結社の軍勢③
「砲弾の破裂する光が見えた。ここから見えたということは途中で打ち落とされたか?」
「かもしれないです」
「見えないのか?」
「遠くものを見る遠視系の教術は双眼鏡と変わりません。違うのは見える範囲くらいです」
透視するというわけではない。だが、彼女が見る情報でどれだけ助かったか分からない。贅沢は言っていられない。
「今の砲撃を防ぐのにどれだけの魔術師が必要だと思う?」
「・・・・・・少なくとも10人は必要かと。それもかなり高ランクの魔術師と思われます」
砲弾というものを魔術で防ぐというのはそう簡単なことではない。上級の属性魔術をぶつけて暴発させるくらいしか被害を抑えることはできない。しかも、どこに落ちてくるかわからないものから村というほう範囲の場所を守らなければならない。そうなると彼女の言うとおり10人は最低でも必要になってくるかもしれない。
「魔女の姿も確認されている。ここは慎重に進みたいな」
と腕を組むとひとりの青年の魔術師がやってくる。
「報告します!コマンド総司令官!」
「うむ。聞こう」
「前衛部隊を巻き込んだ土砂崩れに関しましては2時間もあれば固定砲台を通すだけの道ができるとのことです。土砂崩れに巻き込まれてしまった固定砲台につきましてはこの山道に引き戻すのは現状困難であると」
固定砲台で敵を攻撃しながら進軍するための道の復旧を急がせていた。2時間で終わるのであれば上々だ。
「土砂に巻き込まれた固定砲台は破棄だ。山道の復旧が最優先だ。いつどこで逃亡軍が奇襲してくるか分からない。十分に周囲を警戒しながら復旧を行え」
青年ははいと元気よく返事をして作業をしている前衛部隊の元へと走っていった。
「コマンド総司令官!」
今度はいかにも職人という雰囲気を醸し出している男がやってきた。
「固定砲台の砲身の冷却が間もなく完了します」
固定砲台は連射すると砲身が熱を持ち射撃の精度が著しく落ちてしまう。通常であれば、砲身の熱に応じて照準を合わせて連続で攻撃を加えるのだが今は状況が状況なだけにそんな照準を合わせるという悠長なことはできない。氷属性魔術を使って砲身を冷ましてなるべく連続で撃てるようにしている。その冷却が終了してまた連続で砲弾を撃つことができる。
「よし、照準は引き続き村だ」
「了解しました!」
と威勢の声と共に砲台のほうへと向かう。
「この砲撃で逃亡軍が後退した前線部隊のほうへ逃げてくれるとありがたいのだがな」
「無駄な戦闘は避けたいですからね」
と側近の遠視系教術師の女もいう。
聖翠のバルカンと多数の魔術師の投入で敵が後退してくれることを祈ったが、敵は後退するどころか送り込んだ聖翠のバルカンと魔術師を返り討ちにした。辛うじて逃げ戻ってきた魔術師の話によれば恐ろしく強い魔武使いもいるという。敵はここを簡単には通してくれそうにはない。だが、この山道以外に逃亡軍が陣取ろうとしているところにはいけない。逃亡軍を最も近いところで追っている我々の部隊は意地でもこの山道を通らなければならない。
「山道の復旧とその護衛についている魔術師および固定砲台の作業をしているもの以外をすべて村へ向かわせる準備をしろ」
「総司令官!」
「やむをえない。敵がどれだけ強かろうと数でかかれば勝てないことはない」
だが、地の利は向こうにある。圧倒的に不利な状況で兵を敵の本拠地としているかもしれない村へ向かわせるのにはかなりリスクがあるが、このままここで足踏みをしているわけにもいかない。山道の復旧を邪魔されても困る。
まさに苦渋の決断だった。
そのときであった。
「おい!光ったぞ!」
見張りをしている魔術師の一人が叫んだ。瞬間、火の弾が飛んできた。その先には固定砲台がある。
「逃げ!」
そう叫ぼうとするもすでに遅かった。火の弾は固定砲台の台座部分に着弾と同時にオレンジ色の炎を上げて爆発した。砲弾を運んでいた兵士が体を張って炎から砲弾を守ってくれたおかげで暴発の被害はなかった。
「砲弾を運ぶ馬車を守れ!」
魔術師たちがそれぞれカードと十字架を手にして馬車の周りを固める。
「敵は!」
側近の彼女はすでに遠視系の教術で見ていた。
「複数です!数はぱっと見て6人です!火属性魔術―――来ます!」
「守れ!砲弾を守れ!」
ここで砲弾に当たれば被害がさらに大きくなる。
火の弾が飛んでくる。それを防衛に回る魔術師たちが水属性魔術で何とか防ぐ。
「反撃しろ!距離は!」
「北西に1キロほど、山の上です!」
「聞こえたか!固定砲台用意!」
固定砲台が台座の上でゆっくりと回転して目標の位置へ照準を合わせる。砲弾を装填して作業員が砲台から離れると先ほどの男が掛け声をかける。
「撃て!」
同時に固定砲台が轟音を立てて何十キロとある鉄の塊と火薬をつんだ砲弾が撃ち出される。狙い通り山の上で爆発音と黒い煙が上がる。
「やったか?」
確認を取るのと同時に火の弾が飛んできた。
「何!?」
再び水属性魔術を発動させて火の弾から固定砲台と砲弾を守る。
「外したのか?」
「いえ、砲弾は狙い通りです。ですが、敵はその場にいます。どういうことでしょう?」
何か魔術を使っている。敵にはあの魔女がいる。残虐で容赦のない魔術師だと聞いている。それ以上に使う魔術のバリエーションが豊富だということダ。直接見たことも戦ったこともない。すべては聞いたことのある話だ。魔女の戦い方には何か癖というか得意なパターンがあるはずだ。
「・・・・・魔女はあの扱い難しい幻影魔術を扱うと聞いている」
幻影魔術は幻影であると見ているものに認識されるとその効力がなくなり消える。
「君!見えている6人の魔術師は幻影魔術だ!」
「え?」
「幻影魔術だ!もう一度あの6人を探せ!」
「は、はい!」
分かっていないようだが、もう一度遠視系の教術で見て驚いた表情をした。
「え?魔術師がいない?消えた」
「やはり」
「どういうことですか?コマンド総司令官?」
「敵は魔女だ。幻影魔術を使って我々に偽の目標を作った」
「なぜですか?」
それは向こうも我々と考えていることは同じだ。無駄な戦闘は避けたい。我々が偽者の目標と戦っている間に敵は何をするか?
「撤退するための時間稼ぎか?」
「え?」
火の弾が再び同じ方向から飛んできた。それを水属性魔術師が同じように防ぐ。
「魔術師を火の弾が飛んできた方向へ向かわせろ。人数はふたり・・・・・いや、一応三人だ」
「それだけでいいんですか?」
「あの火属性魔術は何かしらの仕組みで時間差で発動して飛ばしてきていると考えられる。そして、向こうはこちらに君のような遠視系の魔術を使えるものがいることを知っている。それを逆手に取った陽動作戦だ」
そこに敵がいると思わせて対応させている間に逃げるということだ。我々にどこに逃げたかを悟られないようにするための。
「好都合だ。敵がいないことが分かっているのならば山道の復旧にさらに人員を割くことができる」




