神術使い③
背後で何か地面に響く鈍い音がした。キュリーさんのほうだ。間もめて相手をしたツタが一斉に凍り付いて俺の頭上で凍り付いて砕けて破壊されていく。
「さすが」
目の前に二本の槍を手にするユーリヤだ。一本は両刃の槍でもう一本は十字状の刃を持つ槍だ。十字状の槍に炎が宿る。そして、俺に対抗するためか身を低くして飛び込んでくる。俺は左手に力を入れて龍属性の岩の剣を生成してその攻撃を受け止める。その勢いと重さはその華奢な体からは想像できないようなものだった。思わずのけぞって倒れそうになるのを一歩引いて受け止める。受け止めると同時に赤い液体が俺の顔面に降り視界が遮られる。
「な!」
それに驚いて俺は赤黒い岩の剣を押しのけて弾いて一歩後退して顔面についたものを拭き取るとそれは鉄の匂いのする真っ赤な液体だった。
「血?」
見ればユーリヤの白い修道服には真っ赤な血のあとが染み出していてその血が砂漠の砂の上に滴り垂れていた。どう考えても重症で立っていられるはずがない。
「やめろ、ユーリヤ。お前は戦える状態じゃ」
「みンナ死ねばイいんダ。死ネば、死ねバ」
「ユーリヤ?」
様子がおかしい。目の焦点が合っている感じはしないし、ただ同じことを呟いているようにしか見えない。目の前の女があの美しいユーリヤのだとは考えられない。よだれをたらして両目の瞳孔が左右で違う。ふらふらとした足取りは今にも倒れてしまいそうだ。背中からあのツタが背後の緑の物体へと伸びている。
「古代魔術兵器のせいか!」
キュリーさんに向かってなかったいくつかのツタが俺の背後に向かって伸びてくる。
ユーリヤに俺が国分教太であることを悟られないために今までシンの力を使わないで来たが、もうここは出し惜しみしている場面じゃない。
右手に力をこめると手首を中心に青白い陣が浮かび上がる。陣の形状は六芒星だ。
「俺の意思ですべてを破壊しろ!」
黒い靄が俺の手先から濃縮して伸びていく。そして、短い剣の形を成していく。俺の意思ですべてのものを破壊する。俺の意思で破壊しない選択肢を取ることのできるシンにはない俺の力。
「無敵の短刀!」
背後のツタを体をひねってそのバネの力を使ってすばやく切り裂く。黒い刃がツタに触れると何の抵抗もなく斬れる。と同時にまるで粒子がはじけたようにツタが跡形もなく破壊される。その背後のツタを切り裂いたときのひねった勢いを殺さずにそのままユーリヤに切りかかる。ユーリヤはその黒い剣を左手にある赤黒い龍属性の土属性の岩の剣だと思ったのかその斬撃を十字状の槍で受け止めに掛かる。
「無駄だ!」
黒い刃は槍をすり抜けるようにしてユーリヤの体を両断する。だが、ユーリヤの体に傷が入ることはない。俺が破壊したのはユーリヤの握る槍だ。同時に槍が持ち手の柄が真っ二つに折れて砂のように粉々に破壊されていく。残った両刃の槍で刺しにかかってくる。その軌道は左手の赤黒い岩の剣で軌道をずらして右手の無敵の短刀で滑るように振りぬいて槍を跡形もなく破壊する。武器を失ったユーリヤは後ずさりする、後退した隙を狙って踏み込む。武器を持たないユーリヤに攻撃を防ぐ手段はない。
「少しばかりおとなしくそこに座ってろ!」
這い蹲るぎりぎりまで身を低くして黒い剣を勢いよくユーリヤの両足を斬る。ユーリヤのくるぶし辺りから血が吹き出る。だが、出血量は多くない。でも、そのまましりもちをついて立ち上がることはない。足を攻撃して動きを封じる。俺が誰も殺さないために身につけた力の形。
倒れるユーリヤの影に重なるように見えてきたのは緑の物体だ。胴体は緑のツタでできた木の幹。頭は丸いツタの塊で大きく口を開いて威嚇する。背中にはあったツタは俺とキュリーさんが破壊してしまってもうない。
「お前を壊す!」
