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誰も知らない神の領域  作者: 駿河留守
無の領域
131/192

砂の遺跡で⑦

 夜の砂漠を歩くのはこれで何度目だろうか?靴のほうは踏ん張りの利かない砂を何度も歩いているせいでぼろぼろになってしまっている。月明かりの下を隠れるところもなく堂々と歩いている影は4つ。ひとつは俺でひとつはキュリーさん、後はハンナとレイラン。

「近くに見える記憶はないわ~」

「便利な眼だな」

 記憶を盗み見るだけじゃなくてその能力を使って近くに見える記憶がないかを探知できるという。これでもしも近くで記憶を見ることができたのならばそこには人がいるということになる。

 生き物の姿はほとんど見ることのできない砂漠はまさに死の土地だ。そんな死の土地のど真ん中にある遺跡にはふたりの人物が住んでいる。その遺跡に近づくと俺たちは砂の上にうつぶせになって遺跡の様子を確かめる。

「結界は張ってなさそうですぅ」

 魔女のハンナが言うのだからきっとそうだ。

「気配がしないからきっとふたりは寝てるわ」

 剣士のキュリーさんが言うのだからきっとそうだ。

「あたしも眠いわ~。教太ベッドに行きましょ~」

 お前は永遠に眠ってろ。

 さて、遺跡は同じ砂色の岩がまるで塀のように四方を固めている。それがさえぎるものがない砂漠の吹く風から住居を守っているようだ。そして、あの塀の中にエルとズーランおばあさんの居住スペースと神の法則に関する遺跡があるかもしれない。あそこにシンの痕跡があるかもしれない。遺跡の情報を狙うのは俺たちだけじゃない。イギリス魔術結社の七賢人のユーリヤも欲している。あいつに俺たちの嘘が悟られる前にすべてを解決したい。そのためにも俺たちはあの遺跡に入る必要がある。

「よし。行こう」

 それぞれ、了解、分かりましたぁ、分かったわ~と返事をして足音を殺しながら遺跡へ近づく。遺跡は本当に静かで聞こえるのは風の音と砂同士がこすれあう音だけ。少しでも俺たちが物音を立てれば目立ってしまうそんな環境だ。門のところに来ると俺たちは門の影から塀に囲まれた遺跡の中を覗く。

 そこは本当に何もなかった。あるのはピラミッドに使われているような石レンガで作られた家が一軒あるだけ。その家も砂漠から吹き付ける風によって風化されて今にも崩れてしまいそうだ。その家の玄関と思われる気の扉の脇にはエルが背負っていたタンクが置かれている。あれだけ大量にタンクの中に入っていた水は半分以上なくなってしまっていた。あの様子では明日もエルは砂漠を越えて水を汲みに出かけないといけない。小さな少女には重労働の水汲みを明日も手伝うことにしようと胸の中で思い、今はやるべきことをする。

「行くわよ」

 小声でいつの間にか手に握っている剣を携えてキュリーさんが先陣を切って遺跡の敷地に入る。続いてハンナが。レイランに背中を押されて俺が3番目に遺跡の中に入って最後にレイランが後ろを警戒しつつも中に入る。小さな木製の小屋のようなものが倒壊していて井戸のようなものもあるが砂に埋もれてしまっている。生活観はほんの数年前まではあったような感じで今はなくなってしまったようだ。

 足音を殺してゆっくり遺跡の中を歩く。砂に埋もれた井戸を尻目にエルたちが寝静まる住居の脇を通ってその裏側に回ると俺たちは思わず声を上げそうになってしまった。

 そこに広がっているのは遺跡の敷地の半数を占める長方形の逆ピラミッドだった。まるで砂漠の砂が避けるように地下へと続く石レンガの逆ピラミッドの上にはうっすら砂が積もっているが形はしっかりと保っている。

 きっと、エルやズーランのばあさんが砂が積もらないように手入れしているのだろう。そうじゃないとこの遺跡はユーリヤが発掘調査をしている遺跡と同様に砂の下に埋もれていただろう。

