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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
新の領域
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脱魔女の章⑧

 機関出身者。魔武という十字架と陣を使った魔術の発動基本スタイルを根本から変えた新しい武器をまるで自分の体のように扱う属性戦士。その力を私は過小評価していた。たかがモーションなし魔術を発動する教術師の真似をした程度だと思っていた。だが、風也さんの戦うぶりを見てその思い込みが非常に危険なことだって知った。

 目の前にいた複数の魔術をあっという間に切り殺してしまった。野生的勘がこれ以上この男と敵対してはいけないと告げる。だから、残った魔術師は武器を捨てて逃げ出した。その風也さんは刃についた血を振り払うように小太刀を振った。そして、ゆっくりと私に近づく。

「さて、アキナ。本当のことを言う気になったか?」

 今度は私に刃を突きつけてこない。でも、その言葉には鋭さがあった。私の本当のことは言わないという意思がその鋭い言葉の刃があっさりとその意思を切り飛ばした。

「わ、私は」

 言葉は無意識に震えた。

「と、逃亡軍です・・・・・すみません。嘘を」

「いい。分かっていたことだ」

 と言ってはいるが風也さんの見えない刃は私に向けられたままだ。

「なぜ隠していた?」

「言えば、殺されると思いました。私は死ねません。死ねない理由があります」

 クロス・ハイドン。あの女を殺すまでは死ぬわけには行かない。強くならなければいけない。

「ですが、ばれてしまったら仕方ないです。殺してもらっても構いません」

 魔術を発動しようとしても風也さんの魔武の方が攻撃は早い。圧倒的に不利だ。

「そうだな。殺そうか」

 目の前にやってきた風也さんは足を止めてその刃を私の首もとで寝かせる。

「最後に聞いていいか?」

「なんですか?」

「アキナはヨナたちや村のみんなに魔術を教えていた。あれも逃亡軍として身を隠すための作戦だったのか?」

 それは風也さんが私を善良者だって認めてくれた最大の要因だ。手錠が外れて自由に行動できたのも迫る結社の軍勢にこれだけ攻撃することができたのも風也さんが私に付けられていた手錠を外してくれたからだ。風也さんは自分を責めていた。もしも、自分が私のことを善良者ではなく、ただの嘘を吐く邪悪者だと判断して手錠をしたままだったら自分は機関出身者としてこんな戦いをせずに済んだ。村を危険な目に合わせずに済んだ。まだ、私のことを信じていた。その言葉をここでは普通裏切るんだろうけど、私は違う。

 ここからは本心だ。

「作戦じゃありません。実際に魔術を教えることは好きなんですよ。こんな杖を握って魔術を使って当たり前のように人を殺すのは本当は好きじゃないんです。本当は学校の先生になりたかったんです。同じ学校のクラスメイトがアキならなれるって背中を押してくれました。でも・・・・・・それは叶いませんでした」

 私の中で長らくあの平和な村の中で生活していたことで眠っていた心の奥底に潜む魔女が姿を現す。

「クロス・ハイドン。イギリス魔術結社の七賢人は第2の教術師です。彼女が私のすべてを奪いました。私の日常も夢も!仲間も!!全部!!!」

 思わず声が張る。

「私は無力だった!他人よりも魔術をたくさん使えて!たくさん知識がある程度の女の子だった!そのせいで私の仲間はみんな・・・・・みんな・・・・・・」

 記憶の奥底でぐつぐつと煮られた消した記憶がよみがえる。まるで雨のように降る血。転がっているのは仲間も死体。それも無残。腕がなかったり、足がなかったり、胸に大きな穴が空いていたり、みんな私に頼ってその背中に退避した。でも、守れなかった。私が弱かったから、無力だったから。

「だから、私は魔女になった。クロスを殺すまで。クロスに加担するイギリス魔術結社の魔術師も教術師もみんな殺す。苦しもうが苦しまなかろうが関係ない。殺す。そのめだったら、私はどんな手だって使う」

 握る杖を風也さんののど元に突きつける。だが、その杖には魔術は施されていない。ただの棒に過ぎない。それでも私の中の邪悪が風也さんをひるませる。悲しみと憎しみと復讐心が混沌と私の中に黒い渦を作り出す。あの記憶がよみがえると私の魔女として意識が異常なまで高くなる。頭の回転力が上がる。どのタイミングでその魔術を使えば、効率よく敵を殺すことができるか。容易に思いつくことができる。今この状況で打開するための魔術なんてないことは分かる。だが、ハッタリでひるませれば魔術を発動できるタイミングなんていつでも見つかる。機関出身者の風也さんでも所詮風属性魔術を使う魔術師だ。苦手とする属性くらいある。火属性だ。私の使える属性だ。勝てる。いくらでもチャンスはある。

「そうか・・・・・残念だ、アキナ」

 風也さんが寝かせていた刃を滑らせるように私の首を切りかかる。

 死ぬわけには行かない!