例え、目の前にいるのが神の法則によって動いている古代魔術兵器だったとしても―――。
「俺に壊せないものはない!」
無敵の短刀の剣先を緑の物体に向けてユーリヤを飛び越えて斬りかかる。しかし、それは突然進めなくなった。ユーリヤを飛び越えた瞬間、そのユーリヤが俺の足を掴んだのだ。
「な!」
突然のことで俺はそのまま顔面から砂の上に倒れる。
「やめろ!ユーリヤ!」
だが、ユーリヤはその声が入ってこない。
振り飛ばして振りほどこうとするがユーリヤは決してその手を離さない。鼻血をたらしながらぶつぶつと呟き続ける。
「死ねバいいンだ、死ネばイいンだ、みんミ死ネばいいんダ、ミんな、みンナ、食べラレちェえばいイんダ」
その声に俺はすぐに上半身だけを起こして正面を向くと大きな口を開けた緑の物体が俺に噛み付こうとしていた。生臭い吐息と緑色の粘度の高い緑の唾液が垂れかかる。
その姿を見てとっさに動けなかった。
だが、その横から雄たけびを上げた何かが接近してきた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
細剣を手にした金髪の女性、キュリーさんだ。
緑の物体を吹き飛ばすように横腹に間髪入れずに連続で突きかかる。その勢いに押されて押し返された緑の物体は倒れる。俺はすぐさまユーリヤの腕の筋肉の一部を無敵の短刀で壊してユーリヤの拘束から抜け出して左手を背中に組んで剣を構えるキュリーさんの隣に立って無敵の短刀と龍属性の土属性の赤黒い岩の剣を構える。
緑の物体は立ち上がろうとしている。
「私の攻撃はほとんど利いてない」
「みたいですね」
突かれた部分であろう緑の物体の側面は切り傷があったがすぐに消えてなくなる。
相手は神様が警告をするような古代魔術兵器だ。そう簡単に人が操れるような代物であるはずがない。だが、相手をする力が神の法則に守られた教術であるならば人の力から少しばかりはなれた力なら―――。
「キュリーさん。シンの力ならば・・・・・・俺の力ならあいつを止められる」
「神術なら?」
「できる」
何の確証もない。ただ、あの遺跡で無の空間に行ったときにゴミクズは結局俺に神の法則を教えてくれなかった。だが、自分の意思を貫き通せば答えは出せると自信を持って俺に伝えた。つまり、神の法則はすでに俺は触れている。嫌なことは忘れてしまう俺は嫌なことを思い返す必要がある。
最近の場合だったらイサークを殺してしまったことだ。
今でも手のひらから消えて言う命の感触を思い出すだけで吐き気を催してしまうことがある。でも、そうやって逃げずに受け止めなければならない。そう、ゴミクズは俺に言い聞かせた。つまり、それは巨大なヒントだ。神の法則に関することに一番触れたとしたらイサークのときだったということだ。
イサークは魔力喰いだ。魔力を奪って自分のものにする教術使いだった。
俺の解釈する神の法則はすべてのものは魔力でできてはいない。もしも、すべてのものが魔力でできているのならば俺が殺したイサークは触れただけで人以外からも魔力を奪うことができたんじゃないのか?でも、あいつは撃ち出された魔術とかからは魔力を奪うことはできたが、それと人以外からは魔力を奪っていなかった。もしも、この世界のものすべて魔力でできているのならばイサークは味方から魔力を奪わないで戦う手段を多く持っていたはずだ。それをしてこなかったのはなぜか?答えは簡単だ。この世界はすべて魔力の塊ではないからだ。
目の前の緑の物体が緑色の唾液を飛ばしながら雄たけびを上げる。
あいつも同じだ。古代魔術兵器とか言っているが基本は植物だ。植物は生きるために必要不可欠なものがある。それは水だ。人もそうだが生き物は水がないと生きていけない。植物は根から水を吸収する。だが、こんな乾燥したと土地のどこに水がある?