 ハンナが俺の服の裾を無言で引く。そして、指を刺すと逆ピラミッドの先端にはさらに地下と繋がる入り口のようなものが見えた。ここまで来たのなら行くほかない。4人がアイコンタクトで逆ピラミッドの先にある地下遺跡へと足を進める。近くにあった階段を使って降りていく。

『やめておけ』

 不意に聞こえた声に俺の足が止まる。

 突然、足を止めた俺に合わせて全員が足を止める。どうして、俺が足を止めたのか誰もが戸惑っていた。ハンナは足を止めた俺を一度は見るが、興味は地下遺跡に注がれていてすぐに先へ進む。

 声が聞こえた。ゴミクズだ。

 やめておけってなんだよ。今まで出てこなかったくせに。ここまで来て引き返すとか意味が分からない。俺は前に進むんだよ。

『お前たちが思っているほど、その遺跡を攻略するのは至難だぞ』

 どういうことだ?

『お前たちが思っているほど、古代人はバカじゃない』

 不意に弱い風が吹いて砂を巻き上げた。ここは遺跡の中だ。周りは塀に囲まれていて風は吹き込む状況じゃない。ならば、その砂を巻き上げているものは何か?風だが・・・・・・その風は・・・・・・魔術!

「ハンナ!」

 俺は左手に力を入れて龍属性の風属性を発動して辺りにうっすら積もった砂を巻き上げて飛び込んでハンナは空いた右手で抱きかかえて飛ぶ。何がどうしたのかまったく分からないハンナがいた場所に鎌鼬のように風が空気を切り裂いた。その風はまるで生き物のように意思があるように逃した獲物に追い討ちをかけるように着地した俺に襲い掛かる。

「飛ぶからつかまれ!」

 俺の声にハンナがぎゅっと掴みかかるのを確認して龍属性の風を足元にぶつけるように

 起こして自分の体を吹き飛ばす。元いた場所に鎌鼬の風がぶつかる。上空に上がっても何もない。エルの姿もズーランのばあさんの姿もない。

「トラップみたいですぅ」

「トラップ?魔術の?」

「何か特定の条件で発動するみたいですぅ」

 特定の条件で発動する侵入者を拒む魔術。さっき聞こえたゴミクズの注意する遺跡攻略が至難のわざと言うのはこういうことか。

「キュリーさん!」

 俺が声を掛けるまでもなく辺りの異常に剣を構えて下がる。レイランの前に立ってゆっくり下がる。レイランの教術は魔術の戦闘には不向きだ。キュリーさんが前に出ないとレイランのみが危ないと嫌いな相手だが守ろうとする姿勢はさすが剣士だ。するとハンナと俺を切り裂こうとした鎌鼬がキュリーさんたちに迫る。

 舌打ちをしたキュリーさんはレイランの首根っこを掴んで横っ飛びして鎌鼬を交わす。そのままレイランを引きずるように逆ピラミッドから抜け出した。俺とハンナはそのふたりのそばに着地する。

「なんなのよ!あれ!」

 息を切らして剣を構え続けるが鎌鼬は逆ピラミッドから出た俺たちを追うことはなかったが、音もなく魔術の発動エフェクトもなくどうやって魔術を発動させたのか謎が多い。キュリーさんと同じように発動の光を極端に小さくして発動させたのか?

「貴様らよそ者に下った天罰じゃ!」

 背後から聞こえた声にキュリーさんがすかさず剣を向けるとそこには杖を着いたズーランのばあさんの姿があった。どうやら、さっきの騒ぎで起きてしまったようだ。住居の影からエルの姿も見える。

「勝手にこの神の聖域に踏み入れるとはなんと罰当たりな!」

「そんな罰は後でいくらでも受けるので、この遺跡の罠の仕組みを教えて欲しいですぅ」

 怒られてるのに冷静に自分の興味あることを聞くな。

「貴様ら常人では分からない神の力じゃ!分かるはずない!」

 微妙にだけど教えてくれたぞ。

「おそらく、あれは風斬りっていう風属性の魔術ですぅ。陣のレベルは六芒星のレベル4の上級魔術ですぅ。普通の風属性魔術師でもランクはB以上ないと発動することも難しい魔術ですけど、魔術ですから発動できないことはないですぅ。なのであの魔術が神の力でないことは確かですぅ」

