔女の悪行がそう簡単に消えるわけはない。

 現に私はまだ魔女をやっているのだから。

 魔女は古くから悪行を働く邪悪の存在。その邪悪の存在は不幸を運んでくる。いくら魔女を辞めて新しい領域へ進むもうと行きこんでも魔女の邪悪さがすぐに消えるわけじゃない。憎しみを理不尽に結社の魔術師、教術師にぶつけてきた私の周りにはその邪悪な信念が纏わり付いている。その邪悪は時に、いや高確率で周りも巻き込まれる。

 ポツ。

 頬に一粒のしずくが落下してきた。雨かと思って頭上を見上げるけど、空は雲が見えるけど雨の降るような雰囲気はない。では、なぜ空から雨が降ってきたのか?再び頬を何か触れる。今度も雨だろうと思って頬に付いたものを拭き取ってその手を見るとその手はついたしずくは真っ赤だった。

「え?」

 その真っ赤な雨から臭う鉄の臭いは私が嗅ぐのになれてしまった血の臭い。

 その瞬間、私の脳裏にノイズのように声が聞こえた。私の記憶が騒いだわけじゃない。声が聞こえたのだ。耳を通って脳が認識した声だ。その声が私の脳を突き刺すように言い放つのだ。

「魔女を殺して・・・・七賢人に。俺が」

 ぼたぼたと血の雨が降ってきた。

 見上げれば、遥か上空に水の翼を生やした上半身裸の男がいた。全身血だらけで皮がない。所々焦げたように黒い。顔は焼けてしまって分からない。でも、その水の翼と手のひらに集めている水の塊には見覚えがある。

「聖翠のバルカン!」

 殺したはずなのに。

 さきほど別れを告げた。風也さんが驚いていた。風也さんは私と同じようにバルカンさんが死んだのをこの目で確かめている。あの電撃を直接食らって生きているはずがない。全身の皮膚が焼けて皮膚呼吸ができないし、そもそも電撃が脳や心臓の行動に異常をきたすはずだ。バルカンさんが雷属性の教術師なら後者に異常をきたさないことを説明できるもののバルカンさんは誰がどう見ても水属性の教術師だ。

「なんで?」

 全然分からない。どうしてバルカンさんが生きているのか分からない。

「魔女を・・・・・殺す!」

 手のひらに集まっていた。水の塊が渦を巻く。

「水裂弾!」

 打ち出された水の弾丸は木を意図も簡単になぎ倒す。距離があるからよけることは難しくない。前にかけるように水の弾丸の軌道から免れる。相変わらず、すごい力で地面にクレーターができる。頭の整理を追いつかないまま、とりあえず収納魔術からいつもの魔術を発動させるための杖を取り出して戦闘態勢には言った瞬間だった。血の飛沫を撒き散らしながらまるで獣のような眼光をしたバルカンさんが私の目の前にいた。

「う!」

 嘘でしょって言おうとする前からバルカンさんの鋭い蹴りが炸裂した。それは魔術も何もないただの蹴りだった。でも、その蹴りを防ぐことができず横腹にもろに食らう。わき腹でバキって言う音が聞こえてそのまま抵抗もできず蹴り飛ばされる。何度もバウンドしながら近くの木にぶつかって止まる。吐血して立ち上がろうにもわき腹の痛みが邪魔をする。

 バルカンさんがゆっくりと歩み寄ってくる。その手には水裂弾が生成されていた。それも今までとは比にならないほどの大きなものだった。私の体はすっぽり覆われてしまうような大きさだった。

 立たないと殺される。でも、私の足は言うことを利かない。

「俺は魔女を殺して七け」

 水の塊がバルカンさんを直撃する、でも、その水は戦うにして威力が低く、まるでバケツにすくった水をかけるようなものだった。水といっしょに血が流れ落ちる。バルカンさんが水をかけた犯人のほうにゆっくりと目を送るとそこには震えたヨナさんがいた。

