脱魔女の章⑨
ヨナさんと共に村へと急ぐ。整備されていない村へと続く獣道を沿って走る。道についてはこの森を知り尽くしているヨナさんについていく形で村を目指す。その間も私はどうするべきか思考を回転させる。
何度も言うように魔術で砲弾を防ぐことは容易じゃない。ただ、容易じゃないだけで防ぐ方法はある。ただ、あの固定砲台から打ち出されているのは榴弾だ。着弾と同時に中の火薬が着火して爆発するものだ。どういう仕組みで着火するのかわからない。だが、逃亡軍の規格外の火属性魔術を操る教術師、フレイナさんは高温の炎で榴弾を着弾させる前で爆発させた。あれは強い火力で中の火薬を暴発させたものだ。フレイナさんほどではないが私も炎の流星という火力の高い火属性の上級魔術を使うことができる。でも、範囲が決して広いというわけじゃない。村全体を守ることは難しい。広範囲にしかも高い火力を出す方法が他にあるはずだ。結界ではダメだ。榴弾の衝撃に耐えるほどの結界は存在しない。反鏡魔術も同じだ。となると属性魔術の火力で着弾前に打ち落とすしかない。連続で炎の流星を打ち出すしかない。しかし、いくら魔女といえどもレベル4の上級魔術を連発できるほどの魔力は持ち合わせていない。でも、やるしか―――。
考えながら走っていると地面から盛り上がっている木の根っこに気付かずにつまずいて落ち葉と雑草の上で滑るように派手に転ぶ。膝をすりむいて口の中に入ってしまった草を吐きながら起き上がると差し伸ばす手があった。ヨナさんだ。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
ヨナさんの助けを借りて立ち上がる。そのとき、私の中で何かが浮かんだ。
「ヨナさん」
「はい?」
かわいらしく首をかしげる。
「あの、ヨナさんは魔力の波長は何属性ですか?」
ヨナさんはどうして私がそんなことを突然聞くのか分からないまま答える。
「水属性ですけど」
いける。高い火力を出しつつ広範囲に属性魔術を展開できる方法が。ひとりだからできないんだ。
「ヨナさん今持ち合わせている水属性魔術はなんですか?」
「え?えっと、放射水ですけど」
放射水は農業などで水を撒くときに使われる魔術だ。前に農業しているおじさんに教えたレベルは1で水属性を使える魔術師ならば誰もが使える超下級魔術だ。攻撃要素は皆無だけど、広範囲に水を撒くことができる。これはかなり好都合だ。でも、まだ足りない。
「とりあえず、村へ行きましょう!」
「え?あ、はい」
私の考えていることが全然分からないヨナさんはただ返事をして村へと目指す。
属性魔術は単体でも十分高い威力と汎用性を有する非常に有能な魔術だ。でも、それぞれの属性魔術には癖と特徴がある。広範囲に攻撃できる属性に遠距離の攻撃が苦手な属性といろいろある。それを補うために別の属性を使う。それは属性魔術の得意不得意の関係が大きく関わってくる。
「もうすぐ森を抜けます!」
森を抜けるとそこに広がっているのは緑の広がる棚田のような農村の風景とは程遠い辺りからは黒い煙が上がり、炎が上がり家屋が瓦礫と化して平和の風潮はそこにはもう存在しなかった。
そんな衝撃的だったけど、それ以上に衝撃を受けている人物が隣にいる。
「そんな・・・・・村が・・・・・家が!」
すぐに駆け出そうとするヨナさんの手を握る。
「離してください!家が!家族が!」
「家族ならきっと無事です!」
そんな保証はどこにもない。でも、ここでヨナさんにどこかに行ってしまうのは困る。
「それに村を守りますよ」
追い討ちをかけるように森の向こう側で砲弾が打ち出される音がした。一気に緊張が高まる。
「どうやって?」
「私に考えがあります」