 すげー、魔女って。魔術を一度見ただけそんなに情報が出てくるのかよ。

「違う!」

 杖を砂の上に刺すようにつき叩いて砂が舞う。

「貴様らが神の許可なく使う魔術と同じ扱いをするでない!神の力を侮辱するもの!神の領域に勝手に踏み入れたことはまさに神を侮辱する行為!この行為が許されると思っているのか!」

 その老婆の迫力に俺たちが押される。

「エル!今すぐ神に仕える巫女の力を使い!こやつらを追い払え!」

 ズーランのばあさんが杖を俺たちに突きつけるとその周りの砂がまるで生き物のようにうすを巻くように巻き上がってズーランのばあさんの周りにまるで鳥かごのように展開する。

「その程度の土属性で!」

 キュリーさんが前に出る。すでにその剣の刃には氷が纏っていて剣を突くモーションを連続で繰り出すと氷の槍が生成されてそれがズーランのばあさんの周りで巻き上がった砂にぶつかる。属性的に氷属性と土属性の優劣は法則上で決め付けるのは難しい。どちらも苦手として得意とすることから優劣は魔術師のランクに左右される。今まで数多くの魔術師と教術師と対峙して分かる。ランクは明らかにキュリーさんの上だった。しかし、砂が自在に形を変えて迫り来る氷の槍を包み込んで氷の槍の軌道を変えた。ひとつは住居の壁に、ひとつは使えなくなった井戸にかすれた音と砂埃を巻き上げて各々風化した石レンガを破壊した。

「何!」

 驚くのも無理ない。砂はまるで生き物のように動いて器用に氷の槍の軌道を変えた。

 そして、俺の隣にいた魔女がひとつの仮説を出した。

「あれは・・・・・土属性じゃないですぅ!」

「はぁ?土属性じゃないって!」

「要するに普通じゃないってことね~」

 レイランが自衛のために拳銃を取り出した。リボルバー式の拳銃は魔武でもなんでもない普通の銃弾をズーランのばあさんに向かって発砲する。

「おい!レイラン!」

 俺の注意も砂がズーランのばあさんを守る。銃弾は砂が握りつぶしてつぶれて砂の上に落ちる。

「あの砂なんなの~?」

「神の力じゃ!」

 ズーランのばあさんが杖を再び突き出すと砂が俺たちの方に飛んでくる。キュリーさんとレイランは右に俺はかわす気のないハンナを抱えて左に飛んで砂の攻撃をかわす。こう砂の上を滑るように着地してズーランのばあさんのほうを見ると笑っていた。

「神の力の前に為す術がないじゃろ!」

 遺跡のほうへ飛んでいった砂は俺とハンナのほうに襲い掛かる。

 あれは砂だ。破壊できないはずだ。だが、砂ということは粒子だ。グレイのときと同じように破壊の力が働かない可能性が脳裏に浮かぶとハンナを抱えて龍属性の風属性を使って飛んでかわす。

「はぁぁぁぁ!!!」

 雄たけびをキュリーさんが剣先をズーランのばあさんに向けて突っ込んでいく。

「無駄な足掻きを」

 突如、キュリーさんの足を掴むように砂が盛り上がる。

「な!」

 バランスを崩して倒れそうになるキュリーさんを砂の中に引きずり込もうとするかのようにキュリーさんの足元の砂が掃けて穴ができる。

「嘘でしょ!」

「死ね!神を信じない馬鹿者が!」

 まずい!キュリーさんが!

 と飛び出そうとする俺に冷静なハンナの声が聞こえる。

「教太。狙うのはあのおばあさんじゃない」

 それはなぜか。それはあの砂を使った教術を使っているのはズーランのばあさんのように見えるが実際は違う。俺たちはあの力を使っているのはズーランのばあさんじゃない。後ろに隠れているエルだ。

 龍属性の風を爆発的に起こしてエルに向かって飛ぶ。そして、左手の龍属性を土属性に切り替えて赤黒い岩の剣を生成してエルに風で作った勢いのまま切りかかる。そして、住居の陰から見えたエルの姿は俺が町で見た姿ではなかった。薄手のワンピースを身にまとい全身を覆っていて見えなかった黒い髪は長く腰辺りまであった。大きな瞳と整った顔立ちは砂漠の中に咲く一輪の華だった。エルと眼が合った瞬間、俺の動きが鈍る。それを見逃さないと地面から砂の塊が放出されて飛ぶ俺の腹に重い一撃が直撃する。