「魔女を殺すのを邪魔する奴も殺す。それで俺は七賢人に」

 ゆっくりと生成した水裂弾をヨナさんに向ける。ヨナさんはそのとき実感したはずだ。死という恐怖の実感を。

 私は痛む腹部に鞭を打って叫ぶ。

「逃げて!早く逃げてー!!」

 私の声にこわばった体が反応したけど、遅かった。

「死ね」

 水裂弾は撃ち出された。一直線にヨナさんに向かっていく。よけられるはずも食らって無事なはずもなかった。ヨナさんは最近ようやく魔術を使うことに慣れたばかりの女の子だ。これから私とは違う魔術師になるはずだった。その可能性を私の持っている魔女の邪悪な執念に巻き込まれて失われるなんて嫌だ。

 動いてよ、もう体なんていらないから動いてよ。魔術が使える状態じゃなくても動いてよ、私の体!

 しかし、現実は非情である。私の体は動かない。対して水裂弾はヨナさんへと向かっていく。

 私はまた目の前で失うのか。見ているだけで何もできないのか?一度、魔女をやめることを決意した私の中で再び魔女が湧き出てくる。だが、それだけでは魔女が出てくるのには弱かった。次に起こったことが決定的だった。

 水裂弾は動けないヨナさんを完全に捕らえていた。その危機的状況のヨナさんが何か押し倒された。それはほぼ殴ったみたいな勢いで強引に突き飛ばされたのだ。ヨナさんを突き飛ばしたのはバルカンさんのことを知っていた。風也さんだった。ヨナさんは水裂弾の軌道からは外れた。でも、代わりに風也さんがその軌道の中に入った。自らをかばってヨナさんを救った。

「ダメ!」

 手を差し伸べたのは私ではなく氷華さんだった。細くて白い腕が風也さんの腕を掴んだ。だが、その行動はもう遅かった。

 巨大な水裂弾は風也さんに直撃した。

 ばきばきめきめきという音が鳴り響き水の中に血が混ざり渦を巻いていく。

「風也!」

 涙目の氷華さんが必死に掴んだその腕で風也さんを巻き込まれた水裂弾から救おうとする。その引っ張る力と水裂弾の引き込む力が氷華さんの右腕を引き千切った。風也さんを引き出せたのではなく、引き出そうとしていた腕が千切れてしまった。まるで釣で食いついた魚に釣り糸を切られてしまったかのように。

 氷華さんの腕が千切れた瞬間、水裂弾の勢いに風也さんは撃ち飛ばされて岩に激突してようやく止まる。その岩も水裂弾の螺旋の水の流れによって削られた後ができた。そこに見るに耐えない風也さんの姿があった。全身の骨という骨が粉砕されて全身のいたるところから血がまるで壊れた配水管から漏れ出す水のように吹き出ていた。

 腕を引き千切られた氷華さんは腕から血を吹き出しながらその傷口を抑えて痛みで涙目になりながら無残な風也さんの姿を見てスーッと青ざめた。

「ふ、風也?・・・・・風也?ふ、ふ・・・・・・風・・・・・・風・・・・・也」

 体を引きずりながら残った左腕で風也さんに触れようとゆっくり近づく。

「なんで?風也?嘘でしょ?ねえ、嘘って言ってよ!風也!風也ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 風也さんに救われたヨナさんもその現実に体を震わせて大粒涙をぼろぼろとこぼす。安全圏にいた雷恥さんと火輪さんは一瞬の出来事に頭の整理が追いついていないように口が開いたままだった。

 涙して叫ぶように泣き続ける氷華さんの背後に水の翼を生やした影が迫る。

「魔女を殺すのを邪魔する奴も殺す」

 バルカンの手には再び水裂弾が生成されていた。氷華さんは目の前の悲劇に迫っているバルカンに気付いていない。

 私は何をやっている。

 こんなところに寝て何をやっている?また、目の前で失った。何もできずに失った。私は今まで何をやってきたんだ?こんなことにならないようにするために今まで魔術を学んで、魔術の戦い方を学んで実践してきたんじゃないのか?今がその積み重ねたものの成果をだすところじゃないのか?なのに寝ている場合じゃない。

