無の空間⑧
真っ白なログハウスの中に入ると中のものがすべて真っ白だった。テーブルがあってソファーがあってベッドがあって食器棚があって生活ができそうな空間が広がっていた。そう、ゴミクズはいつもいる無の空間だ。
「この空間は・・・・・・この部屋はいつもこんなに真っ白なのか?」
色があるのは俺とズーランのばあさんとエルだけ。いつもならば俺とゴミクズだけだったのだが今はいつもとは違う人物がいてそれがふたりもいて少し感覚が狂いそうだ。
「真っ白です。魔力か何かがこの部屋を守っているのであると考えられます」
そうじゃなかったら風化して天井とかに穴が空いてもおかしくない。この部屋に砂漠の砂っぽい埃っぽい感じはしない。結界か何かがこの空間を守っていると考えるのが手っ取り早い。
でも、この遺跡の外装からして数年前から結界が張られていたなんて話じゃない。途中までの通路は前に入った遺跡と同じ時代の流れを感じた。この空間にはそれがない。異世界に来たのにまた別の異世界へと連れて来られたような気分だ。
「ここに来た神の力を持つ奴は何を思ったんだ?」
ズーランのばあさんが俺の隣まで歩み寄ってくる。
「私たちは神の使いであります。神の力や知識はあなた様方から得たものです。エルの力もそうです。ここで神の力を使う方々は何かに気付いていかれます」
何か気付く。ここは確かに遺跡かもしれないが分かりやすく文字や絵が描かれているわけじゃない。ここで少なからずこの世界に存在する神の法則を知ったものたちは何を見た。そもそも、ここが神の法則を知るところじゃなかった。いや、神の法則は誰も知らないわけじゃない。誰も気付いていないだけなんだ。魔術師として名高い魔女のアキですら神の法則のことを知っていた。でも、神の法則を知っているだけで神の力を使う領域までには達することはできなかった。それはなぜか?俺は確かに神の法則を知っているがそれに守られた力を使えるようにまでなったのはなぜか?
きっと、誰も自覚していない。無自覚なんだ。神の法則を感覚で理解していて口で説明できるほどの根拠も証拠もないんだ。
『俺もそうだった』
気付けばその白い空間にズーランのばあさんもエルもいなくなっていた。
声がして振り返るとそこにいたのはひとりの男。黒い髪に俺とほぼ同じ容姿をした男。
「久しぶりだな、ゴミクズ」
俺はすぐに今いるところがあの遺跡の中ではなくゴミクズの住む無の空間だと分かった。
「何がそうだったんだ?」
「・・・・・俺も最初は無自覚だったんだ」
「無自覚だった?」
ゴミクズは麻のような長ズボンに黒いポロシャツ姿だった。ポケットに手を突っ込んで俺の横を通って正面も真っ白なソファーに腰掛ける。座ってから何か話すのではないかと待っていたが一向に口を開こうとせずに俺を見上げたままだった。
「無自覚ってどういうことだよ」
痺れを切らしてもう一度同じことを聞くとゴミクズはあっさり口を開く。
「ここまできたのは教太の意思だ。神の法則を知りたいという強い欲求がこの地にお前を導いた。俺と同じように・・・・・」
「ゴミクズと同じように?」
「なんか真面目な話してるのに俺がゴミクズって呼ばれてるとなんか気が抜けるな」
ゴミクズが嫌なら別の呼び方にしてやろう。
「クソゴミクズ有害物質野郎」
「ゴミクズでいいです」
折れるのは相変わらず早い。
「それで無自覚だったってどういうことだよ?」
この質問この数分足らずで3回目である。
「俺はこの世界で起きているすべてのことが魔力によるものじゃないって不意に思ったんだ。お前がオーストラリアでであったレナ・エジソンが行っていたようなことに似ている。自然に起こる雷や北極海にできる流氷や太陽光を虫眼鏡で集めて落ち葉を燃やしたり―――それがすべて魔力によるものなのかって」
レナは祖先が残した研究資料でそのことに気付いた。でも、ゴミクズがレナと大きく違うのがそれを自力で気付いたということだ。
「それまで非魔術師だった俺は魔術以外で火も起こしたし、氷も作ったし、風も起こした。魔力を使っていないのに魔術師と同じことができる。これを誰も不思議だとは思わなかった。それはそうだ。火打石をぶつければ火は起こるし、氷点下の朝にはバケツの水は凍る、息を吹けば風が起こる。当たり前のことだ。でも、これはすべて魔力によるものか?違う。非魔術師だった俺には魔術は使えないのに魔術と同じことができる。これはなんだ?その疑問が力となった。それが今の教太が使う俺の力だ」
元素を操って自然現象を引き起こす力。
「俺は16のときにイギリスを出た。魔術発祥の地に拠点を置くイギリス魔術結社がそのころの俺には自覚のなかった神の法則の概念を潰してこの世界はすべて魔力によって魔術の恩恵を受けているという概念をこの世界の住民に押し付けている。それを避けるように俺は母国から旅立った」
「それでエルとズーランのところに来たってことなのか?」
「すぐというわけじゃない。化学の概念をレナ・エジソンのように結社から隠し持つ奴のところで俺は自分の力の確信へと近づいた」
元素を操作することで自然現象を起こしているってことに気付いたんだ。俺が始めてこの力を手にしたときのように。
「ここにきたのはそれからだ。この真っ白な空間に来たときに俺もお前と同じように無の空間へと落とされた。そこで俺は俺の中に住む神に出会った。教太から見れば俺のことだ」
そうか。初めてゴミクズに会ったときに自分が神だとかいったのはそこから来ているのか。
「ここで俺は神の法則がなんなのかを知った。ここは他の空間とは少し違う。無の空間と繋がりやすい環境になっている」
周りが真っ白で自然とこの部屋に意識が落ちやすいからだろうと感覚的に分かった。
「だから、俺のときに無の空間で出会った神と同じように俺も教太に神の法則について伝えよう」
俺がシンの力を半分程度しか使えない原因が今ここに明らかになるのか?
