砂の街で⑧
「よお、また会ったな」
今日の砂漠の町の日差しも殺人的だった。そんな日差しの下でも生き物が行きぬくためには水が必要不可欠となってくる。いくら今会いたくない人物がいるんだとしても水を確保するためにはその会いたくない人物がいるかもしれない場所に行く必要がある。予想通りエルは町の井戸にやってきた。大きな空のポリタンクを背負って。
「・・・・・・なに?」
「今日も手伝おうと思ってさ」
エルの元に歩み寄って井戸の中にバケツを投げ落として縄を引く。エルもすかさずいっしょになって引く。そして、俺が切り出す前にエルが切り出してきた。
「昨日・・・・・ごめん・・・・・なさい」
それは昨日のことに対する謝罪だった。
「気にすることじゃない。こっちも勝手に入って悪かった」
俺も昨日のことを謝罪する。一応、人の家に勝手に侵入した不法侵入をしたんだ。謝らないほうがおかしい。
水の入ったバケツを引き上げると中の水をタンクの中に入れて再びバケツを井戸の中に投げ入れる。その作業を何度か無言で繰り返した後に俺は尋ねる。
「エルは魔術とか教術とか仕組みとか法則とかって知ってるか?」
「・・・・・・ちょこっと」
かわいい返しだ。なんて和んでいる場合じゃない。
その答えにほっとする。何も知らないことを苦にしていたがどうやら魔術に関する知識はあるようだ。
「自分が発動しているものが教術だって言うのは分かるか?」
「・・・・・違う。私のは・・・・・神術」
そう、神術なんだ。
「誰も知らない神の法則に守られた教術のことか?」
「・・・・・・何?それ?」
詳しいことは知らないのか。
「魔術って言うのは魔力が魔方陣を通って火になったり水になったりするのは知ってるか?」
エルはうなずいて上がってきたバケツの中の水をポリタンクの中に入れてバケツを井戸の中に入れると小走りで俺の後ろに回ってきていっしょになって縄を引っ張る。
「なら、話は早い。ほとんどの魔術師はエルの砂の魔術を土属性魔術の教術だと思うだろう。でも、それは違う。君の使う教術は砂を操る教術だ」
不意に縄を引く力が弱くなって重くなる。だが、俺は引くことをやめない。力をこめながら話は続ける。
「君のランクはせいぜいDくらいだ。ランクって言うのは魔術師、教術師が持っている魔力の総量を数値化したものだ」
知らないと話がややこしくなるので一応説明をはさむ。
「もしも、砂を操る教術なら砂粒ひとつひとつを操ることになってとんでもない魔力を必要となる。でも、エルの魔力の総量からしてそれはありえない。ならば、エルが操っているのは魔術によって発生させた砂粒じゃない。エルが操っているのは砂漠に腐るほどある砂だ。君の教術は砂漠上じゃないと使えない」
バケツがようやく上がってきて俺がバケツの取っ手を掴んで水をタンクの中に入れる。
「ズーランのばあさんが言ったように巫女が遺跡から出られないのは遺跡付近にある砂漠がないとその神様から貰った力を使えなくなるからだ。まだ、この町はすぐそこに砂漠がある。だから、辛うじてエルの砂を操る神術が使える。だから、遺跡から出られない巫女を出しても平気だった」
魔術の中にはとある条件を満たさないと発動しない効力を発揮しないものもある。例えば、幻影魔術だ。これは相手を騙すことを成功しないと効力をまったく発揮しない。だが、条件がないと発動してまったく使うことのできない魔術というのは聞いたことがない。それが神術の特徴だ。
「魔術は魔力から必要なものを生成するが神術は魔力を使って必要なものを集める。これが神術と魔術の大きな違いだ。違うか?」
黙ったままのエルはただただ驚愕した表情だった。
「エルが前に教えてくれたアレンって男はこの概念を知っていた。だから、ズーランのばあさんはアレンを受け入れた」
エルは否定もせず肯定もしなかった。
「そして、この概念をエルは理解した。だから、その力が使えるようになった。アレンから貰った力っていうのはきっとそういう意味じゃないのか?」
沈黙の時間が続いた。
きっと、アレン以外にこのことを言った奴はいなかったんだろう。だから、言葉を失った。
「教太は・・・・・どこから来たの?」
昨日は日本と答えた。だが、正解はもうひとつ存在する。クイズだったらずるい司会者だと嫌われるかもしれない。あの時は混乱を避けるために伏せていた。だが、今は言うべきときだ。
「俺は異世界から来た」
「異・・・・・世界?」
「そうだ。俺はそこで神術を手に入れた。でも、分からない部分が多いからこの世界に来た。ここまで来た」
バケツを井戸の中に投げ入れる。そして、エルが俺に尋ねる。
「教太は・・・・・なんなの?」
「俺は神の法則を知る者だ」