そのとき俺の目に留まったのは緑の物体から伸びてユーリヤに繋がっているツタだ。ツタに繋がっているユーリヤはうめき声を上げながらはいつくばっている。その手の甲を見るとまるで老婆のようにやせ細っているようにも見える。それはどうしてか?
俺は砂を蹴ってユーリヤと緑の物体をつなぐツタを無敵の短刀
で切り離した。
「教太!そんなツタを攻撃したところで!」
だが、ツタを斬った瞬間緑の物体が悲鳴を上げるように鳴き叫ぶ。
「なんで?」
「奴は生き物は魔術兵器とか言われてるから感覚がないだけで奴は生きている!」
生きるためにユーリヤから水分を奪っていた。それが絶たれてしまった今、奴は生きるために何をするか簡単に予想できる。背中から大量のツタが伸びてきて一気に俺の元に迫ってくる。
「逃げろ!教太!」
キュリーさんが剣を連続で突いて氷の槍を生成してツタを何本か破壊するが無駄な足掻きだ。数が多すぎる。
しかし、俺は慌てない。
「俺は人を殺さない、殺させない。そういう誓いを立ててきた。このユーリヤはどういう理由があったか知らないが、遥か古代に生まれたお前をよみがえらせてしまった。お前はただ生きるために必死なのは分かる・・・・・・だが!」
無敵の短刀で迫る無数のツタを切り刻むとまるで砂のように破壊される。その破壊されたツタの粒子の隙間から俺と緑の物体の目線があったような気がした。
「俺が誓ったのは人を殺さないことだ。すまないが、お前に手加減しないで破壊する!」
砂を蹴って加速する。緑の物体が大きく口を開く。
「そいつの口からは強力な風属性の攻撃が!」
とキュリーさんが取り急ぎ俺に教えてくれる。
さっきのキュリーさんを襲ったあの衝撃波はお前が吐き出した空気だったのか。なんとも原始的な攻撃だが強力だったぞ。だが、お前の抵抗もここまでだ。
俺は大きく一呼吸置く。
右手の力は神様の力だ。左手は人の力だ。神術を使えるが俺は所詮人だ。神の領域にも人の領域にも留まることのできる人間だ。人と神の力の混合すればその領域はきっと誰も知らない。
「こっから先は俺の領域だ!」
右手の無敵の短刀の刀身が息を吹き掛けられた様に粒子となって崩れる。俺は左手に力を入れて龍属性の土属性、土の剣を作る。いつもとは違う短刀タイプではなく刀のように鋭利でいつもと比べ長く普通の刀の長さとなる。同時に右手に力を入れると五芒星から発生した黒い靄が右手を覆う。そして、その赤黒い岩の刀を右手でも握ると黒い靄が赤黒い刀を覆う。だが、刀は破壊されることはなく右手に宿るように刀に黒い靄が宿る。俺が破壊をコントロールすることを忘れて物を破壊することだけ特化した新しい力の形。名前を。
「破壊の宝刀!」
無敵の短刀とは倍以上の刀身を持つ新しい無敵の剣とは違う破壊に躊躇しない剣、破壊の宝刀は緑の物体が繰り出すツタを一振りでまるでチリのように消し飛ばす。同時に辺りの砂もまとめて吹き飛ばされる。生まれた衝撃にひるんだ緑の物体を隙を突いて砂の上を蹴って破壊の宝刀の間合いまで一気に懐まで詰め寄って大きく強く踏み込む。そのいつもより長くて重いその一振りが緑の物体を真っ二つに斬った。
「植物は人と同じ細胞の固まりだ。炭素と窒素と水で出来ているはずだ。この剣はその元素をすべて原子レベルまで破壊した。もう、お前の持っている再生能力ではもう・・・・・無理だ」
瞬間、緑の物体は内側から何かが爆発するように音もなく粒子となって弾け飛んだ。
同時に役目を終えた俺が握る宝刀も黒い粒子と赤黒い粒子となって消えた。




