魔女の急襲①
山を20キロほど下ったところに小さな街がある。辺りは切り立った山々が広がっていて人が住めるところに集落が転々としているらしい。この街はその集落の中でも一段階くらい大きな街で鉄筋コンクリートの建物も見ることができる。村で取れた農作物などをこの街で売ってそれで得た資金を使って、村では手に入らないようなものをここで手に入れるらしい。その村では手に入らないものというものは魔術も含まれている。
「風起こしを3つ」
「はいよ」
私は風也さんと氷華さんとヨナさんと共にその街まで降りてきている。街は私の住んでいたところと比べて建物は灰色の鉄筋コンクリートのアパートのような建物が建っていて飾り気がなく、その周りには木材で立てた安っぽい屋台が並ぶ一昔前の町のように見える。それでも人の行き交う数は圧倒的に多い。
風也さんは農作業に使う風属性魔術を買いに街にまでやってきた。ついで貯蓄できる穀物系統を買いにやってきた。私も同行したいといったら連れてきてくれた。ついでヨナさんも着いてきた。
「お姉さんは何か魔術買わないんですか?」
目を光らせて屋台の上に並ぶカードに目を向ける。
カードの売り方はどの世界も同じようだ。魔術は収納魔術の普及によってカードに収納されて持ち運びとすばやい発動ができるようになった。属性魔術は重複発動することはできないものの無属性魔術にはそのような制約がない法則上の特性を利用した発動方法だ。
そんな魔術を私は目的としていない。この街にやってきた最大の理由は情報を得ることだ。周辺の村の人たちが一気にこの街に集まってくる。ならば、逃亡軍と結社の戦争状況の情報も入ってきてもおかしくない。
「お姉さん?」
無邪気なヨナさんが手に取ったのは一枚のカード。
「は、はい。どうしました?」
「この魔術は何ですか?」
「どれどれ」
ヨナさん見つけ出した一枚の魔術カード。
カードには魔方陣が描かれている。必要な道具は収納魔術によって収納されていて、魔術の発動と同時に魔術道具も魔術に作用して問題なく魔術を発動することができる。だから、カードの状態の魔術は魔方陣のみの情報しか記載されていない。でも、魔女と呼ばれる私ならば、陣を見ればそれがどんな魔術なのか大体分かる。円の中に五芒星といった模様を描いてその円の周りに魔術に必要な情報を英語で書き込む。書き込む情報には法則性があって、その英単語の意味でどんな作用があるのかは把握している。
しかし、その魔術は妙だった。
「なんですか?これ?」
思わずヨナさんに聞き返してしまった。
その魔術は転生魔術であることを示す記載があった。でも、余分な記載情報があった。
「Half-life/give/Center near point/ってどういうことでしょう?」
半分の人生を陣の中央の人に上げるということ示しているのか?もしも、そのとおりならば、どういうことなのか分からない。しかも、その前には転生魔術の記載がある。
「おふたり面白いものを手に取りましたね」
今までうつむいたまましゃべらなかったロン毛の怪しげなおじさんが顔を上げて何本か歯のない口を開く。
「それは生命転生魔術という禁術です」
「禁術なんですか!」
なんでそんなにヨナさんはテンション高いんですか?
「この魔術はまだ魔術がこのアジアのほうにまで普及する前のこと。アジアの魔術師の前身である錬丹術師が不老不死の力を皇帝に与えるために作り出した魔術。術者の命を半分陣の中央にいる人物に与えるというもの」
人の命を半分与える。
「この術をつかって中国の皇帝は100年ほど生きたという記録が残っている」
「でも、100年だけだったんですね」
私の追及にロン毛の怪しいおじさんは驚く。
「鋭い。そう、寿命を延ばせたとしても肉体は朽ちていく一方だ。若返るわけじゃない。それにいつまででも皇帝のいすに座っている皇帝を許さなかった皇帝跡継ぎによって皇帝は暗殺された。生命転生魔術は生きるための寿命を延ばしただけであって、それは怪我や病気に簡単に縮まってしまう。不老不死のために作ったこの魔術は多くの欠陥を持つ」
寿命が延びたからといって老いを止めることはできない。しかも、せっかく術者から貰った寿命を怪我や病気で簡単に減ってしまう。欠陥だらけの魔術だ。
「術者は寿命を半分削ったということは普通の人よりも死んでしまう可能性は?」
「高くなる。記録には何度も生命転生魔術を使った術者はほぼ病気で若くしてこの世を発っている」
術者への負担が大きいのに対して対象者へのメリットも大きいわけじゃない。本当に欠陥だらけの魔術だ。
「おじさん。この魔術いくらですか?」
「って?ヨナさん?」
なんで買おうとしているの?おじさんは何で普通に売ろうとしているの?