 とっさに風也さんに突きつけていた杖を自分の首まで引いて風也さんの肩から滑るように首へと流れていた斬撃を受け止めた。キーンと言う金属同士が触れて共鳴する音が私の左耳に直接響いて頭が揺れる。倒れそうになるのをこらえて素早く。腰の丸カンに束ねてあったカードを一枚ちぎって杖で地面を叩くようにカードを打ちつける。

 風也さんはそれを見て弾かれた勢いを殺して新たに斬撃を私に向ける。私には剣がどういう軌道で切りかかってきているのか全然予想できなかった。でも、ただなんとなく杖を自分の体の正面に斜めにして防ぐと斬撃を吸い込まれるように杖にその進行を防がれて再びキーンという金属同士が振動する音と火花が散る。その直後、杖の先端に大きな火が爆発するように燃え上がる。その火が風也さんを包み込むように迫る。それを察知して魔武の風を火に引火し広がらない一瞬だけ起こして私との距離を置く。

「あの状況で魔術を発動するのか?」

「どうです?すごいでしょ?」

 微笑みながら火の塊を風也さんに向けて放つ。そのスピードは非常に遅い。だから、簡単にかわされる。風属性魔術なんて使わずに軽く横っ飛びして地面を蹴って私に急接近する。風属性魔術を発動していないのにあの速さは風也さんの強さが魔武に依存したものじゃないってことが分かった。

 すぐに次の魔術は発動できない。あのスピードを捕らえるには一度風也さんの視界から外れて幻影魔術か有幻影魔術で隙を作るしかない。そのためにはこれから降り注ぐ斬撃をもう一度防ぐしかない。物理結界は発動できるだけのチャンスはあるけど、あの斬撃に耐えうるかどうかは怪しい。いや、さっきの斬撃を防げたのはたまたまじゃない。杖を縦にすれば、横切りの斬撃を防ぐことができるけどたての斬撃は防げない。逆に寝かせるように杖を構えれば縦の斬撃を防ぐことができるけど、横切りの斬撃は防げない。2分の1の確立。斬撃を見てから杖を操って斬撃を防ぐほどの反射神経は私にはない。だったら、魔女としての強運を使うしかない。あの時、クロス・ハイドンを退けることができたように。

 私の選択は杖を縦に構えた。さっきと同じ杖を縦に構えた。

 しかし、私の強運は叶わなかった。風也さんは私の構えた杖を見て斬撃を横切りから縦切りへと変えた。私は愚かだった。向こうは魔武を扱いに慣れている以上に剣の扱いにも慣れている。敵の動作を見て咄嗟に斬撃を変えることくらい容易なことだった。

 そのとき実感したのはリアルな死だ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 だが、私の強運は別のところで働いた。

 ドーンという森を揺らすような胸に響く爆発音が響く。しかも、その音は複数だった。まるで花火でも上がっているようなヒュルヒュルという音がドンドン近づいていた。その音に咄嗟に反応した風也さんが斬撃を空振りに終わらせて後退する。

「何の音だ!」

 私にはその音に見覚えがある。

「固定砲台」

 私はすぐに上空を見上げる。向こうには遠視系の魔術師がいて私の位置を把握している。反撃に向かわせた味方が殺されたのを確認して固定砲台で攻撃してきたんだ。固定砲台の砲弾を防ぐほどの魔術を私は使えない。さっきはたまたま一発も当たらなかったけど、そんな幸運が何度も起きるなんて思っていない。でも、これはチャンスだ。風也さんも固定砲台の砲弾を防ぐことはできないことを知っているからこそ、目の前の私より自分のことを優先した。これを期に魔術を発動する準備を。

 次の瞬間だ。ドーンという音が何度も地面を揺らすように響く。いや、実際には地面が揺れた。森の木々の葉っぱがその衝撃で散る。風也さんはその音がした方向を見つめる。その方角から黒い煙が上がる。

