脱魔女の章⑤
「たぶん、これが一番適していると思いますよ」
「そうなのか?」
「はい。使ってみてください」
ひとりの老人にカードを一枚渡してあげてその老人が魔術を発動させると放射状に水が噴出す。それは非常に弱くまるで雨が降っているかのように陣周りの地面を占められていく。
「おお!これで効率よく畑に水がまける。さすがアキナ殿」
「いえいえ、また何かあれば呼んでください」
田舎道の土手を再び歩き始める。
「アキナちゃ~ん」
棚田を二段下方で老婆がひとり手を振っている。
「おばあちゃん、お風呂の火力のほうはどうですか~?」
「おかげさまで調子いいよ~!アキナちゃんがちょうどいい火力の出せる火属性魔術を教えてくれたおかげだからね~!今度、うちにおいで!」
「機会があれば~!」
と手を振るとおばあちゃんは山を下っていった。
「気付かないうちに信用されてるわね」
私は未だに片手に手錠をかけられてその紐を氷華さんに握られたままだ。でも、こうして村を歩くようになった。理由としてはヨナさんたちのおかげだ。あの子達が私が魔術のことなら何でも知ってるすごい人だと広まったおかげで私の元には魔術の絡んだ相談が多く舞い込んだ。その中にはさっきの銭湯を営むおばあちゃんのように直接その場に訪ねないと叶わない依頼も多く存在した。だから、氷華さんたちに監視下という条件付でこうして外に出られるようになった。
「お姉さん!」
風也さんたちの家に向かっている最中に私の拘束が少し軽くなった要因を作ってくれた少女、ヨナさんだ。
薄手のワンピースに麦藁帽子をかぶってカゴを片手に私の元に駆け寄ってくる。
「珍しいですね。外に出ているなんて」
ヨナさんもいつの間にか話し方が敬語になっている。誰の影響かって想像がついてしまう。
「そこのおじいさんが農作業に向いている水属性魔術の選定をしていました。畑の規模を見ないといいアドバイスができないということこうして外に出させてもらっています」
「そうなんですか。ちなみにおじいさんにお勧めした水属性魔術ってなんですか?」
ポケットからぼろぼろの手帳の鉛筆を取り出した。
「レベル1の放射水という水属性魔術です。作られた目的も農作業の水遣りが目的です」
放射水のような生活するために作られた魔術というものは少なくない。でも、その多くは戦いに使用される。放射水は一見雨のように感じ取れるために魔術が発動しているかどうかを相手に悟られない。そうして敵陣の周りを水浸しすることで雷属性魔術の威力と照準を合わせることができる補助魔術となる。ヨナさんたちにはその知識に関しては教えていない。
「なるほど、放射水ですか・・・・・これって命中率と取り扱いの難しい雷属性魔術の助けとかにもなりそうですね」
一瞬、私の中で血液が逆流したんじゃないかと思うくらい毛が逆立った。
「どうしたんですか?」
「い、いえ。鋭いところを突くなと思ったので」
「お姉さんにはまだまだ敵いませんよ」
私の元に魔術を学びに来ている子供たちの中で一番熱心なのはヨナさんだ。今みたいに感覚だけでその魔術が他にどんなことが効力を発揮するのかを把握してしまう。私と2、3歳しか年が変わらないのに下からすごい力が追いかけてくる感覚が怖い。
「いくわよ」
「は、はい。それではまた明日」
「はい。また明日です」
ヨナさんはお辞儀をして駆け足で自宅のある丘の上へ行ってしまった。それを見送ってから歩き始める。
「あなたは本当に何者なの?」
氷華さんが私に尋ねる。
「行き倒れの人です」
「そろそろ、本当のことを話したらどうなの?」
本当のことを話したところで私の立場は変わらない。監視付きだけどここまで自由に行動できるようになったものがまたベッドの上しか移動範囲が狭まってしまう。そうなってしまったら私が前線部隊に戻るのもさらに遠ざかってしまう。
ヨナさんたちを通して今の戦争状況を聞きだしているものの入ってくる情報は逃亡軍の前線部隊が後退したことくらいしか情報は入ってこない。下げた前線を保てているのだろうか?それと魔女の安否の情報がまったく流れてこないことも気になる。逃亡軍からしても結社からしても私という魔女の生死は戦争の状況を大きく左右するといっても過言じゃないはずだ。その情報が入ってこないということはどちらも私が死んだとは思っていない。どこかで生きていると思っていることなのか?情報が少ないから何も確信が持てない。でも、分かることは前線付近のこの村に結社軍の姿がないということはここまで結社は進軍してきていないということだ。だから、早くこの村から出て前線部隊と合流しなければほぼ丸腰状態で結社と戦うことになる。それだけは避けたい。だから、ここは最後まで嘘を突き通す。
「だから、どっちでもないっていってるじゃないですか」
「・・・・・・そう」
家にたどり着くと囲炉裏の上にいつもはない金網が敷かれていた。
「お!帰って来たっすか!」
床に顔を埋めるようにして囲炉裏の火加減を念入りに確認する雷恥さんが私たちを出迎える。