「禁術ってことは普通に生産されていないし、レシピも出回っていないってことですよね。そんな魔術を持っているだけでなんだか興奮しませんか?」
人とは違う存在でありたい。その気持ちは分かる。この世界には何十億という人がいて自分という存在はたったひとりしかいないのに同じような人たちと同じくくりにされてしまう。私からすれば、ヨナさんは貧乏な村に住むひとりの女の子というくくりになっていてそれ以上でもそれ以下でもない。
ヨナさんは私から魔術の情報を他の子達と比べ多く吸収している。魔術の知識も村の中では付いてきたほうだ。そんなヨナさんが禁術を手にしたらヨナさんという大きな個性となる。
でも、それは同時に危機でもある。
小さな村に魔術に秀でた子がいる。しかも、禁術を手にしているという噂が知られれば、あの村に流れていた平和が崩れることになる。私はあの平和を壊したくない。
「ヨナさん」
「はい?」
突然呼ばれて振り向いた瞬間、手にしていたカードを奪う。
「ちょっとお姉さん!」
「こんなもの持っていたところで使い物になりませんよ。誰かと違うことをやりたいのなら、他人から貰った違うことよりかは自分で考えた違うことのほうが個性って言うものが出るものですよ。この魔術を持つことで他人と違うということにはなりません。この魔術は中国の方が持っていたものですから、他人が持っていたものを貰うことが個性ですか?」
ヨナさんは黙ったまま、そっぽを向いて、「ずるいです」と呟いて走ってどこかにいってしまった。
「あの、これお返しします」
とロン毛のおじさんに返そうとするけど、おじさんはそれを受け取ろうとしなかった。
「魔女さんがこんなところで油を売っているとはね」
「え?」
思わず、風也さんたちの目盗んで即席で作った火属性魔術と十字架に手が伸びた。
「おっと、別に俺は結社の人間でも逃亡軍でもない。ただ、その辺の奴らと比べ魔術組織のことにちょっと詳しいだけだ」
ロン毛のおじさんの言うとおりかもしれない。もしも、どちらかならば私の身に何かしらのことが起きてもおかしくない。結社なら襲われていたし、逃亡軍なら拘束されていた。どちらでもないということはどっち側の人間でもないということなんだろう。
私は一度回りを見て知り合いがいないことを確認する。
「前線の状況が知りたいです。知っている限りでいいので教えてください。報酬が欲しいというならばそれなりのお礼は」
ロン毛のおじさんは手のひらを私に突き出すように待ったをかける。
「別に情報を売って商売する気はない。俺はカードを売って生計を経てている」
「助かります」
実際に所持金はあまり持っていないので本当に助かる。
「逃亡軍は結社の急襲により前線を南北境界線よりもさらに南に下げた。それは知っているか?」
「知っています」
実際に私はその境界線にいて急襲を受けたのだから。
「なら、その辺の話は省こう。前線をかなり南まで下げた逃亡軍を追うために結社は進軍しようとした。だが、それは難航している」
「なぜです?」
「地形の影響だ。切り立った山々が何万という軍を駐在するだけの土地がないことが結社の進軍を遅らせている」
逃亡軍はその切り立った山々が広がる手前に前線を張っていた。それがかなり後退したのは前線を張って防衛線をするのに地形が向いていないと判断して前線をかなり南下させたのだ。
「だが、結社はすでに北の村に進軍してきたということだ」
「進軍を始めたんですか」
「ああ。固定砲台を台車で何台も運んでいるらしい」
固定砲台まで・・・・・・。
固定砲台は火薬で実弾を撃つという魔術を使わない普通の兵器だ。弾頭が大きく威力が高いために魔術を防ぐことは完璧にはできない。魔術が主流となったこのご時勢になっても大砲は有効な武器となっている。
「そんなものを運んでいるということは、結社はMMが逃げ込んだ日本への侵攻を」
「意識している。話によれば、中国の香港は完全に結社側に落ちたという話だ。船を使った海上戦もこれから激しさを増すだろう。だが、海上から攻めるにはまだ香港は遠い」
もしも、この朝鮮半島が結社側に落ちれば逃亡軍は日本を捨てて再び逃げなければならない。
「逃亡軍側の魔女さんはこれを阻止しなければならないだろ?」
「当たり前です。日本は私の国です」
前にイギリス魔術結社のクロスに入ってこられたときのような惨劇が当たり前のように起こってしまう。それだけは絶対に阻止する。
「向こうは魔女が死んだと思っている。まさか、こんな貧相な村の中に魔女みたいな大物が隠れているなんて思っていないだろ」
それは不意打ちをするには最適な条件だということだ。
「どういうルートで結社が進軍しているか分かりますか?」
おじさんはカードが売られている台の下に手を伸ばして一枚の紙を取り出した。地図だ。
「魔女さんはさっきの子の村に住んでいるか?」
「はい」
「なら、現状のルートから村の脇の道を通る可能性が高い」
おじさんが指差した道は私も記憶がある。そこはこの間の大雨で土砂崩れが起きた道だ。ヨナさんが生死さまようことになってしまったあの道だ。あぜ道で足場が悪い。さらに右側は切り立ったか崖で左側は谷になっている。魔術を仕掛ければ自然災害と見せかけて結社の軍勢を襲うこともできる。
「結社はどのくらいで村を通りますか?」
「・・・・・・2日後には通るだろう」
時間がない。
「おじさん。魔術を買いたいです」
「その言葉を待っていた」
おじさんの商売は魔術カードを売ること。情報を私に与えたことで自分の売り物が売れる。商売上手のおじさんだった。ついでにおじさんの情報が正しいものなのか情報を探ったところ結社は進軍しており、数日後にはこの街を通るのではないかと心配そうな声を聞こえた。情報はあっていそうだ。
私は魔女だ。冷酷で残酷な。でも、それは同じようなことをやられてしまったからだ。そう、これはただの仕返しなのだ。