「あの方向は!」

 一度私の方を見た。悔しそうな表情をしていた。

「俺はお前を殺さないといけない。逃亡軍であることを隠して戦いを持ち込んだ罪は重い。だが、それよりも俺には優先すべきことがある」

 風也さんは再び私のほうに刃を向ける。

「今すぐ消えろ。俺たちの前に二度と現れるな。次にアキナ、お前の姿を見たときは問答無用で殺す。だから・・・・・・ヨナたちの中では善良者でいてくれ」

 風也さんはまるで砲弾のように魔武の風を使って村のほうへ飛んでいった。それと同時に再び固定砲台から砲弾が発射される音が森中に響く。

 風也さんは私を殺したくはなかったんだ。ヨナさんたちに魔術を教えている私の姿は間違いなく善良者だと思ったんだろう。確かにヨナさんを助けたのも、ヨナさんたち村の人たちに魔術を教えたのも逃亡軍の作戦でも魔女としての悪知恵でもなくただの善良だった。特にヨナさんにはその善良で魔術を教えていた。私と同じ魔女みたいになってほしくないと思ったから。

 ヨナさんたちの前では善良者のままでいるのなら、私はここで風也さんの言うとおり村には戻らず、後退した前線部隊のところに向かうべきだ。

 村のほうに砲弾が着弾する音が響く。私の胸に、心に響く。

 あの村には平和な時間が流れていた。魔術を人殺しの道具としてしか使っていない私とは違って生活のために魔術を使って力強く生きるあの村の人たちのことを私は好きだった。逃亡軍の魔女としてではなく、魔術師の美嶋秋奈として。

 だったら、私は―――。

「お、お姉さん!」

 その声に体がひっくり返るんじゃないかって思うくらい驚いた。

 思わず振り返るとそこには息を切らしたヨナさんの姿があった。

「よ、ヨナさん!なんでここに!」

「そんなことよりもどうしてお姉さんはどうしてこんなところに?なんで私を置いて!」

 その表情から分かる。ヨナさんの私を心配する表情が。

「そ、それはですね」

 私はヨナさんたちの前では善良者でいたい。風也さんの願いと私の思いは重なるところがある。私がヨナさんに何も言わずに出て行ったのには私が魔女であることを隠すためだった。でも、今この瞬間にそれすらも叶わなくなった。いい言い訳がすぐに浮かんでこない。私が言い訳を言う前にヨナさんが口を開く。

「お姉さんは逃亡軍の人ですか?」

 その言葉にはきっと何の確証もない。でも、ヨナさんは感覚で私が逃亡軍の人だってわかった。

 私はその言葉に対してどう返そうか、言葉を噛み砕くように本当ことを言うか嘘を言うかを悩んでいるのを分かっているかのようにヨナさんが続ける。

「でも正直、私はお姉さんが結社でも逃亡軍でもどっちでもいいです」

「え?」

 どっちでもいいって?

「私にとってお姉さんはお姉さんです。私を助けてくれた、魔術を教えてくれた。その事実は変わりません。お姉さんは私にとって命の恩人であり、魔術の先生です。お姉さんが無慈悲で残虐な魔術師だったとしても私は受け入れますよ。だって、私はお姉さんのことが好きなんですから」

 ヨナさんはそう笑顔で私に言った。

 三度固定砲台から砲弾が打ち出される音が響いて村の方でその砲弾が着弾する音が聞こえた。

 私は魔女だ。凶悪で残虐な魔術師だ。でも、ひとりの人でもある。もう、私の前で大切な人たちが死んでほしくない。そのためには強くなる必要があった。私はこの強さをその人たちのために果たして使っていたか?いや、使っていない。私はただ自分の怒りを復讐心を八つ当たりみたいに敵と定めた結社に向かって発散しているだけだ。それを目の前で殺されてしまった私の仲間がそれを望むか?

きっと、望まない。

 ヨナさんが村のほうを見つめてから振り返る。

「私は村に戻ります。お姉さんから教えてもらった魔術を使って私にできることをします」

 その手にはいつものメモするノートと魔術を発動するための十字架が握られていた。怖いんだ。魔術を発動させる練習はしてきたものの完璧とは言いがたい。それでもヨナさんは自分の力でどうにしようとしている。それは私の面影と重なる。魔女になる前の私と。

「待ってください」

 ヨナさんを呼び止める。

 杖を握りなおしてヨナさんの下へ。

「ひとりでは無理です」

 風也さんは次に私を見たら殺すと言っていた。村にいる恋人の氷華さんや同じ機関から逃げ出しここまで共に生き抜いてきた雷恥さんや火輪さんのことが心配で私を殺すことをやむを得ず諦めた。次にそのチャンスを逃すとは考えられない。

 でも、私は行く。私は魔女だけど、風也さんのいう善良者なんだ。

「大丈夫です。私がいる限り村の皆さんは必ず守ります」

 私の力強い決意にヨナさんの震える手は止まっていた。

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