「何してるの?」
「いいものが届いたんですよ!氷華さん!」
意気揚々とした火輪さんが積み重なった小皿を手にして囲炉裏のそばに並べる。
「いいものって何?」
「これだ」
奥から血だらけのエプロンを身にまとった風也さんがでてきた。
「何?風也が殺人でも犯した記念のパーティー?だったら、今すぐ風也をその金網で」
「違うからな!これは機関から出て人なんて殺してない!」
「氷漬けがよかった?」
「殺し方を変えても同じだ!これだ!これ!」
風也さんの手にはきれいなピンク色をした新鮮なお肉が切り分けられていた。油がしっかり乗っていて囲炉裏の上で焼いたらおいしそうだ。
「どうしたの!それ!」
それを見た氷華さんもさすがに興奮した。このやせたときでの暮らしは基本的に食べられるものといったら質素なものばかりだ。肉が食べられるなんてすごく贅沢なことだってことは私だって分かっている。前線にやってきてから缶詰ばかりで村にやってきてからも固いパンばかりだった。
「よだれ垂れてるわよ」
氷華さんに言われてあわててよだれを拭き取る。
「でも、そんな肉どこで手に入れたのよ」
氷華さんの問いに風也さんはすぐには答えずに私の方を見た。
「アキナ」
そのとき私は本当に久々に名前で呼ばれた。前線に出ても魔女としか呼ばれなかったせいだ。
「これは君が助けたヨナの家の方が豚を丸々俺たちにくれたんだ。娘を助けてくれたお礼だと」
ヨナさんの家は養豚をしているらしく。豚は街のほうへせりに出してその資金で生活をしている。その大切に育てた豚を丸々一頭お礼のために譲ってくれたというのはそれだけ自分たちの生活が苦しくなって自分で自分の首を絞めることに繋がる。なんて無駄なことなんだと思った。
「アキナはこれを見てどう思っている?もっと、別の方法でお礼を言えばいいんじゃないかって思ってないか?この豚を売ってあの家族の生活がどれだけ楽なるか想像できるだろ?ここでの生活を見ていれば」
風也さんに言われなくてもわかる。だからこそ意味が分からないのだ。お礼なら私はヨナさん本人から花束を貰っている。それでも十分うれしかった。私としてはそれで十分なのだ。
「生活がどれだけ苦しくなろうともあの家族にとってヨナが自分たちの生活の何よりも大切だということだ。アキナにはその大切なものを守り抜いたことへの自覚はあるか?」
「・・・・・・・・」
何も答えることはできなかった。
「アキナははじめにヨナの傷を治す気なかっただろ」
そのピンポイント過ぎる指摘に私はさらに言葉を失って風也さんの顔どころか誰とも目を合わせたくなくなって下を向く。静けさが家中を支配して囲炉裏のぱきぱきという音が空気を読まずに鳴る。
「でも、氷華に殴られた後にアキナの中で何を感じた。目の前でなくなる命を見過ごせなくなったんだろ。それがアキナの本心だ。誰のものでもない。それがお前が悪人ではなく、ただの善良者ということだ」
風也さんが私の手首に繋がったままの手錠を外した。手錠は自然の摂理に沿って床に落下する。
「え?」
「いろいろ証明できる。アキナはヨナたちに魔術を教えた。この村は非常に貧しい。魔術を教えてくれる学校に行く余裕なんてほとんどの子供たちにはない。そんな子達にアキナは魔術を教えた。この村には優秀な魔術師は少ない。ランクはよくてD程度だ。EやFの魔術師がほとんど」
水遣りをする農家のおじいさんも銭湯のおばあさんもランクはFだった。発動できる魔術に限りがあった。その中でどの魔術を使えば自分たちの仕事が生活が楽になるか、その可能性は魔術にはある。私はそれをただ教えてあげただけだ。でも、それすらもできないのがこの村の状況だった。
「俺たちは機関の出は戦いにおいての魔術の使い方は多く学んだ。でも、生活に関してはほぼ無知だ。だが、アキナは俺たちにはない魔術の知識をこの村の人たちに何の抵抗もなく教えてくれた。悪人がそんなことを教えるか?俺はアキナが前線に出て殺しあうような奴には見えない。だから、手錠を外した。お前が善良者だと判断したからだ」
顔を上げると氷華さんも雷恥さんも火輪さんも私に向ける視線は疑いの目はもうどこにもなかった。
「アキナのおかげで肉が食えるんっすよ!」
「雷恥くん、ちゃんとみんな分を残すのよ」
「肉なんて本当に久々ね」
囲炉裏を囲むように氷華さんも座る。
「アキナも」
風也さんがいつも座っている氷華さんの隣の席を譲る。
私はおどおどしながら氷華さんの隣に座る。火輪さんが金網の上で肉を焼き始める。そして、焼きあがった肉には塩を振りかけていただく。口いっぱいに肉汁と炭の香りが広がる。日本にいたころは普通に食べることのできた肉は生きてきた中で一番おいしかった。おいしすぎて涙が出てきた。
「あ、あの」
他の皆さんも黙々と肉を焼いては食べている中で私のほうに目を向ける。
「せっかく豚1頭分あるんですから私たちだけじゃなくて村の皆さんで・・・・・」
その私の言葉に隣で風也さんが微笑む。
「そういうと思った。だから、俺はお前の手錠を外したんだ」