「と思ったけど教えるかよ!バーカ!」
「・・・・・・・・はぁ?」
久々にぶちきれるのを吹っ飛ばしてとぼけてしまった。
「俺が教太に神の法則のことを教えるメリットがない」
「いや、ないって今まで俺に自分の力の教えてくれなかったか?」
「教えるも何もお前は俺の力を使いこなしているどころか、自分なりにアレンジを加えて俺の力とは程遠いものになりつつある。俺はもう俺の力じゃない。教太の力だ」
それきっと無敵の短刀などのことだろう。誰も殺したくないという俺の意思が強力で破壊の制御ができて好きの少ない小回りの利くスタイルに合わせて俺の意思が力に答えて形になった技だ。
「お前はすでに神の法則の答えに近づいている。俺の補助なくてもきっと教太は自力で神の領域にたどり着ける。俺はそんなお前を見ているのが楽しいんだ」
「何が楽しいんだよ。こっちは命がけなんだぞ!」
「大丈夫だ。お前はすでに神の法則にたどり着いている。俺の補助がなくてもな」
え?どこで?
「お前は思い出したしくないことは忘れて思い出さない主義みたいだ」
香波の一件のようなことだろう。
「それを覆せば答えはすぐに出る。お前の今の意思どこまでも貫き通せば教太は神の法則にたどり着ける。忘れるなよ」
ゴミクズは立ち上がって握りこぶしを俺の左胸に当ててくる。本当にその表情には自信がこもっていた。つまり、俺は今までの戦いで神の法則に触れている。いつものようなただのヒントに過ぎないが俺の中でひとつの答えが浮かんだ。
「俺から伝えることがあるとすれば・・・・・・そうだな」
何か神の法則について教えてくれるのかと思ったがそうじゃなかった。
「俺、アレン・スチュワードは死んでしまった。本当にすまない。だが、エルはエルの意思で生きろ。・・・・・そう伝えてくれ」
目の前の男はゴミクズでもシン・エルズーランでもない。アレンとして俺の伝えた言葉はかつてここで世話になった少女への言葉だった。
「俺はもうここからは出られない。・・・・・イサークのときに外に出るための力をすべて使ってしまった。だから、頼む」
ゴミクズは拳を引いた頭を下げた。
「ズーランのばあさんは性格悪いババアだが掟に対して忠実に守っているだけなんだ。許してやってくれ。だから、エルもそうだがあのふたりを守ってくれ。今はいない俺の変わりに」
この先の運命を知っているゴミクズは自分にはもう何もできないことを知っていた。これからエルとズーランのばあさんの身に何か起こる。それだけは明白だった。いつもえらそうだったゴミクズがクズゴミしか入っていない軽い頭を下げて頼んできた。それを拒否する俺は悪い人間じゃないと思っている。だから、
「分かった。任せろ」
「頼んだ」
その瞬間、目の前が真っ白になった。
ふわふわとしたからだの感覚が消えてしまったかのように軽くなって再び目を開けるとズーランのばあさんとエルがソファーに腰掛けていた。俺と目が合うとふたりは立ち上がる。
「戻ってきましたか」
「ああ」
結局、俺は神の法則を知ることはできなかった。だが、ゴミクズは俺が神の法則に近い答えを出している、神の領域には自力でたどり着くことができるといった。そうなると俺はすでに答えが出ているんじゃないか?
科学、物理、魔術、自然現象。
このすべてが神の法則か?この選択肢の中に神の法則があるのか?・・・・・違う。
ドーンという地響きに似た音が聞こえて足元が揺れる。エルがその揺れにバランスを崩して倒れそうになるのを俺が支える。
「あ・・・・・ありが・・・・・とう」
「気にするな」
「外でこの聖域を汚すものがいる!」
ズーランのばあさんはそのよぼよぼの足でログハウスから飛び出す。
「神の力を持つ国分教太様!ここが狙われている!神の法則を自分からろくに理解しようとしない部外者がここを狙っている!」
その狙っているのが誰なのか俺はなんとなく分かった。
「どこから外に出られる!」