「うぐ!」

 肺の中の空気から胃袋の中身までもがすべて飛び出しそうになるような攻撃を喰らって失速した俺は砂の地面を滑るように落下してエルの足元まで滑って止まる。俺のエルへの攻撃によってキュリーさんは砂の中に生き埋めにされず穴から抜け出してズーランのばあさんと距離をとる。

「巫女に不意打ちを仕掛けるとは!やってしまえ!エル!」

 ズーランのばあさんがエルに俺を殺せと命令すると砂がまるで刃物のような形を模様して倒れている俺の首筋に突きつける。だが、その刃はかすかに震えていた。それはエルが殺しをためらっている証拠だ。

「エル」

 俺の声にエルが反応した。見えていなくても荒くなっているがそれでも規則的な息遣いが俺の声で少しばかり乱れた。

「殺しは嫌か?俺も嫌だ」

 誰も殺さない、殺させないために。俺がやっているのはいつもどおりのこと。

「殺したくないのなら少しだけ神様の巫女をやめてくれ」

「なん・・・・・で?」

 今にも消えてしまいそうな小さな声で俺に尋ねる。

「殺す感触って言うのはトラウマになるぞ」

 俺は今でも思い出せば手が震える。魔力喰い(マジック・イーター)のイサークの首元で破壊の力を使って血が吹き出す感覚を思い出せばあのときの記憶が今でもよみがえる。人が死んで誰も幸せにならない不幸が増えるだけなら俺は殺しを絶対にやらない。だから、誰も殺させない環境を作るためなら目の前に転がる欲しい情報すらも俺は手放す。

「2秒だ。2秒だけでいいから。少しだけその神の力を使うのをやめてくれ」

 その声にエルはズーランのばあさんのほうを見ないですぐにこたえた。

「・・・・・うん」

 その声を聞いてからの俺は早かった。すぐさま立ち上がって右手で辺りの元素をありったけ集めて一気に開放させる原子の衝撃波(アトミック・ショック)で俺は地面すれすれを飛んで砂の上にブレーキをするように砂を巻き上げてハンナの間で左手を突き出す。

「すまん。少し痛いかもしれない」

 左手に力をこめると五芒星が手首を中心に展開すると赤黒い筋を帯びた風が発生する。

「我慢しますぅ」

「すまない!」

 俺は龍属性の風でハンナを遺跡の敷地外まで吹き飛ばす。

「キュリー!」

 さん付けするのを忘れたが俺の声にキュリーさんはどうするべきか分かっていた。

「レイラン!歯を食い縛りなさい!」

「え?」

 キュリーさんが回し蹴りをレイランの腹にぶちかましてレイランを敷地の外に蹴り飛ばした。きっと、俺の見えないところで発動した筋力増強術(ドーピング)で増強した筋力で巨漢のレイランを飛ばしたのだ。

「この!クソゴリラが!」

 と叫びながら飛ばされるレイラン。

「貴様ら!逃げるでない!エル!さっさと奴らを殺せ!」

 だが、エルはすぐには動かなかった。

 恩に着る。

「キュリーさん!」

 ハンナを吹き飛ばしたときの龍属性の風を使って自分の体を飛ばして右手を差し伸ばすとキュリーさんは手を伸ばしてその手を掴んで俺も掴むとそのまま俺たちは敷地の外へと飛んで砂の上に砂埃を上げて着地する。

「ふぅ」

 と一息置いて頭にかぶった砂を払ったらすぐに立ち上がる。

「逃げるぞ」

「分かってるわよ」

 すでにハンナが待っていたのでそこに向かって走る。

「こら!クソゴリラ!よくもあたしを蹴り飛ばしてくれたわね!」

 とレイランも着いてきているようだ。こうして俺たちの神の領域への侵入作戦は大失敗に終わったがハンナは何か収穫があったような顔をしていたので期待しよう。

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