脱魔女の章③
前線部隊が壊滅してから3日ほどが過ぎた。その日は激しい雨が降っていた。手首に手錠をかけられたままベッドの上で座ったままの生活は苦でしかなかった。トイレに行くときも片手だけ手錠をかけられたまま氷華さんか火輪さんの監視付きでひと時も私は自由を得ることはできなかった。彼らがどうしてここまで魔術師の監視を徹底するのか。それは機関と言う人を信じることのできない施設で長年過ごし続けたことによる人への不信感だ。
実際に私も信用されていない。嘘をついているかもしれないという疑いを晴らすだけの材料がない以上信用するわけにはいかないようだ。そもそも、嘘をついている時点でこの拘束は正解なのかもしれない。
機関出身者ということは必ず魔方陣と十字架を必要とせずに魔術を発動できる魔武を持っている。ここに結社を誘い込ませて襲わせれば彼らが結社たちをあらかた倒してくれるかもしれない。私がここから出られれば私が流す血の量もきっと減る。
私の目の前で散った多くの血。
学生だった私は目の前でたくさんの仲間をイギリス魔術結社の七賢人は第2、クロス・ハイドンに殺された。残虐に。私はその復讐をするために魔女となって戦場へとやってきた。クロス・ハイドンをこの手で殺すまでは死ぬつもりは毛頭ない。そのためには無駄な戦闘は避けていきたい。今回の前線部隊が受けた襲撃のようなことはもう受けたくない。仮にこの村にクロス・ハイドンがやってきたとしても機関出身者でも倒されないだろう。もしも、消耗したというのならば最大の恐怖を与えて殺す。
手を引きちぎってあしを焼ききって目をくりぬい舌を切り落として苦しませた上で生き埋めにして殺す。
私の中でクロスの殺し方は何でもシミュレート済みだった。
「気持ち悪い殺気ね」
目の前に艶のある白髪の女性が私の顔を覗き込むようにしていた。
「わぁ!」
驚いてそのまま頭から倒れて枕のない硬い地面に後頭部を強打して涙目になって後頭部を抑えてその場で垂れまわる。
「なんですか!急に!」
「気持ち悪いのよ。その殺気は。かわいい顔して」
「殺気ですか?出しているつもりないんですけど・・・・・」
「無意識なのは重症よ。戦場に出たら私たちみたいに当たり前のように殺気を感じ取る輩がゴミのようにいるわよ」
そんなにいるもんなのか・・・・・それは機関の中だけの話じゃないのか?
「あなた本当はどっち側の人間なの?」
首をかしげながら私の隣に座り込む。
「だから、どっちが人間でもないですって」
ジーっと曇った目で私を見つめる。信用していないのが丸分かりだ。
きれいな白い容姿をしていてまるで彼女自身から光を発しているような雰囲気を醸し出しているのに私に向ける目にはその光はない。信用しない他人を見る目だ。まぁ、他人なんだから普通なのかもしれないけど。
「もう改めて聞きたいことがあるんですけど」
「何?」
「どうして私を助けたんですか?ここに私をとどめておく利点が分かりません」
私を逃がしたところで彼女らの辿る運命は戦い以外ないんだけど。
しばらく、ひざに顔を半分埋めて考えた上で氷華さんは私の問いに答える。
「倒れている人を見つけたときに見るべきポイントがある」
「え?」
「ひとつは息があるか?死人なら一安心、生きているなら厳重警戒」
私は現在厳重警戒中である。
「ふたつは倒れている理由は何か?怪我とかで倒れてしまっているならとりあえず安心、不意打ちのために倒れているなら速攻で殺す」
・・・・・・殺されなくてよかった。
「あなたは本当に倒れていた。でも、生きている以上は私たちの中では敵なのか味方なのか分からない厳重警戒対象者よ。せめて、この戦争が終結するまでここで拘束した状態で過ごさせてもらうわ」
「え!戦争が終わるまでですか!」
何年掛かるの!