 わき腹の骨がいっているかもしれない?そんなもの適当な回復魔術でどうにでもなる。

 無意識だった。私は回復魔術を発動させてわき腹の傷を回復させていた。

 敵が教術師だから敵わないかもしれない?教術師に勝てるように今まで私は何をしてきた。

 立ち上がり必要な魔術が収納されたカードを丸カンからむしりとり手にしていた。

 勝てる勝てないを議論している場合じゃない。

 勝たないといけない。この身がどうなろうとも向こうがどれだけ命乞いをしようが私は勝たなければならないのだ。

「あなたの相手は・・・・・・私だ!」

 杖を強く突く。その突いた先にはカードがおかれていて魔術が同時に発動すると青白い光にバルカンが振り返る。

「魔女を殺して・・・・・俺は・・・・・・七賢人に」

「そんなものにはなれません!なぜなら、あなたはここで死ぬのだから!」

 杖の先端に炎が集まってくる。それはまるでマグマのような粘性の高い赤い液体の塊が生成されていく。風船のように膨らむように巨大化して行く炎塊は私の怒りを象徴した。

 属性魔術には優劣が存在する。しかし、この世界にはその法則を無視できることもある。水属性の攻撃と火属性の攻撃を正面からぶつければ当たり前のように火属性が負ける。だが、中にはその水属性の攻撃をものともしない火属性の攻撃も存在する。それを法則の概念を無視するような強力な属性魔術は規格外と呼ばれる。

 私のすべての魔力を込めた、持ち合わせている火属性魔術の中で最も威力とレベルの高い炎の流星(フレイム・メテオ)はまるで太陽のように熱を持ち輝く。その熱で周りの雑草が枯れて木の葉が枯れて振ってくる。その葉が生成中の炎の流星(フレイム・メテオ)に触れると溶けるように燃える。

「魔女を殺す!・・・・・火属性なら・・・・・俺のほうが!」

 水裂弾は先ほどと負けないくらい巨大なものになった。炎の流星(フレイム・メテオ)は私の体のふた回り大きな球体にまで巨大化した。杖を両手で握りかざすように掲げる。水裂弾も同じような大きさになる。

「死ね魔女!・・水裂弾!」

「行け!炎の流星(フレイム・メテオ)!」

 杖を振り下ろすと同時に杖の先端に停滞していた炎の流星(フレイム・メテオ)がバルカンのほうへ飛んでいく。同時に打ち出された水裂弾が炎の流星(フレイム・メテオ)とぶつかると発生した蒸気が辺りをあっという間に真っ白にしていく。ぶつかり合うふたつの塊は互いに身を削るようにしぼんでいく。その速度は明らかに私の炎の流星(フレイム・メテオ)のほうが早かった。

「俺の勝ちだ!」

 勝ち誇った声を上げるバルカン。

「いいえ?あなたの負けです」

「は?」

 バルカンが振り返った先には私がいる。

「な?」

「なぜかはあの世で考えてください」

 瞬間、炎の流星(フレイム・メテオ)が消えると競り合っているものが消えた水裂弾が一直線に飛んでいって山の斜面を削りながら木々をなぎ倒しながら山にぶつかると巨大な地響きと共に水しぶきが上がる。

 なぜ、炎の流星(フレイム・メテオ)を消したのか。それは別の属性魔術を発動するためだった。杖でカードを打ち付けると青白い光から紫色の稲妻が杖を覆う。

「先ほどの3倍の威力があります。体が四散するかもしれないですけど、死ぬ人が気にすることじゃないですよね!」

「この魔女が!!!」

「あの世で言ってください」

 槍で突き刺すように雷を宿した杖でバルカンを突く。その瞬間、まるで神様が起こっているかのような雷が落ちたような雷鳴のような破裂音がバルカンを中心に炸裂した。白い蒸気と血の飛沫と肉の塊が同時に飛び散る。

 バルカンは下半身を残して爆発四散した。

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