亀裂①
風属性魔術とは
属性魔術のひとつ。
火、氷属性を苦手とし、雷、土属性を得意とする。
属性魔術の中で最も攻撃力と防御力が乏しいが機動力がもっともあり空中戦を得意とする。
「やっぱり、騒々しいことになってるな」
「そうですね。突然、山が爆発して焼け野原になったので驚かない方がおかしいですよ」
「だが、誰もが組織のせいだと思っているだろうな」
「なんで?」
「この国に起こる厄災はすべて組織のせいだってこの国人たちはみんな思っています」
「そもそも、拳吉勢には拳吉の他には有能な魔術師はツクヨくらいだ」
「俺たちの世界とこの魔術の世界をつなぐ時空間魔術をしてくれたあのおばさんだな」
「見た目だけだったらその辺の店でタイムセール戦争してる主婦と変わらないよな」
「でも、この国の人の魔術師はみんなあんな感じなんですよ」
「そうなのか。本当に一つの職業って言う感じなのか」
「そうだな。ツクヨの場合はパートみたいな感じだ」
「風也さんはアルバイトですもんね」
「たこ焼き屋のな」
「それ以上言うと舌を切り刻むぞ」
「さっきから秋奈さんが静かですけど、大丈夫ですか?」
「え、あ、あたしは・・・・・大丈夫だから」
騒然とする町を人の隙間を縫うようにあたしたちはこの世界に来た時と同じルートで帰るためにあのうす汚い地下の部屋に向かう。
あの大きな戦いの後、教太と風上さんはまだ包帯がとれていない。やけどの治癒はまだ完了していないけど、アキやあたしのような魔術師もいるから大丈夫という判断だ。当初はもう少しこっちの世界にいる予定だったけど、フレイナの件もある。早めに元の世界に帰ることになった。
教太はフレイナとの戦いでああいう規格外の敵も存在するということを知った。どうして、あんな風に割り切ることができるのかあたしには分からない。あんなのを今度目の前にしたらどうすればいいの?相手は確かに火属性魔術師だった。でも、弱点である水も土も利かなかった。フレイナのような属性魔術を使う人たちのことを規格外というらしく規格外には属性魔術の概念が通用ない。
冷静に考えてみれば、あたしって教太の力になれているのだろうか。アキたちは今まで相手にしてきた相手が特殊すぎたせいで実際にはあたしの力は魔術の法則から外れた力だと絶賛はするけどあたしはこの力を使いこなせている気がしないのは事実だ。
あたしって弱いのかな・・・・・。
アキと風上さんの案内で無事に元の世界に帰るための地下の部屋にやって来た。埃っぽくて薄暗い部屋。早くこんなところから抜け出して元の世界に帰りたい。なんかこんな魔術の世界にいたら気が狂ってしまいそうだ。そもそも、魔術と言うものが日常化しているだけでメルヘン過ぎておかしくなりそうだった。それに加えてあんな化物みたいな教術師のフレイナという人だ。
もう、こんな世界こりごりだ。
「あれ?ツクヨっていうおばさんいないぞ」
「本当ですね」
それほど広くない地下の部屋にはパイプ椅子とぼろぼろの雑誌が一冊置かれているだけで人の気配がまったくない。
「おかしいな。年がら年中、この時間には必ずいるんだがな」
「そうなのか?」
「ああ、土日と祝日祭日を除いてはほとんどここにいる」
「マジでパートみたいだな」
アキが外に向かう。拳吉が席を置く中央局にツクヨの所在を聞くためだ。
「ツクヨがいないと中央局にも組織にかなりの影響があるだが、大丈夫か?」
「どういうことだよ、霧也」
ツクヨがいないと影響があるってどういうことなのか半ば興味があった。
「ツクヨは異世界の移動の他にも長距離の大人数の移動を行う時空間魔術も使う。組織は日本以外にも東南アジアから中央アジアまで勢力圏を持っている。各地の支部長とかがツクヨの時空間魔術を使って移動してMMに会いに来ることだってある。中央局の場合は日本各地の重役の移動に使われる」
「結構重要拠点じゃないか」
その割には汚いところにあるのね。
「リンさんにはできないのか?」
リンって言うのはあたしたちの世界にやって来た時空間魔術師のひとりだ。
「リンが時空間魔術で移動できる距離はあまり長くない。せいぜい10キロが限界らしい」
「それはやっぱりランクが関係あるのか?」