「当たり前でしょ。その代わり飢え死にさせるようなことはしないわ。食べられない苦しみは私たちが一番経験していることだから、誰にも味わって欲しくない」
私はふと自分の枕元に置かれた朝食が持ってあったお皿に目を落とす。朝食は干し芋と焼いた卵の切れ端だった。彼らは私を殺す気はない。私を生かす努力をしていた。信用に値しない魔術師でも信用できる魔術師も存在することをどこかで知っているからだ。機関から脱出したということは信用できる魔術師に出会ったということだ。でも、出会った魔術師の大多数は信用できない魔術師だった。だから、始めにこうやって疑って様子を見るようにしているんだ。その人間が信用に値する人間かどうかを判断するために。
だから、氷華さんはああやって私に話しかけてくるんだ。どういう人間かを判断するために。
枕もとのお皿を回収して風也サンたちの食器も洗おうとしているときだった。突然、土壁の家の玄関からわらの雨具を身につけた風也さんが飛び込んできた。息を切らして切羽詰っている感じだった。
一瞬、私のほうに目を向けたけどすぐに視線を外す。
「氷華!回復魔術か治癒魔術のカードはあるか!」
「え?いや、持ってないけど」
「そうだよな。くっそ!」
悔しそうに自分のひざを雨水を撒き散らしながら叩いた。
「どうしたんですか?」
私が訪ねるとあっさり教えてくれた。
「村の裏山で土砂崩れが起きた。村の女の子がひとり巻き込まれた。土砂から助け出したが大怪我を負っている。今、村中から回復魔術と治癒魔術を探し回っているがなんせ田舎の村だ。常備されていない」
それは悲惨ですね~っと超他人事のように聞いていると。
「お前。回復魔術と治癒魔術は持っていないのか?」
不意に私の方に話が回ってきた。
「え?持っていましたけど、あなたに燃やされました」
目の前で薪になったのをこの目でしっかり確認したばかりだ。
その瞬間、風也さんは頭を抱える。こんなことがあるなら燃やすんじゃなかったと思っているんだろう。
ここで私の魔女としての知識が人を助けるために回転を始める。というのが建前で実際は彼らから信用を勝ち取るというのが目的だ。村の女の子を助けるという形で。
「あの、回復魔術程度だったらカードがなくても自分で魔方陣を書いて発動させることくらいできますよ」
その言葉に風也さんは固まった。一刻を争わなければいけない時間なのに土壁の家の中に雨の音だけが支配される。きっと、風也さんの思考はこんな感じに回っていたに違いない。信用に値しないこいつの言うことを信じていいのか?仮に回復魔術の魔方陣を資料もなしにかけたとしてもそれを口実に逃げ出すかもしれない。そもそも、かけるということ事態も嘘で逃げることだけを考えているのかもしれない。だが、仮に知っているならば女の子が助かる可能性が高くなる。雨の中では街まで言って回復魔術が収納されたカードを買いに飛んでいくことは難しい。
っという感じだったと思う。
私としては最終的には逃げ出すつもりだけど、すぐに逃げ出すつもりはなかった。少なくとも目の前で死にそうになっている人くらいは助けるだけの良心は魔女となってもまだかすかに残っている。
「氷華、頼む」
風也さんが私の片方の手錠を外す同時に別の手錠をかけてから残りの手錠を外す。両手首にはすっかり手錠のあとがついてしまった。この傷跡ちゃんと消えるかどうかが心配だ。
「今回は特別だ。回復魔術の陣を描けるんだろうな?」
「描けますよ。回復魔術は特に陣の作製に必要な道具はないので」
これは本当のことである。
外は土砂降りだった。風也さん立ちの村は少し小高い陸の上にあって斜面を削るようにして畑を耕して作物を作っている。その斜面はまるで滝のように泥水が流れる。それに逆らうようにして氷華さんに引っ張られるように上っていくこと数十メートル。木製でできた少しばかり立派な家が見えてきた。大人がたくさんあわただしく集まっているのが見えた。
「風也くんか!回復魔術はあったか!」
ひとりの中年のおじさんが期待をこめて尋ねるも返ってくる答えは、
「すみません。ありませんでした」
その瞬間、おじさんの顔色がサーっとあおくなる。
「そんな・・・・・俺の娘が・・・・・・ヨナが・・・・・」
どうやら土砂崩れで怪我を負ったのはおじさんの娘さんのようだ。
「でも、こいつが回復魔術を自作できるらしいです」
すると突然立ち上がって私の服の裾を引っ張りながら自分は泥水がたまる地面にひざまずく。
「ありがとう・・・・・どうかヨナを・・・・・・俺の娘を・・・・・・」
なんか面倒なことになったな~。
でも、その娘さんを助ければ私には信頼というものが生まれて隙が生まれる。そうしたら、ここから逃げ出すことも可能だ。だから、さっさとその怪我というものを直してあげよう。っと軽い気持ちで家の中に入るとそこはまさに地獄のような光景だった。
「え?」