すると私の目にひとりの人物が目に入った。それはさっき次にあったら殺すと宣言されていた風也さんだ。握っている杖が震える。声を掛けた瞬間殺されるかもしれない。でも、私もこの村を守りたいという気持ちは同じだ。空に飛んで空中で砲弾をどうにかしようとしているように見える。打ち合わせもリハーサルもなしの一発勝負。でも、気負いしている場合じゃない。この瞬間、砲弾は村に近づいている。
ヨナさんの手を引いて声を張る。
「風也さんが飛ぶ必要はありません」
私の声に風也さんの体が硬直する。その瞬間に氷華さんが抱きつくように飛び掛ってくる。その勢いに負けて氷華さんが覆いかぶさるように風也さんは倒れる。いちゃついている場合じゃないと怒りたくもなるけどそれどころじゃない。
「あの砲弾から私が・・・・・・私こと魔女、美嶋秋奈が村を守ってみせる!」
と高々と宣言し一枚のカードを取り出して風也さんの下へ。
覆いかぶさっていた氷華さんをどかして立ち上がる。その手には魔武がある。その魔武が今この瞬間、突然飛んできて私の首を切り飛ばすかもしれない。その恐怖を押し込んで思考をめぐらせる。
あの魔武があれば確実だ。
「風也さん!力を貸してください!」
「え?」
「村を守るためです」
氷華さんが口を出してくる。
「さっき私が守って見せるとか言ってなかった?なんで風也の力を?」
無視して進める。
「ヨナさんは放射水を空にめがけて放出してください!なるべく広範囲にです!」
「え?」
「早く!」
「は、はい!」
ヨナさんがカードを取り出して手のひらの上に乗せてそこに向かって十字架を打ち付けると三角形の青白い陣が浮かび上がる。
「風也さんはヨナさんが空に向かって放った水をさらに広範囲に飛ぶようにその魔武の風を使ってください。広範囲に吹き飛ばしたらすぐにその風属性を解いてください」
「え?ちょっと待て」
「いいから今は私の言うことだけを聞きなさい!」
命令口調で押さえつけると反論はなくなった。
ヨナさんが空に向かって水を放出する。まるで雨を降らすように上空に舞う水を風也さんの魔武の風がさらに広範囲に霧のように村の空に広がっていく。
「解いて!早く!」
私は一枚のカードを地面に置く。そして、両手で杖を握り祈る。
どうかうまくいきますように。そう神様に願いながら。
「いきます!」
ありったけの魔力をこめた杖をカードに向かって打ち込むと同時に五芒星の陣が浮かび上がる。そして、紫色の稲妻がびりびりと私の周りで走る。その稲妻が杖の先端に集まってくる。これが私が今持ち合わせている雷属性魔術の中で最も強力な遠距離系魔術。
「雷鳴弾!」
杖の先端に集まった雷を撃ち放つ。だが、その雷はまっすぐ飛んでいくことはなく拡散して飛んでいく。だが、村の上空に舞っている水に触れてさらに近くの水へとその範囲を広げていく。そして、気付けば私の打ち出した雷鳴弾はまるで雷の網のように村の上空に広がっていた。
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
雷を維持させようと杖に力をこめる。次の瞬間、落下の勢いが上乗せされて振ってくる砲弾が雷に触れると砲弾の金属にひきつけられるように周りの雷が一斉に集まるとその熱で砲弾が爆発した。他の砲弾も同じように爆発して村に降り注ぐことはなかった。全部で5発。固定砲台は5台あったからこれで全部だ。仕事を追えた瞬間、緊張から力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「や、やった」
私の、魔女の力で初めて人の命を救った。
それに感激して真っ先に飛んできたのはヨナさんだった。
「お姉さん!」
その目には涙があった。感謝と安心といろんなものがあふれてくる暖かいものだった。
「ハハハ」
私も笑うしかなかった。
風也さんも氷華さんも私の成し遂げたことに言葉が出ないようだった。