「そうでもない。時空間魔術は無属性魔術に部類されるが属性魔術のように使える者と使えない者になぜか分かれる。そのせいか時空間魔術を使う魔術師はどこの組織でもかなり重宝される」
そのリンって人も組織にちやほやされてきたのね。
「みなさん、お待たせしました」
アキが戻って来た。
「どうやら、何も連絡を受けていないようですね。無断欠勤という可能性もありますね」
「重要な仕事なんじゃないのか?そんな簡単に休んでいいのか?」
「いいわけないだろ」
すぐに風上さんが否定する。
「重要な移動手段が絶たれるって言うのは絶海の孤島に取り残されたのと同じだ。そもそも、最も影響力のある3大魔術組織の内、有力な移動手段となる時空間魔術師を持っていないのはうちの組織だけだ」
「他の二つの組織に入るのか?」
「ああ」
「それって下手したら突然、この国に時空間魔術でど真ん中に敵が現れてきた大パニックじゃない」
あたしがパッと思ったことを口にする。
「そうですね。ですが、うちの組織の他にイギリス魔術結社と黒の騎士団の3組織間で時空間魔術を使って敵地の急襲は原則禁止という条約を結んでいます」
「原則禁止なんでしょ。つまり、別にやってもいいことになってるじゃない」
「ま、まぁそうなんですけど」
いやだ。もし、フレイナみたいな奴が突然時空間魔術であたしの前の前に現れたどうするのよ。そんな恐怖といつも怯えながら過ごすこんな世界にはもういたくない。
「教太。早く帰ろ。もう、あたしこんな世界嫌よ」
「み、美嶋?」
「あたしたちの常識が全然通用ない魔術の世界。あたしたちの力よりもはるかに強い力がたくさんはびこるこんな怖い世界なんかいたくない。早く帰ろうよ。教太」
教太の服の裾を摘んでそう訴える。
「大丈夫だ。お前は俺が守ってやるから安心しろ」
「安心できないから言ってるんじゃない!」
思わず怒鳴ってしまった。教太は何も悪くない。そんなこと分かっているのに押さえられなかった。
「どこからフレイナみたいな規格外が襲い掛かってくるか分からないじゃない!あたしたちの世界で襲ってきた雑魚の魔術師とは比べ物にならないような化物がたくさんこの世界にはいるんじゃないの!あのMMだってフレイナと肩を並べる教術師なんでしょ?教太が敵わなかった相手があたしやアキや風上さんにどうにかできるわけないじゃない。こんな世界にいたらあたしがあたしでなくなる。緊張感のせいで壊れちゃいそうなの!だから、早く帰ろうよ!」
あたしの訴えに誰も答えない。
怖く怖くて仕方がないのよ。しかも、さっき話していた時空間魔術を使えばどんな相手だって突然現れる。そんな恐怖におびえながら生活したくない。怖い。怖い。怖い。
怖くて涙が出てきてしまった。拭いても拭いても流れ続ける涙を見せるのが恥ずかしくてあたしはその場にうずくまる。どうして泣いているのか。このままこの世界にいたらいつか教太が死んじゃうかもしれない。フレイナは味方だったから生きていた。でも、今度はそうもいかない。
「秋奈さん」
「・・・・・話しかけないで」
「教太さんの言うとおりですよ。大丈夫ですって」
「どこにその根拠があるのよ!」
「いや・・・・・この国には世界の誰もが恐れる教術師がふたりもいますし、それに拳吉さんもあのふたりと肩を並べるくらいの強いんですよ。鬱陶しいですけど」
「それが何よ」
「え?」
「今、この場で規格外の奴が突然現れたらどうするのよ。足元にも及ばないあたしたちは一瞬のうちの殺さえたらどうするのよ。その強い強いと言われる奴がいてもその場にいなかったら意味がない。あたしたちは死ぬのよ。こんな世界のどこがいいのよ。魔術師と非魔術師という差別も存在する。力がすべての世界。魔術という負の力。こんな世界のどこがいいのよ!」
「美嶋、黙れ」
「何よ!教太もこの魔術の負のサイクルを嫌がっていたじゃない!その魔術のせいであたしたちの世界も!」
「いいから黙れ!」
「うるさい!こんな世界に今もこうしているのがどうかしてるのよ!こんな腐った世界!」
「美嶋さん」
突然、剣を抜いた風上さんが風を起こしてあたしの背後にやってきて首元を強く殴られて脳みそが地震が起きたように揺れてそのままあたしは力なく倒れて視界が真っ暗になった。