広い玄関には土でできた釜と流し台があってそこに隣接する居間に血だらけの10歳前後の少女が苦しそうに横たわっていた。長い黒髪を耳から下で二つに結んでいる。低い鼻に右目の涙ホクロがあるかわいげの少女のお腹からはどくどくと血が漏れ出ていて母親だろうか女の人が涙を流しながら必死にお腹を布で必死に押さえているも女の子は虫の息だった。
「早く!回復魔術を!」
風也さんがチョークを私に渡してくる。とりあえず、女の子の近くの床に円を描いて四角形の回復魔術の陣を書き上げる。戦場で自分の怪我をカードがなくても直せるように暗記した魔方陣のひとつだ。
女の子を陣の上に移動させてすぐに十字架を打ち込んで魔術を発動させて女の子の傷の回復を図る。母親と父親のおじさんはそれを非常に安心した表情を浮かべる。でも、私の気持ちは氷のように冷たいままだった。即席でできる回復魔術で直せる傷の程度は高が知れている。出血量が少しばかり減っただけで回復魔術の青白い光は弱くなっていった。
「う、嘘だ!もう一回だ!もう一回!」
私の胸倉を掴みかかって迫るようにもう一度試すように強要する。
「何度やっても結果は同じだと思いますよ」
私は冷たい一言をふたりに突きつけた。
「娘さんは内蔵がやられています。内臓を完全に治すためにはもっと強力な回復魔術が必要ですよ。さすがにそんな魔術は即席で作れるわけないじゃないですか」
瞬間、私は背後にいた氷華さんに殴られた。後頭部からいきなり殴られて近くにおいてあって農業道具の上に倒れて砂埃を上げて道具が私といっしょに倒れる。
「痛いじゃないですか!」
「人の命をなんだと思ってるの?」
その瞳は怒りでいっぱいで溢れ出てきそうだった。
「ふたりはどれだけあなたの回復魔術にすがっていたと思うの?何度やっても同じ?ふざけないで!諦めてたまるものか!」
氷華さんは十字架を取り出してもう一度回復魔術を発動させる。再び青白い光が灯るがすぐにかすれて消えてしまう。傷は回復したようには見えない。
「もう一回よ!もう一回!また、目の前で誰かが死ぬはこりごりよ!」
何度も何度も十字架を打ち付けて魔術を発動させる。でも、魔術の発動の衝撃でチョークで描いた魔方陣は崩れていく。一度崩れればその魔方陣は二度と使うことはできない。涙を流しながら氷華さんは魔術を発動し続ける。風也さんはただそれを見ているしかなかった。自分には何もできないと悟っていたから。女の子の両親はもう娘は助からないかもしれないと最後を悟っておいおいと泣き続けた。
なんとも見苦しい空間だと感じた。いまなら、私にかけられた手錠を近くに落ちている農業道具で壊して逃げ出すこともできる。こんなところで無駄に時間を過ごすくらいだったらさっさと戦場に戻って結社の奴らを殺しに回りたいと思っていた。
でも、なぜか私はその見苦しいと思う空間から目が放せなかった。
何よ、さっさと行きなさいよ。今なら、逃げ出すチャンスじゃない。手には十字架もあって魔方陣を描くためのチョークもある。魔術を発動させることのできる状況が整っている。だから、さっさと逃げなさいよ。
でも、私の中で何かがささやく。
助けられそうな命を助けられない。それは目の前で魔女になる前にクロス・ハイドンの目の前で仲間が無残に死んでいく様子をただ見ていることしかできなかったあの光景が脳裏をさまよう。私の友人が私の背後で大怪我を負っていた。何度も何度も回復魔術を打ち付けても傷が治らない。もう、手遅れだったから。
「まだ、間に合う!」
氷華さんの言葉に私は現実に引き戻される。
「まだ間に合う!まだ大丈夫!」
そう、あの時と違うのは女の子はまだ生きているということ。あの時はもうだめだった。でも、今はまだ生きている。
不意にチョークを握る手に力が入る。
私は魔女。凶悪な魔女だ。最近、自分でもそれを意識するようになった。私の友達を残虐に殺されたんだからみんなも同じように殺されても仕方ないよねって躊躇なく人の命を奪うようになった。どうすれば、効率よく自分の魔術で人を殺せるのかをたくさん考えた。でも、今の私の魔女の知識がある魔術の魔方陣を頭の中の図書館から引き出した。
今回だけですよ。
私は立ち上がって回りを見てあるものを探す。何か白いもの・・・・・。ろうそくが見えた。居間のほうだ。
私はずかずかと歩き出して土足のまま居間に上がりこむ。その姿に誰もが困惑して固まった。
ろうそくを鷲づかみする。後は場所だ。
「ちょっと!あんた何してるの!」
拘束していたことをすっかり忘れていたらしく手錠を引っ張ろうとする。
私は今のど真ん中においてあったちゃぶ台を蹴り飛ばして4畳ほどの場所を作ってその床にチョークで描き始めると氷華さんは手錠を引っ張るのをやめた。円を描いて外側に筆記鯛の英語で必要情報を書き込み、六芒星の陣を描き交差点にろうそくを砕いてその塊を配置する。
「女の子を真ん中に!」
両親は頷いて慎重に女の子を陣の中央に移動させる。
これが本当に最初で最後の人助けだ。
「発動します!上位回復魔術!」
魔力をこめた十字架を陣に勢いよく打ち付けると強い青白い光が建物を包むように光り輝く。




